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第1章 冒険者パーティー『ホワイトドーン』 2

 差別的、侮蔑的言動をする人物が登場しますが、これは登場人物の人間性を表現する為の手段であり、これらの言動を正当化するものではありません。

 不快に思われる方もいらっしゃるかもしれませんので、予めお断りしておきます。


 2023年11月23日

 誤字報告してくれた方、ありがとうございます。

 早速修整させてもらいました。

 

 2025年6月5日

 細かい改変を行いました。

 あたし達はザレー大森林の外縁部を慎重に行軍していた。

 遠くから眺めれば平坦に見えるザレー大森林だが、中に入ると意外と起伏があって進み難い。

 レンジャーのあたしやシーフのキースはともかく、重たい鎧を着込んだファイターのイヴァンやクレリックのデボラ、冒険者としては体力のないメイジのオーウェンは早くもしんどそうにしている。

 シーフのキースが、あたしの相棒のムーンウルフのジーヴァを伴って少し先行し、イヴァン、オーウェン、デボラの順に並び、最後尾はあたし。

 ちなみに、あたしの使い魔のカラスのノエルはたまに木の上に偵察に飛ばすが、基本的にはあたしの右肩に乗っている。

 飛ぶ時の羽音はうるさいし、他の鳥に比べれば視力も高くないので偵察には向かないし、単独行動中に襲われたら自力で回避出来るのか心配になるくらい鳥としては不器用な飛び方しか出来ないからだ。

 ちょっと過保護かもしれないが、馬鹿な子程可愛いって言葉もあるし。

 『ホワイトドーン』については、まあ森の中の行軍については少しばかりスタミナ不足を露呈したが、戦闘については文句無かった。

 森に入って早々にあたし達はゴブリンの群れに遭遇した。

 あたしが『ホワイトドーン』の面々と初めて出会った時に遭遇していた時と同じノーマルなゴブリン共で、数も同じ位だった。

 そのゴブリンの群れを『ホワイトドーン』の面々は瞬殺した。

 あたしが手を貸す暇を与えない位の見事な連携と手際の良さで、半年間の彼らの成長を分かりやすく証明していた。

 その後も魔物はチラホラ現れたが、彼らは全く問題にしなかった。

 魔物を倒すと、彼らは小さな水晶玉に倒した魔物の映像を記録する。

 貴重な素材の取れるような魔物はその場で解体して金になる部位だけ、あるいは可能なら死体全てを持ち帰ったりするが、そうでなければこの水晶玉に映像を保存するだけで済ます。

 この水晶玉は冒険者ギルドからの貸与品で、倒した魔物の証拠として採用される。記録に応じて冒険者に報酬が支払われて、その都度に映像も消去される。

 ちなみに映像の偽造は不可能では無いが、難易度が高い上にバレたら即ギルドから除名になるのでとても割に会わず、試みられた例はほとんど無いらしい。

 それにしても、『ホワイトドーン』の面々と少しだけ行動を共にしただけで、あたしはヒューマンの成長の速さを改めて思い知った。

 ヒューマンの、『経験』が2倍になるという種族能力は本当に凄い。

 事実上5つのクラスを抱えているのと同様のあたしに比べると、彼らは10倍のスピードで成長するという事だ。

 ゴブリンの群れを瞬殺した辺りまでは彼らの成長を我が事のように嬉しく思っていたが、なんだか段々彼らが羨ましいような妬ましいようなネガティブな感情が湧いてくる。

 低レベルの内はレベルが上がり易いものだが、彼らは半年であたしと同レベル帯に追いつこうとしている。

 あたしなんかはここ3年程全くレベルアップなんてしていないというのに。

 「ゾラさん、この辺で休憩にしませんか?」

 イヴァンが提案してきた。

 あたしはネガティブ思考を打ち切る為にも作り笑いを浮かべつつ同意した。

 「そうね。少し休みましょうか。」

 そこは少しだけ開けた場所で、他の冒険者達の野営の跡も残っている、良く知られた休憩場所だ。

 クレリックのデボラとメイジのオーウェンが周囲に魔法を掛け始める。デボラは防御の魔法、オーウェンはあたし達の気配を消し、近づいてくる存在を感知する魔法だ。

 どれも強力な魔法ではないが、不意討ちされる危険性をある程度減らす事は出来る。

 面倒臭がってこのようなちょっとした手間を省く冒険者パーティーも多いが、デボラとオーウェンの手慣れた様子を見るに休憩毎に毎回やっているのだろう。

 彼らは大成するパーティーかもしれない。

 あたし達は円陣を酌むように座ると、硬い携帯食を囓り始めた。

 軽食を摂りながらあたしはたまに、ナッツの類を右肩に載ったままのノエルの嘴に放り込む。

 ジーヴァはデボラたっての願いで、彼女の傍で彼女の手から干し肉を貰っている。

 保存食だけの軽食を取り終えると、あたしは背負い袋から煙管一式の入った革袋を取り出し、火皿に刻んだ煙草の葉を詰め、初歩の秘術魔法を発動して点火する。

 『ホワイトドーン』の面々はこれまでと同様に、煙管に関しては興味を示さない。

 あたしが駆け出しの頃は、煙管を嗜む冒険者はそこそこいたが、最近の若い冒険者の間では下火のようだ。

 あたしの場合は先輩冒険者の影響というより、近所に住んでいた格好良いドワーフのお姉さんの影響だったが。

 煙管をふかしつつ『ホワイトドーン』の面々の雑談に耳を傾けていると、話題がこれからの行動予定の確認的な話になる。

 そこでイヴァンが突然あたしに話題を振ってきた。

 「ゾラさん、ヌーク村の件、原因についての見当とかつきませんかね?」

 あたしは首を傾げた。

 「あたしが最後にヌーク村に行ったのは2カ月だけど、その時は特に変わった事は無かったなあ。」

 「2カ月前……。逃亡犯の追跡の時ですか?」

 オーウェンがあたしの言葉に反応する。

 「えっ、何だっけ?」

 「大森林に冒険者崩れの殺人犯が逃げ込んで、ギルドから大動員がかかった時あったろう。」

 すぐに思い出せない様子のデボラに、キースが少し呆れたように説明する。

 「ああ、思い出した。あの時もゾラさんと臨時に組んだのよね。」

 デボラが納得したように頷く。

 2カ月前、ハーケンブルクで殺人事件があり、その犯人がザレー大森林に逃げ込むという事件があった。

 ザレー大森林に単なる犯罪者が逃げ込んでも魔物に倒されるか、運が良ければボロボロになってハーケンブルクに舞い戻るだけだ。

 しかしこの時逃げ込んだのは素行不良でギルドをクビになった元冒険者で、中レベル帯の彼はザレ―大森林を熟知しており、大森林を突破して逃亡する恐れがあった。

 クビにしたとはいえ、元冒険者の犯罪者の逃亡を許せばギルドの面子が潰れるということで、普段はこの手の治安維持の仕事をしないような冒険者も動員して、ザレー大森林の大規模な捜索を行った。

 あたしはそれに、最初はソロで参加していたのだが、途中で同じように動員されていた『ホワイトドーン』の連中と出くわし、共に行動した。

 あの時は結局、あたし達の担当地点からはかなり離れた場所で犯人が捕まり、おまけに大量の冒険者が森に入ってきたせいか魔物もほとんど出現せず、彼等の成長を実感する機会も無かったのだが。

 捜索の一環でヌーク村で情報収集もしたし、2日程村を探索の拠点として宿泊もしたが、特に変わった事は感じなかった。

 そう言えば『ホワイトドーン』とはあれ以来、ギルドで顔を合わせた時に軽く挨拶を交わすくらいでほとんど話もしてなかったな。

 その間どんな行動をしていたか世間話のつもりで尋ねると、地道にザレー大森林外縁部でミッションをこなしつつ、レベルアップに務めていたらしい。

 最初に大森林で出会って1カ月程、あたしは彼らに頼まれ、サポートメンバーとして行動を共にした。

 駆け出しの冒険者は金欠なものだが、彼らは自分達の分け前が減るのを承知であたしの同行を希望し、熱心にあたしから冒険者の技術や心得を学んだ。

 根本的に『ホワイトドーン』の連中は、冒険者としては珍しい程堅実なのだ。

 1カ月経ち、独り立ち出来るとあたしが判断して抜ける事を告げた時も不安がっていたし、その後も何かにつけてあたしにサポートメンバーになるよう要請してきた。

 もう彼らは大森林外縁部だけでなく、別の魔境や、同じ大森林でも外縁部だけでなくもっと深部の探索に乗り出してもいい実力だと思ったのだが、それをしないのは堅実な彼等らしいと思っていた。

 しかし、よくよく聞くと別の事情があった。

 「『アビス』探索の許可証が降りなくて……。」

 イヴァンは苦笑した。

 自由都市ハーケンブルクはクレタ湾の一番奥に位置する。

 この穏やかで、大型船も航行出来る水深もある内海のお陰でハーケンブルクは天然の良港たり得ているのだが、ほぼ円形のこのクレタ湾の中心付近にヘイム島という小島がある。

 そのヘイム島の古代遺跡にあるテレポーターから入るのがハーケンブルク3魔境の1つ、『アビス』と呼ばれるダンジョンだ。

 この『アビス』が他の魔境と異なる大きな点が、その入り口が冒険者ギルドの管理下にあり、ギルドが発行した許可証を持つ冒険者しか入れないという事だ。

 より正確に言えば、ヘイム島唯一の船着場と、ダンジョンの入口にあたるテレポーターがギルドの管理下にあり、この2カ所で許可証のチェックが行われるのだ。

 しかし、『ホワイトドーン』に許可証が降りないのはあたしには解せなかった。

 許可証を得るには、アビスを探索する為の最低限の実力を証明する事が必要だが、実はこの点の審査は厳しくない。

 アビスは世界にあるダンジョンの中でも総合的な難易度はかなり高いが、上層階はそれ程ではなく、ザレー大森林外縁部と大差ない。

 ギルドが重視するのは、むしろ普段の素行の方だ。

 広大なアビス内部で犯罪行為を起こされてもギルドでは対処出来ないので、そういう行為を行いそうな冒険者を予めダンジョンに入れないようにする目的で作られたのが許可証制度だ。

 だから、これまで素行の面では模範的だった『ホワイトドーン』の連中に許可証が発行されないのはおかしい。

 あたしの考えが表情に出たのか、イヴァンが苦笑した。

 「何も僕らが特別厳しい審査を受けているという訳では無いですよ。現在、新規の許可証の発行はほとんどされていないらしいので。」

 「え?どうして?」

 あたしは首を捻る。

 「何でも、ギルドの業務が最近忙しくて、アビス探索許可証発行のような緊急性の薄い案件は後回しにされてるみたいで。」

 「そうなの?あたし、先月は3件、新規に許可証を得たパーティーのガイドをしたけど。」

 アビスは他の魔境とは勝手の違う部分が多く、最低1回はギルド指定の冒険者をガイドとして同行させる事が義務付けられている。

 アビス上層階は難易度が低いので、あたしのようにキャリアだけが長く実力は大したことない者でもガイドは務まる。

 「そうだったんですか。でも、僕らが申請したのは今月に入ってからだったから。」

 そう言えば、今月になってからガイドの仕事は1件も無かったな。

 「もう少し早く申請していれば、今頃はアビスで冒険出来ていたのかな?」

 デボラが溜息混じりに言う。

 デボラ、それにイヴァンもだが、重装鎧を身に付けるクラスはアビス志向が強い。

 理由は単純に、移動距離が短いから。

 アビスをはじめとするダンジョンはほとんどが廊下と小部屋で構成され、一部例外はあるものも床は基本的に石畳で歩き易く、魔物の密度も適度に高いので効率的に戦闘を重ねられる。

 対して、ここザレー大森林では、デコボコとした地面の上を、生い茂る繁みを切り払いながら何時間も行軍する上に、魔物の出現率も低いので効率的とは言えない。

 「ゾラさんは何度もアビスに潜った経験があるんですよね?どんな感じですか?」

 キースが珍しく興奮した様子で尋ねてくる。

 アビスのようなダンジョンでは、どういう理屈か不明だが、魔物が絶えず湧いてくるだけでなく凶悪な罠の類も常に生成されている。

 キースのようなシーフには正に腕の見せ所だろう。

 「あたしは未だにアビスには苦手意識があるけどね。」

 あたしはそう言うと右腕の金属製の義肢を掲げた。

 「右腕を失ったのがアビスだったから。」

 あたしの言葉に、『ホワイトドーン』の面々は沈黙する。

 あたしは何気なく口にしたのだが、ふと気付くと質問したキースだけでなく他の面々も非常に気まずそうにしている。

 あたしは苦笑しつつ、空気を変える為に軽い口調で言う。

 「まあ、『ホワイトドーン』に許可証が下りたらガイドにはあたしを指名してよ。」

 「それは勿論。」

 空気を読む優等生のイヴァンがすかさず食い付いてくれる。

 「アビスのガイド以外では、最近はどんな仕事をしてましたか?」

 今度はオーウェンが聞いてくる。

 どうも彼らは生真面目過ぎて、ザレー大森林外縁部→アビスというハーケンブルクの冒険者の黄金パターン以外のステップアップのイメージが湧かないのかもしれない。

 「まあ、ここ最近は街の衛兵の真似事みたいな仕事が多かったかな?」

 『ホワイトドーン』のように純粋に冒険者として活動する者は、衛兵っぽい仕事はしないからあまり参考にはならなかったろう。

 最低限の金銭は得られても、成長も一攫千金の機会も少ないからね。

 でも言い訳かもしれないけど、ちょっと手伝った程度のあたしから見ても、ギルドの衛兵部門、特にその中の犯罪捜査部門は何だか忙しそうで人手も不足してそうだった。

 治安が以前より悪化している、という肌感覚も乏しかったので不思議ではある。

 それからあたし達はもう少しだけで休憩を続け、行軍を再開する。

 太陽の位置が真上から更に少し進んだ頃、ようやく木々の隙間からヌーク村を囲う、丸太を隙間無く並べた壁が見えてきた。

 エルフという種族はクラスに関わり無く、片手剣や弓術、秘術魔法を使う事が出来る。

 それ故、例え非戦闘系のクラスであっても成人のエルフならこの辺に出没するゴブリンなどの低級な魔物なら充分に対処出来る位の能力はある。

 それでも村には子供もいるし、不意討ちを防ぐ為にも防御は森の外にある集落よりかなり堅い。

 「あたしが先に行く。イヴァン達は少し離れて付いてきて。武器から手を離して、敵対的と見なされる行動は取らないように。」

 あたしの指示にイヴァン達は黙って頷く。

 「囲まれてますよ。」

 横を通る時、キースが囁いた。

 あたしは黙って頷く。

 囲まれている事はつい先程気付いた。多分、ずっと前からあたし達を監視していて、村が見えた辺りで警告の為にわざと自分達の気配を明らかにしたのだろう。

 あたしは両手を挙げながらゆったりと村の門に近付く。

 肩にはノエルを敢えて載せたままにし、足元のジーヴァも従えたままだ。

 村民達はあたしの使い魔と相棒の存在も知っているので、姿が見えない方が却って警戒させるだろうとの思いからだ。

 壁の上には上半身だけ露出させる形でエルフがズラリと並んでいた。

 ほぼ全員が弓を構え、狙いをあたしに定めている。

 壁はあたしの身長の倍より更に高いが、内側に足場があったのをあたしは覚えている。

 足場といっても壁を補強するのが本来の目的である丸太で、バランス感覚と運動神経に優れたエルフだからああして澄まし顔で立っていられるが、高い場所が苦手な者なら腰砕けになってもおかしくない。

 「げっ!アイツかぁ……」

 壁の上のエルフの中で、唯一弓を構えていない人物を見て使い魔のノエルがぼやく。

 男はアーヴィンという名前で、この村の実質的な代表格だ。なので指揮を取っていても何ら不思議ではない。

 それでもノエルがぼやいたのは、ヌーク村のエルフには珍しく、世間に広まっているテンプレの古いエルフ像を体現するかのように高慢な人物で、エルフ以外の人族をあからさまに見下す態度を取るからだ。

 実はあたしも苦手だったりする。

 「止まれ!」

 そのアーヴィンさんが、芝居がかった動きで右手を挙げつつ、叫ぶ。

 あたしは素直に足を止めた。

 今、あたしの居る場所は村の閉じられた門の少し手前で、人の足で踏み固められたちょっと開けた場所になっている。

 つまり、木々の生い茂る森の中と違っていて遮蔽物が何も無く、一斉に矢を射かけられたらまず助からない。

 「ヌーク村は現在、閉鎖している。村民以外は何人たりとも中に入れる訳にはいかない。すぐ立ち去れ!

 これ以上接近すれば敵対の意思ありと見なし、ただちに攻撃する!」

 アーヴィンの周りのエルフ達の弓弦を引き絞る音が、アーヴィンの言葉を彩る効果音のように響いた。

 アーヴィンという男は極力、村を訪れる冒険者とは距離を置いてきた。だからあたしは、他の村人以上に彼の事を知らない。

 分かっているのは、エルフ以外の人族を見下すような高慢な言動の多さだけ。

 それでもあたしは、アーヴィンの周囲のエルフの射手達の中に少なくない数の顔見知りを見つけ、それに励まされながら口を開く。

 「私は、ハーケンブルク冒険者ギルドから派遣された使者です。ギルドは今回の件を遺憾に思い、関係改善についてあらゆる努力を行う用意があります。

 そちらの条件は全て飲みますので、せめて話し合う場だけでも設けては貰えませんか?」

 バードとして鍛えられたあたしの声は、特に張り上げずともよく通る。

 アーヴィンはやはり芝居がかった態度で考え込む仕草をする。

 あたしは不安な内心を表に出さぬよう、落ち着いた笑みを作って待った。

 「よかろう。」

 しばらくして、相変わらずの芝居がかった口調でアーヴィンは言った。

 「そこのハーフエルフは入村を許可する。ヒューマン4人はハーフエルフが今居る場所まで来て待機。これで良いか?」

 あたしは振り向いてイヴァン達を見た。

 彼らは黙って頷く。

 「了承しました。」

 あたしの言葉にアーヴィンは尊大に頷いてみせる。

 「よし、まずハーフエルフが中に入れ。その後、ヒューマン4人が前に出て待機だ。」

 アーヴィンの言葉に対応するように、村の木製の大きな門扉が開く。

 あたしは黙って前進する。

 ジーヴァは当然のようにあたしの横を歩いているし、ノエルもあたしの右肩に乗ったままだが、それについての言及は特には無い。

 武装解除も要求されなかったし、それ程警戒されていないのだろうか?

 門の中に入ると、いつもはノンビリとした雰囲気の村内がピリピリした空気に包まれているのを感じる。

 無邪気に走り回っている子供の姿もなければ、無駄話しながら作業をしている職人達の姿も無い。

 あるのは、抜き身の片手剣を掲げ、等間隔で並んだエルフ達の姿だ。

 その中にはやはりあたしの顔見知りも混じっていたが、エルフの場合、本業が職人や商人だったとしても戦闘力は結構高いので、兵力を水増しする為のハリボテ、とは言えないのが辛い。

 あたしは大人しく、2列に並んだエルフ達の間を進む。

 すぐにヌーク村中心部にある広場に辿り着く。そこの一番奥には1人のエルフの女性とジーヴァより2回り以上大きなムーンウルフがいた。

 エルフの女性の名前はイリアさん。薄い灰色の瞳に暗い金髪の美しい女性で、ゆったりとローブを纏い、手には何の装飾も無い身長よりも長い真っ直ぐな木の杖を手にしている。

 彼女はこの村の村長だが、ここ数年は村を出て森で独りで過ごす事も多く、村長としての実務は先のアーヴィンが行い、彼女は実質、相談役というか長老的なポジションにいるらしい。

 そんな彼女が出張ってきたのは、やはりヌーク村にとって並々ならぬ事態という事か。

 イリアさんの隣に座っている巨大なムーンウルフは、グリン。イリアさんの相棒だ。

 イリアさんのクラスはドルイトで、レンジャーのあたしも少し使える『自然魔法』のスペシャリストだ。

 グリンがこれ程大きいのは、元々ではなくて主人のイリアさんのレベルが高くなった結果に応じてそれだけ強力な個体に成長したという事だ。

 ジーヴァがグリン並になるのはいつになるのか、全く想像が出来ない。

 「お久しぶりです、ゾラさん。」

 イリアさんは周囲のピリピリとした空気とは無縁な、おっとりとした柔らかい笑みを浮かべる。

 すぐ隣ではグリンとジーヴァが互いの匂いを嗅ぎ合い、狼同士の挨拶に余念が無い。

 ノンビリとした光景だが、他のエルフ達が遠巻きにあたしを監視している状況に変わりはない。

 小声での話声は聞こえないが、何かあればすぐに駆け付けられる距離だ。

 もっとも、エルフはヒューマンより聴覚が鋭いので、小声でも聞かれる危険性はあるが。

 「お久しぶりです、イリアさん。」

 あたしが挨拶を返していると、グリンが今度はあたしに挨拶するつもりなのか、うなじ辺りの匂いを嗅いでくる。

 見ると、ジーヴァも椅子に座ったイリアさんの膝の辺りに鼻面を擦りつけている。

 「君たち、あたし達はこれから大事な話があるから、遊んでなさい。ああ、でも見える範囲にはいてね。」

 イリアさんが相変わらずのおっとりとした口調で言うと、2頭のムーンウルフは遊びの取っ組み合いを始める。

 体格差がかなりあるので、全力で来るジーヴァをグリンが軽くあしらってる感じだ。

 その様子を微笑ましく見ていたイリアさんが不意にノエルに視線を向ける。

 「ノエル君も久し振り。元気だった?」

 「あっ、うっ、元気です……。」

 ノエルはしどろもどろに言うと、あたしの首の陰に顔を隠し、『頭隠して尻隠さず』を実行する。

 永遠の思春期男子のメンタルの持ち主、ノエル君はとにかくお姉さん系の美人に弱い。

 種族があまりにも違い過ぎると思うのだが、人族の使い魔ともなれば、異性の好みも人族になるのだろうか?

 謎だ。

 全く、誰に似たのか。

 「それで、ゾラさん。」

 うっかりとイリアさんのおっとりとした空気に飲まれそうになったが、当のイリアさんの言葉が現実に戻してくれた。

 そうだ、あたしは抜き身の剣を持った集団に遠巻きに囲まれてながら情報収集しなければならないのだ。和んでる暇は無い。

 「あなたはギルドの正式な使者と考えて良いのかしら?」

 イリアさんの言葉にあたしは首を振った。

 「ギルドはまだ、最低限の交渉を始められるだけの情報すら得ていないのです。取り敢えず、その情報を得る為に私が派遣されました。

 村を閉鎖するとは余程の事があったのでしょうし、加害者側かもしれない我々がその事を把握していないのは、イリア様達からすれば腹立たしい事だとは思いますが。」

 そう言って、あたしは頭を下げた。

 イリアさんは少し考えてから、声のトーンを少し落とす。それだけで、それまでのおっとりした雰囲気から一気に緊張感が増す。

 「あたしが短い間だけど、ハーケンブルクで冒険者をしていた事は知っていたかしら?」

 「直接イリア様から聞いたのかは定かではありませんが、聞いた事はあります。」

 あたしが冒険者になる前だから、冒険者時代のイリアさんの姿を見た事は無いが。

 「だから、他のエルフより冒険者については知っているつもり。良い冒険者もいれば、悪い冒険者もいる。」

 そう言って、イリアさんはジッとあたしの顔を見つめた。

 「つまり悪い冒険者がこの村で何かやらかした、と?」

 返答を求められている気がして、あたしは思いついた事を口にする。

 イリアさんはあたしから視線を移すと、大きく溜息を吐いた。

 そして、再びおっとりした口調に戻って語り出す。

 「事態を大きくした原因はあたしにもあるの。最近はずっと森に籠もりがちで、村の事には無関心だった。

 村を任せていたアーヴィンから色々相談は受けていたのだけど、アーヴィンってああいう人でしょう?エルフ以外を見下すあまり、嘘まではつかないにしても、話を盛っていると思ったの。

 でも、今回は彼の方が正しかった。だから今回は彼の言う通り厳しく対応しなければならないのよ。」

 「はい。」

 困ったように語るイリアさんに対し、あたしが即答すると、彼女は一瞬だけ表情を緩めてから、姿勢を正す。

 そして、それまで以上に厳しい口調になって語り出す。

 「2、3カ月位前からね。ここを利用するハーケンブルクの冒険者の中に横柄な態度を取る者が急に増え始めたのよ。

 それまでも、そういった連中はいたのだけど、それまでに比べて数が尋常じゃないくらいに増えていたのよね。

 ギルドに抗議の使者を送って正式な謝罪も得たのだけど、それ以降も問題を起こす者は減らないのでそういった者は出入り禁止にした。

 でも出入り禁止にしてもそいつ等は、門衛と小競り合いをしたり、壁に攻撃呪文なんかを打ち込んだりと嫌がらせは絶えなかった。

 あたし達が把握しているだけで、そうした狼藉を働ているパーティーは5つはあります。」

 そう言うと、イリアさんはローブのポケットから小さな水晶玉を取り出した。

 「これに狼藉の一部が記録されています。これを証拠として、映っている冒険者にギルド側がしかるべき処分を与える事を当村は要望します。」

 「分かりました。必ず伝えます。」

 あたしが答えると、イリアさんは小さく頷き、水晶玉を空の革袋に入れてからあたしに渡す。

 あたしは革袋に入った水晶玉を少し持て余しながらも、両手で抱え持ちイリアさんの話を拝聴する姿勢を取る。

 「あたしもその映像を見て事態を把握したので、村に戻りあたし自身が門衛として立つと、狼藉は収まったように見えました。まあ、あたしというよりは横にいたグリンのお陰でしょうけど。」

 イリアさんは優しい視線を、相変わらずジーヴァと戯れているグリンに向ける。

 でも、すぐに表情を引き締めた。

 「でも、それで終わりではありませんでした。村の外で、村の娘の1人が乱暴されかかったのです。

 幸い未遂に終わりましたが、娘は未だ心を病んでいます。まあ、そんな体験をすれば当然ですよね。」

 淡々と語るイリアさんの口調が却って彼女の怒りの激しさを表しているようで、あたしは言葉を失った。

 「……同じ冒険者ギルドに所属する一員として、謝罪の言葉もありません。」

 あたしの口からは陳腐な言葉しか出なかった。

 「あなたが謝るべき事では無い事は分かっているの。でも、例え形だけであっても村長であるあたしは、ギルドに対しケジメをつけなければならない立場にある。」

 「それは当然です。」

 「だから、ギルドから正式な謝罪と補償が無い限り、村の封鎖は解けません。」

 「はい。そちらの要求は必ず伝えます。」

 イリアさんは小さく頷いてから、人差し指を立てた。

 「それからもう1つ、伝えてもらいたい事があります。」

 「はい。」

 「村娘に無法を働こうとした冒険者4名をこちらで確保しています。ギルド側が、我々が満足するような処罰を彼らに与えると確信出来れば彼らを引き渡す用意はありますが、そうした確信が持てないようであれば、こちらで処分します。

 この事もお伝え下さい。」

 「はい、必ず。」

 あたしが答えると、イリアさんの表情が緩み、元のおっとりした雰囲気に戻る。

 「ところでゾラさん。」

 イリアさんは弛緩した雰囲気のまま言う。

 「はい。」

 「こちらで確保している無法者達に会っていきますか?」

 お茶にでも誘うような口調だったので、あたしは思わず気楽に了承しそうになったが、思い留まり考え込む。

 無法を働いた連中があたしの想像通りなら、受付嬢チーフのエレノアが自分の推測を言わなかった事も理解出来るし、ギルド上層部も結構難しい立場に置かれる事になる。 

 「無論、格子越しの対面にはなりますが、無法者達の言い分も一応聞いておいた方が良いのではないでしょうか?」

 あたしが考え込んでいると、助け舟というには他人事のような口調でイリアさんが言ってきた。

 あたしは水晶玉の入った革袋を持ち上げてみせた。

 「この水晶玉にはまだ映像を記録出来る容量は残っていますか?」

 「ええ。」

 イリアさんはニッコリと微笑む。

 「では、無法者達の主張もこの水晶玉に記録しても構いませんか?」

 「ええ、構いませんよ。それでは行きましょか。」

 イリアさんはそう言うと水晶玉の録画機能を起動する合言葉をあたしに教え、それからゆったりと立ち上がる。

 彼女が立ち上がると、グリンもジーヴァとの遊びを止め、ゆったりとイリアさんの元に近付く。

 ジーヴァもあたしの傍に寄ってきた。

 2人と3匹で敢えてゆっくりと村の中を歩く。 

 監視しているエルフ達を刺激しない為だ。

 「ところでゾラさんをここに寄越したのは、切れ者と噂の副ギルド長さんかしら?」

 イリアさんは何でも無い世間話のように尋ねてきた。

 実は副ギルド長、特に建物に引き籠もりがちな方については、そこまで出世する以前から何度もイリアさんとの世間話のネタにしてきたから、彼女の中では他人とは思えないのかもしれない。

 件の副ギルド長は元冒険者で、駆け出しの頃は何度かヌーク村を訪れたらしいが、イリアさんは覚えていないらしい。

 まあ何時までも燻っているあたしと違って、彼女はあっという間にザレー大森林外縁部を卒業してすぐにレベルの高いエリアに冒険拠点を移したから、覚えていなくとも仕方ないかもしれない。

 「彼女は不在でして、受付嬢のチーフが決めたようです。」

 「あら、それじゃあ、そのチーフさんも切れ者って事ね。」

 「えーと、イリア様は彼女と面識は無いですよね?どうして切れ者だと思ったのですか?」

 なんだか、イリアさんの物言いに含みを感じてあたしは尋ねてみる。

 「だって、アーヴィンは勿論、あたしだって今回の事は頭に来ているのよ。使者が来たら意地悪の3つや4つ言おうと思っていたのに、来たのがゾラなら言い辛いじゃない。しかも、よく事情も知らないまま遣わされたっぽいし。振り上げた拳をどう収めるべきか、大変だったのよ。」

 「それは何とも……。」

 あたしはどうやらこの村で思った以上に気に入られているらしい。

 弓を構えて威嚇していたエルフ達や、今現在監視しているエルフ達の微妙な表情もその為か。

 「でも、一番傑作だったのはアーヴィンね。」

 イリアさんは笑いを堪えるように言う。

 「アーヴィンさん……ですか?」

 「あの人、あなたの弾き語りのファンだから。」

 「へっ?」

 片目を瞑って悪戯っぽく言うイリアさんに、あたしは間の抜けた声を上げてしまった。

 あたしのメインの楽器はギターだが、冒険中はかさばらない小型のマンドリンを携行する事が多い。

 ザレー大森林の探索中には、ヌーク村ををよく訪れた記憶もある。そして、訪れた際には調子に乗ってマンドリンの弾き語りを披露したことも。

 まあ、確かにあたしのマンドリンの弾き語りはヌーク村で大抵大受けではあったが、それはあたしの芸術的センスの高さ故では無く、ヌーク村の村民が娯楽に飢えていただけの話だ。

 バードの冒険者はハーケンブルクにも少なからずいるが、彼らは初心者冒険者の定番、ザレー大森林外縁部でレベルを上げるより、ハーケンブルクの街中で起こるトラブルの解決や仲裁で『経験』を積む方を好む。

 何故ならそれが、『バード』というクラスの本分だから。

 だからあたしのようにヌーク村を訪れ、その上でバードの芸能の業を披露する者は少ない。

 まあ、あたしのバードの弾き語りの技量はその程度だ。

 確かに思い返せばアーヴィンさんは常に、あたしがマンドリンで弾き語っている時には大抵人垣の後の方に陣取っていたが、その表情は苦虫を噛み潰したようなもので、あたしの弾き語りが村の風紀を乱さぬよう監視するか、歌詞が不適切でないか検閲しているようにしか見えなかったのだが。

 「イヤイヤ、それはさすがに……。」

 あたしが苦笑しながら言うと、イリアさんも困ったようように笑う。

 「まあ、ゾラさんが信じられないって言うのも分かるけど……。でも、たまに彼、あなたの弾き語りのフレーズを無意識に鼻歌で唄っているのは、この村では結構有名な話よ。」

 「じゃあ、本当に……?」

 少なくともあたしの知るイリアさんは、人をからかう為に嘘をつく人ではない。

 確かに、壁を挟んで交渉していた時のアーヴィンの態度は不自然に芝居がかっていて、違和感があったような気もする。

 まあ、あたしはアーヴィンさんにずっと苦手意識があって避けていたので、比較すべき普段の態度自体よくは知らないのだけど。

 あたしとイリアさんがゆっくりと移動と、それに合わせて周囲にいる大勢のエルフ達も遠巻きになって移動する、というシュールな光景の中、あたし達は村の奥まった場所にある建物の前に来た。

 普段は村の共用倉庫として使われていた建物だったと思うが、今は臨時の監獄として使われているらしく、武装したエルフが2人、歩哨に立っていた。

 2人の歩哨は伺うようにイリアさんを見たが、彼女が小さく頷くと黙って脇に退いた。

 あたしは革袋から水晶玉を取り出すと、録画機能を起動する合言葉を小声で唱えて左手に持った。

 イリアさんが扉に手をかざしながら合言葉らしき言葉を唱えると、一瞬、扉全体が発光した。

 おそらく、扉は魔法で封印されていたのだろう。

 イリアさんが扉を軽く押すと、扉は軋みながら開いた。

 薄暗い建物の中には確かに倉庫の面影が残っており、木樽や麻袋が積み上がってはいたがそれらは隅の方に押しやられ、建物を2分するように木製の格子が設えてあった。

 一見脆そうに見えるが、エルフのことだから魔法でかなり強化されているのだろう。

 格子の向こうには4人のヒューマンの男達がいた。

 4人とも結構上等な衣服に身を包んでいるのに、格子の向こうはベッド代わりの積み上がった麦藁と、おそらくトイレに使用するのであろう壺しかないのが、ひどくアンバランスだった。

 小屋の中は狭いので、中にはイリアさんとあたし、それにあたしの右肩に乗ったままのノエルだけが入り、グリンとジーヴァは外で待つ事になる。

 連中は、ひどくだらけた様子で麦藁の上に寝そべっていたが、扉の開く音を聞きつけたのか、ダルそうに振り向く。

 「ようやく飯か?一体、何時まで待たせるつもりだよ。」

 「仕方ねぇよ。エルフなんざ所詮、未開人だからよ。」

 彼らは虜囚の身であるのに、やたら大きな態度でそんな事を口にする。

 しかしイリアさんもあたしも食事を持ってきていない事に気付くと、途端に気色ばむ。

 「おいおい、食事じゃないなら何の用だよ?」

 「あっ、あれか?間違いに気づいて、俺らを解放する気になったんだな?」

 「ようやくかよ?」

 「今更遅いけどな。」

 「どっちにしろ、こんなチンケな村、滅ぼされる事決定だし。」

 「まあ、俺らにこんな事したんだから、当然っしょ。」

 「でも、ま、悔い改めて女差し出してくれたらワンチャンあるかも?」

 「イヤイヤ、それ、女共にとってご褒美でしかないから。」

 ギャハハ、と下品な声で笑いながら、あまりにも頭の悪過ぎる発言を連発する彼らの姿に、精神的だけでなく文字通り肉体的にも頭が痛くなる。

 ふと気付くと、イリアさんが同情するような表情であたしを見ていた。

 いや、同じギルドに所属する冒険者という広い括りでは仲間と言えなくもないけど、こいつらとの関わりはほとんど無いし、赤の他人と変わらない連中なので、そんな同情の目で見られる謂われは無いんですけど。

 と、連中もイリアさんの後に控えていたあたしが、村のエルフとは違う事に気付いたようだ。

 「おい、何でここにダークエルフがいる?」

 逆光のせいで今まであたしの褐色の肌に気付かなかったのだろうか。

 それにしても、ダークエルフに間違えられたのも久しぶりだ。

 他では例を見ないくらい雑多な種族が共存するハーケンブルクでも、ダークエルフは滅多におらず、それ故その知名度に比べて実際にダークエルフを見た者は驚く程少ない。

 しかしそれでも長らく冒険者をしてるせいで良くも悪くもあたしは顔が売れてしまったし、それ以上に有名な本物のダークエルフが現れた事で誤解される事も減った。

 でも、その本物のダークエルフも数年前には表舞台からは姿を消したから、また最近になってダークエルフに誤解される機会も増えてきたような気もする。

 「いや待て、耳がエルフより短いだろ?こいつ、ハーフエルフだぜ。」

 「でも、肌が黒いぞ。」

 「……ああ、聞いた事あるぞ。南方人とエルフの混血の話。」

 そいつが『混血』という言葉を発した時、明らかに侮蔑の響きがこもっていた。

 門閥貴族の中には純血思想に染まり切った輩も少なくないらしい。

 そういった連中にとっては、あらゆる混血は侮蔑の対象なのだろう。

 「マジか?野蛮人の南方人と未開人のエルフの組み合わせなんざ、救いようがねえな。」

 「お似合いと言ってはお似合いだけどよ。」

 あたしは自分が謂われの無い侮辱の対象になっている事は理解していたが、腹が立つよりむしろ、この連中の頭の中の方が心配になってきた。

 牢に閉じ込められた状態で、自分達のこの先の運命を握っているかもしれない奴の悪口を本人の目の前で言う奴がいるか?

 ふと見ると、いつもおっとりとした雰囲気のイリアさんから表情が消えていた。

 珍しく怒っているらしい。

 少なくとも、コイツらとあたしが同じ穴のムジナではないと分かってくれたようだ。

 あたしの肩に乗っているノエルの脚もプルプルと震えている。特に集中しなくとも、彼からも怒りの感情が感じられた。

 あたしの代わりに怒ってくれている1人と1羽のお陰で、あたしは冷静に自分のやるべき事だけをする気になった。

 あたしはイリアさんの前に進み出る。

 「知っているかどうか分からないから、一応自己紹介しておくけど、あたしはハーケンブルクの冒険者ギルド所属のゾラ。あんたらの言い分だけでも聞いておこうと思って来たのよ。」

 「冒険者ギルドの人間?」

 「なら、早く出せよ。この無能が。」

 連中は口々に喚き立てる。

 あたしはそれを無視して続ける。

 「あたしの記憶が確かなら、あなた達は冒険者パーティーの『ブルーブラッド』で間違い無い?」

 どうでも良いことだが、あたしが彼らのパーティー名を覚えていた事で、彼らの機嫌は少しばかり良くなった。

 「俺らの事を知っている?」

 「まあ俺ら有名だし、当然っしょ。」

 「逆に知らなきゃ恥だし。」

 ご満悦な彼らには悪いが、彼らは有名というよりは悪名高いといった方が正しい。

 彼らは最近急速に増えた貴族のボンボン冒険者からなるパーティーで、全員侯爵から子爵の息子共だ。具体的に何があったのかは知らないが、一時期ギルドから謹慎処分を受け、しばらく顔を見なかった時期もある。

 これも根拠の無い噂だが、本当は追放処分だったのが連中の親共の圧力で処分が謹慎に軽減されたとか。

 あたしは冷静な態度になるよう勤めつつ尋ねる。  「あなた達はこの村の住民の女性に乱暴しようとして捕まったと聞いたけど、それは本当なの?それに対する弁明は何かある?」

 「弁解?何でそんな事を?」

 「俺らにヤラれるなら、未開人のエルフにはむしろ名誉なことだろ?」

 あたしの口からは無意識の内に大きな溜息が漏れ出ていた。

 「では、特に弁明は無いという事でいいわね?」

 まあ、ハッキリとした言葉では無いにしても、連中からの自白は取れたと思っていいだろう。

 もうここには用は無い、と踵を返しかけると格子の向こうからの声がかかる。

 「おい、待てよ。何帰ろうとしている?」

 あたしは振り向いて、連中に作り笑いを向けた。

 「まだ何か言いたい事が?」

 「何とぼけた事言ってやがる。早くここから出せ。」

 あたしは、更に作り笑いに力を入れながら尋ねる。

 「どうして?」

 連中は、4人が4人共にキョトンとした顔になり、動きが止まる。

 一拍おいてから、連中は口々に喚き出した。

 「はあ?お前、ギルドの人間だろ?」

 「何しにここに来た?」

 「本気で無能かよ?」

 「この事は父上に報告するからな!」

 「そもそもお前、エルフ共の内通者だろう!」

 「この裏切り者め!」

 「お前はギルド追放だ!」

 「今の上層部も総入れ替えだ!」

 「今のギルドは腐り切っているからな!」

 「俺達が国の為になるギルドに変えてやる!」

 「そうなったら覚えていろ!」

 「この仕打ちは忘れないからな!」

 連中が一斉に喚き出したので声が重なり合い、正直半分近くの言葉は聞き取れなかったが、まあ、連中の言いたい事は分かった。

 「あなた達のご意見はギルドに伝えておきますね。」

 あたしは愛想笑いを顔に貼り付けながらそう言うと、まだ騒ぎ続ける連中の言葉を無視して小屋を出た。

 外に出ると、また大きな溜息が出てしまった。

 「あなたも大変ね。」

 イリアさんが心底同情するように言った。

 「何だか済みません。」

 あたしは疲れた笑顔をイリアさんに向ける。

 小屋の中の会話は2人の見張りにも聞こえていたらしく、彼らにも同情の視線を向けられながらあたし達は広場に戻った。

 「昨日の今日だから彼ら、まだ元気が残っているのね。」

 あたしが水晶玉の録画機能を終了させてから革袋に戻していると、怒りが収まったのかおっとりとした雰囲気に戻ったイリアさんが言う。

 そこでふと、あたしは確認し忘れしていた事柄に気付く。

 「そう言えばイリアさん。」

 「ん?」

 「連中を捕らえたのって何時です?」

 「昨日の昼過ぎよ。……全く、白昼堂々何やっているのかしら。」

 その時の事を思い出したのか、後半の口調はキツいものになる。

 「その後、他の冒険者パーティーが村に来ませんでしたか?」

 「来たわね。同年代のヒューマン達に見えたから、救出に来たかと思って追い返したけど。」

 そういう事か。

 まあ、森に籠もってばかりのイリアさんが『ホワイトドーン』を知らないのは仕方ないが、他のエルフ達は何度か会っているはずだけど。

 ……いや、無理か。事件が起こった直後でエルフ達も気が立っていただろうし、ヒューマンの顔はそこそこ親しくならないとエルフには見分けがつかないっていうしな。

 「あの連中、あたしの今日の連れです。」

 「あらあら、まあまあ。」

 何かを誤魔化すように、イリアさんが笑う。

 あたしは『ホワイトドーン』の連中の報告でギルドが異変を感じ、自分が送り込まれた経緯を改めて簡単に説明する。

 「それで確認なんですけど、連中を捕らえてからあたしが来るまでの間に、『ホワイトドーン』以外でこの村を訪れたよそ者はいますか?」

 「いないはずよ。」

 あたしの問いにイリアさんは即答する。

 「では改めて、ギルドの使者が来るまで連中を捕らえた事は外部に漏らさないようにしてもらえますか?気にし過ぎかもしれませんが、もし知られれば連中の親に雇われた奴らが奪還しにくるかもしれません。」

 「まあ、彼らを見ていれば彼らの親がどんなのか想像つくからね。警戒しとくわ。」

 それからあたし達は、これからの予定について簡単に打ち合わせをする。

 「ところで、その、ゾラさんのお連れの方々は昨日はどのような要件でこの村を訪れたのですか?」

 「ああ、ギルドからゴブリンロード討伐の依頼を受けたのですが、ギルドで教えられた場所で見つからなかったので、情報を求めて来たらしいです。」

 「ゴブリンロード……。」

 イリアさんは顎に手を当てて、考え込む仕草をする。

 それから、あたし達を遠巻きに見守っているエルフの1人を手招きした。

 駆けてきたのは、実年齢はともかくエルフの中でも見た目は若い男で、よくアーヴィンと行動を共にしている印象の人物だ。

 「ケヴィン。」

 「はい。」

 ケヴィンと呼ばれた若い見た目のエルフは、チラリとあたしを横目で一瞥しつつ返事をする。

 「最近、この周辺でゴブリンロードの目撃例はあった?」

 「はい、半月前を最初に3例ほど。ただ……。」

 ケヴィンはそこで言葉を切ると、また意味有り気にあたしを一瞥してから続ける。

 「こういう状況ですので偵察隊は村の周囲を重点的に巡回せざるを得ず、ここ1週間程の情報はほとんどありません。」

 まあ村の周囲を重点的に警戒する、という判断は間違っていないだろう。

 村の娘が暴行されかけた現場にいち早く駆けつけ、未遂に出来たのもそのお陰だろうし。

 だからといって、いちいちあたしのせいみたいに見るのは止めて欲しい。

 「ゴブリンロードが居るのは間違い無いのね。」

 イリアさんはそう言うと、また顎に手を添え考え込む。

 高山や乾燥がちの荒野に住むオーク、湿地や沼地などの水辺に住むコボルドと並び、森に住むゴブリンは個体としては弱いが群れをなす人型の魔物として有名だ。

 生息域の違い以外に、オークは不器用で鈍重な代わりに力が強く頑健、コボルドは水陸両棲、ゴブリンは非力な代わりに器用で素早い等の違いもある。

 しかしこの3種には、短命だが繁殖力が強い、集団行動する割には協調性が無いなど、共通点も多い。

 その共通点の1つが、一定の割合でより強力な変異種が生まれるという事だ。

 変異種のパターンの1つが人族のようにクラスを持った個体であり、もう1つのパターンが上位種というべき存在だ。

 上位種は、単純に肉体的及び精神的に強力であるのに加え通常種を統率する力もある。

 上位種は便意的に、下からチーフ、コマンダー、ロード、キングと呼ばれ、階級が上の上位種はより階級が下の上位種を配下に出来る他、ロード以上の上位種はクラス持ちも配下に出来る。

 上位種が問題視されるのは個々の戦闘力よりこの統率力の方で、普段は協調性の欠片も無いオークやゴブリンが自己犠牲も厭わない一糸乱れぬ団結力を示すのだ。

 放っておくと、小さな群れを糾合して巨大な群れを作る事があるので、上位種の討伐優先度は高い。

 ただ今回のゴブリンロードに関しては、配下にクラス持ちも存在せず、群れの規模も小さいので、『ホワイトドーン』でも対応出来ると判断されたようだ。

 「ゾラさん、あなたのお連れはこれからすぐ、ゴブリンロードの討伐に向かわれる予定ですか?」

 「そうですね。」

 「ゾラさん自身は?」

 「状況によっては彼らと同行するつもりでしたが、事情を知った今、彼らとは別行動を取って一刻も早くハーケンブルクに戻って報告するつもりです。」

 「いえ……。」

 イリアさんは眉間に皺を寄せて考え込む。

 「ゾラさんも彼らに同行して下さい。ハーケンブルクへの報告はその後で構いません。」

 「えーと、その……。大丈夫ですか?」

 あたしが危惧していたのは、捕らえた4人の貴族のボンボン共を奪還する連中が現れるかもしれない事だ。

 今の所、彼らがここに監禁されている事自体知られている可能性は低いが、知られたら即、奪還部隊がやって来るだろう。

 そして、例えエルフ達がそれを撃退したとしても、奪還部隊がやって来た事それ自体がその後の交渉を拗らせる可能性がある。

 だからあたしは、連中に情報が伝わる前に交渉を始める為にも、一刻も早くハーケンブルクに事態を知らせるつもりだった。

 「もし、ゾラさんの報告が遅れたせいで我々が不利益を被っても、そこは一切不問にしますので。」

 「……つまり、ゴブリンロードの事をそれだけ脅威に思っていると?」

 「可能性の問題でしかないのですが、ゴブリンロードはしばらく見ない内に、急速に群れを巨大化させる時があります。今回は、情報がどれも古い事、ゾラさんのお連れがギルドの情報通りの場所で遭遇出来なかった事が気になります。」

 そう言ってイリアさんはニッコリ笑った。

 「単なる杞憂だったらそれでもいいのです。ただ、我々は今、ゴブリンロードに対応出来るような余力は無いので、あなた方に確実にゴブリンロードの討伐を成功させてもらわないと困ります。」

 そこまで言うと、イリアさんはふと声を落とす。

 「これは、ここだけの話にして欲しいのですが……。」

 「はい。」

 「我々と冒険者ギルドは今まで持ちつ持たれつでやってきました。今回、ギルド所属の冒険者との間に問題が起こりましたが、だからといって今更ギルドそのものとの関係を絶つ事は出来ません。」

 「イリア様、それはっ……!」

 あたし達の会話を傍で聞いていたケヴィンが思わず制止しようと声を上げるが、イリアさんは視線でそれを制した。

 「大昔、エルフが強大な力を持っていた頃ならともかく、もはや我々には独力で生き抜く力はありません。程度の差こそあれ、好む好まざるに拘わらず他種族との協調は必須です。」

 「それはそうでが、ここで言う事ではありません。」

 ケヴィンは諫めるように言ったが、それも当然だろう。

 オフレコの話と前置きしても、あたしに聞かせた時点でこれからのするであろう交渉で弱腰と取られても仕方がない。

 しかし、イリアさんはおっとりと笑う。

 「それにこれは、我々が一方的に我慢しなければならないものではなく、双方向的なものですからね。」

 そう言ってイリアさんは意味有り気に笑った。

 これは、アレだな。

 あたしの甘さに付け込んだ交渉術という奴だ。

 でもそれはあたしを信用しているとも言えるし、そこを嬉しく感じる辺りあたしもチョロい。

 「分かりましたよ。」

 あたしは苦笑しつつ受け入れた。

 「対価という訳ではありませんが、我々も協力はしますよ。

 とりあえず、封鎖中でもあなた方には村の中での最低限の休息は許可します。」

 「イリア様……。」

 ケヴィンが呆れた様に声を漏らしたが、イリアさんはあからさまに聞こえない振りをするだけで無く、却って声を少し張って言う。

 「アーヴィン辺りが反対するかもしれませんが、どうせポーズだけですしね。あの人、ゾラさんのファンですし。」

 ケヴィンは最早黙って首を振るだけであり、あたしも苦笑するしか無かった。

 「もう1つの対価としてゴブリンロードの現在の位置をあたしが特定します。これで探索の時間を大幅に減らせるはずです。」

 イリアさんは高レベルのドルイトだ。低レベルの自然魔法しか使えない低レベレンジャーのあたしと違って最高レベルの自然魔法が使えるはず。

 イリアさんは最初に座っていた、広場奥の椅子に腰を降ろすと、木製の長い杖を両手で握り集中し始める。

 「古よりの同胞よ。我が求めに応じ、集え……。」

 しばらくすると、彼女の周囲に多くの小鳥が集まり始める。

 種類は様々だが、どれも森の中ではありふれた種だ。

 彼女が小鳥たちに何か囁くと小鳥たちは再び森へと散っていく。

 「全部、魔法でやるんじゃないんだ。」

 あたしの右肩に乗ったままのノエルが囁く。

 最初に小鳥たちを集めたのは自然魔法だが、その後小鳥たちに指示を与えたのはテイマー能力だ。

 ドルイトは専門のテイマー程ではないが、それに次ぐテイム能力を持つ。

 恒久的な相棒以外にも、一時的な絆を結んで動物を使役する事が出来るのだが、小鳥とはいえ専門のテイマーではない彼女が、一度にあれだけの数を同時に使役出来るのは驚異的だ。

 彼女はあたしが思っている以上にレベルが高いのかもしれない。

 「イリア様なら魔法だけでも探知出来るよね?」

 ノエルが重ねて尋ねてくる。

 こいつ、カラスだけあって好奇心旺盛なんだよな。

 「探す範囲が広ければ、それだけ魔力を消費するからね。こういう状況だから、不測の事態に備えて魔力は温存しときたいんでしょ。

 それに探知魔法は、対象に魔法の使い手がいれば逆探知される危険性もある。」

 「この短期間に、ゴブリンロードがクラス持ちのゴブリンを配下に出来るとも思えないけど。」

 ノエルの言葉はもっともだ。

 ゴブリンの99%は通常のゴブリンでクラス持ちや上位種は合わせても1%もいない。

 「まあ、可能な手間を惜しんで後悔するよりはいいでしょ?」

 「それもそうだね。それに、別々の能力を上手く組み合わせて効果を上げるやり方はゾラの参考になるよ。」

 あたしは訳知り顔で語るノエルをジト目で見た。

 こいつ、人見知りでヘタレのくせして、あたしに対してはいつも上から目線なんだよな。

 あたしのジト目に一向に気付かないノエルと、何もやる事の無い状況に飽きた様に地面に寝そべるジーヴァ、主人を守るようにその足元にうずくまるグリン、それに再び遠巻きになってあたし達を監視する任に戻ったケヴィンを含むエルフ達と共に、あたしは目を閉じて集中するイリアさんを見守る。

 「見つけた……。」

 結構な時間待った後、エルヴァさんは目を開け、呟くように言ったが、その眉尻は困った様に下がっていた。

 

 

 

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