FILE:38 ―― 穴があくほど日々を見つめて
――伊形組事務所にて、額を突き合わせる鉞、シャビ、五月雨の三人。
「ボス。左門はウォッチドッグスとか自警団と話つけて、挟み打ちの準備整ったって言ってます。
ゾンビの行進もあるし、そろそろ準備しねえと」
「まだだ」
鉞は葉巻を一息で短くすると、丸ごと灰皿に捨てる。
「アレは狙った行進だ。隠れてた連中が急に目立つには理由がある」
「理由って、何になります? 」
「陽動でしょうね。そこに注意を引きつけて、他の何かが動いてる。アンモラルの犯行とタイミングが近いところを見ると、示し合わせてるのかも」
「ジーニアスの中でもさらに高い知性を持ったのがいれば、人と組むことも例外じゃねえ」
「マジかよ……アンモラルとゾンビが組もうもんなら、大変なことになるぜ」
「とりあえず、俺はよその組長連中を回ってくる。東京一帯巻き込んで戦争になれば、一枚岩じゃ全滅するぞ。兵隊も掻き集めろ」
「うっす」
「了解したわ」
――鷹邑の入院する市民病院。その病室。
「鷹邑さん。東京にいる妹に聞きましたが、あちらは戦争の気配だそうですよ」
公孝は、鷹邑のベッド脇でアドニスを撫でながら、朝もやのような微笑を浮かべている。
「アンタも行かなきゃならんだろ。ゾンビなんちゃら対策班なんだから」
「もちろんです」
「俺もそろそろ退院だ。色々面倒かけた。ありがとう」
「どういたしまして。その後はどちらへ? 」
「知った連中に死なれると夢見が悪い。東京にヘルプに行くよ」
「そうですか。アビスもウジャウジャしてると思いますけど」
「そんなのは、どこも同じだよ」
「東京で決着がつけば、日本も少しは静かになりますかね……あ、よければ埴を暗殺とかしてくださいよ」
「いやだ。アンタがやれよ」
「嫌ですよ、私は警察であって殺し屋じゃないですし」
「俺だってただの無職だよ」
「失うものがなくて殺し屋向きですよ」
「警察がそんなこと言うな! 」
――東京、伊形組管轄の避難所になっている雑居ビル。
「皆さんは、このまま伊形組と行動をともにするおつもりですか? 」
馳芝 茉生は、民間人たちに聞いた。
「伊形はヤクザなれども、老体にはよい居所です」
荷稲はあれから弓をとっていないが、食料調達や子どもの相手など、意気軒高に働いていた。
「俺も、組の人たち好きっす。シャビさんとか、めっちゃイイ人っすよ」
「……私もそう思います」
柄木や飯島も、同じようにうなずく。
「茉生は、伊形が嫌いかしら」
霧雨は馳芝に訊いた。霧雨は体育館での戦い以来、保護した民間人の統率を任されている。民間人からの彼女の評価は、決して低いものではなかった。
「私は警官家系だ。兄はマル暴で、両親も警官。だから……これだけ世話になっても、まだ受け入れられないものがある」
「別に咎めないわ。ヤクザなんてそんなものよ。
けれど、この組が他のヤクザもまとめあげて、一帯の治安を守ってるのも事実。貴方たち警察以上にね」
「だからといって、これまでの罪が消えるわけじゃない」
「罪は背負ってるわ。誰よりも」
「そんなもの、口だけだ」
「茉生。アナタは民間人を連れて別の所へ避難したいんでしょう?
あいにく、安全な所なんてないわ。一歩外に出れば、飢えた動物、ゾンビ、眼の血走った人間、シリアルキラーがいて、まともな生き物にめぐり逢えたら奇跡でしょうね。ましてや一夜を越えられたらそれだけで人生の運を全て使い果たすわ」
「分かっている! だから辛いんだよ……私が信じてきた正義が、こんなに脆弱だと思っていなかった。私が嫌悪してきたものが、これほど……これほど、暖かいものだったなんて」
その場に崩れる馳芝の肩を抱く霧雨の手は、裏社会で汚れたものとは思えないほど暖かった。
色んな所に、色んな人々。次回へ続く。