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第二十九話 レオン視点②

本日、三話更新しています。


 呼び掛けるとドアが開かれ、ひょこっとソフィが顔を出した。よい年だと言うのに、彼女は無邪気な子供のようなしぐさをする。それが似合う容姿をしているから、なおのこと誰も何も言わない。


 言える相手がいない、という方が正しいが。


 ふふっと笑いながらソフィは近づき、レオンが座っていたソファに遠慮なく座る。距離感がないのもいつものことだ。


 レオンは無邪気にすりよる母に肩をすくめた。


 ちらりと、従者のオーラスの部屋を見る。物音しないそこは人の気配がしないかのようだ。彼は息をひそめて、これを見ているのだろう。その腹の中にどんなものが込められているのやら。


 想像しようとして止めたレオンは、笑顔のソフィに話しかけた。


「何か用ですか?」

「あら、息子の部屋に理由がないと来ちゃダメなの?」


 ふふっと笑ってかわす母にふぅと息を吐く。


「母上が用もなく僕の部屋にくるなんて、今まで一度もありませんでしたから」


 まぁと子供みたいな声を出して、ソフィはくすくす笑う。


「そうだったわね。少しじれったくて、お小言を言いにきたわ」


 そう言ったソフィは軽やかな笑みをやめる。代わりにレオンそっくりな藍色の瞳は仄暗さをまとう。


「ねぇ、レオン。いつになったら、エリアルと結婚するの? ここに来たんだから、もう充分でしょう?」


 ソフィは笑う。なのに瞳の中は高揚は見られない。怒っているのだろう。


「とうの昔に用意したウェディングドレスがホコリをかぶって可哀想だわ。早く、日の目を見せてあげなさい」


 鋭い指摘にそういえばウェディングドレスは用意してあったなと、レオンは思い出す。


 彼女の偶像(スチル)を見ながら作ったものだ。それにふっとレオンは笑みを漏らした。


「あれは使いません。彼女にはもっと相応しいドレスがありますよ。別のを仕立てます」


 体のラインを強調した肉感的なドレス。淑やかな白に似つかわしくないデザインのものだ。今のエリアルには相応しくない。


 彼女に似合うのはなんだろうな、と想像を頭の中で巡らせていると、ソフィが声を出した。


「なら、早く仕立てなさい。せっかくいつ子供ができてもいいように、仕事を教えてないのよ?」


 ソフィの直接的な言葉にレオンは苦笑する。


「エリアルに侯爵家のことを教えないのは孫見たさですか?」


 そう言うと、ソフィは隠すことなく微笑む。


「そうよ。側にいない母親なんて子供が可哀想じゃない。わたしはまだ元気だし、エリアルにはゆっくり子育てして欲しいわ」


 ふふっと弾むようにソフィは笑うが、祖父との関係をちらりと聞いたことがあるレオンは笑えなかった。


 祖父は自分が幼い頃に亡くなっている。急な死だったらしい……らしいと言ってしまうのは、祖父が死んで父が侯爵を継いだ時、屋敷の者が一掃されたからだ。オーラス以外は。


 そんな過去の出来事を思い返して黙っていると、ソフィは小言を続けた。


「わたしはエリアルが気に入っているわ。似たようなものを感じてしまうのよ。だから、早く囲ってあげなさい。女は分かりやすい愛情表現を好むものよ。あなたが愛してる、生涯離れないと言えばエリアルだって身を委ねるでしょう?」


 びしっと指を立てて持論を述べる母に苦笑いをしてしまう。


「僕は慎重に事を進めているだけですよ。母上とは違って」


 痛いところを突っつかれたのか、ソフィの眉根がひそまる。レオンは同じ瞳に向かって仄暗く笑った。


「囲って牢に閉じ込めればよいというわけではありません。心が落ちなければ、あなたみたいになりかねない。あの部屋から四六時中、相手を監視して、心を壊してしまうでしょうね。そんな姿をお望みですか?」


 くすくすとレオンは笑う。そして、ちらりと従者の部屋を一瞥した。


「僕とエリアルのことを教えたのはオーラスですか? 相変わらずの忠犬ぷりだ」


 母とオーラスの間に何かあるとレオンは察していた。それが常識の枠では考えられないことも、なんとなく分かっていた。


 何でも知りたがりな母が最も信用できるオーラスを自分につけているのも、息子が何をしているか知りたい為だろう。


 ──ま、ジュリーを監視要員に置いている僕が言えることではないけど。


 母とオーラスの関係がどうであれ、レオンは口だすつもりはない。ただ、放っておいてくれ、と牽制の意味で出しただけだった。


 ソフィは下がるどころか、レオンに噛みついた。ふふふっと笑いだした口元は弧を描き、その歪さにレオンは笑みを止める。


「……忠犬なんてぬるいものじゃないわよ? わたしたちは互いに縛りあっているんだから」


 ソフィはうっとりと微笑み、諭すような声色を出す。


「子供が余計なことを言うものではないわ。大人には大人の事情があるんだからね」


 くすりと笑いソフィは内に秘める醜悪なものを消していった。


 すっとソフィは立ち上がると、そうそうと付け足すように口を開く。


「あなたがマゴマゴしているから、サロンを近くに開こうと思っているの」


 まるで素敵なアイディアを披露するようにソフィは微笑む。レオンは警戒を強めた。


「サロンですか? 一体、なんのために」

「それは勿論。あなたがエリアルにデレデレなのを他の令嬢に見せつけるためよ」


 すっとソフィは目を細めた。


「エリアルに冷たくして、愛情をごかすなんて悪いことをしたわね。ジャクリーヌに聞いたの。これでも腸が煮えくり返るぐらい怒っていたのよ?」


 自分の行動は筒抜けというわけか。ジャクリーヌと母は親友らしいので、裏で話が行き渡っているというのも納得がいく。


 そういえば昔から母は完璧な包囲網をしくのが得意だった。


 自分の狂気の源流を見たような気がして、レオンは返事をせずに黙っていた。


 言いたいことがあるなら全て言わせておこう。そう考えていると、ソフィは畳み掛けるようにしゃべりだす。



「勘違いした羽虫がうっとおしいわ。早く追い払ってしまいなさい。それとも、わたしが手を下した方がいいかしら?」


 レオンじゃなければゾッとするような笑みでソフィは怒りをあらわにする。レオンは大きく肩を上下させた。


「母上が手を下すことはありませんよ。若いままその時間を止めることはないでしょう……でも、そうですね。サロンを開くのはいいかもしれません」


 にこりとレオンは微笑んだ。脳裏を過るのは心配の手紙をよこすジャクリーヌの存在。


「主宰はエリアルにしましょう。彼女はクグロフもブリオッシュも焼くのが上手だ。ごくごく身近だけを呼んだサロンで彼女の作ったものを振る舞ってもらいましょう。エリアルの自信にもなるはずですよ?」


 どうですか?と問うとソフィはあまり納得していないようだった。


「……それじゃあ、エリアルを好きだと公言するにはアピールが弱いじゃない」


 そんなことでエリアルが喜ぶのか?とソフィは言いたげだった。


「アピールはまた今度です。ジャクリーヌ様が僕たちを心配しすぎていますからね。僕たちは順調だよと、教えてあげてもよいでしょう」


「それなら盛大にやればよいじゃない」


 子供のように膨れっ面になったソフィにレオンは表情を崩さない。


「エリアルは恥ずかしがりやさんですからね。あまり人前に出してしまうと怯えて頑なになりますよ。それじゃあ、意味がないのです」


 また繰り返すだけだ。せっかく淑女の仮面が壊れてきたというのに、人前に出したらその仮面をつけかねない。


 思う存分見せつけてやるのは、エリアルがレオンに心酔してからだ。


 たとえば、そう。人前で情熱的に口づけてもエリアルが周りを気にせず舌で答えてくれるとか……まぁ、今の調子ではだいぶ先になりそうだが。


「そんなに心配しないでください。もう僕は、死ぬまでエリアルを離すつもりはありませんから」


 そう言うと、ソフィはわかったわ、と一応は納得の返事をした。


「エリアルのブリオッシュ。食べそこねたしね。サロンでは存分に食べさせてもらうわ。誰を呼ぶか決まったら教えなさい」


 そう言うと、ソフィは踵を返して、部屋から出ていった。


 レオンは一つ息を吐き出すと、引き出しからさきほどの手紙を取り出す。


「出番ですよ、ジャクリーヌ様。彼女の本音、聞き出してくださいね」


 お節介な彼女のことだ。きっと、エリアルのことを案じて心境を聞くことだろう。そしてひっかかることがあれば、レオンにしゃべることも予期できる。


 きっとジャクリーヌにならば、エリアルも素直に今の気持ちを吐き出すだろう。


「成果を見せてね、エリアル。君はどこまで〝悪役令嬢〟になっているのかな?」


 レオンはにこりと笑った。その笑みに陰りはなく、どこか自信に満ちていた。

幕間が長くなりましたので、一気に投下させてもらいました。


またしばらく更新が止まります。不定期になってしまい、申し訳ありません。

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