プロローグ改訂版 器用貧乏と呼ばれたとあるハーフエルフの半生 中
『クラス選択の儀』が始まり、あたしに最初に提示されたクラスは『レンジャー』だった。
これはいきなり当たりを引いたと思った。
『クラス選択の儀』における最初の提示は、『ファーマー』とか『マーチャント』とか、およそ冒険者向きではないクラスが多い、と冒険者ギルドで下働きしていた時に知り合った先輩冒険者の多くが言っていたからだ。
そこで日和って堅実な一般向けクラスを選ぶようじゃ冒険者になる資格なんてねえぞ、とも言われていた。
つまりクラス選択の儀で最初に提示された堅実な未来を約束されたクラスを蹴る事で、冒険者となる覚悟を示せるかどうかが冒険者となる為の第一関門であるという話なのだが、あたしの場合はこの第一関門を免除された形になった。
『レンジャー』は野外におけるサバイバルのスペシャリストで、ファイターのように重装鎧や大きな盾を装備した状態での戦闘は不得手だが、武器の扱い自体は同レベルのファイターよりやや劣る程度で、自然の力を用いた自然魔法のスペシャリストの『ドルイト』の劣化版の魔法発動能力も併せ持ち、短距離、持久走共に移動能力に優れ、危険な環境下で長く耐え抜く能力も持ち、危険を察知する特殊能力も併せ持つ。
ダンジョン型魔境であるアビスにおいては活躍は限定的になるかもしれないが、ザレー大森林やヘスラ火山のような野外型魔境においては、高レベルにまで成長出来ればソロでの活動も期待出来るクラスだ。
それにしても一発で『レンジャー』を引き当てたという事は、母親のクラスがレンジャーだった事と無関係とは思えない。
親のクラスが『クラス選択の儀』において提示され易いという言説は、あながち間違ってはいないという事なのだろう。
あたしは即決で、第一のクラスとしてレンジャーを取得した。
第一のクラスを選ぶと、ほとんどの人族のクラス選択の儀は終了するが、2つ以上のクラスを得られる者は次いで、第2のクラスの取得に進むか、それともクラスの取得をここで終了するかの選択を迫られる。
実を言えば、複数のクラスを取得出来るからといって、上限まで取る必要は無い。
実際、クラスを2つ取得出来るヒューマンでも、実際に2つ取得している者は半数に満たないとも言われている。
また、千人に1人の割合で生まれるというオッドアイだが、体感的にその割合はずっと少ないように思われる。
これには理由があり、『クラス選択の儀』でオッドアイの恩恵である種族本来の制限を超えた余分に1つ多いクラスを取得しなかった場合、本来左右で異なる瞳の色は徐々にその中間色へと変化していき、大体1年後には両方の瞳の色の見分けは全くつかなくなり、オッドアイの特徴は完全に消え去ってしまうからだ。
それはつまり、複数のクラスを得る事にはその権利を放棄するだけの明白なデメリットがあるからであり、実際、多くの先輩冒険者達からも無駄に多くのクラスは取るなと警告は受けていた。
だがあたしはその警告に従う気は端から全く無く、『クラス選択の儀』を迎えるずっと前から上限までクラスを取得すると最初から決めていた。
それはあたしが、ハーフエルフという種族である事と関係があった。
種族には、それぞれ特殊能力がある。
ドワーフは暗視能力、毒や病気、劣悪な環境に対する抵抗力に加えて本業のクラスには劣るものの、重装鎧を身に着けての戦闘能力、神聖魔法の発動能力、鍛冶や石工の能力をクラスに関わりなく持つ。
ハーフキンは驚異的な脚力、スリングや投石の能力、あらゆる魔法に対する抵抗力に加えて本業のクラスには劣るものの動物をテイムする能力を持つ。
獣人は高い身体能力にエルフをも上回る聴力と視力、更に高い嗅覚を持ち、加えて対応する動物毎に応じた特殊能力を持つ。
エルフは暗視能力、高い視力と聴力、野生生物や植物との限定的な交感能力、超常的な危険察知能力などに加えて本業のクラスには劣るものの、軽装状態に限定された状態での剣術、弓術、回避術といった戦闘術、秘術魔法の発動能力を持つ。
ヒューマンの場合、種族固有の特殊能力は無いが、クラスを2つ取得出来る事以外に、クラスのレベルアップの速度が他種族の2倍という強力な能力がある。
ヒューマンが他の人族を差し置いて世界にはびこっているのはこの飛び抜けた成長能力のお陰だ。
一方ハーフエルフは、エルフの特殊能力を半分程度にスケールダウンした能力に加えてクラスを3つ取得出来る、というのだけが種族能力の全てで、ヒューマンのように成長が早い訳でもない。
それ故にあたしは、ハーフエルフの種族としての能力を最大限活かすにはクラスを上限まで取る必要がある、と思い込んでいたのだ。
そういった理由からあたしは迷わず、第2のクラスの取得を選択した。
第2のクラスとして最初に提示されたクラスは『ドルイト』。
『ドルイト』は自然の力を利用した自然魔法のスペシャリストで、それに加えてテイマーに次ぐテイム能力を持ち、密林や湿地など生物が密集するが故に危険な地域でも生き抜く能力を持つ。
第2のクラスとして最初に提示されたのが一般向けクラスでなかった事については安堵したが、『レンジャー』と被る能力の多い『ドルイト』の提示は、この時のあたしにとっては不満だった。
これは、クラスの選択の儀を通してのあたしの大失敗だったのだが、2つ以上のクラスを取得した者のクラス能力が被った場合(エルフやドワーフ、ハーフキンの持つ種族能力とクラス能力が被った場合もそうだ)、その能力は累積する、という効果をあたしは軽視していたのだ。
例えば、『レンジャー』と『ドルイト』はどちらも自然魔法が使えるが、その両方のクラスを持った者の自然魔法の能力は、両方のクラスのレベルを足し合わせたものとなる。
この効果はクラスを複数持つ事の最大のデメリットを幾らか打ち消してくれるものであり、故に複数クラスを選択する場合、能力の一部が被ったクラスを選択するのがセオリーであった。
しかしクラスを複数持つ事の最大のメリットである、様々なクラス能力を1人で行使出来るという万能性にしか目が行っていなかった当時あたしは、デメリットを軽視し、そこをフォローする視点が完全に抜け落ちていた。
故に、『レンジャー』と能力の重複する部分の多い『ドルイト』をあたしは拒否して、次の提示を求めた。
続いての提示は『バード』。
吟遊詩人という表の顔とペテン師という裏の顔を併せ持つ『バード』は、あたしの父のクラスだった事から、クラス選択の儀で選択肢に挙がる可能性は高いと期待はしていた。
歌唱と楽器演奏に秀でるだけでなく魔力のこもった特殊な歌『呪歌』を操り、変わった武器と欺瞞を多用した独自の戦闘術で戦い、劣化版メイジとしての秘術呪文行使能力と劣化版シーフとしての罠の取り扱いや隠密能力を持つ『バード』は、都市部でのサバイバルに特化したクラスとも言える。
屋外でのサバイバルに特化した『レンジャー』と都市部でのサバイバルに特化した『バード』の組み合わせは、この時のあたしには最高の組み合わせに思えたので、即座にあたしはバードのクラスを取得する事に決めた。
事実、高レベルにさえなれれば如何なる環境下でもソロで対応出来る事になるだろうが、そこに至るまでは『何でもそこそこは出来るが、脅威度が少し高くなるだけで何も出来ない』器用貧乏にしかなれない事に、あたしは全く考えが及んでいなかった。
3つ目のクラスを得るかどうかの選択には当然のように同意し、提示を待った。
この時点で、3つ目のクラスとしてあたしが最も期待していたのが『クレリック』であり、次点が『ウォーリア』だった。
この世界の魔法は『秘術魔法』『自然魔法』『神聖魔法』の3つの系統に別れている。
『クレリック』が第一志望だったのは、このクラスが神聖魔法のスペシャリストであり、このクラスを習得出来れば1人で三系統の魔法体系をコンプリート出来ると我ながら馬鹿な理由で望んでいたからだ。
実際の所、冷静になって考えてみれば『クレリック』のクラスは、既に習得していた『レンジャー』及び『バード』の両方と相性が良くなかった。
『クレリック』は武器の扱いは上手くないが、重装鎧を身に纏い大きな盾を構えて敵の攻撃を凌ぐ技術は優れている。
故に、神聖魔法の行使がクレリック第一の役目だとすると、パーティの盾として仲間が攻撃している間ひたすら敵の攻撃を引き付け耐えるのが第二の役割なのだ。
そしてこの第二の役割は重装鎧と大型の盾を装備する事で初めて全う出来るのだが、こうした装備は『レンジャー』や『バード』の能力の多くを阻害してしまう。
メリットよりデメリットの方が大きい組み合わせだったのだが、あたしは完全にその辺の所を履き違えていた。
一方、『ウォーリア』は機動力重視の戦士で、武器の扱い自体はファイターと同格だが、重い鎧や盾を使った戦いは不得手だ。
その代わり高い移動力と、水中や不安定な足場といった劣悪な環境下でも戦闘能力の低下が少ないという長所を持つ。
足を止めての正面からの殴り合いや軍隊のような集団戦闘では『ファイター』に劣るが、ザレー大森林やヘスラ火山のような野外型の魔境では実は『ウォーリア』の方が戦闘で優位に立つ事が多い。
そして『クレリック』と異なって、既に取得した『レンジャー』と『バード』と組み合わせてもデメリットはほとんど無く、純粋に戦闘能力が向上するだけで、利点しか無い組み合わせと言えた。
しかし、この考えに至ったのは冒険者として数年間キャリアを積んだ後の話であり、『3系統全ての魔法の行使能力』という派手さに心奪われていた当時のあたしにとって、やはり第一志望が『クレリック』であり、『ウォーリア』はあくまで第二志望に過ぎなかった。
見当違いの希望を持っていたあたしだったが、実際に3番目のクラスとして最初に提示されたはどちらでもなく『メイジ』だった。
『レンジャー』と『ドルイト』の相性が良いのと同じ理由で、秘術魔法のスペシャリストである『メイジ』は『バード』との相性が良い。
しかし、『ドルイト』を拒否したのと全く同じ理由で、あたしは『メイジ』を拒否した。
それもほぼノータイムで。
これまで一度も一般向けクラスの提示が無く、希望とはズレている事も多々あったが連続して冒険者向けクラスが提示され続けた事で、あたしは無意識の内に能天気と言って良いレベルで楽観的になり、根拠の無い自信に満ちた精神状態になっていた。
次に提示されたクラスは『シーフ』。
ここであたしはかなり悩んだ。
クラス選択の儀で最も悩んだのは間違いなくここだ。
『シーフ』は隠密と罠の専門家であり、正面切っての戦闘は不得手なクラスだが、それでもその隠密能力を活かして敵の不意を打ったり、身軽さを利用して囮役になったりと、戦闘でも役に立つ場面は無数にある。
そして『シーフ』は既に得た、『レンジャー』と『バード』の両方と相性が良い。
この直前まであたしは『シーフ』を候補にすら入れていなかったが、後から考えれば『ウォーリア』と同じくらい相性は良かった。
戦闘面に限ればやはり『ウォーリア』の優位は動かないが、冒険全般に於ける万能性という観点では圧倒的に『シーフ』の方が有用と言えた。
それなのに、そもそも『シーフ』を候補に入れていなかった事自体、あの当時のあたしの考えの浅さを物語っていた明確な証左と言える。
ただ『ドルイト』や『メイジ』の時とは異なり、あたしは提示された直後に既に取得した2つのクラスと『シーフ』との相性の良さに気づいてしまった。
そしてこの気づきが『クラス選択の儀』を通して初めての迷いをあたしの中で生み出し、その迷いがそれまでのあたしの能天気なポジティブ思考に急ブレーキを掛けてしまった。
冒険者向けクラスはマイナーな物を含めてまだ幾つか残ってはいるが、それでも残り少ないのも確かだ。
ただその事実は、能天気でポジティブな方向に視野が狭まっていた事から、余計な冒険者クラスが排除される事で狙った冒険者向けクラスがより提示され易くなる、という自分に都合の良い解釈だけであたしの中に受け入れられていた。
しかし、一度極端なポジティブ思考にブレーキがかかると、より多く残っている一般向けクラスの方が提示される確率が遥かに高い、という至極当たり前の考え方が急に頭の中で閃き、そして当たり前故に強力な説得力を持つその考えに、あたしの感情が急激に振られていった。
今まで冒険者クラスしか提示されなかったのは単に運が良かっただけの話であり、運というものは幸運の後には不運が訪れるのが世の道理だ、だからこれ以降は一般向けクラスが連続して提示される、という思いも派生して生じ出す。
だがこの気づきは、今考えてみれば一種の天啓とも言えたかもしれない。
能天気で極端なポジティブ思考にブレーキがかかった事は、無謀な選択に突き進まないようにする、極めてまともな自衛反応でもあったからだ。
結果論になるが、ここで『シーフ』の提示を受け入れるのが、どう考えても正解だった。
ここで『シーフ』を受け入れた後、4番目のクラスで『ウォーリア』を提示されるのを待つのがこの時点での理想形だっただろう。
そうすればあたしは、かなり楽に冒険者としてのキャリアを積めたはずだ。
最終的に4番目のクラスで『ウォーリア』が提示されず、その他の冒険者向けクラス、または最悪一般向けクラスを取得する結果となっても、3番目のクラスにシーフさえ選んでいれば、派手で伝説となるような活躍は無理でも、どんな状況下でもそれなりに役立ち、重宝される様な冒険者となれていたはずだ。
しかしあたしは悩んだ末に、『シーフ』を拒否した。
当初の希望である『クレリック』と『ウォーリア』の2つのクラスに対する固執を捨てきれなかったのが最大の理由だ。
これから得られるクラスが2つあるという事は、当初希望した2つのクラスを両方共取得出来る可能性がまだ残っているという事であり、そこに対する執着をあたしはどうしても捨てきれなかった。
それにあたしはまだ実際の冒険を知らず、冒険は人伝てに聞くだけの存在であり、縁の下の力持ちで地味な『シーフ』の重要性を全く理解出来ていなかった事も大きいだろう。
結局の所未熟なあたしは、冒険者の派手な部分にばかり目が行っており、現実を見ていなかったのだ。
それはこの『クラス選択の儀』の間中ずっと、無意識の内にあたしの判断基準の中で最も重視してきた点となっていたのだが、それが最も顕著に現れたのがこの『シーフ』を拒否した時の選択だった。
ともかく3番目のクラスについては2回拒否したので、次に提示される3つ目のクラスは拒否する事は出来ず、受け入れるしかない。
そして提示されたのは、『カメレオン』という非常にマイナーなクラスだった。
マイナーなのには当然の理由があって、とにかく使えない外れクラスだったからだ。
『カメレオン』のクラスには能力はたった1つしかなく、その唯一の能力とは他のクラスの能力をコピーするというものだ。
そう聞くと、使いようによっては有用に聞こえるかもしれないし、高レベルにまで成長出来れば実際万能クラスになれる潜在能力は持っているだろう。
しかし、『カメレオン』のクラス単独で高レベルにまで至る事はほぼ不可能だ。
低レベル時のカメレオンが他のクラスをコピー出来るのは1日に数回だけ、それも分単位の短時間だけだ。
レベルが上がれば1日当たりの使用回数は増え、1回あたりの持続時間も増えていき、複数のクラス能力を同時にコピーする事さえ可能になっていくのだが、それでも『カメレオン』クラスで他クラスの能力をコピーしようとする場合、使用者のレベルを半分と見なして目標のクラスをコピーする事となる。
つまり、2レベルの『カメレオン』が『メイジ』のクラスをコピーした場合、1レベルメイジとしてしかその能力を使えないという事だ。
他にクラスを持っており、『カメレオン』をサポートとしてしか使わないと割り切るならまだ使い勝手はあるかもしれないが、単独では『カメレオン』は完全に外れクラスだろう。
この時、あたしが『カメレオン』を外れクラスだと正確に認識さえしていれば、続く4番目のクラス選択も、もっと慎重になれていたかもしれない。
クラスは提示された時点で、出来る事や得意な事といったその能力の大まかなイメージは掴めるが、あくまでイメージであり、そのクラスの正確な性能が分かる訳ではない。
そして、クラスが提示された時に示される情報が曖昧である事の弊害の1つに、そのクラスがどの様な形で成長していくのかハッキリとは分からないという点が挙げられる。
クラスのレベルアップによる能力の成長の形には、どのレベル帯でも安定して実力を発揮出来るタイプから、低レベル帯では強力だが高レベルになるに連れて頭打ちになっていく早熟型、低レベル帯ではほぼ無能だが高レベルになるに連れて他のクラスを圧倒する程大化けする大器晩成型の3つのタイプに大別される。
だが、そのクラスがどの成長のタイプに当てはまるかは、『クラス選択の儀』でのイメージでは判別出来ないのだ。
『カメレオン』は極端なまでの大器晩成型のクラスで、低レベルどころか中レベルでさえ役立たずであり、『高レベル』に至ってようやく活躍出来るようなクラスだ。
しかし、役立たずのまま危険を伴う数多くの冒険を乗り越え、高レベルにまで成長する事など不可能であるのは自明の理と言え、だからこその外れクラスと言える。
ただ、『クラス選択の儀』を迎える前に情報収集する事で、そのクラスがどの成長パターンに当てはまるか知る事自体は可能だ。
実際あたしも下働きをしていた時に知り合った先輩冒険者相手に色々話を聞いて情報は集めていた。
だが、『カメレオン』に関しては余りにもマイナー過ぎて話題にすら上がらなかった。
ただそれでもあたしには、『カメレオン』クラスの偏った知識はあった。
そしてその偏っていた知識の中には『カメレオン』が外れクラスであるという最も重要な部分が抜け落ちていた。
そのあたしの偏った知識とは、ハーケンブルク建設の功労者の1人であり、『海の民』から多数の船乗りや船大工を引き抜いてこの地に連れてきた伝説の女盗賊ハーレイのクラスが、『バード兼カメレオン』というものだった。
ハーレイは実在こそ確実視されているが同時に謎の多い人物で、それ故創作の付け入る隙も多く、今ではどこまで史実でどこまでが後世の創作なのか分からない人物でもある。
ただハーレイの伝説では、咄嗟の機転やペテンを用いて窮地を脱する逸話が多く、その時に重宝していたのが『バード』と『カメレオン』の能力だった。
冒険者としての活動と並行して、酒場での吟遊詩人としての活動も重視していたあたしの父は、南方大陸出身だったがハーケンブルクの酒場で活動を行う以上、この地に伝わる歌や物語を熱心に研究しており、ハーレイを主人公にした冒険譚も幾つか吟遊詩のレパートリーにしていた。
そういった冒険譚を父は酒場だけではなく、練習がてら自宅でも良く披露しており、ハーレイの一連の冒険譚はあたしが大好きな物語の1つだった。
3番目のクラスは選択の余地が無かったとはいえ、こうした偏った知識を持っていたあたしにとっては『カメレオン』の提示は嬉しいサプライズであり、大いにテンションが上がった。
そしてテンションが上がった事であたしは再び極端なポジティブ思考に戻り、4番目のクラスを得るか否かの選択では、あたしは相変わらず何も考えずに取得する事を選択した。
そして4番目のクラスとして最初に提示されたクラスは、奇しくも女盗賊ハーレイの伝説と同じくらいあたしのお気に入りの冒険譚の主人公達が持っていたクラスだった。
その物語とは400年前、ハーケンブルクが属するアストラー王国の建国にまつわる冒険譚だ。
そして4番目のクラスとしてあたしに最初に提示されたクラスこそ、建国王を支えた忠臣達が揃って持っていた伝説的なクラスであり、同時に今は取得する者がほとんどいないクラスでもあった。
あたしは400年前にそのクラスを得た者達が活躍した伝説よりも、何故今は誰もそのクラスを取得していないのか、その理由を真剣に考えるべきだった。
しかし、亡き父が良く弾き語ってくれた冒険譚に登場した伝説的クラスが2回連続で登場した事にテンションが上がり、運命すら感じてしまったあたしは、まだ選択の機会が残っているにも関わらず、4番目のクラスを即座に決めてしまった。
このクラスが30年以上もの間全く機能しなかったせいで、あたしの冒険者としての成長が著しく停滞してしまう結果となるのだが、この時は全くそこに思いは至らず、あたしのお花畑の脳みそはむしろ栄光の未来を信じて疑わなかった。
『クラス選択の儀』を終えるとあたしはその日の内に冒険者ギルドに向かい、即座に冒険者として登録した。
あたしのクラスを聞いたギルドの受付嬢は微妙な表情になったが、気分が高揚していたあたしは彼女がどうしてそんな表情をしたのか、全く考えようとはしなかった。
基本的に新人冒険者は、最初の3ヶ月程はギルドが指定したメンバーでパーティを組み、冒険を行う事となる。
このパーティ編成はかなり融通が効き、新人冒険者の希望はよほど歪なパーティ編成にならない限り通るので、特に田舎から集団で出てきたような新人冒険者は、気心の知れた同郷のメンバーでパーティを組もうとする。
そういった者達はメンバー全員が『クラス選択の儀』を終えてから田舎を出てハーケンブルクにやって来る事も多いので、人によってはクラスを得てから半年とか1年以上とか、仲間が『クラス選択の儀』を終えるのを待ってから冒険者登録を行う者もそれなりにいる。
一方であたしのように、ハーケンブルク在住者の中には15歳でクラスを得てすぐ冒険者になろうとする者も多く、そういう単独で冒険者登録するような新人はギルド側主導でパーティを編成する事となる。
ギルド主導とはいってもそのほとんどは、戦士系、盗賊系、回復系、攻撃魔法系、そしてあたしのようなその他複合系のメンバーを登録順に機械的に組み合わせていってパーティを結成させるだけだ。
機械的に組み合わせるだけに性格的な相性等は度外視されるという大きな欠点はあるが、比較的公平にバランスの良いパーティが編成出来るのは大きな利点だ。
ただこの場合、新人冒険者のクラスが偏っていたりすると、思いがけず待たされる事もあったりするが、あたしのような複合クラスで冒険者を目指す者は少数派であり、そもそもパーティにその手の者が存在しない場合も多く、あたしはその日の内にパーティに加入出来た。
そのパーティには、あたしと共にギルドで下働きしていた、そこそこ仲の良いメンバーがいたのは幸いだった。
そして最後に、新人冒険者パーティには必ず最初の3ヶ月間、ギルドの指定するベテランの冒険者を1人加入させねばならない。
彼等はいわゆる指導役の冒険者で、その多くは中レベル程度のセミリタイアした冒険者だ。
あたしの冒険者としてのスタートは比較的順調と言えた。
パーティメンバーは指導役を含め、皆良い連中ばかりだった。
それに、最低レベルの間は複数クラス持ちは単純にやれる事が多い為に重宝されるし、田舎から出てきたばかりの者達に比べれば、約1年間ギルドで下働きをしていたあたしは、冒険者としての知識も少しはあった。
立て続けに3つの冒険を成功させた後、指導役の冒険者の提案で、1日休みを設ける事となった。
あたしはその休日を使って、冒険者となったらなるべく早くやってみたかった事を実行した。
あたしが得たクラスの1つ『バード』は秘術魔法を手慰み程度とはいえ行使可能であり、そして全ての秘術魔法の使い手は『使い魔』を得る事が出来る。
あたしがやりたかった事とは、その使い魔を得る事だ。
使い魔は小動物なら何でも構わないが、あたしは様々な理由からカラスを使い魔する事にした。
使い魔の契約は、まず自身の魔力を候補の小動物に向け、魔力的な相性の良し悪しを測る事から始める。
先輩冒険者の話ではこれが結構大変で、相性の良い動物を特定出来るまで数日かかると言う者もいたが、あたしが選んだカラスはハーケンブルクに大量にいるので、そこら辺にいるカラスに片端から魔力を向けるとすぐに数匹の候補が現れた。
第2段階として相性の良い動物に念を送り、使い魔契約の打診を行う。
魔術的な相性が良い相手であっても、その全てが使い魔契約に前向きな訳ではない。
前向きな対応をしてくれるかは、その個体が人間に対してどの様な感情を抱いているかに大きく左右される。
人間に虐められた経験があれば拒否される傾向が強くなるし、可愛がられた経験があれば受け入れてもらえる傾向が強くなる。
カラスは他の地域では嫌われる事も多いらしいが、冒険者の多いハーケンブルクでは使い魔としてメジャーな存在である事からそこまで嫌われてはいない。
なので、使い魔契約を受け入れてくれるカラスも比較的すぐに見つかった。
あたしは自室にそのカラスを連れていき、使い魔契約の本格的な儀式を始めた。
ちなみに、この儀式にはそれなりに多くの魔術道具を必要とし、それを揃える為にそれなりの費用もかかる。
冒険を3回成功させたとはいえ、その冒険は最低レベルの冒険者向けの仕事である為、報酬は下働き時代のものに毛が生えた程度のものであり、事実、この時パーティにいた同期のメイジが使い魔を得たのはもっと後になってからだった。
そしてあたし自身の場合も、自分自身で稼いだ報酬だけでは使い魔契約の儀式の費用には大幅に足りず、両親の残した遺産にまた手を付けてしまう結果となった。
ともあれカラスの使い魔との契約に成功したあたしは、彼にノエルという名前を付け、使い魔の存在に興味津々だったヨハンナとも触れ合わせた。
この頃のヨハンナは、あたし以上にノエルの事を気に入っていたかもしれない。
多くの使い魔は人間のように言葉を発する事は出来ないが、その代わりに主人と念話と呼ばれる一種のテレパシーで意思の疎通が出来る。
ただ、これには結構な集中力を必要とする為、普通の会話のようには気軽には行えないし、主人以外の人物とのコミュニケーションに使う事も当然出来ない。
しかしカラスは、使い魔になると主人の母語を用いた会話が可能になるのだ。
この特殊能力はカラス以外ではインコやオウムが持つ事が知られているが、インコもオウムも自然界で生息しているのは南方大陸だけであり、入手にはかなりの困難が伴う。
カラスが使い魔としてメジャーなのは、契約のし易さは無論の事、その会話能力のお陰でもある。
ただ、ヨハンナが可愛がり過ぎた分、あたしのノエルに対する態度は些か冷めてしまったのかもしれない。
あたしなりにノエルの事は可愛がってきたつもりだが、当時のヨハンナのように猫可愛がりするような事はついぞなく、彼に対する態度はあまり可愛気のない弟に対するような、どうにも遠慮の無いものになってしまい、それが今に至るまで続いてしまっている。
ともかく、パーティ内において専業のメイジより先に使い魔を得たあたしは、パーティの同期メンバーとの優位性を更に少しだけ高める事となった。
だがその優位性は同期のパーティメンバーが1回レベルアップするだけで失われ、2回レベルアップした時点で完全に逆転された。
そしてあたしがようやく初めてのレベルアップを経験したのは、同期の多くが4回目のレベルアップを果たした後だった。
ちなみにあたしが初めて組んだパーティには単一クラスのヒューマンがいたが、成長スピードが他種族の倍のヒューマンである彼は既にこの時点で6回もレベルアップを経験しており、あたしとの差は広がる一方だった。
複数のクラスを持つ最大のデメリット。
それは、クラスの数だけ成長スピードが遅くなる事だ。
クラスを2つ持てば2分の1、3つ持てば3分の1、あたしのように4つ持てば4分の1だ。
成長スピードが他種族の倍のヒューマンの場合、クラスを2つ持って他種族の単一クラス持ちと同等、単一クラスのヒューマンなら他種族の倍のスピードでレベルアップする。
ヒューマンがそのレベルアップの速さ故に、他の人族より圧倒的に大きな勢力を持つに至ったのは周知の事実だ。
そして、クラスをレベルアップさせるのに必要なのが『経験』だ。
『経験』とは、修練や実戦を通じて体得していったものを総合的に加味した、概念的であるがしかし確かに実在するもので、特に大きな脅威を退けた時に大量に得られる事が経験則的に分かっている。
『経験』がある程度溜まるとクラスのレベルが上昇する。
それに伴い身体的、精神的、魔力的な能力が上昇するのに加え、クラスに基づく新たな技能や呪文、特殊能力等を覚え、既に覚えていたこれらの能力の精度や威力も上昇する。
こういった技能の習得や能力の上昇は、実はクラスのレベルアップが無くとも地道な訓練によっても習得が可能なのだが、一度のレベルアップによる上昇はこれら地道な訓練の数ヶ月分に相当すると言われる程劇的で強力なものなのだ。
それだけレベルアップの恩恵は大きい。
故に同じクラスでも、低レベルの者と高レベルの者とではまるで出来る事の次元が異なり、高レベルの者は如何なるクラスであろうと超人的な存在となってしまう程、レベルの差というものは絶対的なものだ。
ただ、レベルアップに必要となる『経験』の量は、レベルが上昇するにつれて加速度的に増加する。
低レベルの間は少ない『経験』でも比較的サクサクレベルアップするが、それでも低レベル帯からレベルの上昇に伴う必要な『経験』の量の増加は始まる。
あたしが初めてレベルアップした時、あたしの8倍のスピードで成長する単一クラスのヒューマンの同期冒険者が、8回ではなく6回のレベルアップで収まっていたのもその為だ。
ただ一方でその事実は、彼が既に最低限の『経験』でレベルアップ出来る最底辺レベルから、より必要な経験の量が増加するレベル帯へと一足先に脱した事を意味していた。
当然の結果として、あたしと他のパーティメンバーとのレベル差はどんどん開いていき、急速にあたしはパーティの足手まといになり始めた。
レベルアップに必要な『経験』の量の増加という状況に対応する為には、より多くの『経験』が得られる高い脅威度の冒険への挑戦が必要となってくる。
脅威度の高い冒険は当然ながらそれだけ危険度が増すので、効率的に『経験』を得る為には自分達の実力に比してギリギリ安全圏と言える脅威度の冒険に挑む事が重要になってくるのだが、そこで一人レベルアップの遅いあたしの存在が、パーティにとって次第にネックとなっていった。
あたし以外のパーティメンバーのレベルに合わせて冒険の脅威度を決めると、一人レベルの低いあたしの危険度が増す。
一方、レベルの低いあたしに合わせて冒険の脅威度を決めると他のパーティメンバーのレベルアップが遅くなってしまう。
ただまあ、低レベルの内はまだ誤魔化しようがあった。
他のメンバーのように得意分野を極めていく方向性ではなく、中途半端ではあるが色々な事が出来る事を活かして、パーティの欠けた部分を埋めるように振る舞う事でパーティに貢献する道を見出す事が出来たからだ。
そう振る舞う事でパーティに貢献出来たのは、最初の三ヶ月間同行してくれた指導役がそうアドバイスしてくれたお陰で、あたしが自力で気づけた訳ではない。
今思い返せば彼も、あたしのようなクラスの取り方をしていれば早い内に冒険者として限界が訪れる事は分かっていたような気がするが、それでもあたしのような者が冒険者としてやっていく為のスタンスを丁寧に教えてくれた。
ただそれは、必ずしも善意からではなく、新人冒険者が彼の指導中やその直後に辞めると、指導役としての彼の評価が下がってしまうからだ。
冒険者としてはロートルだった彼は普通の冒険者として稼ぐ事よりも、新人冒険者の指導役を中心として稼いでいたので、少なくともあたしが新人とは言えなくなる程度までは冒険者を続けて貰う必要があったのであろう。
そして最初の3ヶ月が過ぎて指導役の冒険者がパーティを抜ける時が来たが、実はこのタイミングで新人冒険者パーティが解散する事は結構ある。
特にギルドの主導で組まされたパーティの場合は多い。
解散とまでいかなくとも、一部メンバーの入れ替えとなると、その数は更に増える。
1人だけレベルアップが大幅に遅れていたあたしがこの時点でクビを宣告されてもおかしくなく、実はあたしも覚悟していたのたが、幸いにもこの時パーティメンバーからあたしのクビに関する話題は出なかった。
後で知ったのだが指導役の彼が他のメンバーに、あたしをクビにしないように根回ししてくれたらしい。
しかし彼の努力は結局、問題を先延ばしにしただけであり、冒険者となって約1年後、あたしは最初のパーティから正式にクビを宣告された。
1年後には更に他のメンバーとのレベルの差、もっとはっきり言えば冒険者としての実力差がどう取り繕っても埋めがたい程大きくなっていたからだ。
だがクビの理由としてはその時に於ける実力差以上に、将来的にもその差は広がっていく一方であり、逆に差が埋まる可能性が皆無である事が明白であるという点の方が大きかった。
言い換えれば冒険者1年目で、仲間から将来性無しの烙印を押されてしまった事に等しい。
それでもあたしには彼らを責める事は出来なかった。
寧ろ良く1年間も我慢してあたしをパーティメンバーに留めておいた事を感謝したくらいだ。
それはそれとして、あたしにも生活があり、稼ぐ必要がある。
普通なら、冒険者を辞めて別の道で稼ぐ事を考慮する状況であっただろう。
でもあたしには、冒険者を辞めるという選択肢は無かった。
夢だった冒険者にせっかくなれたのに、たった1年で辞めるなど、あたしには考えられなかった。
不幸中の幸いだったのは、クビになる直前に『相棒』を得た事だ。
『相棒』とは恒久的なテイム契約を行った動物の事で、使い魔ほど主人との魔術的な結びつきは強くなく、また元々の種族からかけ離れた特殊能力を得る事もないが、使い魔と違って小動物という縛りが無いのでより大型の動物と契約出来るし、主人のレベルアップに伴い相棒も肉体的に強力な個体に成長し、その成長は種族の限界を超えても続いていく。
テイムのスペシャリストであるテイマーは、レベルアップと共に複数の『相棒』を得る事が出来る。
テイマーと異なり、ドルイトやレンジャーはどれほど高レベルになっても得られる相棒は一体だけだが、それでも常に同行して戦闘にも参加してくれる相棒の存在は、あたしの戦闘能力を底上げしてくれるのは間違いなかった。
あたしの希望していた相棒は、ムーン・ウルフという狼の一種だった。
その体毛が、エルフの象徴的な金属的光沢を持った髪の毛に酷似ているムーン・ウルフは、能力的には普通の狼と大差無いが、エルフと魔術的な親和性が高く、エルフのテイム要請にはかなり高い確率で応じてくれるし、エルフの相棒になった場合の主人のレベルアップに伴う能力上昇の割合も他の動物より幾らか高い。
ハーフエルフのあたしにもエルフ程ではないが、例によってその半分程度の恩恵がある事は知っていたので、相棒はムーン・ウルフにすると結構前から決めてはいた。
ただ問題は、ハーケンブルク近辺で野生のムーン・ウルフに出会えるのがザレー大森林しか無いという事だ。
当時のあたしは危険度の低いザレー大森林外縁部でさえ1人で行動するのが危なっかしい実力しかなく、いつパーティをクビになってもおかしくなかったあたしは、パーティに在籍している間に何とか相棒を手に入れようと焦っていた。
結果的に最初のパーティで行った最後から2番目となった仕事の場所が幸運にもザレー大森林であり、その仕事が終了した時既にかなり日が傾いていた事からその夜、あたし達はザレー大森林外縁部に点在するエルフの集落に一泊する事にした。
そのエルフ集落の宿での夕食時に、ダメ元で帰る前に相棒を得るのを手伝ってくれないかと打診してみた。
正直あたし以外のメンバーには何のメリットもない申し出だったが、彼らは寛大にもその申し出を快諾してくれた。
後から思い返せばこの時点であたしのクビは他のパーティメンバーにとっては既に決定事項であり、餞別の意味もあったのかもしれない。
最後にあたしの我儘に付き合う事で彼らの罪悪感も大分薄らいだだろうし、あたしが相棒を得た事で多少なりともあたしの戦力が向上した事により、パーティメンバー達が心置きなくあたしをクビに出来たという側面もあっただろう。
その夜泊まったエルフの集落の住民とは既にそれなりに付き合いもあってある程度の信頼関係を結んでいた事から、彼らと交流のあるムーン・ウルフの群れがいそうな場所を何ヶ所か教えてもらい、幸運な事に最初に訪れた場所でムーン・ウルフの群れを見つけた。
当時のパーティメンバーにはエルフがいなかったし、あたし自身も純血のエルフではなくハーフエルフだった事もあって、群れのほとんどのムーン・ウルフに警戒されたが、若い一頭の雄だけが物怖じせずに近づいてきた。
彼はあたしの相棒契約を受け入れてくれ、以後ずっと忠実な相棒としてあたしに仕えてくれる事になる。
ジーヴァと名付けたこの相棒のムーン・ウルフと使い魔のノエルとの間に少しの間緊張状態が続いたが、時間と共にその緊張関係は和らいでいった。
その緊張関係の明らかな原因の一つが、モフモフな上に大人しいジーヴァが出会う人の多くの表情を蕩けさせた事に対するノエルの一方的な嫉妬だった事は、ノエルの名誉の為にも秘密にしておく。
最初のパーティをクビになったあたしは、役立たずの悪評が若手冒険者仲間の間にそれなりに広がってしまった事もあり、しばらくの間、一時的に欠員が出たパーティの助っ人要員として食いつないだ。
しかし一時的な欠員の補充要員としては、低レベル限定ではあるがそれなりに役立ったようで悪評は次第に薄れていき、その甲斐あって数ヶ月後にあるパーティの正規メンバーになれた。
しかし、同じパーティ内で長期間行動を共にするとどうしてもレベルアップの遅さがネックになり、最初のパーティ同様に他のパーティメンバーとのレベル差が開いていき、半年も保たずに2番目のパーティもクビになってしまった。
以降もあたしは同じ事を繰り返す事になったが、次第にパーティの正規メンバーでいる期間より、助っ人要員で食いつなぐ期間の方が長くなり始めた。
そうした状況に、あたしは焦りを感じ始めていた。
初めて女性同士で関係を持ったのもこの頃だった。
自分が同性愛者であると明確に自覚したのはおそらくこの時だったろうが、そうかもしれないという漠然とした思いはずっと持っていた。
女性の同性愛者というとイコール男嫌いと決めつける者もいるが、あたしは性的対象が男ではないというだけで、普通に男友達も多い。
実を言えば、初めての相手は男だった。
その相手は短期間加入していた冒険者パーティのヒューマンで、妙にウマが合った事からあたしがパーティを抜けた後も友達関係は何となく続いていた。
あたしにとっては単に気の合う友人だったが、向こうはあたしにそれ以上の好意を持っていたらしく、ある日酒も入っていた事もあって雰囲気に流されるままに関係を持ってしまった。
その結果はと言うと、お互い気まずい思いを残しただけだった。
その後しばらくあたしは、自分が性的に何か欠陥があるのではないかと真剣に悩んだくらいだ。
相手の男は、一攫千金を夢見て田舎から出てきて冒険者になったという、ハーケンブルクではありふれた経歴を持った男だった。
ただ、気持ちの良い気質を持った男だったのは確かで、その後もあたし自身彼に対する好感は変わらなかったし、上手くいかなかったのは初めて故の事故のようなものだと思った事もあって、次は自分から誘って2回目を試みたが最初より酷い結果になってしまった。
以降彼とは疎遠になり、関係は自然消滅してしまった。
彼はあたしより遥かに将来有望な冒険者であったが、噂によるとその後、3年程で冒険者を引退して故郷に帰ったらしい。
その彼との2回目の失敗があってしばらく経った後、あたしはとある酒場で弾き語りを披露していた。
今でもそうだが、その頃のあたしも冒険者の仕事が常にある訳ではなかったので、時間が出来た時は下町の歓楽街を巡っては酔客のリクエストに応えて弾き語りを行い、小銭を稼いでいた。
その日の行きつけの酒場には下町には似つかわしくない、いかにも小金持ちに見える着飾った30前後のヒューマンの貴婦人然としたの客がいた。
その場には余りに不釣り合い過ぎる故に目立つ彼女を見て、護衛も付けずに無用心だな、と感じたのが彼女に対するあたしの第一印象だった。
当時のあたしのパフォーマンスは今に比べるとかなり未熟なものだったと思うが、彼女はあたしの歌とギターの演奏を褒めてくれ、お酒と食事を奢ってくれた。
本業の冒険者で挫折をしまくっていた時期だった事もあって、あたしはチョロくも彼女の虜になり、その夜の内に彼女と関係を持った。
正直、実際に関係を持つまでは女同士という事に抵抗はあったし、その後もズルズルと続いた彼女との関係に暫くの間は説明し難い後めたさも感じてはいた。
それでも終始彼女が上手くリードしてくれた事もあり、男相手では得られなかった満足感を彼女から得る事が出来た。
一見、世間知らずの小金持ちの貴婦人に見えた彼女だったが、実は彼女は腕利きのメイジ兼ファイターとして活躍した元冒険者であり、治安の悪い下町でも貴婦人ぶりを隠そうとしない彼女は何度となく危険な目にあったが、その全てを彼女自身の力だけで難なく撃退していた。
実際冒険者を引退してしばらく経っている彼女の実力は、現役のあたしより明らかに上だった。
彼女があたしに与えた影響は大きい。
あたしが身に着ける魔法のピアスが激増したは間違いなく彼女の影響だ。
魔法の効果を持つアクセサリーの類は様々なものがあるが、ピアスはその中でも最も効果が高いと言われている。
他のアクセサリーと違って肉体に穴を開けて直接装着する事により、魔法の効果をダイレクトに得られるからだ。
なので男女問わず耳にピアスを開けている冒険者は多いが、ボディピアスを開けている者となるとその数は一気に少なくなる。
実際、あたしも彼女と出会う前から耳にピアス穴を開けていたが、彼女の影響を受けてから耳のピアス穴の数が激増した上、舌に1つとへそに2つピアス穴を開けた。
ほとんどのピアスはその時の状況に応じて様々な効果の物を選んで付けているが、舌ピアスは呪文の詠唱を安定化させるもの、へそピアスの1つは魔力を貯めておく効果を持つものを常時装着している。
ちなみに上流階級では、ピアス穴は耳に一対だけ開けるのが下品にならない最低限のラインとされ、ボディピアスは論外とされているらしいが、例の元冒険者の彼女は耳にゴテゴテと数多く付けていたし、へそにも舌にも付けていた。
そして『呪紋』を彫ったのも彼女の影響だ。
『呪紋』とは魔法の効果を持つ刺青の事で、ほぼ自身の魔力消費無しに恒常的な魔法の効果を得られる便利なものだ。
効果もピアスより遥かに高いが、当然ながら一度入れてしまったら簡単には消せないという大きな欠点を持つ。
呪紋を入れる時の数十倍以上の費用と時間を掛ければ消す事は可能なのだが、呪紋を消してしまうと当然ながらその呪紋から得られていた効果が消えるだけでなく、その後数年単位の時間を置かないと同じ場所に呪紋を彫っても新たな呪紋の効果は得られないので、一度彫った呪紋を消す者はあまり多くはない。
一度彫った呪紋をわざわざ消す者のほとんどは、それまでの冒険者家業から足を洗って新たに上流階級に加わろうとする連中だ。
呪紋は別に冒険者やアウトローだけが入れているものという訳でもなく、肉体労働者でも入れている者は多い。
筋力や持久力を向上させる呪紋が彼らには人気だが、水夫の場合はこれに加えて冷気に耐える呪紋も人気だ。
北の海では落水した場合、冷気に耐える呪紋をしていても効果はほとんどないが、ハーケンブルクあたりだと海水温度が一瞬で致命的になる程は低くはないので、冷気に耐える呪紋を入れる事で落水後に低体温症になるまでの時間が明らかに伸びるらしく、水夫の多くがこの手の呪紋を彫っている。
一方で上流階級の間で呪紋は、ピアス以上に野蛮なものという認識で、見える場所に呪紋を入れているような人間はまず間違いなく下品な人間扱いされる。
更に上流階級の子女と姻戚関係を結ぼうとする者は、見えない場所であっても呪紋を入れていると消すように相手方の家から言われる事がほとんどであり、故に上流階級に加わって成り上がろうとする元冒険者等は呪紋を消そうとするのだ。
ハーケンブルクは他の地域と同様に格差も差別もあるが、他の地域に比べれば成り上がれる可能性は高い方で、優秀な冒険者を一族に迎えようとする名門商家も珍しくない。
だが多くの場合、過去の事については寛容なこの手の金持ちであっても、呪紋を消そうとしない相手を受け入れる事はまず無い程、呪紋は上流階級では嫌われているのだ。
そういう事情を知っていたので、例の元冒険者の彼女が未だに呪紋を入れっぱなしにしていたのは、あたしにとってかなりの驚きだった。
当時の彼女は実はハーケンブルクでは中の上クラスの商家の当主の後妻で、明らかに上流階級に所属する人間であった。
彼女はあまり現在の自分の境遇については語らなかったが、それでも彼女が語った数少ない情報から察するに、夫である当主の肉親は勿論の事、使用人達からすらも嫌われていたようだ。
まあ、彼女は明らかに財産目当てで高齢の当主に嫁いだようだし、あたしとの事も含めて素行も悪かったから呪紋やピアスの件が無くともその商家では浮いた存在だったらしいが。
元々呪紋には興味があったし、冒険者として伸び悩んでいる以上何らかの形で能力の底上げをしなければならないとは思っていたが、彼女の呪紋を実際に見て、彼女から後押しの言葉を得なければ呪紋は彫らなかったかもしれない。
最初に呪紋を彫る前は抵抗があったが、一回彫ってしまうと抵抗感は急速に消え、あたしの呪紋は以降も増えていった。
最初に入れたのはへそ周りで、自分に掛けられた敵対的な呪文に対する抵抗力を上げるものだ。
以降、約十年弱を掛けてあたしは身体のあちこちに呪紋を彫っていった。
両手の甲には指先の器用さを上げる呪紋。
両腕の二の腕には握力を上昇させる呪紋。
両腕の上腕部には腕の筋力を上昇させる呪紋。
両足の甲には不整地踏破能力を上昇する呪紋。
両脚の脛とふくらはぎには短距離における脚力上昇の呪紋。
太腿には長距離移動の際の持久力上昇の呪紋。
胸元には毒に対する抵抗力を上げる呪紋。
鳩尾周辺には病気に対する抵抗力を上げる呪紋。
両脇腹には魔力の回復を速める呪紋。
以上が現在あたしが彫っている呪紋だ。
実を言えば正直、これは効果的な呪紋の入れ方とはいえない。
呪紋の効果を上げる方法は幾つかあるが、最も簡単でかつ効果的な方法は、1つの効果を持つ呪紋を広い面積で彫る事だ。
あたしのように別々の効果を持つ小さな呪紋をあちこちに彫るのは、それぞれの呪紋から小さな効果しか得られない。
結局、クラス選択の儀の失敗を、呪紋の入れ方においても繰り返してしまったと気づいたのは随分後になってからの事だった。
ともかく、公私においてあたしは元冒険者の彼女から大きな影響を受けたが、彼女との関係自体は平穏とは程遠かった。
バイセクシャルの彼女はあたし以外にも男女問わず何人か愛人がおり、それに加えて一晩だけの相手も貪欲に求めていた。
一方でまだ初心だったあたしは独占欲が強く、当然の結果として彼女とは短期間で破局してしまった。
ただ彼女との関係が厄介だったのは、この破局で彼女との関係が完全に終わった訳ではなく、あたしが落ち込んだ時を狙ったかのようなタイミングで、彼女との再会を繰り返した事だ。
ハーケンブルクは大都市とはいえレズビアンのコミュニティは狭いので、その手の情報はコミュニティ内の人間には入手し易く、もしかしたら本当に彼女はあたしが落ち込んでいるタイミングを狙って、偶然を装って再会を果たしていたのかもしれない。
確証は無いが、そうとしか思えない程、彼女との再会は常に誰かに救いを求める様なタイミングで起こった。
そういう時の彼女は常に優しく、学習能力の乏しいあたしは何度も彼女との復縁しては短期間で破局する事を繰り返してしまった。
ただトータルで言えば、彼女とは付き合っていた時間よりも別れていた時間の方が遥かに長く、彼女と別れている間にもあたしは彼女とは別に何人かと付き合ってはいた。
元冒険者の貴婦人との最初の別れの後すぐ付き合った相手は、最初の男とは別の、仲の良い男だった。
再び男と付き合おうとしたのは、例の元冒険者の貴婦人への反感もあったし、彼女がバイセクシャルだった事から自分もそうかもしれないと考えたからだ。
だがその結果は、自分は彼女のようなバイセクシャルではなく、純粋な同性愛者であるとの確信を強めただけだった。
自分が同性愛者であるとの確信は、あたしを生まれ育った異人街から精神的に遠ざける結果にもなった。
異人街の再建はかなりのスピードで進み、大火前から住んでいた住民に優先的に新築された集合住宅に部屋が割り振られた事もあり、あたしとヨハンナも再建された真新しい集合住宅へ割とすぐ入居出来た。
異人街の住民の多くは情に厚いが、悪く言えばお節介であり、また横の繋がりが強過ぎるせいで異物を排斥する傾向も強い。
そういった村社会に於いて同性愛者がどういう目で見られるのか、あたしは怖かった。
とはいえまだ幼いヨハンナを見捨てて異人街を出る事も考えられなかった。
ヨハンナは両親が健在の頃からあたしにひどく懐いていたが、両親が亡くなった直後は本当にあたしにべったりだった。
あたしは可能な限りヨハンナの世話を焼いたが、まだあたし自身が精神的に未熟な事もあり、幼い彼女に対して苛つく事もなかった訳ではない。
それでもあたし達は、仲の良い姉妹だったと言える。
ヨハンナも10歳位になると、あからさまにあたしにべったりくっつく事も少なくなり、冒険者という仕事柄家を空ける事が多くとも、あたしに不満を言う事もなかった。
冒険者としても、プライベートな面でも問題を抱えていたあたしだったが、あたしの不在中にヨハンナの面倒を見てくれたのは近所に住む異人街の住民達であり、その事は今でも大いに感謝している。
その事もあり、彼らに同性愛者である事がバレた時の恐怖を内心に抱え込みつつも、表面上は愛想良く振る舞ってはいた。
今思えば、当時の無理に明るく振る舞っていたあたしの疲弊について、ヨハンナも子供ながらに勘づいていたのかもしれない。
そして冒険者になって5年後、あたしにとって冒険者を辞めざるを得なくなる可能性もあった、重大な事件が起こった。
あたしは冒険中に、右腕を失うという重傷を負ってしまったのだ。
読んで下さりありがとうございます。
次回の投稿は『改訂版プロローグ 後編』(ep3として投稿します)となります。
投稿は5月上旬を予定しています。
6月上旬から本編の続きである第5章の投稿を予定しています。




