発生しました。
僕が部屋でのんびりと平凡に漫画を読んでいたとき、その事件は起こった。
「おいっ!!」
兄貴が荒々しくドアを開けるものだから、真剣に漫画を読んでいた僕が心臓が飛び出るんじゃないかと言うぐらいに驚いた。
「ちょっ、び、っくりしたっ。お前は僕を殺す気か。ドアは慎ましやかに開けましょうって、教えられなかっ、た‥のか‥‥‥?」
そんな文句を言いながら兄貴に目線を向かせた瞬間、僕は固まる。
その光景を見て固まるしか対処法はないだろう。
兄貴は何食わぬ顔で立っているが、僕だって女だ、一応。そんなことには慣れてなくて、どうしていいのか分からずただそこに突っ立っている馬鹿に怒鳴ることしかできなかった。
「ばっ、ばば、馬鹿か、てめえはっ!!! 何で裸なんだよっ、何してんの?! せめて何か巻くか、履くか‥‥~~~~とにかく隠すことを考えろ、アホっ!!!」
そう、裸だったのだ。
風呂にでも入っていたのだろう。床を見れば濡れている。
どれだけ急いできたのだろうか、そんな布を纏うことをさえ忘れるなんて。
まぁ、当たり前だが兄貴の“モノ”は堂々と見てしまった。
僕はとにかく見ないようにと、急いで後ろを向いた。
「あ、すまん、忘れてた。って違う違う!! 聞いてくれよっ!! 大事件なんだっ!」
兄貴の近づく気配が、僕の背中を通して手に取るように分かってしまう。
「ぎゃあぁああっ、近づくなっ!! 変態っ!」
「お、落ち着けってっ! それどころじゃないんだよっ!」
「んな、落ち着けるか阿呆っ! そんな状態で「はい、分かりました」何て言う馬鹿、探してもいないぞっ!!」
そう言い終わると、僕は呼吸を整えるため肩で息をする。
うん、少し落ち着こう。僕が乱れちゃあ話が進まない。
僕は兄貴を見ないように意識し、僕の部屋の隅に置いてあるタンスに手をかけた。そしてそこから少し大きめのタオルをひっつかみ、兄貴に投げつけた。
「とにかくそれ巻け。話はそれからだ」
兄貴はいそいそと、そのタオルを腰に巻き付け始めた。
つけたぞー、と声がかかり僕はそこでようやく兄貴と向き合う。
「はぁ‥ある意味心臓にわりぃや。‥‥で、なんだ、大事件って」
僕はまんがを掴み、そこらへんに座りながら言う。兄貴は僕とは反対側に胡座をかいて座り込んだ。
兄貴は何か言いにくそうに、頭をボリボリ掻いた。
んだぁ、コイツ。んなモジモジしやがって気色悪い。
僕は中々話さない兄貴に苛々してくる。
「おい、さっさと話せ」
「う、うん‥‥えと、さ‥──」
やっと口を開いたら兄貴に呆れ、どうせロクなことじゃないだろうと勝手に決め付け、半ば聞き流しを決めていた。まだ読みかけの漫画を開き、どこまで読んでいたのかを探すためペラペラとぺーじを捲る。
だが、兄貴の発した言葉によってその行動は止められることとなる。
「‥うん、携帯壊れた」
「‥‥‥‥‥‥は?」
あまりにも突然すぎる言葉に、脳が反応できず間抜けな返事を返してしまう。
「だから、携帯、壊れた」
兄貴はモウイチドさっきの言葉を繰り返した。
僕はやっとその言葉の意味を理解することに成功した。
「は‥‥何でっ!? え、お前何したの?!」
「や、風呂入りながら音楽聴こうと想ってよ。んで、選曲中に手が滑って湯船に‥‥あー、言わなくても分かる系ですか?」
「‥ああ。そこまで来たら、な。はぁ‥湯船は駄目だろ、湯船は」
所詮防水と言ってもただ、ちょっとした水がはねたり雨に塗れても大丈夫程度だ。そんなガチに水に浸かってしまえば、いくら防水と言えど携帯は壊れるだろう。
「わーってるよ」
「‥まぁ明日休みだし、持ってくよ。てかこの際だから機種変えれば?」
僕はあまりの衝撃のことを聞いてしまって、つい投げてしまった漫画を拾い上げ、読んでいたページをまた探す。
「‥‥ん、兄貴?」
何故かまだ座っている兄貴に呼び掛ける。しかも、頭が下を向いている。
どした? この人。
「おい、早く風呂場行けよ。いつまでもその格好でここに居座らないでくれる?」
「‥‥‥‥」
尚黙秘権を決める兄貴。
「‥め‥」
「は?」
口を開いたかと思えば小さい声で言ったため、全然聞こえなかった。
僕はもう一度兄貴に問いかける。
「今なっつった?」
「‥‥ごめん」
兄貴は伏せていた顔をあげ、僕の目を見つめる。
何で謝ってるんだ、この人。
まったく状況が分からない。そもそも「ごめん」と言う言葉は何か悪いことをしたときに使う言葉であって今この状況で使う言葉ではない。何故、携帯が壊れただけで僕に謝ってくるのだろうか。
その壊れた携帯が僕のであれば、そりゃ謝らないといけない‥が‥。
「‥‥‥‥」
僕は何か嫌な予感がした。
「兄貴」
呼ぶと兄貴は面白い具合に肩をびくりと震わせた。
僕は読みかけの漫画をベッドに放り投げて、まだ胡座をかいて座る兄貴に近づいた。
兄貴はそんな僕をただ見つめるだけだった。
「‥‥壊れたって言うのは、もちろんお前のだよな?」
「‥‥‥‥‥」
目を逸らし始める兄貴。
人間嘘をつくとき誤魔化そうとするとき、無意識にやってしまう行為がある。
観察していれば分かることだ。親友や家族などそんな身近な人であればあるほどだ。
僕は兄貴のその行動を見て、こりゃ僕の携帯が壊れたなと予想できた。
「‥はぁ、何で僕の携帯使ってるわけ?」
「‥‥だから、曲聴くためだよ」
「お前のにも入ってるだろ」
「だけど、お前の方が豊富に持ってるじゃねぇか」
ポツリポツリと話す兄貴。
どうやら本当に僕の携帯を壊したらしい。
一通り話して、兄貴が風呂に戻る際僕の変わり果てた携帯ちゃんを渡された。
画面は真っ黒。
どこのボタンを押しても反応なし。電源ボタンを押すも、もちろん反応はない。
こりゃ多分完全にアウトだな。
「データとか飛んだかな‥」
多分完全に飛んでるだろう。
もう中まで入ってしまっている。その証拠にブンブンッと振れば水しぶきが飛びかる。
「‥‥はぁ」
強いて無事だと思われるのがSDカード内のデータだ。
だがそこにも水が侵入していたらもう、終わりだ。
一応兄貴から渡された瞬間即座にSDカードを引き抜いた。見たところ濡れてる箇所はなかったから大丈夫だとは思う。
「‥‥‥‥」
何だかぽっかり穴が空いた気分だ。
前に友達が携帯のデータが飛んだだのとか騒いでたが‥その気持ちが今になって分かる。だが騒いでどうこうなる問題ではない。
「‥ま、明日持っていけばいいよね」
曲とかはまた集めればいい。
僕はそう思って、どこか空っぽのまま読みかけの漫画を読み始めた。




