26:思いっ切り自我持ってるんだけど
うんざりしたアンデッドたちは全員、俺の影に入ってしまった。
まぁ静かでいいけどな。
「ソディアはちゃんと眠れた?」
「えぇ、大丈夫。私は精霊魔法が得意なの。だから風の精霊に頼んで、私の周辺を静かにして貰ったから」
「そっか。今更だけど、ソディアにもこの辺だけ静寂を掛けてあげなきゃいけなかったなぁっと思って」
「ほんと、今更ねぇ。でも――」
二人で並んで歩く森。
すぅっと俺の前に出て来たソディアは、くるりと振り返ってにっこり微笑む。
「気に掛けてくれてありがとう」
前屈みのような姿勢で微笑む彼女。
谷間くっきりだな。
再びくるりと半回転して俺の横に並ぶと、足並みを揃えて歩き出す。
そういや漫画か何かで、精霊は鉄を嫌うから、精霊使いは鉄製の装備を身につけない――なんて設定を見たな。
よく見るとソディアの装備は、武器以外は布の服だ。
胸が隠れればそれでいいと言わんばかりの袖なしの白い上着。
幅広の黒ベルトは革製だろう。真っ青なミニスカートと、同色のマントはやっぱり布製だ。
留め金類は鉄かもしれないが、銀製ってこともありうる。
この世界の精霊も鉄が嫌いなのだろうか。それとも動きやすさを優先させた服装なのだろうか。
とにかく……胸が大きいのはよく分かった。
『うぅん。むにゃむにゃ。リアナァ〜。ぬふふ、ぬふふふふふ』
なっ。
いったいまた、なんて夢を見ているんだよ。
鼻が普段より三割増しで伸びてるぞ。
「どうしたの?」
「ん。アブソディラスがさ、鼻の下伸ばして変な寝言言ってやがるんだ」
「え! 寝てるの?」
そう、寝ているのだ。
幽霊のくせに寝る。なんて非常識な奴だよ。
『きっとやらしい夢ですぜ』
と、足元から顔だけのぞかせるチャック。
「踏むぞ」
『いやぁ、実体がありませんからねぇ』
「――っ。えぇい、こうしてやる!! こうしてやる!!」
踏めない。分かっていてもその顔面を踏みつけたくなる。
そう、これはモグラ叩きなのだ。
いや、ゴースト踏みつけなのだ!
『痛くな〜い』
『勇者様〜、こっちですよ〜』
っく。ゴーストが増えて難易度アップか!?
そんな俺とアンデッドとのやりとりを、ソディアは笑いながら見つめてる。
「不思議ね」
「え? なにが?」
その時風が吹き、ソディアの長い髪がふわっと宙に舞う。
あ、耳……少し長い?
いや尖ってるみたいな?
これってもしかして――。
「死霊使いが忌み嫌われるのは、死者を使役するということだけじゃないの。彼らは死者の魂、肉体を自分の為に使役し、酷使して使えなくなれば捨てる。替えはいくらでもあるからと」
「使い捨ての駒?」
「そう……絶対服従の……いえ、死霊使いが使役するアンデッドに、そもも意思があるなんて、聞いたことすらないわ」
「思いっ切り自我持ってるんだけど……」
そうだと言わんばかりにアンデッドがにょきっと出てくる。
そして騒ぎ出す。
五月蠅い。
「だから不思議なの。どうして彼らは――生前と変わらぬ心でいられるんだろうって。どうしてレイジくんは、彼らを人のように見ているのだろうって、ね」
「人? いや、アンデッドとして見ているんだけど」
「そうかしら? ふふ、まぁいいわ。自分でそう思っているなら、それでいいわよ」
よく……分からない。
分からないけど、微笑みながら風の中をくるくる舞う彼女が、凄く眩しく見えることは分かった気がする。
『勇者様。顔、赤いっすよ』
「五月蠅い。影の中に入ってろ」
『うわぁぁ、こんなことに強制力使ってるっ――』
コウの最後の言葉は、影の中に潜ってしまって聞こえなくなっていた。
予定通り森を出る手前で野宿をし、夜はアンデッドどもが大宴会。
俺とソディアはそれぞれ魔法で静寂な空間を作って安眠し、翌日――。
『じゃあ勇者様、ヴェルタの町はこの方角に真っすぐ進んでくだ。途中で街道に出ますから、そこから先は道に沿って歩けばすぐでさぁ』
「道なら私も分かるから大丈夫よ」
「よろしく頼むよソディア。あとアンデッドのみんなも、俺のことを勇者様って呼ぶのは止めてくれよ。召喚されたその場で追放された身だし、別に魔王退治でもする訳じゃないんだしさ」
『それじゃあ、レイジ様でよろしいんで?』
「いや、様付けも……」
『『レイジ様決定〜!』』
……あぁ、もう好きにしてくれ。
『じゃあ儂もレ・イ・ジ・く・んと、呼ぶかのぉ』
「おわっ! 気色わるぅ」
『なっ。ソディアは良くて、儂はダメなのか!?』
「当たり前だろ」
『即答じゃし! こやつ即答しおったわ! 差別じゃ、ドラゴン差別じゃぁぁぁ』
老害め。
こうして俺たちは森を出て真っすぐ西へと歩き出した。
森を抜ければ草原が広がる。
奥には岩や木が点在し、更にその先に街道が見える。
「街道までまだ遠いな」
「そうね。ここからだとまだ見えないわよ」
「え?」
ぼんやりとだけど、俺には見えてるんだけども。
視力は特に良いって訳でもないはず。
『儂も見えておるぞ?』
『僕は見えません。おそらくアブソディラス様の肉体を吸収して、アブソディラス様同等の身体能力が備わっているのではないでしょうか?』
『カルネちゃんの予想だと、アブソディラス様の巨大過ぎる力に体がまだ馴染めず、少しずつ覚醒しているのだと思うのですぅ』
……少しずつ人外化していくのか、俺……。
「姿までアブソディラス化したりしないよな?」
『『さぁ?』』
全員で首傾げるなよ!
「召喚された異世界人が、生贄になった生物の姿に変貌したっていう記録はないわ。大丈夫よ」
「うぅ……まともなのはソディアだけだ。君がいてくれて、本当によかったよ」
よく考えたら生きてるのもソディアひとりじゃないか。
でも次の町に到着すれば彼女とは別れることになる。
あぁ、生存者は俺ひとりになるのか……。
そう思うと途端に足が重く感じるように。その重たい足を一歩、町に向け踏み出すと――。
『じゃあわしらはこの辺でお暇するかのぉ』
『ゆうしゃ――レイジ様。お別れです』
『楽しかったわレイジ様』
『カラカラカ――』
「成仏する気あんのか?」
『『ありませーん』』
「だったらさっさと影ん中入れよ!」
どどどどどどどっと、何十体ものアンデッドが笑いながら影の中へと潜っていく。
そんな様子をソディアが笑いながら見ていた。
「ほんっと、仲いいわね」
「そんな風に見える?」
「見えるわよ」
そう言ってクスクスと笑いだす。
ごめん、ひいばあちゃん。
幽霊と仲良くなっちゃダメだって教えられてたのに、どうやら俺は人さまの目から見ると仲良くなってしまっているようだ。
ソディアと二人並んで草原を歩いていると、何やら前方に人の影が。
街道より手前のほうだけど、俺たちみたいに道なき道を進む人間もいるんだな。
と思ったら消えた?
暫く進んで、さっきの人影が消えた理由が分かった。
林というのは小さいが、数十本の木が生えたその場所から男たちが一斉に出て来た。
「やいやいやい! ここを通りたければ、その女と有り金全部置いていきやがれっ」
俺たちが近づくまで隠れていたのか。
「街道を通らず近道をしようとする旅人を狙って、こういうのが結構いるのよ」
「あぁ、この前森の中でも見たよ」
「どこにでもいるから……こういう馬鹿は。で、どうしたの?」
「どうって……」
ちらりと足元の影を見る。
「えぇいっ。何をさっきからブツブツとっ」
「金を置いて行くのか行かねえのか!」
「構うもんか。男は殺せっ。女は犯せ! 金は全部俺らがいただく!!」
雄たけびを上げて男たちが走り出す。
七人か……。
隣で剣を引き抜こうとするソディアさんよりも早く、俺の影が動いた。
彼女の視界を塞ぐように立ち、そしてこの辺だけ静寂を唱えた。
聞こえてくるであろう盗賊たちの悲鳴から耳を塞ぐために。




