25:これで安眠できる
生活魔法その一。洗濯。
まず水を用意します。汚れた水ではいけません。持っているなら洗剤を水に溶かしておきます。
「はい。溶かし終わったわよ」
「ありがとう! よぉし、洗濯! はいっ」
カルネに教わった呪文を唱えると、鍋に汲んだ水が泡立ち――俺を襲う!?
「あばばばばばばばば」
「ちょっと、魔力を込め過ぎよ!」
『勇者様は魔力が膨大過ぎるのですぅ』
ぶっは。
全身泡まみれで、惨い目にあった。
本来ならもう一度、今度はただの水だけで同じ魔法を使って濯ぐのだが……泡の量が多すぎて、鍋の水程度じゃ洗い流せそうにない。
仕方ないので川の水で直接洗い流すことに。
「洗濯! はい」
詠唱を終えると、小川の水が渦を巻き始め……やがて一本の水柱となって俺を――。
「あばばばばばばばばばっ」
「ちょっと、何やってるのよ!」
『魔力の調整訓練をしないとダメですぅ』
自分で作った水柱に襲われ、ずぶ濡れ状態。
『では次は服を乾燥させる魔法ですぅ。いいですか、意識せず、何気ない感じで唱えるですよ』
「お、おぅ」
深呼吸をし、そして何気ない感じで……って、具体的にどんな感じだよ!
とにかく真剣になるとダメ。集中してもダメ。
なら、不真面目にしてみるか?
「なんとな〜く、なんとな〜く。乾燥。は〜い」
そんななんとなくな魔法は、俺を中心に温かい風が舞い――いや、熱い!
「あちちちちちちちっ」
「……ま、まぁ、割と上手くいったんじゃないかしら?」
『そうですねぇ。ちょっと風が熱すぎたようですが、焦げてないようですから成功ですぅ』
「ほ、本当?」
学生服を確認すると、すっかり乾ききっていた。
確かに焦げてない。念のため髪の毛も触ってみる。
うん、焦げてない。
「うぉぉぉっ。大っ成功! なんだ、この世界には便利な魔法があるんじゃん」
「あるけど、結局は魔術師にしか使えない魔法だから」
「え? そうなの?」
『はいですぅ。魔術師は魔法の研究に没頭するため、いろいろと不衛生な方も多いのですぅ。ですから、魔導の国ソレイユが、そんな魔術師の為に編み出したのが生活魔法ですからぁ』
つまり、ずぼらな魔術師用の魔法ってことか……。
洗濯から乾燥まで、順序良く行えば一分たらずで出来る。
更にずぼらな奴は、体や頭を洗う過程も、この【洗濯】で終わらせてしまうのだとカルネは言う。
それはさすがにどうかと思うけどなぁ。
しかし今の間、アブソディラスが一度も口を開いていない。
というか、洞窟を出てからだ。
まぁ理由は分かっている。
洞窟の二つ目の隠し部屋にあった物を、ずぅっと眺めているからだ。
あの部屋に入った時、アブソディラスがきょろきょろしていたのは、何もアンデッド用装備を探していたからではない。
あれを探していたからだ。
「で、その木彫りの首飾りみたいなのは、どんなマジックアイテムなんだ?」
不思議なことに、物体である首飾りを、霊体であるアブソディラスは手に持っている。つまりマジックアイテムだからだろう。
『ん……これはの、リアラが儂の為に手作りで掘ってくれた、まぁお守りじゃ』
「え? マジックアイテムじゃないのか?」
『んむ。じゃが深い深い愛情がぎゅ〜〜っと詰まっておる。これはの〜、儂とリアラが初めての夜を過ごした翌日にじゃな〜』
「あーっあーっ。さて、俺は寝よう」
『じゃああっしらは見張りにでも』
『夜更かしはお肌に悪いもの。アタシは勇者様の影の中で休ませて貰うわ』
『僕は神に祈りを捧げませんと』
『タルタスさん、それって危険じゃないですかね? はい』
アブソディラスが構わずのろけ話を続けるが、誰一人それを聞こうとする奴はいなかった。
ただ問題は……俺の頭上で延々とのろけ話を垂れ流しにしているせいで、嫌でも耳に入ってしまう。
「カルネ。相手を黙らせる魔法ってないか?」
『ありますぅ。でも相手は古代竜様です、ちゃんと掛かるか分からないですよ。それよりもこっちの魔法をお使いくださいですぅ』
そうして教えて貰った魔法は、一定空間の音を消す、という生活魔法。
これを俺の顔周辺に掛ければ、俺には何も聞こえないってことになる。
『何かあった場合は、ゆすって起こせばいいですからぁ』
「じゃあそういうことで頼む」
『はいですぅ。それにしても……か、過激なお話ですね』
……リア充、爆ぜろ。
そう心で祈りながら、教わった魔法を唱える。
「この辺だけ静寂」
おぉ! 静かになったぜ!
これで安眠できる。
翌朝目を覚ますと、うんざりしたようなアンデッドたちの姿がテントの外にあった。