如月の昔話2
葛城将平という猫のような男は
「またね」の言葉を残して私の部屋を空っぽにした。
「またね」その言葉に救われて、その言葉にすがって、その言葉に貶められた私の過去。その過去を無断で掘り返し、さらには種を蒔き散らしていることに気付いているんだろうか。
決して本気になってはいけない。そう気付いた時にはもう好きだった若かりし恋の傷を思い出す。
あの人の薬指にはいつも金色の指輪が輝いていたのに、私は見ないふりを続けた。
「如月の作るご飯てなんでこんな美味しいのかなぁ。」
そう言って笑うあの人の言葉の裏には、私以外の人にご飯を作ってもらっていることが隠れていることに気づかないふりをした。
「如月は素直でかわいいなぁ。」
私が心の奥底まで相手にさらけ出すようになると、頭を撫でながら言ってくれたことば。
比較する誰かがいることに気づかないふりをした。
「如月、好きだよ」
その言葉だけは真実だと思いたかったから、金色の指輪には決して触れないようにした。
初めて会った時はしていなかったよね?なんて、問い詰めることはできなかった。
バカな女、であればあるほどあの人を楽にしてあげられると思っていたから。
違うか。
バカな女でいれば、あの人と会っても、あの人に頼っても、あの人に抱かれても許されると信じたかったから。
「ごめん。もう会えない」
に続く言葉は、22歳の私には受け止めきれない言葉がついていたとしても今なら乾いた笑いで許せる気がする。
だってあなた、いつも寂しそうだったものね。私と一緒で。
きっと奥さん以外の誰かにも愛されていないと不安で不安でしょうがなかったのでしょう?だから私が必要だったのでしょう?
と。
私が27歳になった今。
あの人は35歳。
あの人の子供はもう5,6歳になるのかな。
平日の夜遅く、いつも通りの「またね」で別れた翌々日。クリスマスの夜の電話。
「ごめん、もう会えない。こどもができたんだ。」
その言葉に22歳の私はすべての「気づかないふり」の無力さを感じた。
下衆だけれど、奥さんともヤッていたことがとてつもなくショックだったのだ。少しでも「上に立っている」と勘違いしている自分が痛かったのだ。
もう何年も前の痛みのはずなのに恥ずかしくて、カッコ悪くて、切なくて。
夕陽に照らされるこの部屋で一人ぼっちはやっぱり寂しくて。
久しぶりにギターを手にする。
切ない恋の歌なんてあの頃は歌うことはなかった。純粋な恋愛だと信じたかったから。
ギターをかき鳴らし、自分の歌声を後に乗せる。
久々の弾き語りはとても気持ちがよくなった。もうそろそろ、ビアグラスは捨ててもいいかな。ふと、そんな気持ちになった。
どうしようもなく、あいつの歌声が耳の裏に残っている。




