第五話 初めての来客に対応する下僕
夕暮れを過ぎてあたりは真っ暗やみのなか僕は腕を掴まれていた。
相手は僕よりも背が高くて赤と黒の混ざった服を着ていて主人には負けるけれどもとっても綺麗な男の人であった。肩までの髪の毛に真っ赤な瞳、力があるみたいで僕の腕を強く握っている。
たぶん、つかまれてから結構たっているのだけれども僕が聞いても何も答えてくれなくて僕のことを見てくるだけなのだ。
どうしよう?主人は、出かけているから屋敷を守らないといけないのだけれども彼は何をしに来たのかをしゃべらないからなやむ。腕を強引に解くことをしていいのかわからずに一時間も悩んでしまっていた。
「お前、オスか?」
やっとしゃべったと思ったら初対面の人に聞かれたことのないことを聞かれた。どうみても僕の性別は片方にしか見えないはずなのに。
「はい、間違いなく男に区別されるけど」
僕が答えたと同時に突き飛ばされてぬかるんだ地面に落とされた。毎日の雨で地面は雨と土が混ざってどろどろになっている、そこに落とされれば僕の執事服はぐちゃぐちゃだ。主人にいただいて大事に着ているのに。
「趣味が悪い、何を考えてんだか、天使なんぞ飼いおって」
僕のことが嫌いみたいですごく怖い目で睨まれる、けど僕は彼のことを知らないのに嫌われるわけがわからない。勝手に屋敷に入るのかドアを開けようとしていた彼を僕は汚れていない手で彼の服をつかんだ。
主人がいないのに知らないものを屋敷に入れることは留守を守れない、ことになるのだ。日々、主人の役に立てるように頑張っているのだから彼を入れるわけにはいかない。
「触るなっ」
見事に手をはたかれたがプッケの時のように悲しい気持にはならなかった。とにかく入れちゃダメなんだから、ともう一度手を伸ばそうとしたらなにもされていないのに飛ばされた。
二度目の地面で僕は無事であった執事服の部分まで汚してしまった、僕が洗うとすごく時間がかかるのに、それにうまく汚れも落ちないし。
「ダメです。主人の許しもなく見知らぬものを入れるわけにはいきません」
ドアと彼の間に入り込み彼を見つめながらも口に入った泥をハンカチに吐き出した。口の中が気持ち悪かったから。でも入れることは阻止できたようだ、僕を睨みつける瞳がさらに怖い。だからって僕はひかない。
彼はニヤッと笑うと腰に両手をあてちょっと背をそらした。小さな声で何かをつぶやいていたけど自分で納得したのか僕を見据える。
「気に入らんが自己紹介をしてやろう。俺の名前はユリトア・ナゴバスチ。セーリアとはまだ友人だ。セーリアからはこの屋敷に招待を受けたのだ、なので中で待たせてもらう。俺は客人だ、もてなせ」
言うだけ言うと僕を何の力でか押しのけて中に入ってしまった。えーと?何?僕理解できなかったんだけど?
とりあえず「客人」という言葉と彼、ユリトア?の「飲み物よこせー」の声で何かを持って行ってあげなければいけないという気持ちになったので準備していたトマトを使ってのトマトジュースを出すことにした。
勝手にいつも使用している食堂の席に座り僕が差し出したジュースを驚くように見つめている。
「トマトジュースはお嫌いですか?あとは水ぐらいしかありませんけど…」
そうなのだ、この屋敷には客をもてなすためのものは一切ない。紅茶やお菓子などを準備していることなんてないのだ。主人も僕もそういったものを必要としていなかったから。
「ありえねぇーだろ。茶じゃなくてジュースがでるって俺のこと馬鹿にしてんのか。セーリアに言いつけるぞ、コラッ」
怒られているみたいで心苦しいけれども、ないものをすぐに準備はできないないから。
「えっと、セーリアというお名前は、もしかして主人のことなのでしょうか?」
僕が言いつけられて困るのは、主人しか思いつかなかった。上着を脱いでジュースを作っている最中も気にしていたことを聞いてみた。汚れた服を全部脱ぐわけにも着替えに行く時間もなかったので上着だけを脱いだのだ。
彼、ユリトアは驚いたように信じられないものをみるように僕を見てから大きな声で笑い出した。とっても楽しそうに笑っていたけれども僕には何が楽しいのかわからない。
「飼い主の名前もしらねぇのかよ、傑作だ!」
ということは主人のお名前はセーリアで間違いがないようである。うん、主人にぴったりでお似合いだ、風が吹いても倒れない花のように強いけれども、そよ風に揺らめく葉っぱのように可憐である。今度から心の中でセーリア様と密かに呼んでみよう。
「まぁ、覚えなくてもいいけどな、俺がセーリアと結婚したらお前なんか消してやるから」
「ユリトアさんは主人の婚約者なのですか?」
「ユリトア様だっ、様付けしろよな。でないとその首とばすぞ」
首を飛ばすとは、解任ってことだよね?でも僕のことを決めるのは主人であるはずなんだけど。彼にはできないはずだけど僕にはわからないことでもあるのかと思って「はい」とだけ答えた。
どうもユリトア様とはコウモリのように相性がよくないみたいだ、彼のことが何も理解できない。
「婚約者じゃないけど、そのうち、そうなるってことさ」
嬉しそうに言っているから主人のことが好きなことはわかった。僕と一緒だ。
そう思って嬉しかったから主人の声がしたとき僕はさらに嬉しくて普段はしないようにしているのだけれども駆け寄ってしまったのだ。主人にまっしぐらである。
「何をしている、ゲスが」
だから免れたのか後ろで大きな音がしたのにはびっくりした。見たことがない明るい赤のドレスを着た主人のそばで振り返ってみればユリトア様が壁にたたきつけられたようだ。
主人の機嫌は最悪のようである。腕を組んでユリトア様を睨みつけている、迫力があって僕は感じたことのない暗いオーラのようなものを感じた。それがもっとも主人にふさわしい空気でとらわれるほどの魅力を発している。
「主人、お帰りなさいませ」
僕はうれしくてお迎えの言葉をいっていた、それに主人は「ん」と返事をするだけであるが返事があるだけでうれしい。数日だけではあるが誰も話し相手がいなかったんだから。
主人はすぐに飾りとして付けられていた剣を抜くと、ユリトア様に向かって歩いて行った。その背中からはさっき感じた暗いオーラが渦巻いているように見える。
綺麗だ、と僕はうっとりとみてしまったが。急いでその背中に飛びついた。
ああ、ごめんなさい。僕、泥まみれだったことを忘れてました。主人と僕との間でベチャッとした音がして恐々と目を向けてみれば乾いていなかった泥が見事に主人の綺麗な赤いドレスを汚してしまっていた。
剣でユリトア様を刺そうとしていた主人を止めることはできたけれども、主人のドレスを汚してしまったことがショックである。僕何してんだろう。
それにジンマシンで全身がかゆくなってきた。僕の手が主人のむき出しの肩に触れているのだ、すべすべして赤ちゃんみたいにつるつるして気持ちいいけど僕は主人に触れるとジンマシンがでてしまう体質なのだ。おまけのように胸のあたりがちりちりと痛いのは気のせいか。
「主人、屋敷が汚れます。それに生き物を傷つけることはいけません」
「それはわらわには関係のないことだ」
そういいながらも軽く振る払うようにするだけで僕を離すと剣をなにげない仕草で放り投げる。
ズサッと突き刺さる音にユリトア様を見れば太もものすぐそばに剣は突き刺さっていた。ユリトア様しっかりとよけたみたいだ。よかった、血が流れなくて。
「下僕、湯の準備を」
僕はこちらを見ていないだろう主人に対してコクコクうなずくと急いで準備をしにいくことにした。最後にみた主人はさらに暗いオーラを増加させ、ユリトア様は真っ青な顔をしていたが僕は気にしないことにした。
主人の命令をかなえることが重要だ。きっと汚れたから綺麗にしたいんだろうし。
急いで風呂場に向かい、汚れがないかを見てからたっぷりと湯を張り風呂場全体が暖まったのを確認してから主人のもとに戻ろうとした。
まだ主人とユリトア様がいるはずの食堂は遠いのに悲鳴っぽいものが聞こえる。「ぎゃー」とか「いてぇー」とか、近づいてもいいのかな?行ってもいいのかな?
悲鳴っぽいのが聞こえてから止まってしまった足をどうするか、時間をおいてからいこうか、でもそうすると湯が冷めてしまうし。やっぱ主人の命令が一番重要なので。
おそるおそる食堂に近づきノックすると中から音が聞こえなくなった。なのでゆっくりとドアを開いていくと二人とも椅子にちゃんとすわっている。
よかった、聞き違いのようだ。
「主人」
「下僕」
僕が呼びかければ反対に呼ばれた。何だろう?ってしっかりとその顔を見れば、暗いオーラがうそのように、けだるげな視線をもらって困った。僕にはその視線の意味が分かりません。
「これを追い出せ」
主人が指し示したのは、なんか真っ青で怪我はないのにきれいな服がぼろぼろになったユリトア様であった。もうお帰りいただくことになったのか、僕はジュースを出しただけだけどもお持て成しはちゃんとできたかな?出来たよね。
「かしこまりました」
それを合図にしたかのようにユリトア様も主人に挨拶をして玄関にむかっていってしまった。僕はお見送りをしなければならないのに足が速くて後ろを小走りで付いていくことになる。
「あー疲れた」
とかユリトア様は独り言を言いながらも歩きながら身だしなみを整えている。
「そうそう、下僕。セーリアのところに客が来たら逐一俺に報告しろよな。そしたら結婚するときには命だけは助けてやる。おれのコウモリを使え」
さしだされたけれどもコウモリは僕を嫌がるかのように頭の上を飛び回っているだけである。ちょっと触ってみたいな、体についている毛は絶対に柔らかいと思うのに。
「本当に主人と結婚するんですか?」
だって主人はとってもユリトア様のことが好きであるとは思えないんだよね、ユリトア様だって最初は主人のことが好きだと思ったのになんか違うみたいだし。
「当然だな、セーリアと結婚すれば、いいことがたんまりとあるから。俺が第一位の婿候補である限りだ。ほかのやつらには近寄らせやしねぇ」
「はぁ」
僕にはわからない理由で結婚したいみたいだ。それだと幸せになれないよ。
「噂の天使は噂どおり馬鹿だし、見に来るんじゃなかったぜ、セーリアには八つ当たりまがいに苛められるし。あいつを呼びつけたのだってジジィどもなのに」
一人でのおしゃべりが好きなのかな〜、とか思ってたら玄関についていた。
「いいな。客が来たら忘れずに知らせろよ」
と僕の返事も聞かずにいなくなってしまった、確かに、すぐそこにいたはずなのに?
「ん〜早く帰りたくて走っていちゃったのかな?」
まだ頭の上に飛んでいたコウモリに聞いてみたけど返事はくれなかった。
僕はコウモリと話をするのを諦めて、室内に戻り主人の部屋に入る。地下だから薄暗い。
気にせずに、着替えを持って風呂場に向かった。主人は着替えも持たずに湯に入っているはずであるから着替えぐらいはお持ちしないと。
風呂場に入り、着替えをおいてたら主人から声をかけられたので湯に浸っている主人の姿が見えない位置から返事をする。すぐ近くの薄布の向こう側が風呂となっている。
「わらわが出たら、下僕もお入り。泥だらけだから」
「はい!ありがとうございます」
そうだ、僕のズボンなどを汚している泥はすでに乾いてしまっているが言われてしまえば、執事たるもの常に清潔、という決まりを破っていることになる。頑張って服を洗おう。主人のドレスも汚してしまったのだから一緒にきれいにしなければ。
「主人、ユリトア様に」
「あれに言われたことはすべて忘れろ」
「あ、はい」
ユリトア様からコウモリをいただいたから、どうお世話すればいいのかお聞きしたかったのだけどいいか。コウモリは自分で生きている動物だから。すべてを忘れろってことはお客様が来たらお知らせするってことも聞かなかったことにするんだよね。よし、わかった。約束してなくてよかった。
僕は脱いだままのドレスをもって風呂場からでた。
今僕が考えていることはいつになったら立派な執事になれるんだろう。使用人は僕だけなのだから主人の着替えだって風呂でだってお手伝いができるようにならないといけないのにじんましんが出るからと手伝ったことはないのだ。どうしたらじんましんって治るのかな。




