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舞台「あやばみ」開幕④

 舞台上では朱斗が負傷した腹を抱え、


「それで? 鬼が何の用だ? 生憎今、手が離せないんだが」

「いやなに。持て余しているようなら、譲り受けようと思ってね」

「結構だ!」


 定霜の位置からは、向こう側で佇む睦子の姿は捉えられても、表情までは窺えない。

 かろうじて、目元を拭っているような仕草は見えた。イヤホンから、『……眩しいですね』と笑う声がする。


「交渉決裂か……残念だ」


 刀身の擦れる音。冷徹な氷を思わせる薄い青のライトに、抜かれた刃が妖しく笑う。


「……ならば、早い者勝ちだな」


 振り下ろされた刃。翔と朱斗は避けるも、翔は直ぐさま碧寿へと飛びかかる。

 汗が散る。いなす刀が複数の光を受け、幾つもの影が踊る。


『このめくん達は舞台の上で生きていて、照らすライトや音楽の向こうに、濃染さん達の息遣いを感じます。僕の作った衣装や武器が、これ以上はないってくらいに活き活きとしていて。そしてこのお芝居の中に、迅くんの意思がある』


 スッと、碧寿は笑みを消して、真剣な双眸で刀を構えた。


「……こい、翔。オレを狩ってみろ」

「う、あ、あああああああああああっ!」


 カキン! カキン!

 交じる切っ先ではなく、碧寿の視線は翔に注がれている。

 睦子の一番近い位置では、沙羅と獏が互いの一瞬を奪うように攻防を重ねている。

 汗が舞う。布が踊る。空気が波打つ。


『本当に眩しくて……終わりたく、ないですね』


 静かに落とされた切なげな言葉に、定霜の心臓もギュウと締め付けられた。

 終わりたくない。もっと、皆で。そう思えるのは、きっと、悪い事じゃない。

 定霜は喉奥の熱さを感じながら、「……そうだな」と首肯した。睦子が小さく笑う気配がする。


「……もうすぐ戻ってくんぞ」

『そうですね。皆さんにタオルと飲料、お願いします』

「そっちもな」


 声が止む。横から見る舞台の向こう側で、睦子が手にしたうちわを上げた。定霜は少しの逡巡をはさんで、嘆息しながらうちわを上げる。

 大丈夫だ、任せておけ。そんな合図だ。何故なら次の場面では、一度全員がこちら側に戻ってくる。

 翔を薙ぎ払った碧寿が、先を促すように薄く笑んで駆け出した。


「待て! 翔!」


 碧寿に続き、翔、朱斗が駆け込んでくる。

 定霜は「タオルだ!」と三人に押し付け、ストローを挿したペットボトルも順に手渡していく。


「翔! 朱斗! くっ……邪魔じゃ!」

「……鬼ごっこか?」


 沙羅を追うように、獏も駆け込んでくる。この二人は次の場面に備え、舞台裏を通って睦子の立つ反対側へ回らなければならない。

 が、少し余裕があるので、一旦立ち止まり息を整えている。


「もう少しっス、頑張ってください凛詠サン」


 定霜がタオルを渡すと、紅咲は「え?」と不思議そうな顔をした後、


「ああ……そっか、そうだった。うん、ありがと、迅」

「っス! 眞弥サンも!」

「悪いワね」


 水分補給はあちら側でする手筈なので、定霜は急いでこのめ達の元に戻る。

 翔の衣装は戦闘で乱れていたが、更に部分的に態とたるませる。睦子の指示通り、何度も練習した。


 肩で息をするこのめと吹夜からタオルとペットボトルを受け取り、定霜は数回うちわで扇ぐと、「オラ! バシッと決めてこいや!」と二人の背を叩いた。どこかボンヤリとしていたこのめの焦点が、迅の顔を見てハッとしたように定まる。

 と、途端にへにゃりと頬を緩ませ、


「観ててよ、迅。俺達の『これまで』が、一番輝く瞬間を」

「……いってくる」


 このめは再び『翔』の顔を作ると、駆け出し、少し後から足を引きずるようにして吹夜が中央へと踏み出す。その様をポカンと見つめながら、定霜は「くっせえ台詞」と呟いた。

 クスリと笑う声に慌てて視線を転じると、杪谷が楽しそうに瞳を細めている。


「カッコイイよね、あの二人は」

「っ、そ、なこと」


 当惑する定霜に杪谷はタオルとペットボトルを受け渡した。着物を直して、刀の柄を握り直す。

 舞台上では追ってきた朱斗を見つけ、翔が容赦なく斬りかかる。


「くっ、翔……!」


 出番が近い。歩を進めた杪谷は、定霜を振り返り小首を傾げた。


「僕には、ないの?」

「!」


 定霜は驚いたように眼を丸くして、扇いでいた手を止めた。が、直ぐさま意を決したように息を吸って、


「っ、ガッといってきてくださいっ!」


 バシン! と背に受けた杪谷は微かによろめいたが、「うん、いってきます」と嬉しげに微笑んだ。


 朱斗の身体は限界が近かった。翔との戦闘に加え、『烏天狗』との応戦、碧寿との対戦で妖力も体力も消耗していた。

 だがそれは、翔の身体も同じだ。好戦的な態度に反し、足がふらついてる。


「翔、聞こえるか! 今なら『烏天狗』を押さえ込める。妖かしなんかに、呑まれるな……! その身体も、意識も、『烏天狗の息子』ではなく、お前のものだろう……!」

「うっ、うう……!」


 カキンッ! 力のない刃が交わる。翔は頭を抑えている。明らかな『変化』だ。

 朱斗は畳み掛ける。


「甘ったれるな! そんな簡単に全てを受け渡すような軟弱者を、オレが許すとでも思っているのか! 喰らい尽くせ! お前なら、オレの知る『翔』ならば、『烏天狗』に打ち勝てるだろう……!」

「ううっ、あああああ……っ!」


 苦しげに蹲る翔。青いライトが他方を照らし、


「信頼、友情、自己犠牲。どれも美しく、等しく反吐が出るな」

「碧寿……!」

「お前も言っていただろう? 社の白蛇よ。今この山には、『烏天狗』が必要なのだ。それも、先代のような腑抜けではなく、我々妖かしにとって『山神』となり得る存在が」

「ならば、別の『烏天狗』を連れてこい……! 翔は、翔には、そんな『役目』など背負わせん!」

「それは無理な相談だ。オレは、この者に『烏天狗』になってもらわなければ困る」

「何故だ……!」


 碧寿の表情が、一瞬の憂いをさす。


「……『約束』という名の呪縛を、解くためだ」

「約束?」

「獏」


 静かな呼びかけに「はい、碧寿様」と応える声がしたかと思うと、真紅のライトの下に一人が放り投げだされる。


「沙羅……!」

「すまぬ、朱斗……」

「お前、妖力が!」

「……ふん、コヤツ、嫌な手を使うのう」


 力なく横たわる沙羅は腕と足を斬られているのか、床に転がったままだ。

 現れた獏は沙羅へと歩を進めると、その髪を掴み上げるようにして顔を上げさせた。


「ホントは喰ってやりたかったんだが、ダメだって言われてるからな」

「……どういうつもりじゃ、碧寿」

「ああ、その子はまだ創ったばかりでね。オレの力を注いでいるから妖力は申し分ないが、『成長』には鍛錬が必要だろう? それに、沙羅。お前は本来、『人』に恨みを持っていたと聞く。オレは同志には手を下さない主義だ」

「……わらわは其奴の『鍛錬相手』か」

「歓迎するぞ。さて、翔。そろそろ終盤といこう。……獏」

「はいよ!」


 言って獏は、朱斗へと飛びかかった。決死の応戦も簡単に防がれ、朱斗は背後から羽交い締めにされる。


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