表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/76

第28話 最後までは

「そ、それじゃあ……今から……冬香に、キ、キスをするからな」


 拓也のぎこちない宣言に、冬香は何も言わず、小さく頷いた。そして、静かに瞼を閉じる。


 よし、い、いくぞ!


 っていうか、めちゃくちゃ緊張するんだけど!


 胸の鼓動がうるさいほどに鳴り響く。


 落ち着け、俺……。落ち着け……!


「スゥー……ハァー……スゥー……ハァー……」


 拓也は天井を仰ぎ、大きく息を吸っては吐き、荒ぶる心をどうにか鎮めようとした。やがて視線を戻し、目の前にある冬香の顔を見つめる。


 閉じられた瞳、わずかに震えるまつ毛、そして――柔らかそうな唇。


 その一つ一つが、やけに鮮明に目に焼きつく。


 拓也はゆっくりと顔を近づけていく。少しずつ、ほんの少しずつ、二人の距離が縮まっていく。


 あと少し。


 ほんのわずか、唇を寄せれば届く距離。


 その時だった。


 不意に、拓也の動きが止まる。


 まるで何かに引き留められたかのように、ぴたりと。


 どうしてだ……?


 ここまで来て、なぜ?


 望んでいたはずだ。冬香とのキスを。


 それなのに、体が動かない。


 踏み出せない。


 理由の分からない迷いが、胸の奥で絡みつく。


 いくら自分に問いかけても、答えはどこにも見当たらなかった。


 やがて拓也は、静かに顔を引いた。


 その気配に気づいたのか、冬香はゆっくりと瞼を開く。


「あっ、いや……ほら、冬香はさ。夏香と同じことをしてほしいって言ってただろ? だ、だから……キスしちゃったら、同じじゃなくなっちゃうからさ」


「うん……」


 小さな声で、冬香は頷く。


「一応……これで、夏香との件は許してもらえたのかな?」


「うん……」


 再び頷くと、冬香は静かに立ち上がった。そして、扉の方へと歩き出す。


「なあ、冬香」


「何?」


 振り返らずに答えるその背中に、拓也は少し言葉を探してから口を開いた。


「もし……あのまま俺が……。いや、やっぱいいや。それよりさ、冬香は……夏香みたいに、お袋のことで寂しくなったりしないのか?」


 わずかな沈黙。


「私は……大丈夫……。私には、夏香がいるから……」


 そこで一度言葉を切り、ほんの少しだけ振り向く。


「それに……。いつも、私の傍には……兄さんが、いてくれるから……」


「あ、そ、そっか……。ならいいんだ」


 どこか照れくさそうに頭をかきながら、拓也は続ける。


「でもさ、どうしようもなく寂しくなったり、悲しくなったときは……ちゃんと言えよ。そのときは、この俺が全力で励ましてやるからな」


「うん……分かった……」


 冬香はそう言って、静かに扉を開け、部屋を出ていった。


 扉が閉まる音が、やけに大きく響く。


 もし、あのままキスしていたら。


 冬香は、どう思っただろうか。


 それとも……。


 最初から分かっていたのだろうか。自分が最後まで踏み出せないことを。


 さっきは聞こうと思ったのに、結局聞けなかった。


「ああ……もう!」


 思わず頭を抱える。


 何てもったいないことをしたんだ、俺は!


 せっかくのチャンスだったのに。


 どうして、できなかった?


 自分でも分からない。


 本当に、自分が馬鹿なんじゃないかとさえ思えてくる。


 少し前の自分なら、迷いなくキスしていたはずだ。


 それなのに……。


「変わった、のか……?」


 ぽつりと漏れた言葉に、答える者はいない。


 拓也は大きく息を吐いた。


 考えても、分からないものは分からない。


 それなら――今は、無理に答えを探す必要もない。


「……やめだ、やめ」


 ぽつりと呟き、ベッドに倒れ込む。


 天井を見つめながら、拓也はゆっくりと目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ