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《足羽山 桜満開 夕方》
足羽山は福井平野にある、小さな山なんや。
聞いた話では、標高百メートル……山? なんか?
まあこの話は、置いといて。
足羽山には足羽山公園があり、たくさんの緑があんやって。
まあ福井はあちらこちらに、自然はあるんやけどここだけはどこか別格なんや。
つまりそれだけ、福井と共にある山なんや。
春先、ここは人で賑わう。
理由はたくさんの桜が、花を咲かすからやざ。
私はシャトルバスにいる。
シャトルバスは、足羽山の中腹まで乗せてってくれるんや。
陽は高いざ。
少し前なら、もう真っ暗やったなあ。
バスが終点、足羽山公園に着いたざ。
足羽山は足羽山公園でもあるんやって。
山全部が公園なんやざ。
「おーい、遅かったなあ」
バスを降り立ったら、オトンが声をかけてくれたんやら、
オトンは先回りして、場所の確保をしてくれたんやざ。
とは言っても、確認みたいなもんやけど……
え? 確認ってなんやって?
まあ、後でわかるざ。
「ばあちゃん、沙織、お父さんは、始めとるわ」
「え? それって!」
「宴の始まりや。桜よりも、酒やったみたいや」
アハハハ……ん?
「みんなは、どうやって来たんや」
「俺のクルマやざ」
……は?
「俺のクルマに、みんな便乗したんや。駐車場を一つ開けてくれたことを聞いたんや。そしたら……なんや」
「えー!」
「全くや、松浦様やって」
オトンが笑てるざ。
おいおい、幸隆に余計なことさすなや!
幸隆かて忙しいんやぞ。
まあ……ええかあ。
因みに私は、他に少し用事があった。
だから別行動しとったんや。
行き先は……お墓やざ
それも松浦のや。
この世におらん人やけど、なんか今でも熱くなるんや。
特に私がインフルエンザで、倒れてからはそれが少し強くなったんや。
お墓は、少し前に幸隆に教えてもろた。
彼岸の時や。
デートの一つやった。
コースには向かん場所やけど、教えてもらい、手を合わせ、来て良かったと心から思ったんやわ。
けど……
孝典……もうこれが最後やざ!
心に誓い、少し泣いたんや。
「どうしたんや?」
「ん? 別に、なんや?」
少し顔がしんみりしとったみたいやな。
ここは笑顔やざ。
「後ろのトランクに開けたる。品物取れ」
オトンがそう言うたざ。
オトン……
「オトン、オカン許すんか?」
「経緯はわからん、けど少しくらい男を誘惑させるだけの魅力も必要やろ」
そういいながら、クルマのトランクを開けたって。
「それに、祥子はそんなんできんのや。すぐわかるやろ? 健全なんやわ」
オトンがそう言いながら、二つの入れ物を取り出したざ。
どうやら、オトンはオカンの全てを知っとるようや。
二つの入れ物で、小さい箱は私が持ってん。
持ってん、これも方言や。
オトンは重箱持ったざ。
「相変わらず、ええクルマやな」
「古いクルマや、まあ新車が全てやない。燃費は劣るけどな。中古の今のに買い換えよか……そこで、迷っとるんや」
こんな話しながら、さて目的地に向かうざ。
《足羽山公園 桜満開 宴会中》
足羽山公園の真ん中に、私は来たんや。
人気がすごいざ。
それに熱気もある。
ライトアップされた空間が、どこかええざ。
桜は……やっぱり陽の高い時やな
あまり見えんざ。
「あっ、早苗ねえちゃん!」
大声が聞こえた。
言わずと……沙織やな
「アコや、さて行こうや」
私は頷いたんや。
花見の一角に、大きな敷物敷いた団体様がおった。
そこには知った顔が、いっぱい居たって。
「よう、ひさしぶりやな」
ほろ酔い加減に、声をかけたんは荒井さんや。
宴会出だしなんに、ペース早そうやな。
私は、頭を下げたざ。
まずは……
「桜井一行は、ここやよ」
これは沙織やざ。
沙織の声に導かれ、私がそこに行くと……オカンと宮本さんが居たんやわ!
私は吹いてもた。
オカンは顔が赤いざ。
お酒なしでや。
「祥子、ただいま」
オトンが笑てる。
「旦那さん、すみません、お暇してもて」
宮本さんが、笑いながら唐揚げをパクッと食べたざ。
豪快な食べっぷりやなあ。
沙織の横には、連クンや。
なんか、ベッタリ引っ付いとるざ。
「あっ、早苗さん、おじゃましてます」
同じく玉子焼きをパクッと一口で食べたざ。
……親子やな
「あら、早苗さん、こんばんは! 料理美味しいかあ? 知り合いに見繕いでもろたんや。量も味もええやろ」
松浦のお母さん!
実は今回、桜井は弁当もって来てないんや。
お母さんが、全部用意してくれたんやざ。
もっと言えば松浦のお花見の席に、桜井の食べ物も上乗せさせたんや。
「はい、ありがとうごさいます。でも、ええんか? 松浦さん払うんやろ?」
「小さいこと言わないんや!」
お母さんが、笑とるって。
……さて、私はまず仕事せなアカンのや
まずは、和田さんとこ行こう。
和田さんは……いた!
近くには、幸隆と、佐藤さんもいるざ。
さてまずは仕事やざ
「和田さん、改めて本社転勤おめでとうございます」
私は和田さんに言うたざ。
近くには、お酒の一升瓶がほとんど空いとった。
ここの人等は、ペース早いなあ。
「ありがとうごさいます。福井にきて私もいろいろあったけど、一つ嬉しかったのは、酒が美味しいことですわ。現にこれだけ一辺に飲めるんですから」
そう言って、ほとんど空いた一升瓶を指差したんや。
…………へ!
「和田さん、大丈夫かあ?」
「はい?」
和田さん、キョトンとしとる。
なんか、少し見えたざ。
和田さんのコシヒカリの暴言、この飲み方が関係ありなんやな。
だからあまり大事には、ならんかったんやろな。
和田さんは大変な失態ぽかった言うてたけど、周りはそう受けとらんかったんやろと思うって。
だから何とかなったんやろな。
「さて、佐藤さん、和田さんへのお菓子用意できました。お出ししますざ」
近くに居た佐藤さんに、一応のお伺いをたてたざ。
「はい、お願いします」
佐藤さんが言うた。
少し大人しいざ。
この人はお酒入ると、こうなるんやな。
そんなことより、まずは箱や。
風呂敷を解き、箱を置く。
箱を開くと……そこには餡たっぷりの団子があったんや
「早苗、これは?」
さっきから見とった幸隆が、いきなり声をかけたんやって。
「幸隆、アンタは黙ってて!」
「はーい」
不抜けた声やな。
酒は……入ってないみたいやけど
「和田さん、漉し餡を乗せた団子やざ。この箸でとって食べてみてください」
「団子ですか! それにすごい餡ですね……まあ、一つ、いただきます」
そう言って、一口食べたんや。
そしてお酒を飲んだざ。
「……へえ、不思議なくらい合いますね!」
よし!
「早苗、顔出とる」
え!
「あははは、美味しいです。まさか、日本酒に団子……ここまで合うとは!」
「花より団子……これはお酒の話でもあるんや」
「え?」
「桜の下で、お花見はいつの時代もあったそうや。当時の茶店はお茶だけじゃなく、お酒も扱う所があったそうなんです。そこで売られていたんは団子なんや」
私は言うたざ。
スマホ様々やざ。
これでググッて、正解や。
豆知識まで、すぐわかるんで。
「それに少し桜の香りが……」
「桜の葉を細かく刻んで、団子の中に練り込んだんやざ。これは桜餅の考え方といっしょやざ。団子に桜……これも相性抜群なんや。餡は漉してます。粒の口当たりが、気にならんようにやざ」
「団子も餡も美味しいです。お酒とも、いい相性ですよ。さすがです」
和田さんが笑てるざ。
よし、上手くいったみたいやって。
「おーい、この団子! 美味いなあ」
あちらから、家の団子を摘んだヤツがいる。
……荒井さんや
あの人、酒癖悪いんか?
「桜井さん、お疲れ様! さて、楽しみましょう」
和田さんが言うたざ。
楽しむ……そやな、今から花見なんや!
少し楽しまな。
《宴会中 盛り上がり真っ只中》
「おーい、祥子、飲んどるかあ」
「飲んどるざ、耕平さん……ごめんのう」
「なにがや? なあ、宮本さん」
「ほや、ほや!」
「タヌキには、高嶺の花なんや」
「うるさいわ! ペンキ塗りたて!」
「なんやてかあ」
「やれやれ……すみません、宮本さん」
「旦那さん、楽しいですざ」
「連クーン、私な、ついてくざ」
「あはは、団子美味しいざ」
「当たり前やざ、ねえちゃんの団子なんやで!」
「ワテも居るんけど……」
「ばあちゃん、ビックリさせんといて!」
「さっきから居たんやけど……」
「まあまあ、沙織におばあちゃん」
「ウラもいっぞ!」
「じいちゃん、いたんかあ」
「おい、沙織!」
「まあまあ、ところで篠原さん従兄弟さんなんですか?」
「ん? 確か連君やったな。そや、アイツも来たかったらしいけど……議員は行けんと嘆いとったわ」
「市議会議員さんの前は、医者やったんですね」
「そや、早苗の時は幸一郎のおかげでもあった。アイツには感謝しとる」
「俺もです」
「ん?」
「やっと、将来やりたいことが、漸く決まりましたんやざ」
「……連クン、私はついてくざ」
「和田課長、お疲れ様でした」
「一郎、頼むぞ。福井も住めば都だ」
「わかってます。私はこの福井の雰囲気、嫌いではないですよ。ギスギスしてる東京より馴染めそうです」
「そうか、ならここで花嫁さん見つけな」
「ここでその振り意味不明ですけど……はいわかりました、桜井のあの娘さん……いるんですよね」
「完全手遅れだ」
「なんや、アンタ花嫁募集中なんかあ?」
「いきなり誰ですか?」
「荒井と言いますんや! 松浦商事の総務のモンですざ」
「はあ……」
「松浦幸隆課長と、桜井の別嬪を近づけたのこの荒井なんやざ。結構ひっつけるの得意なんやあ。良かったら……」
「かなり酔っとる」
「一郎、相手頼んだぞ」
「えっ!」
私は少し離れた場所で、桜を見とる。
夜桜も綺麗や。
けど、陽のあたる時間が一番ええ。
少し寂しいんや。
「早苗、なにしとるんや?」
幸隆の声がしたざ。
振り向くと、少し真っ赤な顔した幸隆がおった。
お酒飲んだんやな。
右手にジュース持っとるざ。
酔い冷ましやな。
「桜見てんやざ。満開……でももうすぐ散る。なんか寂しいんや」
「……俺は桜満開より、散り染めで葉桜になりかけが好きや」
幸隆が、言ったざ。
え? 葉桜が?
「桜の花は、綺麗や。けどその綺麗な花が散って、桜の一年が始まるんや。その始まりの鼓動が、聞こえるんや」
幸隆が、桜を見ながら言った。
……なんやろ、胸か熱いざ
どうやら私、感動したんやって。
「どうしたんや?」
「何でもないんや」
幸隆に少し寄り添ったざ。
「早苗……」
幸隆が、何かを求めとる。
こんな人多い場所で……
少し喉渇いたざ。
そや、間接キス!
「幸隆、そねジュース頂戴!」
そう言ってひったくると、ジュースを飲んだざ。
甘い……それでいて、苦い水やって!
「早苗、それジュースちゃうぞ! チューハイ……」
「ゆき、たかあー、チューしたいんかあ?」
「へ?」
アハハハ……やぁけぇにいー、ええきもちいー!
「へ? へ? ちょっと来い!」
あれ? わたしぃ、みんなんとこへえー
「あの、桜井のお母さん、早苗が」
「……あんた、酒飲ませたやろ!」
「ジュース頂戴て、チューハイひったくられたんやって!」
「えー! 松浦さん、責任とってやあ」
「ほや、沙織の言うとおりや。早苗は酒飲むと、変になるんや」
「え! はじめて聞いたって」
なあーんか、さわがしいざあ。
「ゆきたかぁ」
「なんや、早苗」
「あい、しとるざぁ……わたしぃ、で、ええんかあ?」
なんかぁ、くちからでたーぁ
「……これも、早苗や! いっしょやぞ!」
「やーん!」
あはは……
「わたしぃ、もやざぁ。ゆきたかぁ、おねがいやざぁ」
ゆきたかぁ、すきゃあ。
そして……
「みんなぁ、ありがとうやざぁ」
なんか……あ
しまりない、なあ。
まあ、ええかあ
「締まりない我が娘!」
「ええざええざ、なあ幸隆」
「そや、愛は変わらん、」
「彼氏さんも、酔っとるざ」
「なんでや! 妹さん、早苗に酔っとるだけやざ」
「オカン、二人共、重症やざ」
「まあ……しゃあない! そうしといたれ」
おしまい