59:久しぶりのしゃばだぜーい
「じゃあ行くわよ――"闇の精霊シェイド。闇の衣を纏いて、私たちの姿を隠せ"」
ソディアの精霊魔法で黒いもやもやが現れる。
幽霊が現れる時の靄とはまったく別物の、本物の闇だ。
窓から一階へと決死のダイブで下りた後、すぐにソディアの魔法で闇に紛れ移動を開始する。
中庭にやってくると、絡まる蔦の中に王女が入って行く。
蔦から顔だけを覗かせ手招きする王女。
俺とソディアが入って行くと、壁にぽっかりと空いた穴があった。
お城の地下通路。
万が一敵が攻めてきて城が落とされそうになったら、ここから逃げ出したりするんだろうか。
なんてことを考えていると、ちょっとドキドキしてくる。
俺、国の一大事にかかわってるんだなぁっと実感して。
「レイジ様、先を急ぎませんと」
「あ、そうだった」
前を行くアリアン王女についていくと、途中で更に仕掛けを動かし別の通路が現れる。
通路の途中には同じような仕掛けがあり、中にはただのダミーもあるんだとか。
「キャスバルの話だと、小部屋もある通路だと言ってます。お城からずっと離れた場所に通じる、秘密の抜け道のどこかだと思いますの」
その抜け道は、途中で寝泊まりできるような小部屋がいくつか用意されているという。
もちろん常時であれば誰も通らないし、住んでいる者ももちろんいない。
その通路を管理するのは、王家の親衛隊――ジャスランの管轄だとアリアンは話す。
あいつ、もう真っ黒じゃないか。
しかしアリアン王女が言うように、奴らが明日には王子の死体をっていうなら、今夜中に殺されてしまうかもしれない。
早いところ助け出さないと、手遅れになるぞ。
『ここからは私が案内しよう。通路の仕掛けはアリアン、頼むよ』
「任せてキャスバル。さぁ、行きましょう」
通路はだんだんと下に向かって進んでいる気がする。
時折階段を降り、そして下った通路を進んで行く。
「お父様が幼い頃、よく話してくださいました」
「王様が?」
頷いたアリアン王女は、この城の地下に巨大な迷宮が存在する――そんな話を王様から聞いたと話す。
迷宮の入口を閉ざすために、この城が築かれたのだと。
「それが本当なのかはわかりません。私は見たことありませんし、そういった話が載った資料もありませんから」
『もともとこの城は、ドーラム以前の国、ファモが築いた城。そのファモは歴史の古い国であったから、わからないのも無理はない』
ファモは戦に負けて滅んだんだったな。
『アタシもそういう噂は聞いたことあるわよ』
『迷宮ならあったぞい』
「噂があった? ……え、迷宮があった!?」
見上げたアブソディラスは、いつもより更に縮んでいる。
天井が低いからな。浮かんでいるスペースが狭いんだろう。
『古い話じゃ。あれは魔導の国が建国して間もない頃じゃからのぉ』
そもそも迷宮というものは、神やそれに匹敵する存在が造り上げたものだというところからアブソディラスの話は始まる。
もちろん中には天然の洞窟もあるが、そこに住むモンスターがいるとしたら、ごく普通に外から入ってきて住み着いただけのモンスターであると。
そういったモンスターは倒せば二度と蘇らない。
だが前者となる迷宮のモンスターは、死しても迷宮に還り、再び蘇る。
それが迷宮と呼ばれるものだ。
そしてこの地方にあった迷宮は前者……に近い物だという。
『魔導の建国の王――その弟がの、王権を奪うために自らの力を見せつけるため造った迷宮じゃ』
「兄弟喧嘩で迷宮を造ったのかよ!」
『魔法で迷宮を……凄いですぅ。カルネちゃんもいつか――』
「造らなくていい!」
『ふえぇ〜ん。レイジ様が意地悪ですぅ』
迷宮を造るなって言うのが意地悪なのか?
そんなことを考えながら先へと進んで行く。
もう結構歩いたと思うが、遂にキャスバル王子の歩み――いや、空中移動が止まった。
『ここから敵の領域だ。みな、心の準備はよいか?』
キャスバル王子の言葉を合図に、足元からぞわぞわとアンデッドたちが出てくる。
『くぅーっ。久しぶりのしゃばだぜーい!』
『最近ずっと影の中だったっす。もう退屈で死にそうだったっす!』
『こりゃコウ。お前はもう死んどるじゃろう』
『カラカラ』
『ラッカさんがですね、肩が凝ったと。はい』
お前らアンデッドとしての自覚が全然ないだろ。
あぁそうだ――。
「めっきり出番の減った竜牙兵も出てきていいぞ」
俺がそう呼びかけると、これまた影から竜牙兵が現れる。
そして何故か万歳三唱。
お前たちも退屈だったのか……。
アンデッド六十人超え。竜牙兵五体。
さすがにこの数が出てきたら、静かに――なんて不可能だ。
「何者だ!」
「侵入者発見! 侵入しゃ――あああぁぁぁぁっ」
うん、見つかるよな。
巡回してたっぽい奴らがアンデッドを見つけ、仲間に報告する声を上げるが、後半は叫び声になっていた。
俺が命令する間もなく、アンデッドたちが奴らに群がる。
咄嗟にアリアン王女の頭からマントを被せ、ソディアが間髪入れず精霊の力で音を消す。
「ナイスソディア」
と言ったものの、声も消されて口パク状態に。
彼女も口パクで何か言っているようだが、さっぱりわからない。
きっとあそこでは悪党どもの悲鳴と、肉を断つ嫌な音がしているんだろうなぁ。
チラっと視線を向けると、終わったとばかりアンデッドたちがにんまり笑ってこっちを見ている。
怖いからあっち向いてくれ!
ぼろぼろになった二人の悪党の遺体を王女に見せないよう、マントを被せたまま通り過ぎる。
「侵入者はどこ――ぎゃああぁぁぁっ」
「どうした――ひいいいいいいぃぃぃっ」
「ドーラムの国王に感づかれたのかああぁぁぁぁぁぁっ」
次々に現れる暗殺者たちは、口々に悲鳴を上げながらこの世から退場していく。
『レイジ殿の力……凄まじいものだな……』
「いや……俺、何もしてないですから」
そう。
何もしないままどんどん進んで行く。
『うっ……』
「どうしたの、キャスバル?」
『いや、なんでもない。ちょっと胸が痛んだだけだ』
痛い? 幽霊が?
肉体に近づいているからだろうか。拷問か何か受けて、その怪我でも痛むのだろう。
そして遂に、俺は何もしないままキャスバル王子の生身が捕らわれている部屋までやってきた。
なんだろう。
地下通路に入ったときには、確かにドキドキしたんだ。
冒険めいた何かを感じ、興奮したんだ。
これを味わうために、俺は魔力を封印してある。
なのに――だ。
「結局何もしないまま、冒険終わるんじゃないか!」
『え? 俺たちのせいっすか?』
「そうだよ! 俺にも少しは活躍させろよっ」
『我儘っすねぇ』
「おまっ。い、一応俺は主人だぞっ」
「くすくす。ほんと、仲良いわよねぇ」
クスクスとほほ笑むソディアの隣では、まったく違う反応を示したアリアン王女がいた。
その表情は青く、今にも倒れそうなほど生気を失っている。
ま、まさか――。
「キャスバル!」
駆け出したアリアン王女は、その部屋の中にいたキャスバル王子の下へと駆け寄る。
鎖で繋がれ、壁に貼り付けられた形の王子の胸には、斬られたような傷があった。
さっき胸が痛むと言っていたけど、まさかこれなのか!?
「キャスバル! 嫌よ、ここまできて死んでしまうなんて……そんなの、嫌あぁぁぁぁっ」
はっとなって辺りを見渡すが、キャスバル王子の生霊がどこにも見えたらない。
嘘……だろ?
ここまで来て助けられなかったなんてこと、無いよな?