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『いやぁ〜、居心地いいねぇ〜』
『じゃろ〜? 儂がここにおる理由も、納得じゃろう』
『納得納得♪』
納得じゃない!
俺の肩にのしかかる霊圧といったら……もうね。
「レイジくん、大丈夫?」
「う、うん。さすがにちょっと重い、かな」
俺を心配してソディアが顔を覗かせてくる。
俺たちは今、ヴァルジャス帝国領に向かう為の準備をしている。
『本当にあの坊やを救う方法があるのかしら?』
「コベリア、随分と心配してるじゃん。気になるの?」
『んふふ。どうかしら?』
そう言ってコベリアが宙を舞う。
あの坊や=樫田のことで、救う方法=魔王があると言っていた。
それを聞いてからというもの、コベリアは本当なのかとしきりに尋ねていたり。
「で、本当に救えるんですか、その……樫田を」
『残念ながらタブン、なんだよ』
「準備が整いました。裏に馬車を用意しましたので、そちらをお使いください」
「ありがとうございます、アデッサさん」
彼女らはこの国に留まるという。
ここを再建しなければならないからと。
でも外にはまだ帝国兵がうじゃうじゃ居るんだけど、大丈夫だろうか。
『うん。城を出る前に王様らしいことをしていかないとね』
『お前が魔王らしかったことなんぞ、一度たりとて無かっただろう』
『えぇー。そうかなー。私だってやるときはやるんだよー』
その間延びした口調だと、やるようには見えないんだけどな。
重たい肩を引きずる……ではなく、肩をもみもみしながら城門までやってきた。
それが魔王ディカートの望みであったから。
「何をするんだ?」
『うん。残存している帝国兵をね、追い出そうと思って』
どうやって?
そう尋ねる間もなく、城下町から帝国兵がやってくる。
身構える俺やソディア。そしてアンデッドたち。
ふわぁっと魔王ディカートが俺の横に並び、大丈夫だと言わんばかりにウィンクを寄越す。
「お、おい。あれはアンデッドか?」
「まさかあの男は――」
二十人ほどの帝国兵が俺たちを囲みだす。
アンデッドを連れているということで、俺の素性がバレているようだ。
まぁ俺を召喚した張本人というか、国? だもんな。知ってても不思議じゃない。
「貴様、ネクロマンサーか?」
「お前たちの親玉に召喚されて、速攻追い出されたネクロマンサーだよ」
「やはりか……まぁどこのネクロマンサーだろうと関係ない。王子からはネクロマンサーは見つけ次第、殺せという命が出ている」
ドーラムの王様が言っていた、死霊使いが暗殺されてるって話……ヴァルジャスの仕業だったのか!
『レイジ君、ここは私に――』
「いや、私にって……魔王、あなたは幽霊なんじゃ」
『うん。肉体は滅んだけどね、魂は健在だから大丈夫』
大丈夫って、どういうこと?
ふいに、俺の肩から離れた魔王が隣に立つ。いや、足は無いけど。
「な……なんだ? 急に気温が」
「た、たたたたたた、た、隊長」
「なん……まま、ままま、魔王!?」
あれ? 帝国兵も魔王が見えてる?
ソディアに目を向けると、どうやら彼女にも魔王が見えているようだ。
「古代竜と違って、魔王様は気配がハッキリしてはいたけど……どうして急に見えるようになったのかしら?」
『うむ。魔族の魔力というのは、魂そのものに宿っておる。故に霊体であろうがその力は失われておらぬのだ。そして今アレは、魔力を高密度に練っておるからの。普段見えぬ者にも見えるようになったのじゃろう』
「そ、そうなの?」
『うむ。そうなのじゃ――ん?』
「あら?」
え……アブソディラスの声も聞こえてる!?
ソディアは俺の頭上を見上げると、驚いた顔をする。
「もしかして見えてるのか?」
「……み……見えた……」
『儂、見られた!?』
「と、そんなことより――」
魔王の周囲に白い霧のようなものが集まってくる。
帝国兵は寒いだのなんだの言っているが、俺たちはまったくそんな感じはしない。
ただ、とてつもなく巨大な力が集まってくるのはわかる。
『どうも、魔王です。いろいろと君たちのおかげで大変だったんだよ。国民を安全なところへ転移するのに全魔力を使い切ってしまったし、そのせいで大地が枯れ始めてしまったからねぇ』
穏やかな口調に穏やかな顔でそう言う魔王。
だけど言葉とは裏腹に、収束する魔力は刃のように研ぎ澄まされている。
『ようやく二割程度の魔力が戻ってきたところだからね、そろそろ君たちにはご退場願おうと思って』
魔王が右手を天に翳す。
笑顔のまま、彼はその手を振り下ろした。
その途端、俺たちを取り囲んでいた帝国軍が――吹っ飛んだ。
いや、飛んで行ったと言うべきか?
ただし一瞬だったからハッキリとはわからないが、奴らを飛ばした一陣の風はたぶん――刃――だった。
見上げた空には奴らだけでなく、かなりの数の人影が飛んでいくのが見えた。
まさか都中の帝国兵を、あの一撃で吹き飛ばしたってのか?
めちゃくちゃじゃね?