1-1 潜入
県立秋ヶ瀬高校は、成績優秀な生徒が集う男子高だ。私はここの高校の2年生。だけど、私はある秘密を持っていた。
「小城、次の体育、柔道だと」
「マジか」
柔道だと密着するな。気をつけないと。
私の秘密は何かというとーー実は女だということだ。胸をさらしで潰して、今日も高校に通っている。なんで変装して男子高に潜入しているかと言うと、『安全に勉強ができる環境』だからだ。
実は1年前、私は共学にいたのだが、そこで爆破予告があった。未遂に終わったが、どうやら私が狙われたらしい。自分で言うのもなんだが、私はIQが高い、いわゆるギフテッドと呼ばれる部類なのだ。それで優秀な成績を修めていたため、どうやら命を狙われたようだ。そこで仕方なく性別を偽って男子高に編入した。女子だが、変装して男子高に通っているなんて普通は気づかれないはずだからね。
次の授業は柔道だ。男子と一緒に着替えるが、さらしを巻いているのも慣れた。男子への目のやり場に困っていたが、いつまでもどぎまぎしていたら身が持たない。
しかし、女子が男子に混じって柔道……受け身の練習をまずする。受け身がうまく取れないと、打ち所が悪かったら怪我をするからね。というか、男子に混じって柔道って、本来なら大問題になりかねない。が、何とかうまく誤魔化していた。乱取りしてもバレないなら大丈夫だろうか。
生徒同士で組み手をする。今日の私の相手は同じクラスの滝瀬翡翠くんだ。滝瀬くんも小柄なので、私と組むのはちょうどいいんだろう。
「お願いしまーす」
「お手柔らかに、ね」
挨拶をして、組み合う。襟首をつかんでお互い投げ飛ばすのだが、まずは私が滝瀬くんを投げる。滝瀬くんは細いほうだからか、投げ飛ばす感覚が軽い。受け身もうまい。
次は私が投げられる番。滝瀬くんに帯をつかまれる。イチ、ニッ、サンのタイミングで私は投げ飛ばされる。勢いがよかったのか、一瞬で宙を舞った。
「大丈夫? 小城軽いから飛ばしすぎた」
「うん、平気だよ」
腰から落ちたので少々受け身に失敗したかも……起き上がると、滝瀬くんに心配をかけないように笑った。
「滝瀬くん、受け身うまかったけど、何か武道やってたりする?」
私が訊ねると、滝瀬くんは首を振った。
「いや……特には」
会話終了。大人しい滝瀬くんは長い前髪をかき上げる。体育が終わるとメガネをかけた。
しかし、一限目から体育とは。さすがにきつくはある。私の体力は何とかついていけているからよいが、男子高のカリキュラムを女子が受けるのは根性がいる。今日は柔道だったが、腹筋だの腕立て伏せだの100回やらされることもあるからな。
さらしの上にタンクトップを着て、胸を潰しているが、女だというのはバレない。まさかこんな堂々と男子高にいる女子がいるとは思わないのだろう。授業後、クラスに戻って男子と共に着替えようとすると、生徒たちが群がっていた。
「……どうかしたの?」
「小城……」
私が教室に入ろうとすると、クラスメイトの男子が近づくのを遮る。仕方なく遠目で見る。するとーー私の机の上に包丁が置かれていた。
「っ! な、なんだよ、これ!」
私が思わず声を上げる。包丁って……まさか。私は去年の爆破予告を思い出す。せっかく男子高に転校して、脅迫や嫌がらせがなくなったと思っていたのに。
クラスメイトが教師を呼んでくる。また私は狙われた。担任は私に事情聴取をする。
「狙われたのは小城か……やっぱり例のアレか?」
担任は、私の素性を知っている。実は女だということを。だけど男子たちの前でその話はご法度だ。
私が狙われた理由ーーそれは、7月に数学オリンピックが控えているからだろう。私は数学オリンピックに出場予定だ。その邪魔をしているのだ。
「俺、出ますからね」
私は先生にはっきり伝える。脅迫に負けて欠場なんて。さすがにそうは問屋が下ろさないだろう。
だけど、女子のくせに数学オリンピックに出るから狙われているのか? でも、高校では正体はバレていないはず。なんで私は狙われるんだ。
「……」
包丁はどうやら家庭科室にあったものらしい。と言うことは、犯人は学校内部の人間だろうか。私が女だから狙われた? いや、その結論は早急か。たとえ私が男でも、嫉妬ややっかみで狙うやつはいるだろう。
犯人についてわかること。それは学校関係者だと言うことくらいだ。守衛さんがいるので、外部からの犯行ならわかるだろう。家庭科室の場所がわかり、一限目に体育があると言うことを知っている人間だ。
「……小城、怖くないのか?」
「正直怖いも何も、数学オリンピックには出ないとですから……脅迫されたから出場中止するなんて、できないでしょう」
担任から話しかけられた私は、ドライに返した。そりゃあ脅迫は怖いのだが、私が出場をやめると余計に騒ぎが大きくなってしまう気がするからな。
私たちが教室で真面目に話し合っているさなかだった。
「むささび戦隊モモンガー・グリーン参上!」
「!?」
教室に響く、謎の声。振り向くとそこには、小さな耳のついたヘルメットに、緑のマントを羽織った戦隊ヒーローみたいなやつがいた。
な、なんだ? コスプレイヤー? 男子高に? 色々ツッコみたいことがたくさんだが、モモンガーと名乗った正義のヒーロー(?)は、私の席に置かれた包丁に目をやった。
「ふむ……指紋を調べなくてはな。現場の写真も残さなくては」
「お前は何者だ? 生徒か?」
「僕はむささび戦隊モモンガーだ!」
「不審者だな、守衛を呼ぶぞ」
「!! では、アディオス!」
……なんだったんだ。モモンガーと名乗るヒーローコスプレ野郎は。私は机に包丁を置かれたけど、むささび戦隊モモンガーのほうが不審者じゃないか。
モモンガーはマントを翻して去って行った。
「ともかく、2限目の授業は中止だ。保護者に連絡をして、今日は生徒たちを家に帰す」
担任の判断は至極真っ当だった。
私の頭脳が狙われている。何が理由かと考えて、私は数学オリンピックだけではない、もうひとつの理由を思い出した。
『フェルマーの最終定理』。私は人類が解けないであろう命題を、あっさりと解いてしまったのだ。




