彼女らの幸運
やや季節がずれてしまいましたが、途中まで書いてあって勿体なかったので投稿します。
グリンドールの秋祭り。
それは収穫祭であり、冬支度でもある。
森に埋もれるような国土を持つグリンドールは、冬になると只でさえ不便な町や村への交通がより一層不便になり、結果冬の間はほとんど余所へ出なくなる。その為、自給自足できないものを冬の到来前に調達せねばならず、行商は稼ぎ時とばかりに町や村を行き交った。
祭りの期間である一週間は、首都の大通りにはいつもの倍以上の露店が立ち並び、王城前の広場に設置された舞台で旅芸人が芸を披露する。
最終日には一般参加の秋の女神コンテストがある。王都と周辺の町や村からそれぞれ容色や歌声自慢の娘達が集まり、その年の“秋の女神”を決める。選ばれた娘には秋の女神の冠と小麦一袋、そして参加者全員に王妃手作りのドライフルーツのカップケーキが下賜される。王妃の菓子作りの腕はなかなかのもので、それを目当てに参加するものも多い。
「ええと、舞台に上がったらみんなの方を向いてお辞儀を一回。秋の女神の人に冠を被せたら…」
「こら、リリ。気持ちはわかるけど食事中はそのメモしまっとけって。」
秋の女神コンテストには、秋の妖精という役がある。優勝者に冠と小麦の穂――――か弱い女性に重い麦袋を手渡す訳にもいかないので、たとえ実際は軽々担げたとしても――――を渡す子供達の事だ。
これは王都の十歳くらいまでの子供が適当に選ばれる。王都に限るのは、よその町や村から幼い子を打ち合わせのためだけに寄越すのは無理があるし、来られるような子はもう家業の手伝いや奉公に出ていることがほとんどだからだ。基本一人一回、男女は問わないがやはり女の子が多い。
今年はリリとユリエが選ばれた。
ユリエは大変目立つ。姿形は勿論、希少な魔導人形という物珍しさもさることながら、リリと連れ立ってちょこちょこ歩く様は可愛らしく、今や知らぬ者の方が少ない。
いわゆる時の人(形)というやつだった。
冠を被せるのは背丈を考えると厳しいだろうが、麦の穂を渡すくらいはできるだろう。
そして、奉公に出ておらず、過去に秋の妖精も春の妖精――――冬の終わりと春の訪れを祝う“春の女神コンテスト”もある。内容はほぼ一緒。――――もやっていない十歳の女の子はリリだけだった。
リリとユリエが秋の妖精に選ばれたと知るや、ディーはその衣装を作るためにここ三日ほど部屋に篭もりきりになっている。
テオは今日あたり山二つ向こうの村に着いた頃だろうか。
何でも、ディーの従兄弟がその村で採取される木の実を使った飾り玉を作っていて、この時期は必ずそこに居るはずだからと手紙とエルフ通貨を預けられてお遣いに出ている。
山二つ向こうの村は丁度この時期飲み頃になるカヴォスの果実酒を作っているので、ついでに仕入れて来ますと言っていた。
リリはこのところ授賞式の段取りを覚えるのに余念がない。
秋と春の妖精役は王都の幼い女の子達には憧れなのだ。更にユリエも一緒という事で喜びも一入、朝から晩まで暇さえあればおさらいしている。
「ほら、口のとこ、垂れてるぞ。」
「ありがとう、お兄ちゃん。」
この時期はいつもそうだが、今年は一層賑やかで忙しい気がするとリリの食べこぼしを拭ってやりつつロビンは思った。
旅の途中だったディーも、行商人であるテオも、こんなに長く金の子豚亭に逗留する事は初めてだ。
ユリエによって人形服に魂の在処を見出したディーがどれだけここにいるのかは判らない。秋の妖精の服を作ったら一段落して旅立つかも知れないし、下手すると数十年…いや、数百年居着いても可笑しくない。最もそこまでしたら宿ではなく流石に自分の家を購入するだろうが。
テオは何だかんだいって王都から、いっても二・三日で戻れる辺りを行き来している。
常連のおっちゃん達が言うには“春が来た”らしい。
本人に知られない所でいつの間にか応援する会が出来てた。ディーさんもテオも良い人だし、二人が幸せになれば良いなと俺も思う。
リリほどお洒落を気にしたりはしないけど、やっぱり新しい服は嬉しいし、ディーさんの作る服は着心地が良くて、動きやすいように考えられてる。
父さんも母さんも、ちゃんと俺たちの事を大事に思ってくれているのは判ってるけど、二人とも働いてるから、お母さんがいつも家にいる子ほど目が届かない時もあって、裾が短くなっちゃった服を直したり、穴があいた所を繕うのが遅れる事がある。
二人とも外で働いた上に家の事もしてるんだから、自分たちで出来る事はするけど、まだ針仕事は出来ない。
だけど今年はディーさんが新しい服をくれたり、ちょっとした綻びなんか魔法みたいな早さでぱぱっと直してくれる。ちなみに、母さんがお礼に王城の王妃様印のパウンドケーキを持って行ったら、すごく喜んでくれたらしい。
今年は麦も豊作で、果物の実りも良いそうだ。ここのとこ急な大雨や嵐もないし、トラブルが無い訳じゃないけど、大した事にはなってない。
……気のせいかもしれないけど、ユリエが来てからな気がする。
ホントのところ、未だにちょっと苦手なんだけど、物語の青い羊みたいに幸運を運んできてくれたのかも知れない。そう思うと、リリの横で授賞式の段取りのメモをのぞき込んでる姿も可愛いような気がしなくもないような気がした。
ここの人達は綺羅綺羅しい派手さはないけど趣味が良いと思う。
ディーの作ってくれた秋の妖精の衣装もとっても素敵。赤みを帯びた橙色の、ふっくらとした形の服で、スカートの裾をちょっと縫い縮めてあるのが可愛い。リリとお揃いだけどちょっどだけ濃淡が違うから、並ぶとお寺の山が紅葉に染まって行く様を思わせて、なんだかちょっと懐かしくなってしまったわ。
薄い金色を刷いた紗が腰から幾重にも重ねられて後ろにふわりと垂れているのが、まるで妖精の羽みたい。なんと本物の木の実を魔法で加工したという飾り玉は摘み立ての鮮やかさをそのまま、色取り取りに連なって胸元や裾を飾る。まるで本当の妖精の様!ディーったら本物の妖精を見た事があるんじゃないかしら。
女神に選ばれたのは小麦色の髪の、秋の空のような青い瞳の娘。美しいけど、優しくておっとりした雰囲気が豊穣の秋というにはぴったり。リリの乗せて上げた冠も良く似合うこと。
リリに次いで小麦の穂をを渡すと、
「こんな可愛らしい秋の妖精達に祝福して貰えるなんて、なんて幸運なんでしょう。」
と、とても嬉しそうに微笑んだ。
このように心映えも器量も良いとなれば、さぞ嫁入りの話も多いでしょう。きっと良いところに嫁して幸せになるわね。でも万が一、ろくでもない縁が結ばれるような事があれば断ち切ってあげるとしましょう。結ぶのは得意じゃないけど、私、断ち切るのはなかなか上手なのよ?
それにしても、この世界に来てから本当に調子が良いわ。随分楽に動けるようになったし、力の及ぶ範囲も前は持ち主とその近くだけだったのが、大分広くなってきた。なんだか力を使う事に対する抵抗が少ない……というより無いような感じがするのよね。
何より、私が動き回っても恐怖したり無理矢理縛り付けようとする者が居ないのが良いわ。
抱っこされるのは勿論好きだけど、こんな風に堂々と持ち主と手をつないで歩いたり、好きに踊ったり出来る日が来るなんて……ああ、本当にこの国に来て、リリに巡り会えたのは幸運だったわ!
「いやあ、ホントに幸運だったなぁ!」
収穫祭の最終日の夜は、めいめいに集まっては町中の酒場や食堂で一晩中飲み明かす。毎年王城からささやかながら振舞酒を賜るのを始まりに、厳しい冬の前の最後の宴会を楽しむのだ。だが、今年はそれに加えて貴重な魔獣の肉が振る舞われた。
スタンピード・レッドボアという、成体で二メールス強にもなる白い猪型の魔獣だ。
白いのに何故レッドボアと言うのかというと、その習性に所以がある。
群れを作るのだがそれが豊作や天敵の減少等で数が増え、ある一定数に達すると文字通り“暴走”するのだ。
通常時は特別な固有魔法を使う事もなく、やや大きすぎる猪でしかない。加えて肉が大変美味な為、中堅冒険者等には色々美味しい獲物であるのだが、それが集団で暴走するとなれば話は違う。
木を薙ぎ倒し、畑を踏み潰し、人を蹴散らし、村や町を破壊する。魔術師の攻撃魔法を食らっても、攻城用の投擲機ですらその脚を止める事は出来ず、況や鎧を纏っただけの騎士団など壁にもならない。犠牲者と己等の血で真っ赤になって最後の一頭が息絶えるまで、その狂気の暴走は止まらないのだ。
人族達に出来るのは、進路上の住民を避難させる事、止める事は出来ずとも少しでも被害の少ない方に誘導する事だけだ。それすら、早期に発見できなければ叶わない。
そのスタンピード・レッドボアの暴走が起こったのは収穫祭の最終日の昼近く、王都にほど近い森での事だった。
町の外壁に立つ物見の兵がそれを発見した時、群れはあと一刻半もすれば王都に到達するであろう所にいた。絶望に膝が崩れそうになりつつも、仲間に緊急事態を知らせ、命を無駄にする気かと叫ぶまだ若い貴族の隊長を王城への早馬の背にくくりつけて伝令を走らせる。たとえ僅かでも民を逃がす時間を稼ぐ決死の防壁にならんと突撃した守備兵達の目の前で――――――――先頭のスタンピード・レッドボアがコケた。
猪は急には止まれない。
横倒しになった一頭に躓いて二頭。それに躓いた数頭が後ろから突進してくる勢いに吹っ飛ばされ、吹っ飛ばされたスタンピード・レッドボアがそのまま数頭を吹っ飛ばし、その連鎖はドミノ倒しとはこういう事だと言わんばかり――――――――後に残ったのは、呆然とする守備兵達と、外壁から数十メールスほどの所に堆く積み重なる悪夢になる予定だった筈の大量の魔獣の骸だった。
あの後、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら
「バカばかバカ命令違反しやがってお前等全員厳罰だからなこのバカ共!」
と泣き叫ぶ隊長を宥め賺し、
「ホントにおこってるんだぞ、おまえらきいてるのか、ばか!」
と酔ってぽかぽか叩いてくるのを大変ほんわかした気持ちでいなしつつ、死兵になる筈だった守備兵達はこの奇跡のような幸運に感謝した。
収穫祭最後の夜。
ここグリンドールの王都では王から平民に至るまで、はては滅多にない美味しい魔獣の骨にありつけた野良犬までもが、遍く幸運を噛みしめたのだった。
今日も寒いです。
…牡丹鍋とか良いですよね?