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『ミタマよ』
「うん。分かってるよ……これは流石にヤバそうだけど……」
町の住人が、どうやらヴァン王子に使役されていたようだ。彼ら自身がそう話してくれた。
話してくれた彼らは、望む者は俺が成仏させてやり、多くはヴァン王子に復讐を誓った。
もろもろが片付いた頃、町の外におびただしい量の死者の気配が……。
「まさか王子が死霊使いだったとはなぁ……」
『お前には「一番厄介」だとか言ってやがったが、自分にとって厄介な存在だったってことだろうな』
「同職が居て貰っては困ると?」
樫田の言葉に俺が尋ねると、戸敷が当然とばかり鼻を鳴らす。
『さっき君は、王子が使役した死者を解放しただろう。死霊使い同士が死者を取り合った場合、より強い方に死者は魅かれる傾向にあるようだ』
『お前ぇは、元々幽霊に好かれてたってー話だからなぁ』
『高田はな、神父の親父とじいさん、二人は霊媒体質だったらしくってな――」
『あぁぁっ。樫田さん、それダメっす!』
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何を慌てているんだろうな、高田の奴。
しかし親が霊媒体質だったのか。もしかして高田も?
じゃあ、実は俺と同じ苦労を味わっている!?
『あぁ、高田は見えない方だよ。まぁ今の俺たち三人は、幽霊も同然だから死者が見えるけどね』
「はぁ……って、のんびりしてる場合じゃないんだった。この場は逃げた方が良くないか?」
「そ、そうよ。死者だけじゃなく、生きてる兵士だって居るんですもの」
ソディアも俺と同意見だった。
なのに死人どもときたら!
あ、約三名は生霊です。
『騎士団ならこちらにもいますぞ! さぁ、続けっ』
エスクェード騎士団がぞろぞろと俺の足元から出てくる。
『こちとら冒険者だぜ! 帝国兵どもに送れなんざ取らねーよ!』
冒険者チャックの号令で冒険者アンデッドたちが湧きだしてくる。
町で殺された冒険者たちも集まって来て、立派な傭兵軍団が出来上がった。
『どれ、わしらも張り切らねばなりますまいて』
『お、俺も元は冒険者っすよ!』
『あんたはこっちに来なさい、コウ。あぁん、シゲキィ。あたしの事、守ってよぉ』
『お……おぅ。ちゃ、ちゃんと俺の後ろに、隠れてんだぞ』
え、何それ?
え?
高田に視線を送ると、何故か彼は泣きながら樫田を見ていた。
戸敷は必死に笑いを堪えている。
樫田とコベリア……もうそんな仲になったのかよ。
『味方はたくさん居るじゃないか。あとは君次第だよ』
「魔王……さん」
『え? 私の事、魔王さんって呼んでくれるの!? あ、じゃあディカートさん、がいいなぁ』
……喜んじゃったよ。
『ふんぬ。主よ、帝国の死者共も、主の死霊術で奪ってしまえばよい。半数近くは死者で構成されておるようだしの』
『そうだね。死者をこちら側に引き入れられれば、生きている者も戦意を失うだろう』
「そうすれば、この戦いは回避できる?」
『おそらくの』
『ただ迷宮に入っている、女神の眷属はどうにかしないとね』
『どうにかっつーか、俺らの体返せやゴルァ!』
まぁそうだ。三人の体を取り戻してやらなきゃな。
死者の気配は町中へと入って来ている。
町の住人霊をひとまず建物内に避難させ、俺は声高々に告げる。
その声はソディアの精霊魔法により、広範囲に渡って拡散された。
「"我が声を聞きし者たちよ。汝らに無念が残るのであれば、今共に立ち上がろう! 我が汝らの束縛を解き放つ! さぁ、この世に残してきた生者の為に、共に戦うのだ!"」
どこまで声は届いただろうか。
どこまで効果があるのだろうか。
体の中から魔力が引き出される感覚に襲われる。
まるで綿あめ製造機みたいだ。
俺の中から光を纏った蜘蛛の糸のようなものが放出されていく。
それが空高く舞い上がり、四方八方へと飛んで行った。
やがて――地響きが鳴り響く。
「きゃっ。ゆ、揺れてるの!?」
「ソディア、しっかり掴まっ――」
『ミタマよぉぉっ。儂のひ孫に手を出すとは、けしからぁーんっ!』
アブソディラスを無視してソディアを抱きしめ支える。
地響きは収まらず、だが激しくなるわけでもない。
いったいなんなんだ?
『おぉ……おぉ……わ、我らが王よ』
「え? 王? ギャデラックの……王……」
エスクェード騎士団が、ある方角を見つめ涙している。その方角から青白い光の柱が現れ、次の瞬間――。
『全エスクェードの兵士たちよ。今こそ我らの力、見せるときである!』
威厳に満ちた声が響き渡り、光の柱がこちらに向かって飛んで来た!
えぇー。光の中からちょっとカッコ良さげなおじさん出て来たよ。
見て分かる。
黄金色の甲冑を身に着けた、立派な――王様だ。
一瞬にしてエスクェード騎士団が跪く。
『我らが王よ!』
『うむ。長らく辛い想いをさせてきた。許せ、みなのもの』
『勿体なきお言葉。今一度、共に戦場へと立てること、我ら一同、嬉しく思っております。これも全てレイジ殿のおかげ』
一斉に俺を見つめる騎士たち。それに王様も、俺に膝を折ってお辞儀してるし。
え、いいの? 王様なのに?
『我らを召喚してくださり、ありがとうございます』
「あ、いえ……こちらこそ、応えてくださりありがとうございます」
『それで、行かれるのですかな? 迷宮へ』
「そのつもりです。だけどその前に――」
帝国の死者たちをどうにかしなければ。
俺の声に答えてくれたのは、それこそ歴代のエスクェード騎士団たち。それに公国の住民たちだ。
帝国兵には届かなかったのだろう。
『あ、レイジ様。帝国の人が、白旗振りながらこっち来るっす』
「えぇ!?」
やってきたのは、馬――の亡霊に跨った騎士――の、もちろん亡霊。
その後ろに白旗を掲げた男がもうひとり居る。
そこはかとなく装飾の施された甲冑を身に纏った男で、馬から降りると名を名乗った。
『余はヴェルジャス帝国第一王子、ヴァスロイ・デ・ヴァスモール・ヴァルジャスである』
……第一王子……えぇ! 第一王子まで殺してるのか、あの王子は。
だって兄だろ? 兄弟だろ? 家族じゃん!!
『そなたの声を聞き、余は自らの心を取り戻した! 余もそなたと共に戦おう! そしてにっくき弟、ヴァンを亡き者にするのだ!!』
「あー、なんか恨みが強いな。これ怨霊化しないかな」
ぼそりと呟いた声も、この王子には届いていない。
弟をどう殺してやろうか、あーしてこーして、そんな事ばかり叫んでいる。
彼を乗せて来た帝国騎士の亡霊もうんざりした顔で見てるじゃん。
あんまり好かれてないみたいだな。
挙句の果てにこんなことまで口走り始めるし――。
『おのれ、兄であるこの私を屠るなど……今度は余が奴を八つ裂きにしてくれるわっ。奴に代わって、余が世界を跪かせてくれるわっ!!』
似た者兄弟ね。はい。
「成仏しろ。今すぐしろ。さっさとしろ」
『ひぃっ。な、何故だ!? 余の何がいけないのだ!?』
「存在全部。はい、成仏決定」
こんな奴には拝んでもやらん!
地面から伸びた光に捕まり、ヴァルジャス第一王子は死者の国へと導かれていった。
ふぅ。これで平和へと一歩近づいたね!