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望んだハッピーエンド


 実は自らではなく、ラフィースの力によって強制転移させられた水月は、『邪神ラフィースの迷宮』と名付けられた神殿を物珍しく眺めながら魂魄の誘導に従ってある一つの室内にやってきた。

 ラフィースの像が設置されている祈りの間。


 そこで今、水月の願いを叶えようとラフィースは姉によって切り分けられた体を使い、肉体を作っている所だ。

 水月に見えないようにと行われている作業。それは少々グロイからだ。そんな物を好きな人に見せたいとは思わない。そういう趣味があるのならともかく。

 無から有を作る事も容易いが、今から作るのは仮の姿ではなく、神として活動するための肉体なのだから、自分の体があった方がいいのだ。

 他にも封印されている体はあるが、それも随時解除、こねて混ぜれば違和感なく今の体となじむだろう。全部揃えてから魂の移動をする方が違和感は強いはずだ。

 何故なら星神ラフィースは新しい星神になるのだから。


(いいのか? 本当に、俺を取り込んでも)

(お前がいないと水月は納得しないだろうが。顔も体もお前がベースだ)

(……それは、バレないか?)

(目と髪の色を変えれば大丈夫じゃないか?)

(適当だな……)

(……お前は意外に細かいな)


 そうだろうか? とラフィースの切り返しにセラフィエルは眉を寄せた。ラフィースが適当、いや、大ざっぱ過ぎるとセラフィエルは思うが、そのあたりは神の精神か、人の精神かの違いもあるのだろうと、セラフィエルは口を閉ざした。


 出来上がった新しい体を寝かせ、二人はこの世界の分け御霊を見た。


(では、本当の意味で一つになるか)


 ラフィースの言葉にセラフィエルは頷いて、己を分解させていく。

 ラフィースの体も粒子となり、御霊の核に入り込んでいく。


 流れてくる記憶。思い。想い。念い。


 自分の過去。自分の過ち。裏切り。悲しみ。

 そして異世界で受けた情熱という想い。


 嬉しくも、苦しかった程の想い。

解放したかったのに、余計に苦しめてしまった事への後悔。

 だからこそ生まれたと言っても良い感情。


 まだ触れた事のない思い人。

 募る思い。積み重なる想い。

 スタート地点にすら立てない事へのもどかしさ。

 まだまともに話すらしていないのだ。

 でもそれももうすぐ終わる。終わらせる。


 四つを二つに二つを一つに。自分で有り自分で無かった者が、記憶を補完し想いを一つとする。


 ***


「う……」

「あ、目覚めた!?」


 目を開けると隣に居た少女が心配そうに尋ねてきた。

 見覚えの無い。と一瞬彼は思ったが、すぐに気づく。姉の神域で見た、と。


「……水月?」

「う、うん!!」


 確認を取ると彼女はとても嬉しそうに頷いてくれた。

 それを見て、詰めていた息が溢れた。どうやらいつの間にか緊張していたようだと彼自身苦笑した。

 

「どこか痛いところとかない? ヒールも使えるからヒール使うよ?」

「いや、問題ない」


 反応があるのが嬉しいのか水月の頬は赤く色づき、小さな子供の様に見えた。

 たしか、年上だよな? と彼は思い出す。

 魂のベースはこちらの世界のものを使ったからか、少し違和感がある。それもすぐ無くなるだろう。と体を起こして、自分の姿に気づいた。衣服を身にまとっていない。


「あ、これ、使って。男性服。たぶんサイズは自動で調整出来ると思う」


 慌てて、前もって準備して洋服を渡して、背中を向けてくる。

 なんで男性の服を持っているんだ?

 彼は疑問を浮かべた。ラフィースは男性の衣服なんて用意していなかった。

 なら彼女が最初から持っていた事になる。しかし、こうなる事を彼女は知らなかった。なら、これは別の男のために用意されたものか? と服の一つを広げて気づいた。


「これはフロスフェーム・ファンタジアの衣装か?」


 とても見覚えのある衣装だった。

 一時期、こんな服装の男女ばっかりと戦闘した覚えがある。


「うん。そうだよ……って、セラスはどのくらいそれの記憶があるの? っていうか、あ、セラスって呼んで大丈夫?」

「問題ない。そう呼んでくれ。記憶に関しては、異世界の仮想現実という場所のゲームキャラクターとして暴れていた事くらいか?」


 答えつつ自分のしゃべり方が変わっている事に彼は気づいた。

 セラフィエルとラフィースの魂を一つにした事による影響だろう。

 大事な物を取りこぼさないようにとしたら、それ以外は色々と取りこぼしたかもしれない。なんせ、大ざっぱなのだから。


 黒・青・白とある軍服の黒いのを取り、向こうの神から貰ったシステムを使い着替えていく。

 

「……私の記憶は?」

「……ある程度は。すまないが最初の頃の小夏のはほぼ覚えていない。小夏が色々試行錯誤してからなら、覚えている」


 これは一つになった影響で記憶が消えたなどではなく、本当に二人が覚えてなかった。

 流石に何万人、いや、何十万人というユーザーを最初から全て覚えろというのは記憶を司る神ではないラフィースには荷が重かった。


「そう」


 不安そうに聞こえた声。そんな声を出して欲しくなかったが、これは自業自得だろと思うしかない。


「着替えた」


 そう声をかけつつ、水月の後ろに立つ。彼女は振り返って、目をキラキラと輝かせた。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


(そういえば、セラフィエルだった頃にこんな視線を何度か向けられたが、……あの頃は全然嬉しくなかったが、今は嬉しいものだな。いや、やつらはむしろ肉食獣。一緒にするのは酷いか)


「洋服は全部セラスにあげる……って、言われても困るかな?」

「いや、俺にもゲームシステムがいくつか生きてるから問題ない」


 なんでそんなに男性服を持っているんだ? と、彼は聞かない。

 女性アバターでも男性服をゲットしてしまう事があると思い出したからだ。

 友人達と物々交換をしているのを何度か見たことがある。

 だから、まだこんなに持っていたのか、と思いはしたが、ありがたく貰っておく。

 ゲームシステムを使えば、着替えるのも一瞬、脱ぐのも一瞬。そしてしまうのも一瞬。

 これが、ゲームアイテムだけなのか、この世界の物にもまで有効なのかは分からないが。


「この収納に関しては便利だな」


 しみじみとそんな事を口にした。

 

「便利だよねー。あとコレ」


 大荷物を一度でも持ったことがあるものなら誰しも便利だと大絶賛する機能だった。


 それから少し話をして、彼は歩き出す。迷子防止のためにと言いたげに水月の手を掴んで。

 手袋越しなのが不満だった。

 手袋を取ってから握れば良かっただろうかと彼は思う。


「それで、どうしてこの世界に?」

「えーっと、事故に巻き込まれた? 死んじゃったから、こっちに呼び寄せてくれたみたい」

「死んだ?」


 足を止めて、振り返る。

 そうだ。確か、向こうの神が、死んでから移動させると。で、人を助けて死んだと……。


(……この辺の記憶、取りこぼしてそうだな……)


 水月が関わっている話ではあるが、誰かに殺されたとかならば話は別だが、助けたというせいかどうにも荒い記憶のように思える。細部を思い出せないような。

 もしかしたら、助けるためとはいえ、それが原因なのには違いないと、憎しみを募らせないようにと、あえて歯抜けな記憶なのかもしれないと見つめていると、水月は「死んじゃった」と少し恥ずかしそうに言って、彼が理解すると頷いた。


「で、女神フロスさまがデータを移行してこっちに連れてきてくれたと、認識しています。詳しい話はちょっと聞いてない。でも、セラスを救ってあげてって、あの場面に飛ばされたの」

「……そうか」


 相づちを打ちつつ、あの当たりの記憶をさらう。そして、重要な事を思い出した。

「家族や恋人は?」


 水月の家族や友人親しい人は数年後、ここにやってくるはずだ。

 家族は構わない。むしろ大歓迎だ。それまでに住む場所も用意しなくては思うくらいに。

 友達に関しても。ホームで楽しげな声を聞いていた。全然問題ない。歓迎する。

 恋人に関しては全然歓迎できない。こないで欲しいと思うぐらいだ。しかし、優先されるのは自分の気持ちではなく、水月の気持ちなのだ。

 あの神なら間違いなく送ってくるだろう。

 負けるつもりはない。そいつが来るまでの間に落とす。


「家族については、うん。ごめんなさいっていう気持ちだけど。あと、コイビトはイナイデス」


 水月からしたら当然ともいえる答えだった。

 恋人がいたらあんなにゲーム出来ていない。

 そして、水月がセラフィースのもう一つのエンディングを目指していたのは、彼女が本気でセラフィースに惚れてしまっていた事だった。本人は『はまった』と別の感情に書き換えていたが。


 ゲームだと分かっていた。馬鹿な情熱のかけ方だと分かっていた。それでも、胸に芽生えた気持ちを捨てられなかった。大きく育ててしまった。

 セラフィースにハッピーエンドはないと知って、泣いた。悔しさに、達成された願いに、もう自分に出来る事はないと胸の奥にしまったが。それでもその思いは枯れる事はなかった。

 二人の魂があったからだ。

 撫でると嬉しそうに明滅して、ほんのり暖かくなる。嬉しそうというのは勝手な想像だが、好きになった人の魂が反応をしてしてくれていると思ったら想いを捨てきれなかったのだろう。だから新しい恋などつけいる隙も無かった。


「そうか。じゃあ、俺が立候補しても問題はないな?」

「え? ……えーっと……はい」


 向かい合って確認すると、ぽかんとした表情で頷いた。

 その表情に自分が言った意味を理解していないのかもしれないと一瞬彼は考えたが、それならそれでそこに付け入れるだけだと、判断した。


「では、改めてよろしく頼む、水月」


 そんな言葉と共にまだ呆然としていた水月を抱きしめる。

 顔を真っ赤にして混乱して見上げていたが、何も言ってこないし、何も抵抗しないしと、もっと混乱すればいいとさらに強く抱きしめる。

 ああ、ずっと欲しかった温もりだ。と思わず、水月の頭に頬ずりする。


 水月は一瞬びくりとしたが、それで余分に籠もっていた力が抜けたのか見上げていた顔が少しずつ下がり、頬を彼の体に付ける。

 じんわりと温もりが伝わってきて、仄かに香る、自分の物では無い匂いに。鼓動に。

 生きてる。と頭の片隅でころりと転がる。

 体が震えて、気づけば涙が零れてきていた。

 泣いていると自覚し、彼が生きているのだと改めて思い至れば、涙も想いも止めどなく溢れてくる。そして、自覚する。自分の本当の想いを。


「……せ、セラスは救われ……た?」

「ああ、お前が救ってくれた」

「……う、よ、かった……」


 石像のように動かなかった手がゆるゆると動いて彼を抱きしめる。そう出来る事実に水月の泣き声が大きくなる。感情が爆発したように泣きじゃくる水月に、彼は罪悪感を覚えた。

 これほどまでに自分達の取った行動は彼女の心を痛めたのかと思うと謝りたくなるが、今の自分は救って貰ったわけだし、謝るのも違う気がすると、どれが正解か分からず、腕に籠もっていた力を少し緩めて、水月の頭を撫でる。

 泣かなくてもいいと声をかけるべきか、自分のせいなのだから、好きなだけ泣かせるべきだと考えるべきか。しばし悩んだが結局答えを出せずに口を閉ざして優しく撫でるだけになってしまった。


「ごめん……」

「いや。問題ない。が、そんなに泣かれると、喜べばいいのか、それとも、困ったと笑えばいいのか……」


 泣き止んだ水月にほっとし、涙を拭うと手を繋ぎ歩き出す。

 本当はもうちょっとゆっくりさせたい所だが、なるべく早くに目的地につきたかった。

 水月をこんな濃い邪気の中を歩かせたくなかったのだ。


「どっちだろうね。私も最初はセラスが救われて嬉しいって涙だったけど、後半はセラスと付き合える事になって嬉しいだったし」

「そうなのか?」

「うん。だからごめんね」

「そうか。なら喜ぶ事にしよう」


 予想外の言葉に彼の心は明るくなる。

 全てが過去に味わった苦しみの涙だったのなら、心苦しい所だったが、本当の意味でうれし泣きも混じっていたのなら良かったと思うと同時に、邪な気持ちも生まれてくる。

 手を握って、一声かければ、彼女の身体能力からしてなんの問題はないのだろうが。分かっていてもせっかくのチャンスと水月を姫だっこし、抱える。


「ひゃう!?」

「すまん。跳ぶ」


 端的に答えて、彼は仕掛けのされている壁に向かって跳躍する。

 壁をすり抜けて、別の空間へと移動する。


「ここ……は?」

「星神ラフィースの武器がご神体代わりに設置されている場所だ」


 彼が示すのは、魔法使いタイプのセラフィースが使っていた錫杖だ。

 彼は水月を下ろすとその錫杖を手にし、まだ中に残っていた邪気を一気に追い払う。

 そして錫杖の力を使いさらに浄化の力を強化して神殿に残っていた邪気を全て払う。


 システムが『星神ラフィースの神殿』と表示した。


 神の力も問題なく使えるなと確認を取ると振り返る。

 こちらを見て無意識に微笑む水月にとりあえず邪気の影響は今のところなさそうだ。

 錫杖に自動で邪気の浄化の力を付け加える。

 今のこの体の基本はセラフィエルになっているので、刀での戦いになる。魔法職ではないので錫杖はあっても使わない。

 なら、お守り代わりに水月に渡していた方が無駄にはならないだろう。

 水月はちょっと遠慮しつつも嬉しそうに受け取り嬉しそうに抱きしめていた。

 かわいいなぁ。と思うと、もう一度抱きしめてしまおうか。と彼は思った。

 魂魄だった頃、あんな風によく抱きしめて貰ったな。と思ったら、お返しにやってもいいのではないだろうか。と無表情にも見える顔でそんな事を思っていると、水月の手に刀が現れて、一瞬動きかけた指が止まる。


「これ、返した方がいい?」

「あー……。流石に、それを振り回すと、バレそうだな……」


 差し出されたのは自分の愛刀。

 だからこそ使うわけにはいかなさそうだ。

 この顔で、この刀を振り回していたら絶対にバレる。


 じゃあ、代わりにと差し出されたのは、夜桜月刀という刀。


「いいのか?」

「うん。使って」

「ありがとう」


 受け取りながら、その唇に軽く口づける。途端に真っ赤になる水月に笑みを返して、本当に年上なのだろうか。と貰った記憶をさらう。初めてあった頃は年下だったらしいが、こっちに来る頃には年上になっているはずだと。すくなくともゲーム内で成人(二十歳)の祝いをしているので、二十歳は超えているはずなのだ。


 未だどんな表情をすればいいのかわからず、目が少しさ迷っている水月に小さく笑い、水月に手を差し出した。

 水月は首を傾げて、渡されたばかりの錫杖を乗せようとする。


「違う」


 笑い声と共に否定されて、ならばと犬のお手のように手を丸めて置いてみた。


「そっちになるのか」

「えっと、気恥ずかしさもあったのね」


 空気を変えたかったのか、と理解し、その手を軽く握ると丸まった手がほどかれて、同じように軽く握ってくれる。


「……『小夏』。俺は君が知っている魔王セラフィースではない」


 あえてゲームのキャラ名を口にする。


「君たちが見た俺達の記憶はほぼ事実だ。君たちと戦い、君が救った魂は俺ではない。その魂はここに来て、俺……。ラフィースとセラフィエルの魂を一つにするために、力を使って、溶けて一つとなった」


 真剣に聞きつつも、理解仕切れていない水月を見つめる。


「君たちが救おうとした魂は、君が想いを寄せていた魂は、俺でありながら俺ではない。異世界に分けられたもう一つの魂だ」

「……うん。それで?」


 理解し切れていないなりに水月は頷いて先を促す。


(スルーされてしまった……)

 

「だから、俺は、君が知っているセラフィエル自身でもラフィース自身でもない。同じだけど、同じじゃない」

「……えっと、うん。それは分かってるよ?」


 だから何? と首を傾げられて今度は彼の方が戸惑った。その戸惑いを見て、水月は逆に説明する。


「え。だって、異世界の話だし。ゲームはゲームでしょ? ここに来て、事実を題材にしたゲームだったんだ。ってのは理解したし、だから、一応、別人っていう認識はしてたよ?」


 その言葉に彼の方が驚いた。


「だから、あの場面じゃなくて、もっと過去、セラフィエルが魔王になる前に飛ばされたら間違いなく、お友達からお願いします! って言ってただろうし。そもそもセラス、最初私の事わからなかったじゃない?」

「いや、だから魂魄が一つになった時、軸になるのが向こうでの魂であったのならともかく、こっちでの魂だったから、お前の知る俺ではないと言っているんだ」

「ああ。そういう事。でも、それってそんなに重要?」

「は?」

「いや、だって、復活のクエ事態の流れはどっちも変わらないのでしょう? ならこっちだろうとむこうだろうと基本は変わらないでしょ?」

「それは……そうだが……」


 戸惑っている彼に水月も戸惑っている。


「……俺は水月が話しかけてきていたセラスではない。それでも本当にいいのか?」

「はは、セラスと会話なんてほとんど出来てなかったし。むしろ、たったあれだけで、私を彼女にしていいのかな? っていう疑問の方が強いんだよね。そりゃ、確かに、セラスを最初に解放できた人間なのかもしれないけど」

「そっちではなく、魂魄の方だ」

「魂魄?」

「いつも話しかけてただろ? 内容はもちろん覚えているし、彼らの想いも引き継いだつもりではあるが……」


 視線を彷徨わせながら告げていたが、ふと気づけば水月が口をあんぐりと開け、そして顔が赤くなっていくのに気づく。


「水月?」

「あ、あれ……。こ、魂魄の時って……意識、……あったの?」

「……無いと思ってたのか?」

「え、うあ、や? 完全にないっていうわけでも、なかったっていうか、でもあれゲームアイテムだし、もしかしたらいつか、復活出来るイベントが起こったりしないかな、とか、アイテムが出たら良いなとか思ったりもしたけど、したけど、したんだけど……」


 言葉が尻すぼみになっていく。

 耳まで真っ赤になってしまった。水月の頭の中はどんな話をしたかというのを思いだそうと必死だ。


「それに、俺はセラフィエルとラフィースの魂が本当の意味で一つになったから、その分、性格も変わっていると思う。人でもないしな。それでも、俺を……『セラス』と呼んでくれるのか?」

「もちろんじゃない」


 声にも顔にも不安を出さなかったが、彼にとってはそれはとても不安な質問だった。しかし、そんな不安なんて吹き飛ばすように水月は即答した。

 なんでそんなことを聞くのと笑い出す始末。


「じゃあ、改めて、よろしくねセラス」


 彼の不安に気づいたのだろう。水月は右手を差し出してそんなことを言ってきた。彼はその手を見て、一瞬父のことを思い出したが、その幻影を微笑で吹き飛ばす。

 家族の代わりなどではない。


 しっかりとその右手を握り返した。この瞬間彼は、本当の意味でセラスになったと実感が出来た。


「よろしくな」

 

 うん。と水月が頷くとセラスがぎゅーっと抱きしめてくる。


「えっと、セラス?」

「うん」

「……ううん。なんでもない」


 なんだか幸せそうな声が聞こえたので、水月は何も言わず体をセラスにもたれさせて、手を背中に回した。


「ずっと、触れたかった。ずっと話したいと思っていた。それは俺の想いではなく、彼らの想いだけど、でも、もう俺の想いで……。水月、水月、水月」

「せ、セラスさーん。耳元で囁くのはだめ、アウト~」


 思わず片耳を押さえて離れようとしているがセラスは逃がす気がないようで、腰を抱き寄せる。


「なんだろう……。俺をきちんと『セラス』だと認めてもらったと思うと、嬉しくて、愛しくて、くすぐったいくらいで、気が狂いそうなほど、嬉しいんだが」

「ごめん! ちょっと落ち着いて! 免疫ないの! イケメン過ぎるの! 良い声すぎるの!!」


 そんな褒めて逃げるなどという手に出る水月にもう一度唇にキスをして、それから名残惜しそうに水月を離した。


「これ以上は止めとく」

「う、うん。そうして、もう、いっぱいっぱいです」


 熱い顔に両手で手をパタパタとあおって冷まそうとする水月を見ながら、続けようと思って止めた言葉を心の中で音にする。


(理性が吹き飛びそうだし、なんて言ったらどうなるんだろうな)


 パンパンッと両頬を叩いて、赤い理由をごまかそうとする水月をみながらほくそ笑む。


(二人分の想いだからというのもあるが……。ラフィースはこんな風にはならなかった気がするから……。セラフィエル側の想いのせいか? 恋なんてしてなかったから重いなんて知らなかった。……いや、でも、裏切られたから世界を滅ぼそうと思うんだから……ラフィースもラフィースで重かったということだろうか……)


「……」


 セラスは声をかけて、歩き出す。

 今度は水月の手を握るようなことをしなかった。


(俺の理性、思ってたよりも弱いかもしれない……。紐や糸くらいだろうかと思ったが……もっと弱いのかもしれないな)


「水月、紐や糸よりも切れやすいものってなんだと思う?」

「突然何?」

「縛るのに一番適さないものはなんだろうと思ってな……」


 ため息とともに紡がれた言葉に水月は首をかしげた。『縛る』という言葉に、ラッピングを想像してみる。紐。糸。と想像して、『堪忍袋』という言葉が浮かんできた。


「うーん。濡れティッシュとか?」


 トイレットペーパーとかでもいいかもしれないが、とりあえず頭に浮かんだのは箱ティッシュだった。トイレットペーパーだと長いし。というのもあった。

 そう答えて水月は空いてる手を握った。セラスが驚いたように見たが、すぐに握り返す。


「それは、糸よりも切れやすいのか?」

「うん。ほんのちょっと力を入れるだけで避けてくよ。こすっても分解しちゃうよ」

「なるほどもろいな」

「うん。もろいよね」

「そうか。俺の理性はそれくらいもろい可能性があるから、ある程度は自衛してくれると嬉しい」

「…………さらりととんでもないことイワレター……」


 どこか嘆くような声にセラスは微笑した。実際のことだから仕方が無いと。

 水月はそんな顔を見て、肩をすくめた。それが嘘か本当かは知らないが、きっとたぶん自分は拒めないだろうなと、握りしめた手から感じるぬくもりに思った。

 失うどころか、あり得ないはずのものを勝ち取ったのだ。

 ハグもキスも拒めなかった。拒むという意識すら浮かばなかった。本気で迫られたら間違いなく拒めないだろう。

 自分に出来る自衛としてはそれを言わないことくらいだろうか。とぼんやりとそんな事を思いながら水月は話を変える。


「とりあえず! 今日は、まず異世界の街を堪能したいです!」

「街ねぇ……」

「あれ?」 この周り街とかない? 村ならある?」

「魔物の発生の地だからな。そうとう遠い場所に砦とかならあるかもな」

「……なんてこった……」

「ラフィースが星神だった頃は街の中にあったんだけどな」

「だよね……。ま、いっか。実際にどれくらい自分が戦えるかわからないし……。それを確認しながら近くの街を探すって事で」

「それでいいのか?」


 神の力を使えばすぐにでも探せるし移動することも出来る。


「うん。せっかくだし」


 その言葉と笑顔にセラスはきゅんときた。

 何がせっかくなのだ? と問えば、自分が一緒な事だろうと返ってくる事がセラスは理解出来た。出来てしまった。

 気づけばまた水月を抱きしめてしまう。

 戸惑う彼女には悪いなと思うが、魂魄生活が長かったからだと言い訳する。

 触れたくても触れられなくて、抱きしめたくても抱きしめられなくて、問いかけに答えてあげたくても答えられなくて。

 現実世界でいえば七年あまり、ずっとそうしてきたのだ。実際に触れられる、会話が出来るという事実はため込んでいた想いを加速させるようだった。


「……水月。やっぱり俺は、俺たちはお前の事が好きだ。愛してる」


 顔を真っ赤にして、こくこくと頷く。声が出ないといった感じだ。


「救ってくれてありがとう。本当に、ありがとう水月」


 体を少し離し、改めて水月の目を見て感謝を口にすると、目が少し見開いた後、花がほころぶように、幸せそうに笑うから、衝動的にセラスはもう一度抱きしめようとする。しかしその腕は空を掴んだ。


「もう! だめ! いつまでたっても出発できないよ!」


 顔を真っ赤にさせ、照れ隠しのようにちょっと強めに言って、水月が歩き出す。

 置いてきぼりにせず、セラスの手首を掴んで歩くのは、逃げてしまった事による罪悪感だろうか。


(……いや、それよりも、今、見えなかったよな…………)


 水月が己の腕から逃げたのが、転移ではなく、水月自身の身体能力だとセラスにはわかった。

 セラスは今、神でもあり人でもある。ラフィースが昔、人に紛れて生活してた頃はあくまで擬態だったが、今は神の血肉が混じった人の体に、神の魂が入っている状況だ。体の身体能力はセラフィエルが近い。

 どれだけ神の力を使っても体に不調として表れないだけだ。

 普通に考えればかなりのハイスペックだが。よくよく考えなくても、ゲームの身体能力がそのままこちらへと移行されているのなら、間違いなく。

 水月はセラフィエルよりも強い。

 どれだけレベル差があるのか、システムによる水月の鑑定は全て「???」で表示されるほどで、このままでは、守るどころか守られる立場だ。


(……レベル上げしなくては……)


 セラスは心の底からいや、魂の底からそう思った。

 たとえ元が英雄だろうが魔王だろうが神だろうが、一人の男としてそう思うのだった。




ここまでお付き合いありがとうございました!

一応これにて完結です。


なかなか完結出来ないタチなので、「まずは目指せ完結!」って事を目標にしてました。

以降の話は別でまた書きたいと思います。

じゃないとズルズルいきそうなので。


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