第48話 古い書物
アレス王国の王子オーギュストがマリアンナに求婚にやって来たその時、父フランツはいつもにも増していきり立っていた。
そんなフランツに母マリアは、
「フランツ、貴方マリアンナの幸せを第一に考えているって言っていたじゃない。マリアンナが彼との未来を望むのに何を反対することがあるの」
半目になりながら、そう窘めたのだった。
「っく、それは勿論、マリアンナの幸せを第一に考えているが、彼の今の身分は亡命中の死んだことになっている王子かリンネ王国の平民技師かだ。そんな男がマリアンナを幸せに出来るものか」
フランツは力を込めて、そう言い捨てた。
「あら、フランツ、貴方が反対している理由って、彼の身分だけなの?だいたい身分が重要ならば、なぜあの山と積まれた釣書の中から貴方のお眼鏡に適う身分の者を選ばなかったのよ。
あの中には、神聖帝国の構成国の王族や帝国の高位貴族の嫡男もそれ以外も、選びたい放題だったじゃない。中には血は途絶えてしまっているけれどアプスブルゴ本家本元、斜陽の王国と言われて久しいバスク王国の王太子からの求婚でさえあったでしょうに。
貴方、手にも取らずに突っ返しておしまいになって。それで、言うに事欠いて、身分が足りないですって?どの口が言っておりますの、そんなことを」
すると、その言葉を受けて、マリアが正論でフランツの心をビタンビタンとしばくのだった。
「っく、」
無念とフランツは唇を噛んで眉間にシワを寄せて苦しい顔を見せた。
「ねえ、彼がマリアンナの悪夢と同じ男だったとしても、それこそ彼は今は国王ではないでしょう。それこそ、王位継承権も神聖教会で破棄する旨の手続きを取っている、と。悪夢の再現にならないのなら、マリアンナの気持ちを汲んであげればよろしいでしょう」
マリアはそっと、フランツの深いシワを指で撫でながらそう囁いたのである。
「し、しかし、彼奴はあんな大きな体躯でありながら武芸に秀でている訳でもない。そんな奴が帝国王女を守れるだろうかっ、」
「カロリーナが嫁いだ爺こそ、武芸にはからっきしだったじゃない。だけどあの爺には、腹立たしいほどの策謀があるでしょ。彼はそんな爺が目をかけているのだもの、似たようなタイプじゃないのかしら。」
「それこそ、爺に似た性質であれば、マリアンナの心の平安が心配だろう」
「では、カロリーナの平安は心配でないの?あの爺を手玉に取っているのはカロリーナの方だともっぱらの噂なのだけれど」
「っく、」
ああ言えば、こう言うでフランツはまたまた唇を噛んだ、あまりに何度も噛むものだから、うっすら唇に血が滲んだ。
「あそこの王族は代々変わり者が多いのだ、先代は人体解剖に興味津々だった。そして、極めつけは女好きだ。現王妃も心を病んで寝付いているとか。マリアンナの心が心配じゃないのか」
苦し紛れに、マリアも嫌悪しているアレス王族の女性関係を持ち出して非難してみたが、
「悪夢で彼は、歴代王とは違い愛妾を持っていなかったと言っていたでは無いですか。趣味も錠前作りと如何にもインテリが好みそうな、」
そこは、マリアンナから聞いた悪夢の中のオーギュストの話でしっかりと打ち消し、更に誉めようとするマリアの言葉に被せて、フランツが、
「そう、それだ、それ!革命軍に囲まれている4年半もの時間をかけて、あ奴がしていたのは複雑な錠前を作ることだぞ。他にもっとすることがあるだろう!やはり、そんな奴に大切な娘は渡せん」
思い出したとばかりに、マリアンナの悪夢の中での、革命軍に幽閉されていた時期のオーギュストを強く非難して、拒絶の意思表示をした。
「錠前を、4年間も」
聞いていなかったマリアンナの悪夢の話に、マリアが興味を示した顔をした。
「そうだ、言ってなかったかな。あ奴、離宮で幽閉されている間、何やら自室に籠って一心不乱に錠前を作り続けていたらしい。処刑の直前にそれを形見とマリアンナに渡したのだそうだ。他に渡すものがあっただろうにな!」
フランツはマリアが自分に加担してくれると思い、嬉々としてそう言葉を重ねた。
ところが、思ったような反応を返さず、マリアは急いで夫人の間へと籠ってしまった。そして、半世紀ぶりに、鳥肌が立つほど毛嫌いしているリンネ王国のフリード国王に対して、手紙を認め早馬で送ったのだった。
フランツがどうしたのかと尋ねても、頑として口を開かぬ姿勢は女帝時代を彷彿とさせるものであった。
3日後に、先触れとほぼ同時にリンネ王国からフリード王とカロリーナがやって来た。
マリアは冷ややかな目を向け、珍しくフリードに話しかけた。
「内密にと書いたはずだが、お前には内密もわからぬのだな」
「っく、それは、くそっ。・・・申し訳ない」
フリード王があの、犬猿の仲のマリアに頭を下げて謝罪するなど、一度も見たことがないフランツは仰け反って驚いた。いや、横に立つ、王妃であるカロリーナでさえ、その姿に言葉を失ったのだった。
応接室で扉を閉めて話し合うと言う二人を、フランツとカロリーナは言葉を尽くして止めたのだが、そこは為政者としての一喝で場を収め、話し合いへと向かった。
その後、オーギュストだけが二人に呼ばれ、応接室に入って行く後ろ姿を、今度はフランツとカロリーナと共にマリアンナも見送ることになったのである。
数時間が過ぎた頃、部屋から3人が疲れた顔をして出てきた。
「マリアンナの婚約者をオーギュストとする。その身分はリンネ王国の宮廷付の伯爵位を国王より近々で贈られ、フリード国王が正式に後見人となる。急ぎ正式に式を執り行うこととする」
そう、母マリアが宣言したことによって、マリアンナの婚約が決定したのであった。
「どういう経緯ですの?フリード様」
カロリーナが、フリードに詰め寄って詰問する。
「この話し合いはどんなものだったのだ、わかるように説明してくれ」
フランツもマリアの顔を覗き込み、肩を揺さぶって強く問うた。
「わたくし達、本当に婚姻できますの?」
「ああ、義母上の仰る通りだ。なんの心配もなく、私の妻として嫁いできておくれ」
そんな二組とは違い、マリアンナとオーギュストは、周囲に光の花が舞い散っているようにキラキラと輝き幸せのオーラは溢れ出て、二人は自分たちの甘い世界に浸り、目を見つめ合って、ふふふと微笑み合っていたのだった。
滞在中のモンスト公国の離宮で、元女帝マリアから突然の呼び出しを受けて、オーギュストはマリアの待つ応接室へと急いで向かった。
その部屋の扉は閉ざされ、護衛騎士も扉の外で警護についていた。
部屋には、娘であるマリアンナは入ることが叶わず、姉のカロリーナと父フランツの居る別の部屋へと誘われてしまった。
部屋に入ると、マリアとフリードが厳しい顔を付き合わせて、向かい合って座っていた。
テーブルの上には、古ぼけた本が2冊、あるページを開いて置いてあった。
「オーグ、なぜお前がここに呼ばれたか解るか」
フリード王がジロッとギョロ目を向けてそう問いかけてきた。
「おおよそ。その古文書についてお話があるのだと思って参りました」
「そう、貴方あらかた想像がついているのね。そこにお掛けなさい」
マリアはそう話しかけた。
指定された席に座ると、着ていたジャケットの内ポケットから古いボロボロの紙を取り出して広げた。
「今までは私の想像でしかありませんでしたが、こうして揃うのを見ると夢物語ではないのでしょうね」
その紙は、マリアの側の古い書物にピタリと切り跡が填まった。
「これはどうした」
フリードの問いかけに、
「父が先々代の国王から幼少の砌にもらったものだそうです。先々代は、バスク王国へ非公式に行った融資の見返りに魔法の扉の設計図としてこの紙切れを受け取ったと言っていました。勿論、先々代も本心ではお伽噺と思ったのでしょう。早く生まれた後継ぎ孫息子へ高価な玩具の代わりにと、亡くなる間際に渡してきたそうです。父の言い方を真似すれば、こんな物で莫大な国の金を渡して馬鹿げている、そんな言い方でしたが。その馬鹿げた玩具を末息子へ寄越したのですから、父はどんな気持ちだったのでしょう」
オーギュストは身を縮ませ肩を上げて、呆れたようにそう答えた。
「ふん、お前の父親とワシは同じ意見だ、いや、同じ意見だった、もうそう過去形で話さねばならないな」
「オーギュスト、マリアンナへの貴方の愛に感謝する」
マリアは、目から止め処もなく流れる涙を拭うことも無く、オーギュストに感謝した。
その姿は、子を思う母そのものであった。
「いいえ、感謝には及びません。それは私ではない私が行ったこと。この身の私自身がこれから全身全霊をかけて、マリアンナを幸せにすると、何者からも守ると誓いましょう。この場でも、勿論、本人へも」
オーギュストは、真剣な顔で、大陸一の賢王と神聖帝国の元女帝に、ハッキリとそう宣言したのであった。




