如月の憂鬱3
午睡をしていた。
さっき起きたばかりだったような気がするのに、気付けばソファーが夕陽に照らされている。
オムライスを食べ終えるとそそくさと流しに食器を置きに行きキュッキュッといい音がするまでお皿を洗ってくれた今をときめく人気若手実力派俳優。それが終わればニヤッとしながら、
「こないだ来た時、見つけちゃったんだ〜」
と、学生時代私の相棒だった(今ではアンティークの一部と化している)アコースティックギターを部屋の隅から持ち出してくる。スマホでインストールしたらしいチューナーを使って、素早く弦の音階を合わせていく。
「弾けるんだ、意外。」
「俺にできないことはなーい!」
ちょっと、いや大分イラっとするほどの自信たっぷりさで答えてくる新人類。
「それよりもきさらぎっちがギター持ってることの方が意外だよ。」
まあ確かにそうかもしれない。私が人前でギターを弾くことなんかそうそうない。私の趣味の一つだと知っている友達も少ないだろう。あの人の前では弾いたことがあったなぁ。なんて。
「では聞いてください。葛城将平の新曲です。」
私の無視も気に留めず、少し喉にかけた声で優しいメロディーを歌い出す目の前の男。とても聴き心地がよくて、思わず見入って、聴き入ってしまった。
「気持ちよさそうにうたうんだね。」
曲が終わり、「ふぅ。」と大きくため息をついたところで思わず話掛けてしまった。
「まあね〜!これまだCDにもなってないから門外不出だよ〜」
「え、CDとか出す人なの?」
「ほんとメディアに疎い!まあそういうとこがいいんだけど♪」
そう言って猫のようにするりと近づいて来て頭を撫でてくる。一撫でで避けてやったけれど。
そして、その辺りから私の記憶は危うくて気付けば夕刻というわけだ。
しぱしぱと瞬きをして部屋を見回すが、新人類の姿はない。
ホッとする気持ちとほんの少しの寂しさがよぎる。いや、寂しくなんてない。あんな非現実な人物に甘えるほど私は弱ってはいないはずだ。
如月ちゃんへ。
おはよう!
オムライスと寝顔ごちそうさま。
鍵かけてポストに入れといたからね。
それから、俺以外の男の前で昼寝しないこと!
またね〜
ノートの切れ端のような紙に、男の子らしい字で書かれたメッセージ。
まるでさっきまでの出来事が現実だったことを証明するみたいだ。
一体全体なんだっていうんだろう。きっとあの新人類の周りにはキラキラな人ばかりがいて、ただの地味女が珍しくて珍しくて私に構っているのだろうか。
「またね」という一言が「次がある」期待に変わることをあいつは知ってるんだろうか。