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68:こちらでお茶でもいかがですか?

 覚えた魔法は"氷結の槍(アイスジャベリン)"、"風の刃(ウィンドカッター)"。そして肉体が持つ防御力を一定時間強化する"鋼の肉体パーフェクトボディ"の三つだ。

 俺の攻撃魔法に足りない属性、水と風だ。

 正確には氷なんだが、水はソディアのウンディーネがいる。

 だが氷の精霊は召喚できないっていうんで、この二つを覚えることにした。

 "鋼の肉体"のほうは、少しでも消耗を減らすために覚えたものだ。

 効果は一時間と結構長い。


 気絶から目覚め体に戻ってから二度の食事休憩を取った。

 その間に迷宮もだいぶ下りてきたが、具体的に何階分下りたのかわからない。


『ひえええぇぇぇっ』

『まだ誰か落ちたっす!』

「これで何回目だ?」

「十回以上落ちてるわよ」

「レイジ殿、行くか?」

「まぁ、行くしかないんでしょうね」


 誰かが落ちた。

 俺が意識を取り戻し、移動を再開してから何度となく誰かが落ちている。

 俺だったときもある。

 王子だったときもある。

 他はゾンビスケルトンのうちの誰かだ。


 落ちると言っても、そこは滑り台のようになっているだけ。

 安全に滑って下に到着できるんだが、滑りが良すぎて登れない仕様になっている。

 しかもこの滑り台、あらゆる魔法を受け付けないという。


「これってさ、絶対迷宮の主の仕業だよな?」

「そうだとしたら、いったい何がしたいのかしら?」


 滑り台をソディアを手を繋いで下りていく。

 あれから良い雰囲気になれたんだが、手を繋ぐ――それが精いっぱいだ。


「迷宮の主さまは、私たちをお誘いになっているのでしょうか?」

「そうだな。この滑り台も、全て地下へと続く近道のように思える」


 後ろから滑り降りてくるアリアン王女とキャスバル王子もまた、仲良く手を繋いで下りてきていた。


 迷宮の主が俺たちを誘っている……なんのため?

 その答えは、なかなか床に辿り着かない、これまでにないほど長い滑り台の下にあった。


 螺旋階段のようにぐるぐると続く滑り台を、たぶん二十分ぐらい滑り下りたんじゃなかろうか。

 ようやく終着点へとたどり着き、辺りを見渡すとそこは図書館?


 天井高三、四メートルぐらいか?

 床から天井まである本棚で埋め尽くされた空間。そこに俺たちは立っていた。あと真っ先に落ちたゾンビが泡を吹いて倒れている。

 そこへカツ……カツっと、こちらへやってくる靴音が響く。


「迷宮の主かっ」

「アリアン、下がっているんだっ」

「は、はい」

「"風の精霊シルフよ――"」


 全員が息を飲み待ち構える中、それは現れた。


 ぼぉっと浮かぶ白い影。

 豪華なローブを身に纏い、頭には簡素ではあるが王冠のような物を被った――幽霊?

 だが異様なまでの何か……あれは魔力だろうか? そんな物が発せられ、嫌でも額に汗がにじみ出る。


 嫌でもわかってしまうほど、目の前の敵が強大だと感じる。

 それはみんな同じなのか、誰一人動こうとしない。

 まずいな。みんな気圧されてる。

 誰かが……いや、俺が動かないとっ。


 だが俺よりも先に奴が動いた。

 い、いきなり大魔法でも撃とうってのか!

 両手を広げた奴が口を開いてこう言う。

 

『ようこそみなさん。さぁ、お疲れだったでしょう。こちらでお茶でもいかがですか?』

「……はい?」

『いや、ですから。一日半掛けてここまで来たのです。随分歩いたでしょう? お疲れなのでは?』

「うん、まぁ……疲れてはいる」


 そう答えると奴は、嬉しそうに微笑んだ。

 そしてて手をパンパンと叩くと、どこからともなく竜牙兵が現れて俺たちを案内しようとする。


「罠……か?」

『お茶菓子も作っているんですよ』

『わーい。レイジ様、お茶菓子っすよ』

「お前食べられないだろ」

『のぉーっ!』


 そしてずるずると押されるようにして敵の竜牙兵に案内された俺たちは、そこで信じられない光景を目にする。


 本棚に埋め尽くされた部屋の奥に別室があり、そこにはテーブルが。その上にティーカップとカップケーキが4セット並べられていた。

 敵の竜牙兵がポットを運んできて、カップにお茶を注いでいく。

 この匂い、紅茶かな?


『お砂糖と、あとレーモンの輪切りもありますよ』


 嬉しそうな幽霊は、自らも椅子に座って紅茶を口に運ぶ――え、飲めるのか!?


『真似事だけで飲めないんですけどね』

「飲めないのかよ!」

『えぇ。なんせ霊体ですから』

「でも、主様はティーカップをお持ちになっていますわ。レイジ様のところのゴーストさんは、物を持つことが出来ませんのに」


 と、アリアン王女は椅子に座り、当たり前のように紅茶を飲んでいた。

 大丈夫なのかよ。毒とか入ってないのか?


 だが、お腹は空いた。

 食料を少しでも持たせるために、一度に食べる量を減らしているからな。

 それに紅茶の匂いだ。

 迷宮内には薪木になるようなものがなく、お湯を沸かすこともできなかったから、暖かいスープなんかも作れなかった。

 暖かいだろうなぁ、あの紅茶。


「ほぉ。この茶葉は東のルスクン産か」

『おぉ、さすが一国の王子。飲んだだけで産地を言い当てるとは、流石です』

「王子も飲んでんのかよ!」

「レイジくん。このケーキ、美味しいわよ」

「ソディアまで!? えぇい、俺だって――」


 椅子に腰かけ貪るようにしてカップケーキを食べる。

 ひとつ食べ終わると竜牙兵が新しいものを運んできてくれた。


「おぉ、ありがとうな」


 そう礼を言うと、竜牙兵が首を傾げて不思議そうにしている。


『竜牙兵にお礼を言うなんて、変わった方ですね。さすがは異世界人ということでしょうか』

「むぐっ――げはっげはっ。な、なんで俺が異世界人だって知っているんだっ」

『失礼しました。この迷宮に足を踏み入れてからのあなた方の行動は、全て見させて貰っていましたので』


 み、見られていたっ。

 やっぱりこいつは敵!?

 あ、そう思ったらなんだか急に、お腹が痛くなってきたような……。


『いやぁ、ここにお客様がくるなんて何百年ぶりだろうか? ファモの英雄にお願いして、迷宮の上にお城を建てて貰って以来ですから……八百年ぐらいですか?』

「そんな大昔から、主様はおひとりで!?」

『いえいえ、ひとりなのはもっと前からですよ。この迷宮を造ってからずっと、ですから』


 にっこり微笑む迷宮の主は――まさかの魔導王国建国王の弟その人だった!?


 あ……トイレ……。

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