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【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し  作者: 有栖 多于佳


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第52話 1度目の世界線 ベネディクトゥスの名を継ぐ者

リンネ国王フリードは、自室の執務机の上を睨み付けながら、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


そこには、神聖帝国皇帝カールヨハン1世より預かった《魔法の鍵》と、亡きアレス国王の形見として渡された《時の扉の錠前》と、女帝マリアが大切に仕舞い込んでいたと言う、神聖皇帝の正統性を顕す始まりの神聖典、そして先々代の叔父皇帝から無理矢理押し付けられた終末の神聖典が並べられていた。


神が地上へと降り立った遥か昔、地上で初めて逢った羊飼いを地上の代理者とした、これが帝国に列なる代々の皇帝の始祖であり、自分たちの祖先であると、神聖教の教典の始めで述べられている。

代々皇帝が男子継承であるのは、始祖の羊飼いが神から特別な力を与えられ、それは男しか引き継ぐことが出来ないからである、とも。


だから、どれほど敬虔な信者であったとしても先代の娘であるマリアが女帝になることは出来ないのだ、本来は。

偶々、息子のカールが生まれたが故に、その摂政として対外的な名称として女帝を使用しているに過ぎず、カールが戴冠するまでは実質皇帝は空位であったのだ。


先々代は、早くからマリアは遠縁で初恋の君であるフランツの元へ嫁がせ、皇帝位は甥であるフリードに与えると公言していた。

事実、自分もそう言うものだと思って、幼い時より為政者として励んできたのである。

しかし、その思いがひっくり返った出来事が、我が身へと降りかかった。


皇帝の弟で、自分の実の父親が、息子のフリードが皇帝に就くことに嫉妬し、殺害を企てたのである。

折しも、バジガン聖国の使者との会談をリンネ王国の端にある大聖堂で行った帰り道のことであった。

王都へ向かう街道から少し外れた森へと供に誘導され、休憩に利用した森の中の古びた塔へ幽閉されてしまったのだ。


ここに颯爽と現れた父の国王は、

「昔からお前は賢い顔をして周囲を蔑んでいたのは知っているのだ。余が国王である。お前など、何の価値もないのだ!」

そう激昂して、塔の周りを薪で覆い、油を撒き散らし、火を付けて焼き殺そうとしたのだ。


高い塔から眺めれば、国王の遥か後ろに、先程別れたはずのバジガン聖国の一行が掲げていた旗がチラリと見えた。


(なるほど、愚かな父王に囁いて凶行に走らせたのは、聖国か。自分が皇帝になれば、聖国の操り人形には成り難い、そんなところか。神の使者が聞いて呆れる。まあ、元より神も教えも信じてなど居なかったがな)


そう達観して塔の上から喚き続ける父王と、遠くに揺れる聖国の旗を眺めていた。

空は澄み渡り、風は心地よい。

こんな日に焼き殺されるとか自分の歩んできた道の何が悪かったのか、審判の扉の前で聖人に詰問しようと心に誓って目を閉じた。


すると、何処からともなく、ウヲオオオオオーという雄叫びが聞こえた。

その雄叫びは段々と近づいてきて、

「フリード、今助けるぞ!」

と、名を呼んだ。

そこには、神聖帝国の旗を掲げて先鋭部隊を率いて騎馬で駆けつけてくれた、伯父皇帝の姿があった。

あっという間に、父王と聖国の使者が捕らえられ、次期皇帝に仇為す行為だと裁かれた。


リンネ王太子であった自分は国王と成り、行く行くは皇帝に就くはずであったが、このことが聖国に不信を抱く決定打となり、新教に改宗してしまったのだ。

命の恩人である伯父には申し訳ないが、人の死をなんとも思わぬ聖国になぞ膝を突けるか、そんな気持ちであった。


何度も伯父から取り成しを受けたが、頑として譲らず、伯父が諦めて娘のマリアを立太子することになった。

しかし、その時に、対の神聖典の終末の書を無理矢理押し付け、

「もし、仮にこれが必要になった時には、現在お前しか神の奇跡を代行出来ないのだ。お前の真名を忘れるな」

そう真剣に言われては、大恩ある伯父皇帝に強く出ることは出来なかった。


伯父が亡くなり、マリアとの軋轢も酷くなっていったがそれも仕方の無いことと、諦めの気持ちで過ごしていた。

もう老齢といっても良い年となった、皇帝は無事マリアの息子カールヨハンが継いだ。

これで終いだ、この神聖典を死後彼の元へと還せば全てが丸く収まる。


そう思っていたのに、こんなことになるとは。


マリアの末娘がアレス王国へ王妃として嫁いで、悪評にまみれていることは知っていた。

それが、アレス王族の企みとも、アレスに巣くう悪党どもの謀事だとしても、それを決めたのは母親たるマリアである。


それなのに、何の因果か、実質最期の国王オーギュストが、お伽噺、神話の中にだけ存在する、《時の扉》を開く錠前を作って死んでいったと言う。

現在皇帝を継いでいるカールは、母マリアに似ず現実主義者であったはずなのに、あの者の口からそんな非現実的な話を聞かされるとは。

少数の供だけを連れ、マリアから始まりの神聖典を預かってきたと言われ、渋々とその中身を改める。

そして長らく机の奥で眠っていた終末の神聖典も持ち出して、最後はカールと共に、夜通し神話について真面目に考察してしまったのだった。


もし、神の奇跡が起こるのならば、それは今回しかないだろう。


神に死を前にして、真実が歪められていると訴え《時の扉》に《魔法の鍵》を差し込み、神の代理人である者が、この場合は自分であるが、真名において神に祈りを捧げて初めて奇跡が起きる、のだろう。


羊飼いの子孫の血を神への贄として捧げて。


マリアンナが処刑台でギロチンにかけられ血飛沫が飛んだその時、代々大陸の守護聖人の名を継ぐ者が、神にその死の異議を訴え、やり直しの為に、時の扉の使用を願わねばならない。


「フリード・ベネディクトゥス・アプスブルゴの名に於いて、神よ奇跡を起こし賜え」


ベネディクトゥスは、大陸の守護聖人の名前である。

この大陸を守る者が代々受け継ぐ洗礼名である。

先々代の伯父皇帝からフリードが受け継いだのは、まだ赤子の時であったのだろう。


その名を受け継いだ時、終末の神聖典の末尾に、継承者の血で真名として記されるのであった。


だから、皇帝カールヨハンと雖も、自ら奇跡を祈ることが出来なかったのだ。




マリアンナの処刑が行われたアレス王国の中央広場の片隅に、一台の家紋の無い馬車が停められていた。


その中で、フリードは従姉妹姪の血飛沫を瞬きもせずに見つめながら、自分の手を小刀で傷つけて2冊重ねた神聖典を血で濡らし、無骨な錠前に鍵を挿し込んだ。


「フリード・ベネディクトゥス・アプスブルゴの名に於いて、神よ奇跡を起こし賜え」

祈りの言葉を腹の底から絞り出すように呟いた。


すると、鍵は意識を持っているかのように勝手に動き回り、暫くすると、ガチャリと錠前が開く音がした。


いや、音がしたような気がした、その時にはもうフリードの意識は渦に飲み込まれ時間を逆行していったのであった。



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