72:来たようじゃ
三日後、俺たちはドーラム国王と一緒に東の平原【デュオーラム平原】にいた。
キャスバル王子はドーラム王直属の部下――それも古参の部下数名とともに、北西の国境へと馬を走らせている。
ドーラム、ニライナ両国が争う必要はない。全ては罠だった、と。
死んだハズのキャスバル王子が出て行って、そう説明すれば戦争は回避されるはずだ。
もちろんドーラム国王の印が押された親書もある。
そして急いで両国の対立を終わらせ、こっちに援軍を寄越して貰わなきゃ……。
「間に合います……かね?」
俺の問いに国王は返事をしない。
このデュオーラムの平原は、王都から馬で二日の距離だ。
逆に北西の国境までは馬をどんなに飛ばしても、三日はかかるという。
往復で考えれば一週間近く。
帝国軍は視界に映る距離だ。
しかもその数はこちらの十倍近くいる。
ドーラムの主力部隊は北西の国境にあって、ここにいるのは国王直属の兵と騎士、近隣から集まった志願兵たちだ。
その数、五百……少なすぎる。
「間に合うはずもなかろう……」
ようやく国王の返事が返ってきた。
その声がものすごーく重く感じる。
「レイジ殿、お主はこの国の民でもなければ、兵士でもない。戦場に立たずともよかろうに」
「え……いや、でも……」
ここまで関わったのに、知らんぷりできるほど俺も腐ってはいない。
ただ、国王には俺は死霊使いだって伝えてないし、それに関してはソディアやアブソディラスにも止められている。
キャスバル王子やアリアン王女も、例え親であろうと口外しないと約束してくれた。
アンデッドが使えないとなると……。
「竜牙兵はどうなんだ?」
『それは魔法生物じゃからの。魔術師でも有能な奴であれば使える魔法じゃ。ほれ――』
アブソディラスが顎で「あっちを見ろ」と示す先に、三体の竜牙兵がいた。
三体か……少ないな。
『普通はの、あれぐらいがせいぜいなんじゃよ。そもそも竜の骨が手に入りにくい品物じゃからのぉ』
「あぁ、そういうことか」
俺の場合、自分の骨がドラゴンのそれ扱いだし、その上自己再生する。
要は生み出し放題な訳だ。
「竜牙兵って、何体まで作れるんだろうか?」
「そりゃあ、骨の数だけ……あ、レイジくんの場合は、そこは関係なかったわね。えぇっと、一度に何体かってことだと、精神力次第でしょ」
「そうか。作る場合も精神力を消耗するんだったな」
今すぐ戦争が始まるって訳でもなさそうだし、今のうちに気絶しない程度に作っておくか。
まずはいつもの五体を影からこそっと呼び出し、新たに呪文を詠唱して右手をかざす。
これで五体追加。
「お主は魔導師であったか」
「あ、はい。その、戦力を少しでも増やせるようにと……」
更に五体追加。
「竜牙兵を十五体も!? レ、レイジ様はどこで竜の骨を?」
と、ここで宮廷魔術師が驚いてやってくる。
自分の骨です……なんて言えるはずもない。
「え、えぇっと……」
「古代竜アブソディラスの名をご存知ですか!」
バっと割って入ったソディア。
その問に宮廷魔術師は当然だと鼻を鳴らす。
「アブソディラスが倒されたのです。帝国の手によって、ですが……」
「なんと!? し、信じられぬ。地上最強の生物にして、神にも匹敵する力を持つ伝説のドラゴンぞ?」
え、そんなに凄いの?
いやいやいやいや。
見上げると、案の定ふんぞり返っているし。
威厳なんてこれっぽっちもない。
アブソディラスが倒されたという事実を確かめるため、俺たちはその住処へと向かった。そこで骨を拾った――とソディアは説明する。
「ただ、帝国兵が現れたので、あまり多くは拾えなかったのですが……」
「ぬぅ。にわかには信じがたいが、しかしこれほどのまとまった数を所有しているとは……」
半信半疑の宮廷魔術師だが、ここでうんうん唸ってても仕方がない。
敵は目の前にいるのだから。
結局俺は竜牙兵を追加で五体増やし、合計二十体を用意した。
竜牙兵一体で、並みの冒険者五人にも負けない実力だ。単純計算して、これで百人分以上の戦力になる。
500vs5000が、600vs5000になったね。やったね♪
ちょっと凹む。
「はっはっは。レイジ殿よ、そう落ち込むでない。いたし方ないのだよ、我らはまんまとハメられたのだ。だが――」
国王はじっと帝国軍を睨む。
「ここで負けるとも、ドーラムは負けはせぬ。魔導王国に留学しておる息子には、すぐさま帰国するよう伝えておる。主力部隊が戻ってくれば、帝国軍を追い返すこともできるじゃろう。それまでの時間が稼げればよい」
「死ぬつもりなんですか!?」
「儂が死んだとて、跡を継ぐ者はおる」
だからお前たちは適当なところで逃げろ――そう国王は言う。
「わかりました。でもやれるところまではやります。全力で」
「ふ、頼もしいの。お主のような若者が、息子を支えてくれる宮廷魔術師となってくれればのぉ。どうじゃ?」
「あ、いや……」
権力、地位……かぁ。
欲しくないと言えば嘘だけど、同時に面倒ごとに巻き込まれもんなぁという確固たる自信もある。
異世界転移物の小説や漫画だと、必ずと言っていいほどあるあるネタだもんな。
それに――。
『ダメじゃい! そんな職に就いておったら、リアラとの再会が果たせなくなるではないか!』
と、頭の上が五月蠅い。
「すみません。自由なほうが気楽なもんで」
「うむ。そうじゃろうな。優秀な冒険者に声をかけた場合、たいていそう言われる」
「なんだ、断られるのわかってて言ったんですか?」
「たまに受けてくれる者ももるからな。はっはっは」
なかなか気さくな王様だな。さすがアリアン王女のお父さんって訳だ。
だから出来れば死んで欲しくないな。
「なぁアブソディラス。これの中に封印した力って、開放できないのか?」
『方法はひとつ。主が魔力を上手くコントロール出来るようになってから――じゃ。なんなら儂が変わってやろうか?』
「お断りだ。いいさ、今の魔力でめいっぱいやるから」
「頑張り過ぎて気絶だけはしないでね?」
『レイジ様が気絶したら、ボクが担いで逃げますから』
「頼りにしてるわよ、コラッダ」
俺じゃなくてコラッダか……。
アンデッド軍団の中で、唯一こいつだけは表に出ている。
全身、それこそ顔も見えない甲冑を身に着けているので、未だにアンデッドだと気づかれていない。
戦力が少ない中、アンデッド軍団を出せればどんだけよかったか。
せめて地形効果なんて関係なく、飛んで行って相手の生命力を吸い取るゴーストが出せればなぁ。
そう思っていると、突然笛の音が響き渡った。
「来たようじゃ」
ドーラム国王が唸るように呟く。
赤黒い装備で統一されたヴァルジャス帝国軍が、今――動いた。