第33話 ギャルゲーは全年齢対象
「あれ? そういえば……」
自室へ戻りかけたところで、拓也はふと足を止めた。頭の片隅に引っかかる小さな違和感。それを確かめるため、踵を返して再び妹たちの部屋の前に立つ。
今度はさすがに慎重だった。
「冬香、入るぞ」
一声かけて、一拍置いてから扉を開ける。
中では先ほどと同じように、冬香が机に向かい、本を読んでいた。静かな時間が流れている。
「なあ、冬香?」
「……どうしたの?」
ページから視線だけを上げ、冬香が応じる。
「さっき晩飯って言ったけどさ……昼飯、もう食べたのか?」
「うん……。夏香と二人で、冷凍食品を温めて食べたよ……」
「あ、そうか」
少しだけ安心したように頷く。
「それならいいや。読書の邪魔して悪かったな」
「……平気」
短く答え、また視線を本へと戻す冬香。その様子に、拓也は苦笑を浮かべた。
「じゃあ、晩飯の時にまた呼びに来るから」
「うん……」
小さな返事を背に、今度こそ部屋を後にする。
廊下に出ると、家の中はどこか穏やかな静けさに包まれていた。
自室へ戻った拓也は、制服を脱ぎ捨て、ラフなスウェットに着替える。ようやく一息つき、ベッドへと体を投げ出した。
天井を見上げながら、ポケットからあの宿泊券を取り出す。
指先でなぞるように眺めながら、ぽつりと呟いた。
「佐伯に殴られた時は、ほんと不幸としか思えなかったけど……」
少しだけ笑う。
「こうして宿泊券もらえたなら、悪くなかったかもな」
紙一枚の向こうに、妹たちの笑顔が浮かぶ。
夏香、冬香……絶対に楽しませてやるからな。
胸の奥で、静かに誓いを立てた。
そのまま三〇分ほど、何もせずに横になっていたが――
「……腹減ったな」
ぽつりと呟き、起き上がる。
リビングへ向かい、一人きりの少し寂しい昼食を済ませると、今度は家事に取りかかった。掃除に洗濯。誰に言われたわけでもないが、自然と体が動く。
一通り終えた頃には、少しだけ達成感があった。
再び自室に戻り、時計を見る。
「夏香が帰って来るまでには……まだ時間あるな」
そう呟き、机の椅子に腰を下ろす。ノートパソコンを開き、電源を入れた。
本来なら、徹夜明けの体はとっくに限界を迎えているはずだった。だが今は、不思議と眠気がない。
――理由は分かっている。
あの宿泊券だ。
嬉しさが、疲れを吹き飛ばしていた。
「さて……今日はどのゲームやるかな」
引き出しを開けると、そこには未攻略のギャルゲーがぎっしりと詰まっている。
さらに棚にも、手つかずのソフトがいくつも並んでいる。数えれば一〇本以上はあるだろう。
「まずは、途中のやつから片付けるか……」
一つ一つ手に取り、しばらく悩む。
「……よし、今日はこれだな」
選び取ったのは、『告白~この想い、君に届け~』と書かれたパッケージだった。
ディスクを取り出し、ドライブにセットする。
「このゲームはやっぱり……亜美ちゃんだよな」
思い出しただけで、頬が緩む。
「“お兄ちゃん”って呼び方が最高なんだよな……」
小さく頷き、気合いを入れる。
「よし! 今日こそ、亜美ちゃんルート攻略するぞ!」
――そして。
気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。
窓の外はすっかり夕焼けから夜へと変わり、部屋の中にはゲームの光だけが揺れている。
その時だった。
バンッ!
勢いよくドアが開かれる。
「ちょっと! 風呂沸いてないんだけど!」
振り返る間もなく、夏香の怒声が飛んできた。
「それに兄貴! またエッチなゲームやってんでしょ!」
「なっ!」
反論しようとして、言葉が詰まる。
いや、このゲームは全年齢対象だ!
心の中で必死に叫ぶが、口には出さなかった。
余計な事を言えば、夏香の怒りに対して、火に油を注ぐ形になりかねないからだ。
結局、何も言い返せないまま――
「ほんっと、ろくでもないんだから!」
と、散々に罵られる羽目になった。
嵐のように去っていく夏香の背中を見送りながら、拓也は肩を落とす。
「……はあ」
小さくため息をついた。
我ながら……情けないな……。
画面の中で微笑むヒロインが、どこか遠く感じられた。




