第1章 冒険者パーティー『ホワイトドーン』 1
2025年6月4日
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そのため物語の筋が途中でおかしくなっているので、改変が終わるまでこのエピソードを読むのは推奨しません。
2025年6月5日
改変終わりました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
「ゾラ、起きな!お客さんだよ!」
薄い扉をドンドンと叩きながら喚く声であたしは目が覚めた。
冒険者ギルド御用達の宿の中では最も安い部類に入る、あたしの定宿の『トネリコ亭』の自室にいる事は寝惚けた頭でもすぐに分かった。
あたしは全裸でシーツに包まり安物のベッドに横たわっていた。
隣にも全裸のヒューマンの女性がいて、あたしと同様、この騒音によって無理に起こされたようで眠そうに目を擦っている。
少し小柄で、明るい茶色の髪をショートカットにし、頬に薄いソバカスのある美人というより愛嬌のあるこの女の事をあたしはすぐには思い出せなかった。
ただ二日酔いが原因らしい馴染みのある頭痛が、酒が原因でまたあたしが何かやらかした事を否応なしに理解させてくれた。
これまでにも似たような事は何度もあったし。
あたしはベッドから降りると、最初はシーツを身体に巻き付けようと考えたが、それではあたし以上に事態を把握していないっぽいベッドの上の彼女が困ると思い直し、床の上に脱ぎ散らかした服の中からフード付きのマントを見つけ出すと、裸の上からそれだけを羽織って、扉を細く開けて顔を覗かせた。
廊下には、この『トネリコ亭』の女将のサンドラと、名前は覚えていないが冒険者ギルドで下働きをしている少年がいた。
冒険者志望だが、まだクラスを得る年齢に達していない子供がギルドの下働きをしているのは珍しくない。
あたしだってそうだったし。
「ようやく起きたかい。」
サンドラは鼻を鳴らす。
あたしがこの宿を利用し始めた頃は可愛い看板娘だったのだが、今では4人の子供を持つ堂々とした見た目の典型的な肝っ玉母さんだ。
ハーフエルフとヒューマンの時の流れの違いを実感する。
「この子がギルドからの伝言を持ってきたらしいよ。」
サンドラはそう言うと、下働きの少年を促す。
「あの、すぐに装備を整えてギルドに来て欲しいそうです。」
少年は女性に免疫が無いのか顔を赤らめ、ちょっとだらしない格好のあたしの方を見ようとせず早口で言う。
「急ぎなの?」
あたしはまだ頭がはっきりとせず、欠伸を嚙み殺しつつ尋ねる。
「ミーティングをして、その後すぐにザレー大森林の探索をするので、なるべく急いで欲しいそうです。」
「分かった。30分……いや、40分で行くと伝えて。」
「はい!」
少年は元気な声で、しかし相変わらずあたしの方を見ようとせずに返事をすると、駆け出した。
残った女将のサンドラは呆れたようにあたしを見たが、色々諦めているのかあたしの今のだらしない格好には言及しなかった。
「お湯、いるでしょ?」
ここ、自由都市ハーケンブルクの東には巨大な独立峰でもある活火山、ヘスラ火山がありその麓に湧く源泉から温泉を引いているおかげで湯屋も多く、庶民でも気軽にお風呂に入れる。
あたしも湯屋に行きたかったがさすがに時間的余裕は無さそうだ。
「お願いします。」
あたしは女将のサンドラに軽く頭を下げた。
扉を閉めて振り向くと、ベッドの上で身体にシーツを巻き付け上体を起こしている女と目が合った。
何となく女の事を思い出す。
名前はリサ、いやリタだったか。
顔を知っている程度でこれまでほとんど接点の無かった冒険者だ。
クラスは確か『シーフ』だったように思う。
あたしが2番目のクラスである『バード』の能力を生かし、行き付けの酒場の『メリッサのホットミルク亭』で小銭稼ぎの為ギターの弾き語りをしていると、ひどく酔った彼女に絡まれた。
それから何故か、彼女の愚痴に付き合いながら酒を飲む羽目になった。
どうやら彼女は、同じパーティーの『ファイター』と付き合っていたらしいが、浮気されたのが原因で荒れていたらしい。
彼女はあたしがレズビアンという事を知っており、どういう流れからか彼女の方から誘ってきた。
あたしもその頃には結構酔っていたし、ご無沙汰だった事もあってつい誘いに乗ってしまった。
正直言えば、その辺りから記憶がかなり曖昧になっていたし、行為の事も断片的にしか覚えていないのだが、久々だった事もあって気持ち良かったようには思う。
「……聞いていた?」
結構気まずい思いになりながら、あたしは尋ねる。
「……うん。」
彼女も明らかに気まずそうに答える。
「……えーと、そう言う訳だから、あたしすぐ出なきゃなの。ゴメンね?」
「ああ、いいのよ。気にしないで。」
彼女は明らかな作り笑いを浮かべた。
そこで会話は途切れ、あたし達はその場で固まり再び気まずい空気が流れる。
「ゾラ、ここにお湯置いておくよ!」
扉の向こうから女将のサンドラの声がして、気まずい空気を強引に壊してくれた。
「ありがとう、サンドラ!」
あたしは扉を開けつつサンドラにお礼を言うと、お湯の入った桶を部屋の中に入れて扉を閉めた。
「あなたも身体拭く?」
彼女の名前が未だ『リサ』か『リタ』のどちらか確証が持てなかったので、無難に『あなた』と呼ぶ。
「いいよ。あたし、これから湯屋に行く予定だから。」
「そう。じゃあ、失礼して。」
あたしはタオルをお湯で濡らすと、羽織っていたフード付きマントを脱ぎ、タオルで身体を拭き始める。
同性とはいえよく知らない人間の前で裸を曝すのは抵抗があったが、ここは風呂と同じ、と無理矢理自己暗示をかけ気にしない事にする。
幸い彼女の方もベッドから降りて自分の服を着始めたので、気恥ずかしさも半減する。
しばらく、あたし達は自分の作業に無言で没頭していたが、ふと気付くと彼女がシャツとハーフパンツを身に着けた所で服を着る手を止め、あたしの事をガン見していた。
「ど、どうした?」
さすがに恥ずかしくなり、身体を捻って前を隠すと、彼女も自分がガン見していた事に気付いたのか、慌てて顔を逸らす。
「ゴメン、何でもない。」
気恥ずかしそうに謝る彼女に、あたしはとりあえず愛想笑いを向けると、彼女にさり気なく背を向けるようにして、身体を拭くのを再開する。
「耳のピアス、やたらと多いと思っていたけど、おヘソにもしてたんだ。」
短い沈黙の後、彼女がちょっと言い訳するような感じで言ってきた。
「ああ、ゴメン。ボディピアス苦手な人だった?」
世の中には他人のピアスを見るだけでも痛い!と思って苦手に感じる人もいるし、耳のピアスは平気でもボディピアスに嫌悪感を持つ者も少なくない。
「そうじゃなくて……。それ、魔法のピアスでょ?」
彼女のあからさまに好奇心の溢れる声に、あたしはああ、そっちか、と思った。
「そうだね。」
「舌にしていたピアスもそうなの?それに、タトゥーも呪紋だよね?」
魔法のピアスはお手軽に様々な能力を上げられるし、肌に刺青の形で魔力を込める『呪紋』は、一度入れると消せないという大きな欠点はあるものの、魔法のピアスより効果は大きい。
つまり、彼女があたしの事をガン見していたのは色っぽい理由では無く、冒険者として『装備品』に興味を持っていっただけだ。
「そうね。ピアスは変えが効くけど、呪紋はそうじゃ無いから、入れるならよく考えた方がいいよ。」
あたしがありきたりなアドバイスをすると、彼女は予想以上に食い付いてきた。
どうやら彼女は前々から魔法のピアスや呪紋に興味を持っていったらしいが、幼なじみでパーティーリーダーである恋人──例の浮気したという彼だ──に呪紋を入れる事をずっと反対されていたらしい。
それでも魔法のピアスについては耳だけなら特に何も言われなかったのだが、最近パーティーに加入した『クレリック』に強硬に主張され、耳にしていた魔法のピアスも外す事になったらしい。
そのクレリックは貴族の子女で、実家がパーティーに資金援助している事もあり、パーティー内での発言力は非常に強いらしい。
そう言えば最近、この手の冒険者が増えてきた気がする。
昔から貴族出身の冒険者は一定数いたが、そのほとんどが実家で問題を起こして追い出されたか、継承権上位の兄弟姉妹が健在な為に家督を継ぐ可能性がほとんど無い者ばかりで、当然ながら実家からの援助など無いも同然だった。
でも、最近は実家との関係を保ったまま、冒険者になる手合いが増えてきた気がする。
そこは気になったが、興味津々な彼女の受け答えをしている内に頭から消え去っていた。
この話題で盛り上がった事で、気まずい空気は無くなった。
身体を拭き終えたあたしは服を来て、長く伸ばしたやや癖のある銀髪を束ねる。
純血のエルフの髪は色の違いはあれど、どれも金属的な光沢を帯びており、あたしの銀髪はエルフである母譲りだ。
一方で、純血ののエルフの髪は例外無くストレートで、あたしのような癖っ毛は無い。この癖っ毛と褐色の肌は南方大陸出身の父譲りだった。
「昨夜の事だけど……。」
髪を結う事に集中していたあたしは、彼女の声のトーンが急に低くなったので少し驚く。
ピアスや呪紋の話題で盛り上がっていたので、完全に油断していた。
「うん?」
彼女の言いたい事の予想はついていたけど、あたし気付かない振りをした。
「お互い泥酔していたし、昨夜のは無かった事には出来無いかな?」
すごく申し訳無さそうに彼女は言う。
こんな事はストレートの男女間でもありふれた事だし、そもそも彼女の名前すら正確に覚えていないあたしが思うべき事でも無いとは思うが、何となく傷ついた気分になる。
「そうね。正直、あたしも昨夜の記憶は断片的だし、お互い忘れるって事で良いんじゃない?」
あたしが半ば無自覚に浮かべられるようになった作り笑いを浮かべつつ言うと、彼女はホッとしたように息を吐いた。
浮気されたとはいえ彼女は明らかに男にまだ未練があるっぽかったし、酔った勢いとはいえ女同士で寝たなんて彼女にとっては一刻も早く忘れたい出来事なのかもしれない。
あたしが装備品の確認を始めると、彼女は再び興味深そうにそれを見守り始め、時々質問もする。シーフである彼女と、レンジャーかつバードのあたしの装備には共通点も多い。
「長弓使っているんだ。でもあなたって近接メインだよね?」
彼女はあたしが長弓を使っている事に興味を引かれたようだ。
確かに、サブウェポンとして長弓を使っている者は珍しいかもしれない。
「あ、もしかしてエルフの血が入っているから?」
「違う違う。」
あたしは苦笑しつつ否定する。
ここハーケンブルクの冒険者は、他の地域の者より非冒険者のエルフと出会う機会は多いはずだが、それでもエルフは長弓を普通に使うという誤解は定着しているようだ。
それはあたしもレパートリーにしている有名な吟遊詩の『妖精王イレスト』の影響かもしれない。
伝説のエルフ、イレスト率いる500人のエルフの長弓兵が、襲い来る1万以上のオークの大群を撃破する場面はこの吟遊詩の序盤の見せ場で、この吟遊詩を知らない者でもこの場面だけは何となく知っている者も多い程有名なエピソードなので、そういう誤解が定着してしまうのも分からぬでもない。
「長弓を使うエルフも居ない訳でも無いけど、特に森に住むエルフは短弓を好んで使うわね。」
「そう言えば、そんな気もするかな?」
まあ、非冒険者のエルフと接触する機会があったとしても、敵対したり逆に共闘する事が無ければその装備まで関心が向かないのも無理は無い。
「森の中は見通しが悪いから長弓の射程の長さは必要無いのよね。それに森のエルフはゲリラ戦が主戦術だから嵩張る長弓より取り回しの良い短弓の方が好まれるのよ。
威力の低さは魔法でカバー出来るし。」
「なるほど。じゃあ、あなたが長弓を使っている理由は?」
あたしは、彼女が予想外に興味を持ってくれたのが嬉しくて、つい饒舌になってしまう。
「駆け出しの頃、ヘスラ火山の上の方に行きたくて一生懸命練習したのよ。まあ、その名残りっているか、惰性ね。」
「ヘスラ火山。珍しいね。」
「まあ、確かに人気は無いわね。」
そう、3魔境の中でヘスラ火山は最も冒険者に人気が無い。
ヘスラ火山は飛行する魔物が多い上に、5合目以上は殆ど身を隠す場所も無い禿山で、傾斜もきつい上にその殆どがガレ場や砂地で足元も悪い。
飛行系の魔物に非常に有利な地形条件下で、そいつらと連戦しなければならないのだ。
加えて、遠距離攻撃手段を持たない者は一方的に攻撃される危険性もあるし、三次元移動する飛行系の魔物に対しては前衛が後衛を守るという他の場所では有効なセオリーも通用しない。
なので強力な遠距離攻撃手段を持ち、かつ自力で防御も出来る者だけで編成されたパーティでないとヘスラ火山の攻略は非常に難しい。
「でも、あなたみたいなスタイルの冒険者なら案外ヘスラ火山と相性がいいのかもね。」
彼女は意外とすんなりと納得してくれた。
自分からペラペラ話しておいて何だけど、ヘスラ火山攻略の動機について深く突っ込まれる事が無かったので少し安心する。
それにしても、彼女の屈託の無い様子を見ると、女同士でしてしまったという事自体はあたしが考える程気にしてはおらず、単に酒に飲まれてよく知らない相手と寝た事だけを恥じているような気もする。
その自分の直感に確信を持ちたくて、人の良さそうな彼女の表情をこっそりと観察したが、あたしには彼女の内面は何も読み取れなかった。
片手半剣に大型万能ナイフ、長弓に矢筒、金属製の義肢の前腕部に直接取り付けるよう加工された特注品の金属製の小さな丸盾などを順次装備し、フード付きマントを羽織って大型のリュックを背負うと、彼女と共に廊下に出て部屋に鍵を掛ける。
軋む階段を降りて1階の食堂に入ると、ムーンウルフのジーヴァと、カラスのノエルが寄ってきた。
あたしの第1のクラス『レンジャー』は自然環境で自活する能力に秀でたクラスで、ソロに最も向いていると言う者もいる。
サバイバル活動の知識と技能に長けている他、そこそこ武器も扱え、自然環境下での隠密、探索、罠対応が出来、『ドルイト』の唱える『自然魔法』の下位ヴァージョンも使える。そして、下級テイマーの能力もある。
テイマーは、主に動物(レベルが上がれば魔物も)一時的に支配下に置けるが、特に選んだ動物を『相棒』として半永久的に契約する事が出来る。
ムーンウルフのジーヴァはあたしの相棒だ。相棒とは魔術的な絆で繋がる事で簡単な意思疎通が出来るし、あたしのレベルが上がるにつれてジーヴァも種の限界さえ超えて強くなる。
また、ムーンウルフは古くからエルフと共生関係にあり、エルフがムーンウルフを「相棒」にした場合、相棒の強化に少しばかりボーナスが貰える。
まあ、あたしの場合はハーフエルフだから純血のエルフ程ボーナスは付かないはずだし、レンジャーのテイム能力は専門のテイマーよりずっと低いので、今のジーヴァには普通のムーンウルフに毛が生えた程度の力しかない。
でも、ジーヴァは目一杯尻尾を振りつつ、鼻面をあたしの膝辺りに擦りつけてくる。
レズビアンのあたしでもジーヴァはイケメンだと分かるし、その上あたしにこれだけ親愛の情を示してくる以上、ジーヴァのエルフの髪の毛にも似た銀色の体毛をあたしがついワシワシしてしまうのは仕方ない事だろう。
ジーヴァに少し遅れて飛んできて、あたしの右肩に停まったのはカラスの使い魔、ノエルだ。
あたしの第2のクラス、『バード』は魔力のこもった歌や演奏で有名だが、その実は群衆の中を渡り歩く交渉人、煽動家、ペテン師であり、その手段としてハッタリに頼った武術、運に任せた劣化版のシーフ能力、メイジに比べて洗練されていない秘術魔法を使える。(無論、そのどれもが専門家よりかなり劣っている。)
劣っていようと洗練されてなかろうと、秘術魔法の使い手は『使い魔』を持つ事が出来る。
その使い魔がカラスのノエルだ。
カラスの使い魔は、念話と呼ばれるテレパシーだけで主人と意思疎通する多くの使い魔と異なり、人間の言葉を実際に喋れる数少ない使い魔の1つだ。
他にも多彩な能力を持っているが、どれも中途半端な所が器用貧乏なあたしの使い魔っぽい。
器用貧乏なノエル君は鳥の割には運動神経が鈍く、飛び方も不格好で、あたしの右肩に停まる時もバランスを崩しかける事も多くてかなり危なっかしい。
「こんな可愛い子達を放って置くなんて薄情な飼い主だね!」
食堂にチラホラいる客にぞんざいに給仕をしつつ、サンドラがあたしに憎まれ口を叩く。
昨夜、あたしがジーヴァとノエルの世話をサンドラに押し付けたようなおぼろ気な記憶はある。
だって、ジーヴァとノエルの前で情事に及ぶ訳にはいかないし。
それにしても、どうも先程からサンドラが不機嫌そうなのが気になる。
その理由を考えてみるが、サンドラにもその家族にも慣れている上に彼らから可愛がられているジーヴァやノエルが迷惑をかけた可能性は低そうだ。
迷惑をかけたとすれば、飼い主のあたしの方だろう。
昨夜について言えば、あたしに何かをしでかしたはっきりとした記憶は無いものの、その記憶自体が断片的で曖昧だし、前科は多々あるので素直に謝罪の気持ちを表現するのが得策だろう。
「サンドラ、これ、お湯代ね。」
あたしが銀貨を1枚渡すと、サンドラは分かり易くしかめっ面から笑顔になる。
桶1杯のぬるま湯で銀貨1枚はかなり法外な値段だ。
でもサンドラにはこれからも迷惑をかけそうだし、銀貨1枚で機嫌が直るなら安いものだ、と思う事にする。
色々細かいノエル君は何か言いたげだったが。
『トネリコ亭』を出た所で、未だリサかリタか、名前を思い出せない彼女が足を止めた。
「あたし、こっちだから。」
彼女はギルドの建物とは反対方向を示しながら言う。
「あ、そっか。……じゃあ、元気でね。」
あたしは、酔った勢いで身体を重ねたものの、それを無かった事にしたいという女にかけるべき言葉が分からず、とりあえず無難そうな言葉を言う。
「ああ……。うん……。」
女は曖昧な笑顔を浮かべつつも、その場を動こうとしない。
あたしもその場から去っていいものか迷っていると、彼女は曖昧な笑顔のまま、握手を求めるように右手を差し出した。
あたしが金属製の右腕代わりの義肢を掲げ、指をカチャカチャ動かすと彼女はリアクションに困ったように一瞬フリーズしたが、苦笑しつつも左手を差し出してくれ、あたし達は左手で握手を交わしてからその場で別れた。
『トネリコ亭』から冒険者ギルドまでは歩いて5分もかからない距離にある。
ここ、自由都市ハーケンブルクの冒険者ギルドの建物はかなり大きい。
いわゆる、普通の冒険者ギルドの役割に加えて、普通は衛兵が行う様な治安維持活動や、軍が行う防衛活動もギルドの管轄になっているからだ。
そういった治安維持や防衛の役割を担っている者の半数は、冒険者とは名ばかりで他の地域の衛兵や軍人とほぼ同様の活動をしている。
残り半数は普段は普通に冒険者をしていて、要請がある時だけ臨時の衛兵や軍人として活動する連中で、あたしもその1人だ。
例外は多々あるものの、普通の冒険だけでは稼ぎが足りない連中がそういうスタンスを取る様な気もする。
少なくともあたしはそうだ。
冒険者ギルドの広大なロビーに入ると、仕事を求める冒険者達でごった返していた。
朝の最も混み合う時間帯は過ぎたはずだが、如何せんこの街の冒険者は絶対数が多い。
それでも今いる入り口の周囲は空いていたが、これから人口密度の高い奥に向かうには気合いを入れ直す必要があるな、とか思っていると陽気な声が聞こえてきた。
「よう、ゾラじゃねえか。」
親しげに声をかけてきたのは、背中に背負った大剣と革鎧で武装した一目で南方人と分かる女冒険者だ。
彼女はウォーリアのオヤだ。
ファイター同様様々な武器の扱いに長けてはいるが重い鎧や盾の使用は苦手なウォーリアは、その代わりに不安定な足場や水中といった劣悪な環境下でもあまり低下しない戦闘力と高い機動力で、自然環境下ではファイター以上の力を発揮するクラスだ。
「おっ、本当だ。」
「まだしぶとく生きていたのか?」
同じく南方人の女冒険者が2人現れ、ワラワラとあたしを取り囲む。
2番目に声をかけてきたのは短弓と2本の短剣で武装し、3番目は白木のクォータースタッフを手にしている。
2番目に声をかけてきたのはレンジャーのジャニ、3番目に声をかけてきたのがドルイトのウルだ。
口は悪いが親しげに話しかけてきた彼女の後からやはり南方人だが少し線の細い優男が苦笑しながら現れた。
彼が南方人だけで結成されたパーティ『ドリフトウッド』のリーダーで、テイマーのシウバだ。
純テイマーの冒険者は、本人の戦闘力が皆無に近い事から殆ど存在しない。
加えて、ワイルドな風貌と雰囲気の3人の女性を線の細い優男が率いている事から色々と噂する者も多いが、あたしにとってはそんな噂はどうでも良い事だ。
彼らは事情があって故郷の南方大陸を離れ、ここハーケンブルクに流れてきた。
ハーケンブルクに流れ着いたばかりの彼らは基礎的な力はあったが色々とこの地の常識が疎い所があったので、あたしは色々と世話を焼いてきた。
あたしが彼らと深く関わったのはその短い期間だけだ。
その後彼らはメキメキ実力を上げ、今では既に中レベル帯から高レベル帯に移行しようとしている。
今現在、まさに『冒険者の壁』に直面して停滞期に入っている彼らだが、特に焦った様子を見せていない所を見るに、彼らはすぐに『冒険者の壁』など突破してしまうであろう。
そんな彼らであるが、未だに万年低レベルであるあたしを親しげに構ってくれる。
そんな彼らの態度が嬉しくて、つい呼び出された要件も忘れて駄弁りかけるが、割り込んできた声があたし達に冷水を浴びせかけた。
「こんな所で駄弁っているんじゃねえよ。邪魔だ。」
静かだが敵意剥き出しでそう言ってきたのは、『スカーズ』と呼ばれる冒険者パーティの一団だ。
ヒューマンのファイターのヨキ、ヒューマンのシーフのハイド、ヒューマンのクレリックのグレンの男3人と、エルフの女メイジのアリエノールで構成されたパーティで、全員が顔に堂々と派手な呪紋を入れているという見た目のインパクトで有名だ。
呪紋を入れている冒険者はあたしを含め珍しくないが、顔に堂々と入れている者は流石にほとんどいない。
そして彼らは見た目が奇抜なだけでなく、『ドリフトウッド』と同レベルの実力者でもあるのだ。
恐らくクレリックのグレンの発した言葉に、『ドリフトウッド』の女性3人の目が一斉に吊り上がる。
確かにロビーの一角を占拠してはいたが、その両側には彼らが通れるスペースは充分空いており、彼らが言い掛かりをつけてきたのは明白だからだ。
彼女達はあたしから見て間違いなく善人ではあるが、かなり喧嘩早い性格でもある。
しかし、『ドリフトウッド』唯一の男性であるシウバがさり気なく前に出て、両者の間に入る。
「済まなかった。すぐに退くよ。」
「分かりゃ良いんだ。」
クレリックのグレンが嘲笑を浮かべつつ言い放ち、他のメンバーもヘラヘラと嫌らしい笑みを浮かべつつ去って行った。
彼らは性根が腐っているので嫌がらせの機会は逃さないが、基本馬鹿ではないので自分達が罰せられる程深入りはしないのだ。
「何だ、あいつ等。」
「本当にムカつく。」
『ドリフトウッド』の女性3人組がプリプリと怒り、シウバがそれを宥めているが、それを見てあたしは申し訳ない気分になる。
『スカーズ』が『ドリフトウッド』を嫌っているのは完全にあたしのとばっちりだからだ。
あたしと『スカーズ』の間に接点はほぼなく、それ故好意も敵意もなかった。
それがある日を堺に『スカーズ』の連中があたしに対し、あからさまな嫌悪感を示すようになった。
それは直接的な暴言や暴力を伴うものではなく、聞えよがしな陰口や舌打ち程度のものだったが、それでも気持ちの良いものではない。
理由も分からずモヤモヤしていたあたしだったが、ある日彼らが陰口というにはあまりに堂々と、
「汚れたレズ女」
と言った事であたしは全てを理解した。
それ以来あたしも彼らを完全に無視する事に決めたのだが、あたしと親しくしているというだけで『ドリフトウッド』のメンバーにまで彼らの敵意が向けられるのは本当に困ったものだ。
あたし達から離れた『スカーズ』の方に視線を向けると、彼らは取り巻き連中に囲まれていた。
全く困った事に『スカーズ』は冒険者仲間から完全に鼻つまみ者扱いという訳でもなく、一部の冒険者からカリスマ扱いされてすらいる。
粗暴なだけの人間を強者と勘違いして憧れてしまう者が一定数出現するのはよくある事ではあるが、『スカーズ』の周りに少数とはいえ取り巻き共が群がって彼らをチヤホヤする様子を見るのは気持ちの良い事ではない。
あたしは沈んだ気持ちを無理矢理引き上げる為にも、無理矢理笑顔を作って『ドリフトウッド』の連中を見た。
「悪いけど、ギルドから呼び出しを受けてるんだ。悪いけど今日はこれで。また今度飲みに行こう?」
「本当だろうな。」
「あたしらに社交辞令は通用しねえぞ?」
「って言って、あたしらもこれから冒険に出かけなきゃなんだけどな。」
喧嘩早いが切り替えも早い女3人組は、屈託のない笑顔で次々とあたしとグータッチを交わしていく。
最後にシウバとグータッチを交わす際、あたしは少し真面目なテンションに戻して言う。
「ありがとう。助かったよ。」
「お互い様だ。気にしないで。」
シウバは穏やかだが、仲間と同じく裏表を感じさせない笑顔で言った。
『ドリフトウッド』の連中と別れ、あたしはロビーの奥の受付カウンターに向かう。
とはいえ、ギルドから呼び出しを受けたあたしは他の冒険者の様に窓口に並ぶ必要は無い。
なので窓口に並ぶ冒険者の列を無視して彼らの脇を通り、カウンターの端から窓口の奥を見る。
少なくない数の冒険者が非難がましい目線をあたしに向けてくるが、仕方ないでしょ、と心の中で言い訳する。
今回はギルドから呼び出しがかかったから列の横をすり抜けただけで、普段はちゃんと列に並んでいるし。
窓口の一番奥で、受付嬢達を差配していたチーフの制服の女性がすぐにあたしに気付いて寄ってきたので、あまり長く気まずい思いをしないで済んだ。
彼女の名はエレノア。受付嬢にあるまじき愛想の悪さにもかかわらず、あっという間にチーフになった切れ者だ。
クールな美貌の持ち主のヒューマンで、彼女の冷たい視線を喜ぶ男共も少なくない事からすると彼女の無愛想っぷりは実は大したマイナス要因にはなっていないのかもしれないけど。
「お休みの所、申し訳ありません。ゾラさんに引き受けてもらいたい事案が発生しまして。」
「あ、仕事の依頼ね。何かしでかしたのかと思った。」
あたしの軽口に対して、エレノアは冷たい視線を向けただけでスルーする。効率重視の彼女が無駄口を嫌っている事を知っていて余計な事を言う辺り、彼女の冷たい視線で喜ぶ男共を馬鹿に出来ないかもしれない。
「とりあえず、奥にお通ししますので。」
エレノアはそう言うとカウンターの端を上げて、あたしが中に通れるようにすると、あたしが歩き出すのを待たずにさっさと奥へと歩いていく。
「ジーヴァ、行くよ。」
あたしは足元のムーンウルフに一声かけてからカウンターの中へと入っていく。ちなみに、カラスのノエルはずっとあたしの右肩に乗っているので声をかける必要はない。
エレノアはあたし達を待たずにズンズン奥へと進んでいく。余裕をもって追いつける速さではあるが、後ろを全く気にしてくれないのはちょっと寂しい。
カウンター奥の受付嬢達のいるエリアの更に奥の扉を開け、少し薄暗い廊下を進み、階段を2階分登って少し進んだ所にある扉を開けると、エレノアは扉を押さえたまま脇に退く。
エレノアに促されるまま中に入ると、そこは小さな応接室で、既に先客がいた。
見覚えのある面々だ。
若手冒険者パーティーの『ホワイトドーン』。
王国のどこかの田舎の村の幼なじみで結成されたパーティーで、一攫千金を夢見てこの街にやってきた、この街ではありふれたバックストーリーを持つ連中だ。
リーダーでファイターのイヴァン、紅一点のクレリックのデボラ、生真面目なメイジのオーウェン、ちょっと捻くれたシーフのキース。
あたしを見ると、全員が立ち上がり会釈してくる。
「お久しぶりです、ゾラさん。」
パーティーを代表してリーダーのイヴァンが声をかけてきた。
相変わらず礼儀正し奴だ。
「やあ、久しぶり。……って程久しぶりじゃない気もするけど。」
あたしが言うと、イヴァンは苦笑した。
それはそうと、さっきからデボラの視線が気になる。
彼女が熱い視線を向ける先は、あたし……ではなくて、相棒のジーヴァの方だ。
ジーヴァがあたしの意思を確認するような思念を送ってきたので、あたしはジーヴァにデボラの所に行って良い事を思念で送り返す。
ジーヴァはゆったりとデボラに近付くと、彼女の太腿辺りに鼻面を擦り付ける。デボラは
「ジーヴァちゃん、久しぶり!」
と少し押さえた声で言いながら、ジーヴァをモフり始める。
イヴァンはまた苦笑を浮かべ、キースは呆れたような目でデボラを見てる。オーウェンは対抗するかのように、自分の使い魔のトカゲを撫で始めた。
「それでは皆さん、席に着いてもらってよろしいですか?」
エレノアが混沌としかけた空気をまるでものとせず、強引に仕切り始める。
さすがだ。
全員が座った所で、扉がノックされ、お茶とお茶菓子をトレーに載せた新人の受付嬢が入ってきた。
彼女が『ホワイトドーン』のメンバーの前に置かれていたお茶を淹れ直し、あたしの前にお茶とお茶菓子を置いて、退室した所でエレノアが口を開く。
「本来副ギルド長辺りが取り扱う案件だとは思うのですが、生憎と彼女は不在でして、私が仕切らせてもらいます。」
いきなり、凄い事を言い出したな。
ちなみに、副ギルド長は2人いて、両方共女性だが、1人は大抵外を駆け回っていてギルドの建物内に居る方が少ない。
わざわざ断ってきたという事は、もう1人の副ギルド長の方が不在なのだろう。こっちは大抵、ギルド内に籠もっているので不在なのは珍しい。
「緊急事態って事?」
「そこまで切羽詰まってはいませんが、早めに対応すべき事案だとは思われます。」
なる程。本当の緊急事態ならもっと腕利きの冒険者に依頼するはず。中堅以下のあたしに任せる程度の重要度という事か。
少し安心した。
「では、話を聞かせてもらえますか?」
あたしがそう言うと、エレノアはイヴァンに目配せをした。
イヴァンは小さく頷くと、話始める。
「僕達はザレー大森林の外縁部で目撃された、ゴブリンロードの討伐依頼を受けました。」
おお、ザレー大森林でのゴブリンロードの討伐依頼!
その言葉に、何だか胸が熱くなる。
半年前、あたしがソロでザレー大森林外縁部の探索をしていた時、ゴブリンの小さな群れ相手に苦戦していた新人冒険者パーティーに遭遇した。
それが今目の前にいる『ホワイトドーン』の連中で、偶然にもその時が彼らの冒険者としての初仕事の最中だった。
実力的には、単なるゴブリンの小さな群れなど当時の彼らでも簡単に倒せたはずだが、彼らは初めての本格的な戦闘にテンパってしまい自滅しかけていた。
その時は助けに入ったあたしがほぼゴブリン共を1人で倒したのだが、半年前はそんなだった彼らがゴブリンロードの討伐依頼を受けられるようになるなど感慨深い。
「ですが、事前情報で得た場所にはおらず、一旦撤退を決めました。」
ありゃ、ミッション失敗?と思っていると、あたしの表情を見たエレノアが捕捉する。
「期限は残っていますから、まだ失敗ではありません。」
エレノアの言葉に頷くと、イヴァンは先を続ける。
「実は、撤退を決めたのはもう1つ理由がありまして。ゴブリンロードが見つからなかった後、情報を求めてヌーク村に向かったのですが……。」
ザレー大森林の奥地は強力な魔物の跋扈する魔の樹海だが、外縁部はそれ程強力な魔物は出没しないので、駆け出し冒険者が腕を磨くのに絶好の場所だ。
更に、大森林の外縁部にはエルフや各種獣人の村が点在し、多くの村が冒険者に宿や食事を提供し、更に物品や情報の売買もしている。
正直、割高だしサービスの質も低いが、森の中に補給拠点があるのは、特に駆け出しにとっては安心要因だろう。
ヌーク村はそういったエルフの村の1つで、あたしも何度も訪れた事がある。
「訪れたのですが、村に入るのを拒否されました。」
「へ?どうして?」
あたしは思わず間抜な声で聞き返す。
エルフの中には高慢で他種族を見下す者もいるが、長年、ハーケンブルクの冒険者達と持ちつ持たれつでやってきたヌーク村のエルフは基本的にそんな連中とは違う。
「理由は分かりません。村の門は固く閉ざされ、弓で狙われ威嚇されました。とにかく『近寄るな!』の一点張りで交渉にもなりません。
ちょっとこれは異常事態だと思って、ミッションを中断してギルドに報告に戻った訳でして。」
「『ホワイトドーン』の皆さんは昨日の夕方に戻って報告してくれたんですが、対応した受付嬢が新人で、私に報告が上がってきたのが今朝になってしまいまして。」
エレノアの表情は相変わらず乏しいが、何となくかなり怒っている気配はある。
あたしはこっそりその新人受付嬢に同情した。
「今朝一で『ホワイトドーン』の皆さんを呼び出して直接事情を聞いた後、すぐゾラさんに連絡しました。」
「はあ、何であたしに?」
あたしの間の抜けちた声に、エレノアの形の良い眉が片方だけ一瞬吊り上がったが、すぐに冷静な表情を取り戻す。
「我々としてはヌーク村のエルフ達とすぐ関係改善をしたいのですが、如何せんどうして彼らが村を閉じてしまっているのか分かりません。交渉しようにもその取っ掛かりすら無い状態です。」
「まあ、そうね。」
「今の所、村を閉鎖しているのはヌーク村だけですが、他の村が同様の対応を今後する可能性もあります。いや、我々が把握していないだけで、同様に閉鎖してしまっている村がある可能性もあります。」
結構、大変な話をしている気がするが、エレノアの口調があまりに淡々としていて中々危機感が伝わらない。
「それで、あたしはどうすれば良いの?」
「ゾラさんはヌーク村のエルフ達とはそこそこ仲が良かったですよね?」
「まあ、そこそこね。」
大方は顔見知り程度だが、仲が良い者も少数いるのは確かだ。
「だったら何とか彼らに接触して、彼らが何を考えているのか聞き出して欲しいのです。」
まあ、ヌーク村の連中と一番長く交流しているのはあたしかもしれないのは事実だ。あたし以上に長いキャリアを持つ冒険者もいるが、ヌーク村の周辺はあくまで低レベル冒険者の活動範囲で、ある程度レベルが上がればより難易度の高いエリアに活動場所を移す。あたしのように、極端にレベルアップに時間がかからない限り。
「まあ、それなら引き受けるけど。彼らが何を考えているのか、聞き出せばいいのね?」
「そうですね。あと、少なくとも冒険者ギルドとしては、ヌーク村を始めとする大森林内の村々と対立する意思が無い事、もし、当ギルドに落ち度があった場合謝罪と補償をする用意がある事を伝えて下さい。」
あたしはエレノアの言い回しが気になった。
「ねえ、エレノア。」
「はい。」
「あなた、村が閉鎖された原因について心当たりがあるんじゃないの?」
「心当たりというより、推測している事はあります。」
エレノアはしれっとした口調で言う。
「それは?」
「証拠も何も無い単なる推測なので、口にしない方が良いでしょう。」
思わせぶりな事を涼しい顔で言うエレノア。これ以上は何も言わないだろう。
まあ、あたしにも根拠の足りない推測ならあるし、もしあたしの推測通りならきちんと証拠を固めてから行動しなければかなり面倒になる事も理解出来る。
「ま、いいわ。やるだけやってみる。」
あたしはそう言うと、イヴァン達『ホワイトドーン』の方を向いた。
「そういう訳だから、あたしはエレノアともう少し話を詰めたらすぐに出るよ。イヴァン達は何か他にあたしに伝えるべき事とかある?」
あたしの言葉に、イヴァンは仲間達に目配せしてからあたしに向き直る。
「えーと、もしよろしければ、僕達の依頼、ゾラさんにも手伝って頂けませんか?」
あたしは思わずエレノアを見た。
「そこは冒険者同士での話し合いで決める事でギルドは口出ししませんよ。ただ、報酬はゾラさんを加えて等分する事になりますので、『ホワイトドーン』の皆さんの報酬は目減りする事になりますが?」
「そこは構いませんよ。どの道、ゴブリンロードを見つけられなければミッションは失敗ですし。」
そういえば、彼らはゴブリンロードを見つけられなくて、情報を求めてヌーク村に行ってのだったな。
村であたしが何か情報を入手出来ればよし、出来なくてもレンジャーのあたしなら彼らの見落とした痕跡を発見出来る可能性もある。
あたしは少し考えてから言った。
「取りあえず、ヌーク村までは一緒に行こう。そこでの交渉次第では、村に残るかハーケンブルクにトンボ返りするか取るべき行動が変わるからその先の行動は読み辛い。
だから取りあえずヌーク村までは一緒に行って、その後余裕があればイヴァン達の依頼を手伝う、という形なら大丈夫だけど、どうかな?」
ちょっと、あたしにとっては都合の良すぎる条件かな?とも思ったのだが、イヴァンは即答した。
「その条件で構いません。ヌーク村までは同行して、もし余裕があればサポートメンバーとしてミッションに加わる形で。」
あたしはイヴァン以外のメンバーを見回した。
他のメンバーにも異論はなさそうだ。
「じゃあ、取りあえずヌーク村までは一緒に行くのは確定だね。よろしく。」
そう言ってあたしが左拳を突き出すと、『ホワイトドーン』のメンバー全員もおのおの拳を突き出し、あたしの拳に軽く触れる。
その様子を見守っていたエレノアの表情はいつもより優しく見え、あれ、彼女もこんな顔するんだ、とあたしは少しばかり驚いた。
あたしと『ホワイトドーン』の面々は、エレノアともう少しばかり細かい打ち合わせをすると、すぐにザレー大森林へと出発した。
2025年6月5日改変
後で思いついた『スカーズ』と『ドリフトウッド』という2つのパーティの登場シーンを加えました。
当初はサラッと顔見せするだけのつもりでしたが、思いがけずシーンが長くなってしまいました。
初登場の固有名詞が多くなってしまい申し訳ありませんが、彼らが活躍するのは物語のずっと後になってからなので、現時点では気に留めずに頭の片隅に置いて頂ければ幸いです。