第一話 七度尋ねて神を疑え
時々、考えることがある。
この世界は、わたしが今、生活圏としているこの空間は、一体誰が創ったのだろうと。
この疑問を口にする度に、周りの人たちは口を揃えてこう言った。
「神様だよ」
神様。そのような存在が本当にいるのだろうか。
わたしは15年生きてきて、神様にも、神様らしき何かにも遭遇したことがない。
見たことがないから、会ったことがないから信じることができていないのかもしれない。そう思っていた。
けれど、友達も家族も皆、神様に会ったことがないのにもかかわらず、神様を信じている。
なんで?
なんで皆は信じられるの?
それはきっと、実は、実際は、神様の存在なんて、誰も気にしていないからなのではないか。
いても、いなくても、どちらでも構わない。実在しているかどうかなんて問題ではないと、そう考えているからこそ、簡単に信じることができているのではないだろうか。
わたしには、そんな風に考えることができなかった。
わたしは、神様には実在していてほしいと思っている。でもだから、存在が疑わしい。
というか、諦めかけている。
「神様なんていないんだ」
気付けば、思考が口をついて飛び出していた。
目を開けて霞んだ視界を見渡すと、教室中の人間と目線が合った。
その中には、怒りで顔を真っ赤に染めた担任の姿も。
「雪上さん! 雪上つららさん!? あなた何ておっしゃいましたか? 今が聖典の授業中だと分かった上での発言ですか? いいですか皆さん? 神はいます。いいえ、いなくとも、痕跡はあります。それは聖典だったり、子孫だったり、この世界だったり。皆さんもご存じでしょう? 今月は50名近くの方が高天の地へと出立されました。ああ、何て名誉なことなのでしょう」
高天の地か……。
不可逆の傷を負った者が、神様の子孫として送られる楽園。
本当にそんな土地があるのかも怪しいし、そもそも治癒が不可能なほどの深手を負えば神の血族認定だなんてよく分からない話だ。なんでも、聖典に描かれている神様に右腕がなかったことからこの伝承が生まれているらしい。はっきり言ってデタラメな話だ。
もちろん、こんなことは口が裂けても言わない。
「雪上さん、聞いていますか? あなたには信仰が足りないと言っているのです。 明日までにこのプリントの空欄を埋めておくこと! 他の皆さんに関しては何もありませんが、くれぐれも信仰心を忘れないように。いいですね? では今日の授業を終わりにします」
そう言うやいなや、わたしの机に溢れんばかりの紙束を放り投げた担任、桂木先生は教室から姿を消した。
「つらら~。災難でしたネぇ。桂木先生、ああ見えて熱いところがありますから、寝言は慎重に言う必要がありますヨぅ」
授業が終わるとすぐに飛んできて人様の頭頂部に顎を乗せたがる少女、剣麻すずりは、わたしの頬を引っ張りながらそんなことを言ってきた。
「うん、わたしもうっかりしてたよ。聖典の授業退屈だから、気付けば意識が飛んでるんだよね」
「退屈なのは私ちゃんも同意ですヨぅ。何というか、全体的に抽象的で曖昧なお話ばかりですよネぇ。でも、高校生の本分は勉強! 女子校であるがゆえに恋愛を封じられた北ノ天高校ではなおさらですヨぅ」
今日、聖典の授業以外をほとんど睡眠に費やしていた人間のセリフとは思えなかったが、聞き流しておこう。
「それはともかく、女子校だからといって恋愛ができないってことはないと思うよ」
「おや? つららは女の子が好きなのですか? それは好都合ですネぇ。実は、私ちゃん、つららのことがずっと好きだったのですヨぅ」
「えっ。そんな急に言われても、困っちゃうというか、何というか……。っていうか、わたし、別にそんなんじゃないし。でも、すずりなら……」
「うーん。つららって、疑り深い性格のわりには、すぐに人の言うことを信じちゃいますよネぇ。気をつけたほうがいいですヨぅ? 親友からのアドヴァイスですヨぅ」
嘘コクなんだ。別に、残念だなんてこれっぽっちも思ってないけれど。
……思ってないんだからねっ!?
自分でもよく分からないキャラになりきってみることで動揺を抑えてみた。
「恋愛の話は置いといて、聖典の授業の話。すずりの言う通り、やっぱりフワフワしてるよね。あんな話で神様の存在を信じろだなんて無理な注文だよね」
同意を求めようと頭上のすずりに目線を向けた。
「まぁそうなんですが。でも、私ちゃんは信じてますヨぅ? 神様。だって、その方が楽ですから。嬉しいことがあれば、神様に感謝すればいいし、辛いことがあれば神様の所為にすればいいのですからネぇ。神様が存在するのかしないのかなんて気にしているのはつららぐらいですヨぅ」
「楽、か。でもそれじゃ、別にそれは神様である必要ないんじゃないの?」
「そうですネぇ。そうなのかもしれないです。誰でもいいんです結局。信仰できる対象、救ってくれるメシア、罰を与える執行者。これらの役割を一身に背負える人が今は神様しかいないってだけで、それが誰になったところでどうでもいいんですヨぅ。そんなもんです」
何でもないように言ってのけるすずりだった。
果たしてそれは、信仰と呼べるのだろうか。
そもそも存在すら信じていないわたしは、彼女に反論する言葉を持ち合わせていなかった。
「さ、こんな堅苦しい話はやめにして、放課後デートについて計画を練りましょうヨぅ! っと終礼が始まりますネぇ。また後ほど!」
抱擁を解除したすずりは、元気よく自分の席へと駆けていった。
デート、か。いや、深い意味がないことは分かっている。
……分かってるんだからねっ!?




