第44話 お仕置き
「え、え? な、何? ちょっと待って!? だって、先に冬ちゃんが……!?」
慌てふためく秋穂の声が、和室に響き渡る。
しかし――
「問答無用!」
ぴしゃりと放たれた夏香の一言は、まるで裁定のように冷たく、容赦がなかった。
言い訳の余地すら与えられないまま、次の瞬間。
「えいっ!」
気合いの声と同時に、夏香の動きが一変する。先ほどまでの余裕ある佇まいから一転、まるで獲物を狙うような俊敏さで秋穂の背後へ回り込んだ。
「きゃっ!?」
気づいた時にはもう遅い。秋穂の両腕は後ろに回され、しっかりと拘束されていた。
「冬香、今よ!」
「うん……秋穂……いくよ……」
静かな声とともに、冬香が一歩、また一歩と前に出る。逃げ場を失った秋穂の目の前に立ち、その細い腕をゆっくりと伸ばした。
その仕草は一見穏やかで――しかし、どこか不穏な気配を孕んでいる。
「ふ、冬ちゃん……な、何するの……?」
「何って……こうするの……」
次の瞬間。
冬香の指先が、秋穂の脇腹へと滑り込んだ。
「ひゃっ――!」
そして、容赦のないくすぐりが始まる。
「い、いやっ、だめ……ふ、ふゆ……ちゃん……っ、フフ……アハハハハッ! キャハハハハッ!」
堪えようとしても堪えきれない笑いが、次々と弾ける。逃げることもできず、ただ笑いに飲み込まれていく秋穂。
「も、もう……っ、ハハハ……や、やめ……アハハハッ……ご、ごめん……!」
涙目になりながら必死に謝る姿は、もはや完全降伏と言っていい。
「冬香、もういいわよ」
「うん……」
夏香が手を離すと同時に、秋穂の身体から力が抜ける。
ぺたん、と畳に座り込み、女の子座りのまま肩で息をするその姿は、戦い終えた小動物のようだった。
「はぁ……はぁ……。な、夏ちゃん……ふ、冬ちゃん……も、もう……許して……」
か細い声で懇願する秋穂に、夏香は腕を組みながら見下ろす。
「もう二度と、あたしたちの前で胸の話しないって言うなら許してあげるわよ?」
「はぁ……はぁ……わ、わかった……! もう言わない……言わないから……!」
息を切らしながら必死に頷く秋穂。その様子に、冬香がそっと口を開く。
「秋穂はこう言ってるけど……どうする……?」
「そうね……」
一拍置いて、夏香は小さく息を吐いた。
「今回だけよ。次はないからね」
「うん……もう言わない……約束する……!」
「じゃあ、許す」
「わたしも……許す……」
「ありがとう……夏ちゃん、冬ちゃん……」
こうして一件落着。どうやら完全に秋穂の敗北で幕を閉じたらしい。
いやあ、いいものを見た。
拓也は内心で満足げに頷く。助けるどころか、しっかり最後まで見届けてしまった自分に少しだけ苦笑しつつも、その光景はなかなかに見応えがあった。
「みんな、お茶を淹れたから一息つきましょ」
春菜の柔らかな声が、場の空気を穏やかに包み込んだ。
テーブルの上には、湯気を立てる湯呑みと、素朴な草餅が並べられている。どうやら備え付けのものらしい。
どこかほっとする光景だった。
拓也たちは自然とテーブルを囲み、春菜の言葉に従って、束の間の休息を取ることにした。




