第六話 緊張する下僕
セーリア様が眠りについたころ、僕は途方に暮れていた。
だって買い物に行かなければいけないのだ。
主人が眠りに入る前に、街で注文した香水が出来上がっているはずだからとお使いを頼まれた。もちろん僕は承知した!
僕がお役にたてることを主人に見てもらわないと。それでほめてもらったりなんかしたら幸せだと思ったから。
目の前にあるのはお金が入った財布、そう準備はとっくにできている。ほかに必要なものがあれば勝手に買ってもいいっていうご褒美まで付いているのだ、多分、何も買わないと思うけど。
僕は人間界に来てから主人とプッケとユリトア様以外の人間にあったことがないのだ。プッケの時もユリトア様の時も突然であったから普通に対応できたんだけど、自分から会いに行くことになるとちょっと違う気がして。
なんでだろう?すっごく緊張する。
すぐ近くに街はあったけれども行く用事が今までなかったし、僕も行こうと思ったことはないのだ。それに屋敷には人間がこないから。
あー緊張するけれどもわくわくもする。どんな人間たちがここに住んでいるのだろう?不慣れな僕は人間たちとうまく接することができるかな?
とりあえず行ってみれば、なんとかなるよね。
気楽に気楽に。
財布を胸元にいれ、キッチンの扉から外に出る。しばらくもせずに屋敷の正門にでる、街からは少しだけ離れているために門の近くには人がいないようだ。
両手に力を入れて「うん!」と気合をいれれば、あとは普通にいけるはずだ。門に手をかけ冷たい感覚が伝わってきて僕の心をどきどきとさせてくれる。
この向こう側は僕よりも主人になじみ深い場所になるのだから、お役にたてるようにお使いをちゃんとしなければ。
「あのさ、ゲボクは街が怖いわけ?」
首を回してみる。
「うわぁー!人間!!」
びっくりして両手をあげながらも、いきなり現れた人間に心が止まるんじゃないかってぐらいに驚いた。
急いで姿が見えないところにかくれなきゃ、と思ったけれども足を蹴られて痛い。
なぜだ?
何もしてないのに蹴られるなんて、痛いよ。
「あのさ、なんで驚くの?遊びに来てあげたのに」
ぶすっとした、ちょっと怒っているような顔をしたプッケがそこにはいた。プッケに対して驚くなんて僕は感覚を鋭くしすぎているようだ。
「ごめん。これから買い物行かないといけないんだけど…僕、少しだけ大人の人間って苦手なんだ」
「ふ〜ん、おれが一緒にいってやろうか?」
「ありがとう!」
プッケの嬉しい申し出に僕は、すぐに感謝の言葉を言った。プッケがいれば、とっても心強い。
確かお店は中心街にある「シュベルツ」という名前だとプッケに教えたら知っているようで手をつなぎ案内してくれる。
プッケは街の子供だけあってか凄く店の名前や場所に詳しくて一度も道に迷わなかった。情けないことに僕は迷うことも珍しくないというのに。
「ほら、あの店がシュベルツだよ、貴族ゴヨウタシとかで高いんだって」
小さな指でさされた先には落ち着いた雰囲気の店がたたずみ、中の様子はわからない。そんなにお客もいなさそう。看板を何度見ても僕にはわからなかった、実は人間界の文字が読めないのである。お店があっているかどうかわからなかったけどプッケのことは信じているから、そのまま扉を開けた。
カラン。
軽い音が鳴り、奥から女性が姿を現す。
「いらっしゃいませ、どのようなものをお探しですか?」
にっこりと優しく笑っている女性。僕のことを上から下までみて何かを確認したようだ。
「ご家族へのプレゼントか恋人へのプレゼント、ご自分用など南から北までの様々な種類の香水を当店は取り揃えておりますよ。若様」
最後の呼びかけで誤解されているのかな?と思ってプッケに聞こうと思ったのに、横を見ても後ろを見てもいない。
どこっ!?
お店の中にはいないみたいだから急いで外に出てみれば通りで、つまらなそうに空を見ている姿を見つけた。僕は駆け寄った。
「プッケ、なんでいないの?心配しちゃったよ」
近くまで行って目線を合わせるためにしゃがみこんでみる、彼がいないと僕はドキドキが止まらないのだ。傍にいてくれるだけで安心するのに、プッケは街に住んでいて街に詳しいのだから僕よりも頼りになると思う。
「おれ、ただの子供だよ。あんな店はいれないよ、追い出されちゃうだけだもん」
「そうなの?そんな人には見えなかったけど」
僕に優しく笑ってくれたのに?お店を振り返ってみれば女性がこちらをみている、そういえば何も言わないでお店でてきちゃったんだよね。僕と目が合えば女性はやっぱりにっこりと笑ってくれた。
「いいから、早く行って来いよ。街の人たちがお前をみてるんだから、注目されたくないんだから」
?
「僕、変?それとも知らないうちに何か悪いことしたの?」
「違う。ゲボクは綺麗な顔してるし、いい服着てるから目立つの。おれまで目立つから早く終わらせていつものとこいこー」
服をひっぱられてお願いされている。ちょ、ちょっと可愛いかも。うん、早く終わらせてプッケと遊ぼう。
「それじゃ、ここにいてね。すぐ終わらせるから」
気合いを入れて店に戻る。女性はやっぱりと笑っている。
「何をお求めで?若様」
「その、えっと」
そう香水を取りに来てお金を払うだけなのに、心が大きく暴れまわっている。僕、人見知りするタイプだったかな?そんなことなかったはずなのに。視線をあちらこちらに投げかければ香水とは別に端っこのほうにお菓子や飴が置かれている。
「あれも売り物なのですか?」
「はい、ちょっとしたものを付け加えて贈ると喜ばれるんですよ。一緒にいかがですか?」
「そうなんですか。それで僕は若様ではなくて、ただの使用人です。本日は主人に言いつかりまして商品を受け取りに来たのだけれども」
やっと真実を語ることができた。心が落ち着いていく。それでも女性の笑顔は変わらなかった。何か心当たりがあったのだろう、僕をもう一度じっくりとみてから納得した様子である。
「そうでしたか、これは失礼を。では、もしや貴方が“下僕”様でございますか?」
「はい、下僕です」
困ったように笑いながらも溜息をつかれてしまった。
「確かに承っております。少々おまちください」
僕は品物を受け取ることができて、待たせていたプッケのところに急いだ。やっぱり女性は優しい人だったんだよプッケ。
「プッケ!買い物できたよ」
道に落書きしていたプッケは僕の声に顔をあげてから落書きを足で消した。
「そんなことで喜べるんだ」
プッケの頭をなでてから僕はお礼にと懐から小さな包みを取り出してプッケの手に握らせた。掌を開いて覗き込む目がちょっと大きくなって嬉しそうだ。
「あめ!」
「うん、付き合ってもらったお礼だよ。主人が好きな物を買っていいって言ってたからプッケにね一個だけだけど」
「えへへっ」
「でね、プッケ。僕お花屋さんにも行きたいな」
僕は香水を包んでもらっているときに思っていたことを、そっとお願いしてみた。
「どこでも連れて行ってやるよ」
口に放り込んだ飴をなめながら嬉しそうに僕の手を握り締めて走るように僕をひっぱる。飴がすごくうれしかったんだと、それだけでわかる。
さっきよりも町の人たちに使われているお店が開いている通りに連れてきてもらったようだ。元気な掛け声とか笑っている笑顔があちらこちらで見かけられる。プッケもこちらのほうが落ち着いているようだ。
「ほら、ここが花屋」
案内された場所に連れて行かれれば、すぐさま「いらっしゃい!何がほしいの?」とおばちゃんが声をかけてくれた。
「あのトマトの種はありますか?美味しいのがなるやつをお願いします」
「ゲボク、まだトマトそだてんの?あんなにいっぱいあるのに」
プッケに驚かれたけれども主人にはおいしいものを飲んでもらいたいんだもの。それに何かを育てることっていうのは僕にとって喜びだ。
「うん、大きくなるの見てるの楽しいから」
「おれ花でも買うのかとおもってたのに」
ああ、お屋敷に花を飾るのかと思ってたのか。
「お屋敷には飾る必要がないからね、それにお花なら畑の周りにも咲いてるでしょ」
「あれ、草じゃん」
僕とプッケが話をしていると花屋のおばちゃんがたっぷりと種が入っているだろう袋を差し出してくれる。
「これなら丈夫で綺麗な実をつけて育て方で味が変わるよ」
僕の手に乗せられた袋、元気なエネルギーを感じる。
「うん、おいくらですか?」
袋を懐にしまって反対にお財布を出した。値段をきいても高いのか安いのかわからないけれども、言われたおりに支払う。
お屋敷への道で僕はとっても満足であった、主人に頼まれたお使いもできた。最初は何も買わないつもりだったけど香水を購入した後に、欲しいな、と思っていた種を買ってしまったし、とっても満足だ。少しは主人の役に立てることができる。
思っていた以上に買い物に時間を取られてプッケが行きたがっていた畑は今度にすることにしてお屋敷の前で別れて僕は玄関から室内に入る。室内は明かりをつけていないから目が慣れるまではまっくらに感じるけれどもすぐになれる。
そのまま地下へといき主人の部屋にそっとはいる。主人はいつか僕が想像していた通りに寝台に丸くなり眠っている。すべらかな肌、普段は鋭い目がまぶたに隠され、少しだけ開かれた唇、どれをとっても僕が今までにみたもののなかで一番。
僕は寝台から離れて、机の上に頼まれた香水と、ともに購入した造花の花を添えた。本物ではすぐに枯れてしまうから、ちょうどいいと思ったのだ。
「主人、おやすみなさいませ」
主人には聞かれないように、そっと、ため息が出るときのように声をかえて扉を閉める。主人が起きるまでにはまだまだ時間はある、僕は自作畑にでも行こう。
大事な大事な主人。いつまでもお側に仕えます。




