第43話 春菜の助け船
「もう、みんな。拓ちゃんを困らせちゃ駄目でしょ?」
春菜がやわらかな声でそう言うと、その場の空気がふっと緩んだ。
「拓ちゃんは嘘は言ってないって言ってるんだから、ちゃんと信じてあげなきゃ。ね?」
その一言は、不思議と人の心をほどく力を持っていた。
春菜、ありがとう!
拓也の胸の内で、感謝の言葉が何度もこだまする。今の彼には、春菜の姿がまるで天使のように見えていた。
「……まあ、春菜さんがそう言うなら、あたしも兄貴のこと信じるけど」
少し不満げながらも、夏香は肩をすくめる。
「わたしも……信じる……」
冬香も小さく頷いた。
「はーい! わたしも拓也さんを信じます!」
秋穂は元気よく手を挙げる。
「みんな、ありがとう。聞いてくれて」
春菜は微笑みながら、優しくそう言った。
助かった……。
拓也は胸の奥で安堵の息をつく。何とかこの場は切り抜けられたらしい。あとで改めて春菜に礼を言わねば、と心に決める。
「良かったね、拓ちゃん」
「お、おう……」
屈託のない春菜の笑顔は、いつも以上に輝いて見えた。本当に、どこか現実離れしたほどに。
「あの、拓也さん?」
ふと呼ばれ、拓也は我に返る。いつの間にか春菜の顔に見入ってしまっていたらしい。
「な、何? 秋穂ちゃん?」
「今日泊まるお部屋って、どこなんですか?」
「ああ、五階の五〇七号室だよ。ここにいても仕方ないし、そろそろ行こうか」
「はーい!」
秋穂の元気な返事を合図に、皆がそれぞれ荷物を手に動き出す。
エレベーターで五階へ上がり、左へ。突き当たりをさらに左へ進む。静かな廊下に足音が響く中、扉の表札を一つひとつ確かめながら歩いていく。
やがて――「五〇七号室」の文字が目に入った。
拓也はバッグからカードキーを取り出し、扉横の端末にかざす。
ピッ、という軽い電子音。
続いて、ガチャリと鍵の外れる音が響いた。
ドアを開け、皆を先に中へ通し、最後に自分も足を踏み入れる。
「わ~! ひろ~い!」
秋穂の歓声が、部屋いっぱいに弾けた。
「もう、秋ってば驚きすぎ」
夏香が呆れたように言うが、
「だって本当に広いんだもん!」
秋穂は嬉しそうに反論する。
「秋穂は……精神年齢が、まだ子供だから……」
「ええっ!? 冬ちゃん、ひど~い!」
頬をぷくっと膨らませる秋穂に、思わず苦笑がこぼれる。
確かに、反応は大げさかもしれない。だが――その気持ちは分からなくもなかった。
部屋は広々とした和室で、二〇畳ほどはあるだろうか。テレビ、座椅子、中央には大きな長方形のテーブルが据えられ、五人で使うには贅沢すぎるほどの空間が広がっている。
「でもさ、別にいいもんね。わたし、夏ちゃんや冬ちゃんと違って体はちゃんと大人だもん。胸だって大きいし」
――ん?
唐突に飛び出した話題に、拓也はわずかに目を瞬かせる。
確かにその点に関しては、秋穂に分があるのは否めない。とはいえ、夏香も冬香もまだ成長途中だ。これからに期待、というやつだろう。
がんばれ、二人とも。
心の中でひっそりとエールを送る。
「あたしたちの前でその話題、よく出せたわね」
夏香の声が、すっと低くなる。
「秋穂は……言ってはいけないことを言った……」
冬香も静かに続く。
「冬香、やるわよ」
「うん……」
二人はゆっくりと、しかし確実に秋穂へと歩み寄っていく。
――おや?
ただならぬ空気に、拓也は思わず眉を上げた。
これは――なかなか面白い展開になりそうだ。
余計な口は挟まず、彼はそっと傍観者に徹することにした。




