60:生憎もう死んでるんでね
「傷が新しいわっ。ついさっき点けられた傷よ」
『今ならまだ間に合うかもしれませんっ。ボクが治癒を――』
「いやタルタス。そんなことしたら、お前自身がダメージを食らってしまうんじゃ」
回復魔法はアンデッドに有効。
回復という意味ではなく、攻撃という意味で。
これゲームのあるある常識だ。
『構いません! ボクは……ボクは戦神アレストンに仕える司祭ですから!』
出血の酷いキャスバル王子の下へ飛んでいき、タルタスが決死の神聖魔法を唱える。
『"アレストンよ、勇敢なるこの者の傷を癒したまえ――治癒"イタイイタイイタ』
「私も手伝うわ。無理はしないで」
タルタス……自分の治癒魔法でダメージ貰ってるよ……。
無茶しやがって。
その時、カツカツと駆けてくる革靴の音が近づいてきた。
「何者だ!」
振り向くと、そこに立っていたのは――。
「ジャスラン! よくも……よくもキャスバルを!」
「なっ。アリアン姫っ。な、何故ここにっ」
「あなたの企み、全てお見通しなのです!」
いや、全てっていうか、何を企んで王女や王子を誘拐したのかまでは、全然さっぱりなんですけど。
だがアリアン王女の言葉にジャスランは、狼狽して後ずさる。
奴の後ろには暗殺者っぽいのや、騎士っぽいのがぞろぞろいる。
「っち。いつ気づいた。私がヴァルジャスの密偵であると」
「ヴェルジャスの密偵……ですって!?」
え……じゃあ、スパイ?
っていうか、またヴァルジャスかよ!
だいたいなんでヴァルジャスのスパイが、アリアン王女とキャスバル王子を誘拐するんだ?
しかも二人を殺すつもりでいたようだし。
それにしても……アリアン王女の驚いた声に、ジャスランもまた驚いている。
ぽかんと口を開いて、なかなか間抜けな表情だ。
そうだよな。
てっきり身バレしたと思ったら、実は違いましたって。
しかも自分で身バレさせてしまったし。
「っく。私としたことが、誘導尋問に引っかかるとはな――」
「いや、王女様はそんなつもり全然無かったと思うけど」
「はい。私は、私を誘拐した犯人がジャスランだったことを知っていると、そう言ったつもりだったのですが……そうですか、ヴェルジャスの……」
しみじみ言うアリアン王女。
ジャスランの顔はどんどん青ざめていく。
美形騎士もこうなると哀れだな。
「くああぁぁぁっ! もういいっ。姫以外はここで死んで貰う!」
ジャスランが剣を抜くと、後ろに控えていた奴らが音もなく動き出す。
『生憎もう死んでるんでね!』
「なに!?」
ジャスランの奴、気づいてなかったのか。
いや、アリアン王女に目が行って、アンデッドは視界に入ってなかったのかもしれないな。
今頃気づいて慌てて部屋から出ていくジャスラン。
「ど、どういうことだ……これはっ」
『くっくっく。俺たちゃあ無敵のアンデッド様さ』
「神聖魔法に弱いけどな」
『それを言わないでくださいやし、レイジ様』
アンデッドたちが各々武器を構え、部屋の入口を固める。
一歩でも入ってくればフルボッコだ。
だが逆に、一歩でも出ればこちらもジャスランたちにフルボッコされる。
「レイジ……は! そうか、私としたことが、ヴァン様の報告にあった死霊使いのことを、すっかり忘れていたよ。そうか、君が異世界から召喚された、呪われし死霊使い……か」
「勝手に人を召喚しておいて、呪われし死霊使いとか随分じゃないか」
「ふっ。死霊使いは存在しては困るのだよ。全てはヴァン様が世界の覇権を握るために、な」
自国の帝位争いだって決着ついてないのに、何言ってるんだ?
他にもなにか悪だくみでもしているのだろうか。
「さて、無敵のアンデッド諸君。君たちの弱点がわかっている。大人しく成仏するがいい」
ジャスランがそう言って道を開けると、そこに現れたのは真っ赤なローブを着た――。
このローブ、あの召喚の場にもいた――。
「"死を司る冥界の女神よ。そのご威光により、彼の者らを地獄へと導き給え"」
『いけませんっ。浄化の魔法です!』
「え……浄化――」
『ミタマの影に潜るのじゃ!』
赤いローブから発せられた男の声が、再び呪文を詠唱する。
慌てて影に潜り込むアンデッドたち。
「アブソディラス!」
『大丈夫じゃ。あ奴の魔力程度では、儂は成仏させられん。しかし、アレを倒さねばアンデッドは呼び出せぬぞ。が――』
竜牙兵は別じゃ――とアブソディラスが言う。
その竜牙兵に目配せをして突撃させるが、そうすると赤ローブは引っ込みジャスランが躍り出る。
うげっ、馬車を襲った暗殺者も強かったが、ジャスランも強いぞ。
部屋の出入り口で狭いというのもあって、ジャスランを相手に戦うのは同時に二体が限界。
その二体を相手にしてなお、ジャスランには余裕そうに見える。
「ふん。竜牙兵を召喚できるとはな。だがこの程度でこの私が倒せると思うなよ。どうやってこの場所を知ったのかわからぬが、お前には王子と王女暗殺の犯人になってもらおう」
ジャスランの一撃で竜牙兵がこちらに吹っ飛ばされると、わずかに出来た隙間から暗殺者が躍り出る。
まずい、やられる!?
無詠唱"電撃"を放つが、一瞬敵の動きを止めたに過ぎなかった。
だが次の瞬間――。
「アリアンたちを案内したのは、この私だ!」
ガキンっと刃と刃が重なり合う音が響き渡る。
「なんとか間に合ったわ」
『ま、間に合い……ました……ではボク……も』
倒れこむようにしてタルタスが俺の影の中へと潜っていく。
そして俺の目の前には、ソディアの魔法剣を手にし、暗殺者を斬り捨て仁王立ちするキャスバル王子がいた。。