プロローグ改訂版 器用貧乏と呼ばれたとあるハーフエルフの半生 前
今回の投稿は、前回投稿した『第4章 三つ首の竜 12』の続きではなく、プロローグを改定したものとなります。
ご注意下さい。
あたしの名はゾラ。
あたしの住む西方世界では姓は王族や貴族しか持つ事が出来ないので、平民たるあたしに姓は無く、故にあたしの名は単なるゾラだ。
この世界で最も広い領域を支配し、それなりの文明を築いている事になっているのが人族であり、あたしもその人族の一員だ。
人族には圧倒的な人口を誇るヒューマンを始め、エルフ、ドワーフ、ハーフキン、獣人など様々な種族が含まれるが、その中であたしはハーフエルフという少し変わった種族だ。
人族のカテゴリー内であれば異種族間でも子供を作る事は出来る。
ただし異種族間のカップルの場合、子供が出来る確率は同種族間に比べて大幅に下がるとも言われており、事実異種族カップルの場合、長年連れ添ったにも関わらずついぞ1人の子供も産まれなかったという話も良く聞く。
それはさておき、異種族間で子供が出来た場合、その子供は半々の確率で、父親か母親のどちらかと同じ種族となる。
その原則の唯一の例外があたしの様なハーフエルフで、ヒューマンとエルフとの間で子供が産まれた場合、3分の1の確率でヒューマン、3分の1の確率でエルフ、そして3分の1の確率でハーフエルフとなる。
ハーフエルフが生まれる別の可能性として両親または片親がハーフエルフの場合もあるが、あたしの場合は南方人のヒューマンである父とエルフの母との間に生まれた。
外見的には、父親からは褐色の肌と巻き毛、母親からは尖った耳とエルフの特有の金属的な光沢を持つ銀色の髪色を受け継いだが、父程肌は濃くなければ巻き毛も緩いし、母程耳は尖っていない。
褐色の肌とエルフっぽい外見のせいでたまにダークエルフに間違えらる時もあるが、ダークエルフの肌は褐色よりも更に濃い漆黒に近いものだし、エルフと同様にダークエルフの髪は綺麗なストレートヘアであり、耳ももっと細長く尖っている。
まあ、ダークエルフは知名度の割に滅多に実物を見る事も無いから、誤解されるのも仕方のない事なのだけど。
南方人のヒューマンの父とエルフの母は、どちらもここ西方世界では両者共にかなりマイノリティな存在であり、それ故普通に考えれば出会う機会すら無さそうなものだが、それでも2人が出会ったのは、あたしが生まれ、育ち、そして現在も生活しているハーケンブルクという都市の特異さのせいだろう。
ハーケンブルクは西方世界でも南部に位置するアストラー王国に属しているが、西方世界では珍しく貴族が領主ではない自治都市であり、世界最大級の海洋交易拠点でもあり、多くの冒険者が住む事でも知られているという、西方世界の一般的な都市の基準から外れた点が多数ある都市だ。
そういった特徴の為にハーケンブルクには雑多な種族や民族が共存しており、故にあたしの両親も知り合う事が出来たのであろう。
あたしの父親のエルモアはハーケンブルクから遠く離れた南方大陸出身のヒューマンのバードで、厳つい顔と厳つい体格をした強面の大男だったが、その実繊細で優しい男だった。
西方世界ではまだ珍しい部類の楽器である、南方大陸発祥の楽器ギターの数少ない奏者でもあった。
南方大陸からどうして長い航海を経てやってきたのか、生前の父から具体的な事はついぞ聞けなかったが、どうやらお家騒動に巻き込まれた結果らしい。
白い肌と明るい髪の一般的な西方人とは明らかに異なる、濃い褐色肌ときつい巻き毛の黒髪を持つ南方人を、言われもなく野蛮人扱いする西方人はハーケンブルクにも一定数存在するが、父はそういった差別意識剥き出しの気位ばかり高い人物達とは比べ物にならない程、何処となく育ちの良さを感じさせる人物であった。
一方、母はゾーイという名のエルフのレンジャーで、エルフ特有の金属的な光沢を持つ美しい銀髪を持った儚げな雰囲気をまとう美しい女性だった。
しかしその儚げな雰囲気とは裏腹に肝が座った姉御肌の性格をしており、また良く言えば豪快で悪く言えばだらしのない所もあった。
両親の馴れ初めについて、当人達から直接聞いた事は無いが、近所に住んでいた住人達の話を聞くに、母の方が先に父に惚れて猛アタックしたらしい。
その噂は、あたしから見た両親の関係性からすると、至極納得出来るものだった。
ただ、その話の真偽を確かめる前に両親は亡くなってしまったのだが。
異種族間の出生率は同種族間のそれに比べて大きく低下するという言説を証明するように、あたしが生まれたのは両親が結婚してから7年も後の事だった。
幼少期のあたしの生活は、比較的恵まれていたと言って良いだろう。
無論、大貴族や大商人のご令嬢のような暮らしという意味での恵まれた生活ではない。
あたしが生まれ育ったのはハーケンブルクの中でも『異人街』と呼ばれる一角で、住人のほとんどが非西方人のヒューマンか、ヒューマン以外の種族であった。
この『異人街』には比較的貧しい上に雑多な種族の住民が密集して暮らしていたが、その割には治安はそれ程悪くはなく、それどころか住民同士の仲間意識の強い地域で、種族を問わず子供には寛容な雰囲気があった。
そういう訳で近所の大人達の多くは基本的に善人揃いだったし、同年代の仲の良い友達にも恵まれていた上に両親の仲もずっと良好だったという事を考えれば、あたしの幼少期は充分に恵まれていたと言えるだろう。
それに準高レベル冒険者だった両親は、冒険者にありがちな刹那的な散財とは無縁な人物で、娘のあたしに苦労させないように常に気を配っていた。
そんなあたし達一家の最大の懸念点は、あたしの7歳歳下の妹のヨハンナの事だった。
妹のヨハンナはハーフエルフのあたしと異なりヒューマンとして生まれたが、もう1つ生まれつきの特徴を有していた。
それは『アルビノ』だった事だ。
白い肌に白い髪、紅い目を持つという外見的特徴を持つアルビノは、例外なく常人離れした魔力を持つという長所を持つが、一方で肉体的には非常に虚弱でちょっとした怪我や病気で亡くなってしまう事も多かった。
アルビノで生まれてくる子供は種族に関係なく存在し、その確率は1千人に1人とも言われ、本来なら珍しいが滅多に見られないという程でもない。
しかし、体感的には成人したアルビノを見る機会はそれよりずっと少なく感じられる。
それは、その虚弱体質故に多くのアルビノが成人を迎える前に亡くなってしまうからだ。
実際、ヨハンナも幼少の頃はほぼ寝たきりで、街で感染症が流行れば漏れなく感染した上に重症化する事も多く、また少しの切り傷でも化膿したり、転んだだけで骨折したりと、幼少期は何度も生死の境を彷徨った。
ヨハンナと対照的にあたしはかなり頑健に生まれついたらしく、熱を出しても長くて3日で回復したし、常に生傷の絶えない悪ガキだったにも関わらず重傷を負った事も無かった。
なので当然、両親はヨハンナに掛かりっきりになり、その事でまだ未熟な子供だったあたしはヨハンナを疎ましく思った事も正直あったが、ヨハンナの方はどういう訳か非常にあたしに懐いており、そうなると現金なものであたしの方もヨハンナの事が可愛く感じられるようになってしまった。
だが、この幸せな時間はあたしが14歳、ヨハンナが7歳の時に突如終わりを告げる事になった。
あたし達の住む『異人街』を中心とした下町一帯を焼き尽くした大火災、いわゆる『ハーケンブルク大火』が発生したのである。
当時あたし達の両親は異人街の取りまとめ役である『顔役』の一員でもあった為、最前線で住人の救出と消火に当たり、そのせいで結局帰らぬ人となってしまった。
当然ながらあたしは酷く落ち込んだが、あたしには病弱な妹ヨハンナがいた。
彼女の存在が一時的にでも両親の死から目を背けさせてくれたのは確かだ。
また、異人街の横の繋がりの強さが、この時にはあたし達にとって大いに助けになってくれた。
個人的には同じ集合住宅に住んでいた15歳以上歳上のドワーフ女性、ダリルの存在が大きかった。
物心ついた時から知っていたこの頼れるお姉さんは、この時にもあたし達姉妹を大いに助けてくれ、色々と世話を焼いてくれた。
異人街の復興はかなりのハイペースで進んでいった。
実を言えば異人街には腕利きの職人や特殊技能を持った住人が多く、ハーケンブルクを牛耳る商人達にとっても彼らに街を出て行かれるより、短期的に損を出しても長期的には彼らに住み続けて貰った方が利があると思う者が一定数おり、異人街の住人に恩を売る意味もあって惜しみない資金投入が行われたからだ。
異人街での復興が急速に進む一方であたしは、『冒険者ギルド』で下働きを始めた。
両親共に冒険者だったあたしは、何の迷いも無く昔から冒険者になるつもりだったので、この仕事を得られたのは渡りに舟だった。
とはいえ冒険者ギルドとしても未成年に割り振れる仕事などそうそう転がっている訳でもなく、本来ならこういった下働きなどせいぜい数十人もいれば事足りるのだが、この時には大火によって孤児がかなり発生しており、そういった孤児に優先的に仕事を割り振る意味合いもあって、未成年の下働きが大量に雇用されたという事情もあった。
ただ、仕事の量に比べて雇った下働きの数が過剰だったのは明白で、それ故冒険者ギルドとは全く関係の無い場所に派遣される事も実は少なくなかった。
それでも冒険者ギルドの職員や、冒険者の何人かと知り合えたのは大きな収穫だった。
ハーケンブルクの冒険者ギルドは、他の土地の冒険者ギルドとは大きく異なる。
普通、冒険者ギルドの役割は文字通り冒険者のサポートをする事だ。
しかしハーケンブルクの冒険者ギルドの場合、本来の役割に加えて街の治安を維持する衛兵隊の統括、外敵の脅威に対処する防衛軍の指揮、街の様々な生活インフラの維持管理、ハーケンブルクで最も大事な港湾施設の維持管理及び検閲、といった本来なら領主を頂点とした行政組織が行う仕事を漏れなく引き受け、加えて商人ギルトや職人ギルトが行う業務までカバーしている。
そう聞くと、冒険者ギルドはこの街で絶大な権力を掌握しているように聞こえるかもしれないが、実際には少しばかり異なる。
このハーケンブルクが建設されて以来、街はずっと大商人達が権勢を振るってきたが、その中心となるのが四大商家と呼ばれる4つの商家で、この四大商家は常に他の大商人達とは一線を画した存在だった。
代々の冒険者ギルドのギルド長を始めとする幹部達の大多数がこの四大商家のいずれかの息がかかった連中であり、冒険者ギルドはこの四大商家の意向を実行する手足でしかないのだ。
それでも、この街の正式な最高意思決定機関である自治会議を構成する5人の議員の中に、四大商家の当主と共に冒険者ギルドのギルド長も加わっている程度には、冒険者ギルドの権威は高い。
ハーケンブルクの冒険者ギルドがここまで肥大化した理由は2つある。
1つはこの街が自治権を獲得した経緯だ。
ハーケンブルクは西方世界南部に位置するアストラー王国に一応属するが、王国本土との間に広大なザレー大森林が存在する事から実際は本土から切り離された飛び地であり、アストラー王国が建国されて100年以上もの間王国本土との交流は必要最低限しかなく、陸の孤島と言って良い辺境の寒村に過ぎなかった。
ところが300年程前、それまで遠洋航海技術と大型帆船の造船技術を独占していた『海の民』と呼ばれる民族から、伝説的女盗賊のハーレイが当時の海の民の頭領に不満を持っていた船乗りや船大工を連れて脱出、知られざる天然の良港とも言えるハーケンブルクに辿り着いた。
ここに新たな拠点を築く事を決めたハーレイ一行を支援したのが今の四大商家の祖先達で、彼等はアストラー王国本土からハーケンブルクに居を移し、莫大な資本を投入して短期間の内に港を整備すると共に交易船を量産し、辺境の寒村に過ぎなかったハーケンブルクを短期間で西方世界最大の交易港へと発展させたのだ。
ところがその後、名目上の領主であったブランズウィック侯爵家がハーケンブルクを直接統治しようとする動きを見せ始めた。
ブランズウィック侯爵家はアストラー王国建国以来の名門貴族で、その領地はザレー大森林を丸々内包するなど広大だ。
しかし開墾がほぼ不可能なザレー大森林など地図上の広さを誇示する効果しかない名目上の領地に過ぎず、その先にあるハーケンブルクなど長らく見向きもしなかった。
事実四大商家の祖先達はハーケンブルク開発の際、ブランズウィック侯爵家に援助を請うたが当時の領主は全く興味を示さず、口も金も出さない代わりに勝手にやって構わない、という態度だったという。
その為、ハーケンブルク建設の初期には多大な苦労を負った四大商家だったが、結果的には侯爵家の口出しが無かった事で自由に行動出来、またハーケンブルクを拠点とした海上交易が軌道に乗ると多大な権益を得る事となった。
その時の経緯がある為にブランズウィック侯爵家はハーケンブルクの行政に直接口を出す事は長年控えていたが、ハーケンブルクが余りに巨大化するにつれて、それまでの建前を反故にし、あからさまにハーケンブルク行政に干渉行動しようとし始めたのだ。
それに対して四大商家側は多額の税金を納める事でブランズウィック侯爵家側の口出しを何とか最低限に抑ようとした。
両者のこの駆け引きは数十年続いたが、少しずつ四大商家側の旗色は悪くなっていった。
そんな折、アストラー王家で王位継承を巡る争いが起こる。
有能と名高い妾腹の長子と、門閥貴族の傀儡として理想的な嫡腹の次子の争いは、次期王位を先王から指名されたとする遺言書を両陣営共に保持していた事もあって、国中の貴族を二分する大騒動に発展した。
内乱寸前にまで至ったこの政争に於いて、ブランズウィック侯爵家は嫡腹の次子の中心的な支援者となったが、一方で四大商家側は妾腹の長子を秘密裡に、しかし強力に支援した。
結果、この政争は四大商家が支援した妾腹の長子が勝利し、敗北した嫡腹の次子を支援していたブランズウィック侯爵家は大いに権勢を失う結果となった。
四大商家側はこの勝利によってブランズウィック侯爵家のハーケンブルクへの影響力を排除する事に成功したが、再び似た様な状況に陥らぬよう、予め妾腹の長子を支援するに当たりある密約を彼と結んでいた。
その密約の内容は、妾腹の王子が新王として即位した際に、何らかの形でハーケンブルクをどの貴族の領地でもない自治都市とする王命を発するというものだった。
新王に即位した妾腹の長子はその密約を実行しようとするが、貴族の領主が存在せず、その代わりに大商人とはいえ平民が自治を行う都市を公的に認めるなど建国以来前例のない事例であり、新王の周囲でも多くの反対意見が噴出した。
新王は継承権争いの際の密約があったし、ハーケンブルクを自分の味方にしておくメリットも充分に感じていた事もあり、反対派を粘り強く説得した。
その結果、反対派は自治そのものは認める事にしたが、1つ条件を出した。
ハーケンブルクを統括する事となる自治会議は軍隊の指揮権を持つ事は出来ない、というのがその条件であった。
アストラー王国の法では、軍隊は全て国王の指揮下にある事になっている。
ただし、国王から爵位を下賜された貴族に限って国王の代理人として限定的に軍隊の一部を指揮する事が出来る。
そして、アストラー王国の法的には治安維持を司る衛兵も、軍隊のカテゴリーに含まれる事となっている。
しかし、ハーケンブルクを統治する権限を与えられる自治会議は国王から爵位を下賜された存在ではない為に、衛兵を含むあらゆる軍隊の指揮権は得られないという理屈であった。
つまり一切の武力を持たない状態で外敵の脅威に対処し、加えて治安維持をも行うならば自治権を与えるという無茶な条件を反対派は提示した訳だ。
この主張の根拠となる法は時代が下るに連れて形骸化していく事となるが、まだこの時代ではそれなりに権威は残っており、ハーケンブルク側が正面からそれを拒否するのはかなり難しかった。
無論反対派としてもこれが無茶な要求である事は自覚しており、自治を認めるという名目だけは与える、だがハーケンブルクが必要とする軍事力や警察力については、反対派貴族の指揮下にある軍隊を駐留させる事で代行させようとしていた。
これによって自治を骨抜きにし、あわよくば軍隊の駐留費用として莫大な税金をも徴収しようというのが反対派貴族達の腹積もりだった。
しかし意外な事に、四大商家側は軍隊の指揮権放棄の条件を丸呑みする一方で、反対派貴族指揮下の軍隊の駐留は丁重に断った。
自分達の目論見が外れて唖然とする反対派を尻目に四大商家が行ったのは、その頃既にハーケンブルクに大勢存在した冒険者に依頼という名目で本来衛兵や兵士が行う仕事を斡旋する事だった。
実際、それまでも正規軍や衛兵の手が回らない仕事を冒険者に斡旋する事は、ハーケンブルクに限らずアストラー王国の各地で普通に行われてはいた。
そしてある種の責任逃れの余地を残す為もあって、正規軍とは異なる存在の冒険者に軍事力や警察力の行使を一時的かつ限定的に行わせる事も黙認されていた。
だが、丸々軍事力や警察力を冒険者に任せるなど、反対派貴族達は想像だにしていなかった。
ハーケンブルクが実際に行ったのは、冒険者を長期雇用してピラミッド型の組織に組み込んでしまう事であり、形式はともかく従来の領主達が保持していた軍隊や警察組織と同様の組織を新たに作っただけだ。
なので冒険者云々は完全に王国の法の隙を突いた詭弁でしかないのだが、今現在でもこの時の建前が生きている為に、この街の衛兵や常備軍兵士は表向き冒険者として扱われている。
ハーケンブルクの詭弁に反発する反対派貴族も依然としていたが、ハーケンブルク側は大金をばら撒いて反対派貴族の切り崩しを行った。
結果、ハーケンブルクはこの詭弁のゴリ押しに成功した。
この時の経緯がこの街の冒険者ギルド肥大化の原因の1つとなったのだが、それ以前からこの街の冒険者ギルドは他と比べて規模が大きかった。
それは元々、純粋に冒険者の数自体が他の街に比べて飛び抜けて多かったからだ。
なので自然とこの街の冒険者ギルドも巨大化せざるを得なくなったのだが、それがハーケンブルク冒険者ギルド肥大化の2つ目の理由だ。
何故そうなったかと言えば、ハーケンブルク周辺には魔境が3つもあるからだ。
魔境とは絶え間なく魔力を噴き出す魔力溜まりを複数内包し、それによって無数の魔物を延々と生み出続けると同時に、他では得られない貴重なアイテムをも生み出す領域だ。
冒険者の始まりは『フリーランスのトラブルシューター』と言われているが、そう言った性質上、現在進行形でトラブルの存在しない地域に冒険者の需要は無く、トラブルを求めて各地を彷徨うのは冒険者の宿命と言えた。
しかし魔境さえあれば、冒険者は魔境に入って魔物を狩り、貴重なアイテムを入手する事で、トラブルが無い期間も安定して収入を得られるようになる。
なので、魔境が近場にある街はどこも冒険者が過剰に集まり、その様な冒険者ギルドは街の規模に比べて大型化していく傾向があった。
その魔境が、ハーケンブルク近郊には3つもあるのだ。
ハーケンブルクの北に広がる広大なザレー大森林、東に聳える独立峰のヘスラ火山、そしてハーケンブルクを天然の良港たらしめている内海ヘスラ湾のほぼ中心に位置する小島ヘルム島のテレポーターから入れるダンジョン『アビス』だ。
当初、ハーケンブルクに冒険者がやってきたのは、港や街を建設する時にザレー大森林やヘスラ火山から溢れ出す魔物に対処する為に雇われたのが始まりと言われているが、街の防衛の仕事が無くともザレー大森林やヘスラ火山に入ればそれなりの儲けを得られる事に気づき、次第に仕事の依頼の有無に関わらず自発的にハーケンブルクへとやって来る冒険者が増え始めた。
その冒険者の流入を劇的に増加させたのが『アビス』の発見だ。
底なしと呼ばれる程の深さを持つアビスであるが、一度の探索に数日かかる野外の魔境に比べれば移動距離は極端に短く、日帰りでもそれなりの収入は得られる。
そうなれば、長期滞在に備えたサバイバル用の装備を減らしてその分武装を充実出来るし、結果としてより強い敵と比較的安全に戦う事で早い成長が見込まれるなど、アビスはともかく冒険者にとって効率の良い場所であった。
そして魔境で得た貴重なアイテムは、交易拠点として急激に発展したハーケンブルクにとって重要な輸出品となり、海運と共にハーケンブルクを発展させる車の両輪となった。
こうして、自治権を得る為のゴタゴタが発生した際には既に、冒険者ギルドは西方世界最大の規模に成長しており、治安維持や都市防衛を任せられるだけの余剰な冒険者も揃っていたのである。
この冒険者ギルドで下働きしつつ、あたしは15歳の誕生日を待ち続けた。
冒険者になる最低条件は、この世界で成人とされる15歳以上である事だ。
そしてこの世界に住む人族にとって15歳の誕生日、正確に言えば15歳の誕生日の夜明けは特別な意味を持つ。
15歳まで生きられた人族は、その日の夜明け時に『クラス』を得る事が出来るからだ。
15歳に達した人族の全員が夜明け時に経験するこの出来事は『クラス選択の儀』と呼ばれている。
『クラス』とは職能とも呼ばれ、人は取得した『クラス』に応じた能力を得るようになる。
堅実な人生を求める人は『カーペンター』『ブラックスミス』『コック』『マーチャント』等の食いっぱぐれの無い技術系クラスを選びたがる傾向があるが、冒険者になる為にはこれらとは別のクラスを取得する必要がある。
武器と重装鎧や大盾で身を固め、最前線で肉弾戦を行う『ファイター』、治癒と防御に特化した神聖魔法の使い手『クレリック』、偵察、隠密、罠の扱いに長けた『シーフ』、多種多様な呪文と状況に対応して自由に応用の出来る秘術魔法の使い手『メイジ』といったものが代表的な冒険者向けのクラスだ。
ただ、堅気向けのクラスにしても、冒険者向けのクラスにしても、困った事に全ての人が希望するクラスを取得出来る訳ではない。
15歳の誕生日の夜明け、全ての人族はある種の啓示を受けるが、その時に具体的な声や文章ではなく、イメージとして1つのクラスを提示される。
そして、人はその提示を2回まで拒否出来る。
2回目以降は以前の提示とは異なるクラスが提示されるが、後から提示されたクラスが気に入らなかったからといって前に提示されたクラスに遡って選び直す事は出来ず、また当然の事ながら2回提示を拒否した者は3回目に提示されたクラスを選択の余地無く取得する事となる。
この選択の結果による悲喜劇は古来より無数に伝わっており、大劇場で大掛かりな演出を伴って上演される歌劇から、田舎町の酒場で酒のツマミにされる噂話まで枚挙に暇がないが、それだけ人生に関わる大事でもあり、少しでも理想のクラスに就けるよう、本人は元より周囲の人間も一生懸命努力をし、はっきりとした法則性は未だ発見されてはいないが、経験則的な伝聞は得られている。
その経験則とは、15歳まで生活してきた環境が大きく影響するというものだ。
その大きな根拠として、両親のどちらかと同じクラスを提示される例が、偶然という確率を超えて多いというものが挙げられる。
あたしも専門的な統計を見た訳ではないし、そもそもそんな統計があるとも思えないのだけど、3回の提示の内、両親どちらかのクラスが提示される確率が3割はある、という伝聞は何回か聞いた。
また、特定のクラスに関連した勉強や訓練を行うとそのクラスに就きやすいという伝聞もあって、子供の教育に資金を回せる余裕のある貴族や大商人達の間で、我が子が希望のクラスに就けるよう熱心に教育するのも古くから良く聞く話だ。
ただそれが未だ経験則止まりなのは、その法則に当てはまらない例の方がどう見ても多数だからからであり、ここでもまた多くの悲喜劇を生じてしまっている。
結局の所、多くの者が『クラス選択の儀』において『一攫千金を狙える派手なクラス』より『地味だが社会の維持に必要不可欠なクラス』しか提示されず、結果的にそういったクラスに就く者が多数となってしまうのだが、そこにクラスを提示する側の意図を感じてしまうのは無理もない話だろう。
クラスを提示する存在とは何者か、という点については『神』という事でほぼ一致している。
一致している、というよりはそれ以外には考えられないという方が正しいかもしれない。
だが、その『神』という存在が如何なるものか、という話になるとそれは本職の聖職者の間でも見解の分かれる話なので、門外漢のあたしは口を挟まぬ方が良いだろう。
さて、人族とは言ってもその種族は多く、数で他種族を圧倒しているヒューマン、動物の身体的特徴を一部併せ持った獣人、秘術魔法と運動神経に優れたエルフ、鍛冶と神聖魔法に優れ頑強な肉体を持つドワーフ、動物と相性の良い小人族のハーフキンといった所がメジャーだが、これ以外にも様々な種族が人族には存在し、その全てがクラスを取得出来る。
というよりは、クラスを取得出来る種族が人族に分類されると言った方が正しい。
多くの人族はクラスを1つしか取得出来ないが、例外が2つある。
1つは種族による上限の増加だ。
ヒューマンはクラスを2つ、ハーフエルフは3つ取得する事が出来る。
もう1つは、オッドアイと呼ばれる左右の瞳の色が明白に異なる外見的な特徴を生まれつき持つ者で、この特徴を持つ者は種族の上限値を超えて更にもう1つクラスを取得する事が出来る。
オッドアイは人族の中のあらゆる種族に出現する特徴であり、出現率は約千人に1人とも言われ、珍しいが滅多に見ないという程でもない。
そしてあたし、ゾラはハーフエルフでかつオッドアイだった。
つまり普通なら1つしか得られないクラスを4つも取れるという滅多に無い権利を持って産まれたのだ。
15歳の誕生日の夜明けの『クラス選択の儀』を迎えるまで、あたしはそれを祝福だと感じ、将来の冒険者としての成功は約束されたものだと能天気に確信していた。
しかし、あたしはこの『クラス選択の儀』で明らかに間違った選択をしてしまい、その結果幼少の頃から望んでいた冒険者生活はその開始時点から困難なものになる事が決まってしまった。
だが、あたしが自らの失敗に気づくのはもう少し先で、この時には多少の不安は抱えてはいたものの、能天気な程自身の未来を楽観視していたのである。
(以上が『プロローグ改訂版 とあるハーフエルフが器用貧乏と呼ばれるまで 前』です。
以下に『旧プロローグ 魔術師ヨハンナの独白』を載せますが、語り手が変わる以外は、上記内容と以降続く予定のプロローグ改訂版の中後編の情報を圧縮した代物となります。
それでも構わない方は以下に進んで下さい。)
(以降の文章は、以前投稿していた旧プロローグです。
少数ですがリアクションして下さった方もいらっしゃるので記録として残しておきます。)
私の名はヨハンナ。私の住むアストラー王国を始めとするアーク大陸西方地域では姓は貴族だけしか持てないものなので姓は無い。
私は現在、ハーケンブルクという街の冒険者ギルドの2人いる副ギルド長の中の1人だ。
ハーケンブルクは、アストラー王国はおろかアーク大陸西方地域でも珍しい、貴族が領主では無い自治都市であり、5人の議員で構成される『自治会議』が領主の代わりを務めている。
ハーケンブルクは静かな内海に面した天然の良港を持っており、陸路での交易がまず不可能なアーク大陸東方地域や、南にあるミストル大陸との交易で莫大な富を得ている上に、アストラー王国本土ともザレー大森林とヘスラ火山という2つの魔境がその間にある為飛び地となっており、その事もあって元々自主独立の気風は強かった。
そして約100年前、2人の王子の間で王位継承の争いが起こる。それぞれの王子の背後には門閥貴族と新興貴族がバックについていたのだが、その門閥貴族の首魁的存在がハーケンブルクの領主でもあったブランズヴィック侯爵家だった。
ハーゲンブルクはブランズヴィック家にとって広大な領地のほんの一部分に過ぎない上に、飛び地であった事もあり当初はあまり重要視されておらず、税さえ納めていれば放置されていた様な存在であったが、ハーケンブルクが交易で財を成すにつれ、口出しが増え出し住民への締め付けも強くなっていく。
その事に辟易していたハーゲンブルクの大商人達は、件の継承権争いでブランズヴィック家の推していた王子のライバルを密かに、だが強力に支援した。
結果、新興貴族の推した王子が新王に即位し、自分達が推した王子が命と引き換えに平民への降格を受け入れた事で国政への影響力が完全に失われてしまった為に、門閥貴族勢力は一時的に力を減じた。
そしてハーケンブルクはその非公式な恩賞として、自治権を与えられる。
だが貴族以外に統治権を与える事は門閥貴族だけでなく、新王を支持した新興貴族からも反発を招いた。
その反発を抑え込む為、新王はハーケンブルクに矛盾する2つの勅命を与える。
『1.ハーケンブルクは自治権を与えられる代わりに、同都市における治安維持の全責任を負う。』
『2.アストラー王国に於いてあらゆる軍は国王の指揮下にある。
ただし、国王に忠誠を誓う貴族は国王の代理として指揮権の一部を代行出来る。
国王の代理人たる貴族の存在しないハーケンブルクはあらゆる軍の保持、及び指揮は出来ない。』
アストラー王国に於いて、『軍』とは対外的な脅威に対抗する軍事組織だけでなく、治安維持を司る警察機構である衛兵組織をも含む。
つまり、『自治権を与える代わりに、治安維持と領地防衛は自前でしてね。でも、治安維持と領地防衛の為の公的な組織は持っちゃ駄目だよ。』という一見無茶苦茶な勅命を出してきたのだ。
でも、これには抜け道が用意されていた。それが冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドを通して、普通は衛兵や軍人がするような仕事を個々の冒険者に斡旋すれば、公的な組織を持たずとも治安維持が可能になる、という理屈だ。
ザレー大森林、ヘスラ火山、更に巨大ダンジョンの『アビス』という3つの魔境が周囲に存在するハーゲンブルクは元々冒険者の数も多く、それ故冒険者ギルドの規模も他の同規模の都市に比べて大きかったが、治安維持も担当することになり、その組織は更に肥大化した。
ハーケンブルクの最高統治機関である『自治会議』を構成する5人の議員の内、4人は『四大商家』と呼ばれる街を代表する大商家の当主だが、残りの1人は冒険者ギルドのギルド長である事からも、その権力の大きさは分かるだろう。
現在、ハーケンブルクのギルドに所属する冒険者の3分の1は、他の街の冒険者と同様の普通の冒険者だが、3分の1は冒険者とは名ばかりの他の街では衛兵や兵士がやる仕事を専門に行っている連中だ。そして、残りの3分の1は時と場合によってどちらの仕事もこなす連中となる。
この巨大組織を束ねる現ギルド長がソニア。
一目で南方人と分かる濃い褐色の肌と、強い巻毛の黒髪が特徴的な女性で、孤児だった彼女は貧民街で育ちながらも冒険者として大成し、彼女率いる冒険者パーティ『シーカーズ』は記録に残っている限りでは初めて巨大ダンジョン『アビス』を完全攻略し、リーダーのソニアは一躍英雄となった。
とはいえ、それだけでこの巨大組織のトップに就ける訳ではなく、綺麗事では済まない政略的なゴタゴタに知名度の高いソニアが巻き込まれた結果とも言えるのだけど、誤解の無い様に1つ付け加えるとソニアは傀儡で収まるタマではなく、私の目から見ればかなり立派にギルド運営をこなしている。
そして、『シーカーズ』の一員だった私は、同じく『シーカーズ』の一員だった虎の獣人のガーラと共に副ギルド長に抜擢された。
まあ、私の副ギルド長としての評価は他人に任せるとして、曲がりなりにも巨大ダンジョン『アビス』を攻略したパーティの一員として恥ずかしくないくらいの冒険者としての実力は持っている、という自負はある。
私がそれだけの実力を持てたのは、長年の努力は当然として、それ以外の要因もあった。
1つは私の種族がヒューマンであったという事。
ヒューマンは、人族の中で最大の人口と勢力を持っている種族で、そういう意味ではありふれた存在だが、あたしの場合は必ずしも当然とは言えない。
というのも、私の父はソニアと同じ南方人のヒューマンだが、私の母はエルフだったからだ。
この世界ではヒューマンとその近親異種族を含めて、ザックリと人族と呼ぶ。
そして、人族のカテゴリー内であれば、異種族同士でも子を成す事が出来る。
そして、生まれてくる子の種族は父方の種族か、母方の種族かのどちらかで、どちらで生まれるかは半々の確率らしい。
その為、異種族の両親を持つ場合、兄弟姉妹で種族が異なる場合も普通にある。
事実私も、実の姉と種族が異なる。
話を戻すと、あたしの種族であるヒューマンは、他の種族に比べて種族固有の特殊能力が少ない。
例えば、私の母の種族であるエルフは、クラスに関係無く秘術魔法が使えたり、片手剣や弓の才能を生まれつき持っていたり、野生動物や樹木と簡単な意思の疎通が出来たり、鋭い聴覚や夜目、魔法的とも言える危険を察知する第六感を持っていたりと、多くの特殊な種族能力を持つ。
でも、ヒューマンの持つ種族能力は2つだけで、『クラスを2つまで持てる』と『クラスのレベルアップのスピードが他の種族の2倍』だけだ。
でもこれが、他の人族を差し置いてヒューマンが世界にのさばっている原因なのだ。
人族は、15歳の誕生日の夜明けに神々から『クラス』を授けられる。
『クラス』とは、神々から人族に授けられた祝福と考えられており、クラスによって様々な特殊能力を得る事が出来る。
例えば、あたしのクラスの『メイジ』は秘術魔法の専門家で、同じく副ギルド長のガーラは武器と防具の扱いに長けた『ファイター』だ。
そして、クラスにはレベルが存在する。レベルが上がれば様々な基礎能力が底上げされるだけでなく、クラス特有の特殊能力も強化され、新たな特殊能力も次々と習得していく。
メイジである私を例にすれば、レベルアップによって魔力が上昇して呪文の精度も上がり、新しく呪文を習得する事も出来る訳だ。
そのレベルアップに必要なのは『経験』だ。
『経験』とは様々な困難に直面し、生き残ることによって得られるものだ。
『経験』は確かに存在するが、一方で捉え難いものだ。
その困難を単にやり過ごしただけでも『経験』は手に入るが、それを克服する事により単にやり過ごした場合よりも数倍の『経験』を得られる。
特に冒険者にとって最も分かりやすい『経験』が『魔物との遭遇』である。
魔物から無事逃げられても少量の『経験』は得られるが、魔物を倒すとそれとは比較にならない位多くの『経験』を得る事が出来るのだ。
そして、ヒューマンは常時、この『経験』が他種族の2倍得られる。
ただこれは単純に、ヒューマンは同じ『経験』を積んだ他種族の2倍のレベルになるという訳ではない。
高レベルになる程、レベルアップに必要な『経験』の量が加速度的に増えていくからだ。
それでも成長の速さにおいて、ヒューマンが他種族の1歩も2歩も先にを行く事は間違い無い。
そして『クラス』は、あくまで神々から与えられるものではあるが、ある程度自分が就くクラスをコントロールする事も出来る。
1つ目は、神々から提示されるクラスが、クラスを得る15歳の誕生日迄に過ごした環境に影響されやすいという事が経験則的に分かっている事だ。
それは、学習や訓練といった自主的な努力もあれば、周囲の人々に特定のクラスが多ければ子供もそのクラスになり易いという事もあるし、本人が非常に強くそのクラスになる事を望み続ければ確率も上がる、という事もあるらしい。
私の場合も、メイジになるべく幼い頃から秘術魔法の勉強に精を出してきた。
ただこの第1の要素は、あくまで確率を上げられるだけで絶対的なものでは無い。望んだクラスが与えられなかったり、それまでの生活とはかけ離れた本人が予想だにしなかったクラスを提示される事も、また珍しい事では無い。
そして2つ目は、提示されたクラスを2回まで拒否出来る事だ。
無論これにはリスクもあり、提示されたクラスを受け入れるか拒否するかの決断は、次のクラスが提示が示される前に行わねばならず、1度拒否したクラスは2度と選択出来ない。2度目、3度目に提示されたクラスより1度目に提示されたクラスの方が良かったと思っても、遡って選び直す事は出来ない。
当然、2度拒否した者は選択の余地無く3つ目に提示されたクラスを受け入れなければならない。
そして3つ目の要素は、私達ヒューマンの様に2つ以上のクラスを得られる者だけに関係する事柄だが、1つ目のクラスを決定した後に、2つ目のクラスを得るか、それ以上クラスを得るのを止めるかを決定する機会が与えられる事だ。
複数のクラスを得る利点は単純に出来る事が増える事だ。
そして欠点は、得た『経験』がクラスの数に分割されてしまう事だ。
2つクラスを持てば、得た『経験』は2分の1ずつそれぞれのクラスに入り、3つ持てば3分の1ずつ、という具合に。
当然それはレベルアップ速度の低下をもたらす。
一刻も早く一人前のメイジになりたかった私は、2つ目のクラスを取らなかった。
その甲斐あって、私は早々に高レベルに達する事が出来た。
もう1つ、私がメイジとして成功出来た要因は、私が『アルビノ』であった事だ。
アルビノは、人族のカテゴリーであれば、種族問わずに1万人に1人位の確率で生まれてくると言われている特徴で、外見的な特徴として肌や髪の色素が極端に薄く、ほぼ真っ白である事が挙げられる。
そしてアルビノは生まれつき魔力の値が異様に高い。クラスを得る前の子供でも中堅レベルのメイジに匹敵する魔力を持つとも言われている。
魔力はあらゆる魔法のエネルギー源となるもので、魔法の発動には魔力を消費する必要があるし、同じ呪文でもレベルが同じなら魔力の高い術者が唱えた方が威力も強くなる。
魔法の精度自体は魔力は直接関係しないが、魔法精度は呪文の発動回数が多い程上がっていくものなので、元々の魔力が多ければ魔力切れを気にせず呪文を何度も唱えられるので、間接的には関係してくる事になる。
私がメイジを目指したのは、アルビノとしての高い魔力を最大限活かす為だ。
そして、アルビノには高い魔力と引き換えに、脆弱な肉体という大きな欠点もあった。
それは戦闘職に向いていない、という程度の欠点ではない。
1万人に1人の割合で生まれると言われるアルビノだが、成人のアルビノの数はそれより遥かに少ない。
その理由は、その脆弱な肉体故に、ちょっとした感染症や怪我で幼少期に亡くなる数が多いからだ。
事実私も、子供の頃はすぐ体調を崩し、他の子供のように外で遊び回る事も無くほとんどの時間を部屋の中で過ごしたし、更に1年の半分はベッドの上で過ごした記憶がある。
ただ、私の両親が優しい人柄で、病弱な私を優しくも根気よく育ててくれたのは幸運だった。
薄情な両親だったら私は成人前に亡くなっていただろう。
そんな私の生活が一変したのは、7歳の時に発生した『ハーケンブルク大火』だ。
ハーケンブルク史上最悪の大火災と言われているこの大火は、貧民街、ハーケンブルクの港湾地区の倉庫街、そして私が幼少期を過ごした『異人街』の大半を焼き尽くしてしまった。
『異人街』とは、ヒューマンの中でも南方人や東方人、それにヒューマン以外の人族が多く住む下町の一角で、ハーケンブルクでも最も異国情緒溢れる一帯と言われている。
冒険者であると同時に、異人街の顔役でもあった両親は、火事の現場に残って消火と救助の陣頭指揮に当り、結果的に逃げ遅れて帰らぬ人となってしまった。
思春期の頃は実の子を残して他人の為に命を落とした両親の行動を疑問に思ったものだが、それなりに年齢と経験を重ねた今では両親の行動を誇りに思えるようになった。
とはいえ当時7歳、しかも同年代の子供より遥かに病弱な私が自活する事は不可能で、そんな私を育ててくれたのが7歳歳上の姉のゾラだった。
大火が起った当時、姉のゾラはまだ14歳であり、クラスを得られる15歳で成人と見なされるこの社会では彼女自身まだ未成年であった。
異種族間の両親から生まれた兄弟姉妹は種族が違う場合が多々あるのは前述したが、エルフとヒューマンの間の子供の場合はもう少し複雑になる。
エルフとヒューマンの間の子供は、エルフ、ヒューマン以外にハーフエルフという種族になる可能性があるのだ。その確率は大体3分の1ずつ。
私の姉、ゾラもハーフエルフだ。
ハーフエルフはそのままエルフとヒューマンの中間のような容姿をしている。
特に、姉のゾラの容姿に関して言えばエルフとヒューマンのいいとこ取りをしているとも言える。
こう言うと、ソニア辺りは
「またシスコンを拗らしてる。」
などと苦笑するのだが、これに関してはシスコン関係無しの事実だと思っている。
エルフ程ではないが、ヒューマンよりは明らかに細長く尖った耳、全体的にはスレンダーだが、エルフのほど華奢な印象はなく、出るべき所は出ているバランスの取れた身体。
エルフの特徴の1つは金属的な光沢を持つストレートな髪だが、姉の髪も母のエルフ譲りの金属的光沢の銀髪で、でもエルフの様にストレートではなく、緩やかなウェーブがかかってるのは南方人の父譲りだろう。
父からは褐色の肌も受け継いでおり、初対面の相手からはダークエルフと間違われるのはお約束となっている。
姉妹だけあって、私と姉とは顔つきは確かに似ているのだが、印象は何故か違っている。ワイルドさと繊細さを併せ持つ姉は、貧弱な印象の私と違って本当に美しい。
……姉の容姿の美しさについて語るとしばらく止まらない気がするので話を戻そう。
ハーフエルフはエルフの種族特徴を一応全て受け継いでいるが、その能力は大きく劣っており、同レベルのエルフに比べて半分程度と思えばいい。
劣化版のエルフ能力以外のハーフエルフの種族特徴は、クラスを最大3つまで持てる事だ。
おまけに姉のゾラはオッドアイの特徴を持っていた。
オッドアイとは、左右の瞳の色が異なるという外見的特徴であり、ゾラの場合は右が神秘的な金色、左が美しい紫色だ。
そしてオッドアイを持つ者は、種族の限界を超えて余分に1つクラスのを持つ事が出来る。
オッドアイは、アルビノと同様に1万人に1人の確率で生まれると言われているが、体感的にはもっと少ない気がする。
その理由は、アルビノが虚弱体質で幼少期の死亡率が高いのとは全く異なる。
クラスを授けられた時、オッドアイ分の余分なクラスを得なかった場合、1年くらいかけて異なっていた両方の瞳の色は両者の中間色に落ち着き、オッドアイの外見的特徴が消失してしまう為だ。
多くの人族は、レベルアップのスピードを犠牲にしてまで余分なクラスを取ろうとはしない。
でも、姉のゾラは未だオッドアイの特徴を持っている。
でもまあ、あの頃の姉の様子を知る身としては、その賢いとは言えない選択を悪し様に言う気にもなれない。
私と違って子供の頃から活発だった姉は、多分両親の死が無かったとしても冒険者志望だったとは思うが、あの件で姉の本気度がかなり上ったのもまた事実だと思う。
ギルドはクラスを得た15歳以上の者しか冒険者として登録しないが、15歳未満の冒険者志望の子供を下働きとして雇う事は珍しくない。
下働きとして働く事で、様々な冒険者やギルド職員とコネを作れるのは大きいし、少ないながらも給金も発生する。
私達の両親は、冒険者としては中堅クラスだったが、冒険者に有りがちな乱れた生活とは縁が遠かったのでそれなりのお金を遺してくれた。
それでも私が病弱な事もあり、1年後には両親の遺産はかなり目減りしてしまった。
15歳の誕生日を迎える頃の姉が相当焦っていたのは想像に難くない。
目一杯クラスを4つも習得してしまったのも、焦りのあまり自分の特徴を最大限活かそうとし過ぎて、それがもたらすデメリットに目を向ける余裕も無かったからだと思う。
ただクラスを4つも取ったとしても、そのクラスの組み合わせ如何にしては、レベルアップの遅さもある程度カバー出来るのだが、姉の選んだ4つのクラスの組み合わせもまた微妙だった。
……時々、姉は子供っぽいアホな考え方をする時があり、そういう時の姉も可愛くて嫌いではないが、この時はさすがにアホ過ぎだとシスコン気味の私でも思わないではない。
姉の1つ目のクラスは『レンジャー』。
エルフの母のクラスもレンジャーであり、親のクラスが提示されるのも珍しい事では無い。
それに野外生活のスペシャリストであるレンジャーは、オールマイティに活躍出来るクラスでもあるので、この選択だけで姉の選択を間違いだとはとても言えない。
2つ以上のクラスを持つ場合、各々のクラスに共通する能力がある場合、その能力は累積する。
レンジャーは重い鎧や盾などを扱う能力には欠けるが、ファイター並に多彩な武器を扱える。
なので、2番目のクラスにファイターを選べば、両方のクラスの武器を扱う能力は累積し、『野外でのサバイバル能力に長けた戦士』として普通のファイターより戦場の環境を選ばなくなり、レベルアップの遅さを充分カバー出来る。
また、レンジャーはドルイトやテイマーといったクラス能力の劣化版の能力を持つが、ドルイトやテイマーのクラスを取れば武器戦闘可能なドルイトやテイマーとしてやはり活躍の場は広まるはずだ。
でも、姉の取った2番目のクラスはバード。
バードは南方人の父のクラスで、やはり姉には提示され易いクラスだったし、父の弾き語りが大好きだった姉がクラスの選択肢としてバードが提示されればそれを拒否出来なかったのも想像に難くない。
でも、クラスの組み合わせとしてはやはり微妙と言わざるを得ない。
レンジャーも、専門性を犠牲に多芸さを売りにしたクラスだが、それに更に輪をかけたのがバードだ。
歌や楽器の演奏、更にはちょっとした寸劇や手品などで人々に娯楽を提供するという表の顔を持つバードの本質は、自然環境下ではなく、人族の密集する都市でのサバイバルのスペシャリストと言えるかもしれない。
なので、レンジャーの多芸さと重なる部分は少なく、多芸さの幅は広がったが、レベルアップの遅さというデメリットは全く解消されない組み合わせとなる。
ただバードも、シーフやメイジといったレベルアップの遅さを補える相性の良い組み合わせのクラスもある。
普通に考えれば、3つ目のクラスはバードかレンジャーとの相性の良いクラスという事になるだろう。
そんな姉が3つ目のクラスに選んだのが『カメレオン』。
2つ目のクラスにバードを選んだのに関しても、姉の選択を弁護する為のハードルは結構上がったが、3つ目のクラス選択で更にそれが急上昇してしまった。
クラスにはそれに就いているものがほとんどいないマイナーなものも存在し、そういったマイナーなクラスは非常に強力か、逆に何の役に立つのか分からない外れクラスの両極端である場合が多い。
カメレオンは典型的な後者だ。
ただ、使えないクラスというのは選択しなければ済む話なので、運が悪いという言い訳は通用しない。
それに、全く使えないというのは語弊があって、正確には大器晩成型のクラスという方が正しいのだろう。
なので、苦しい言い訳になるのは承知の上で言うと、自身の成長を見越した選択と言えなくも無い。
カメレオンは、1レベル下の他のクラスの能力を一時的に得られる、という一見万能に思える能力を持っている。
例えば、5レベルのカメレオンは一時的に4レベルファイターや4レベルメイジの持つクラス能力を得られるのだ。
ただ、カメレオンの他クラスの再現能力は低レベルの間は本当に短時間だけで、一度の使用に膨大な魔力を消費する為に燃費はかなり悪い。
加えて、クラスのコピーに膨大な魔力を消費する事は、メイジやクレリックの様に呪文メインのクラスをコピーしても、その時点で既に魔力が枯渇状態の為に肝心の呪文が使えない、というクラスの存在意義に関わるような大きな欠点にもなる。
そして他クラスの能力を再現していない間のカメレオンは、特に何の能力も持たない。
高レベルになればコピーの際の魔力消費も減り、コピーしていられる時間も延長され、一度に複数のクラスをコピー出来るようにさえなるが、そこに至るまでが至極困難なのだ。
個人的に、姉以外にカメレオンのクラスを得ている冒険者は見たことも無いし、真偽の定かでない歴史上の人物まで遡っても、該当するのは1人だけだ。
そういやその伝説の冒険者って、父の十八番の吟遊詩の登場人物だったな。今では姉の十八番でもあるけど。
機転で困難を潜り抜けるヒューマンの『バード/カメレオン』で、私の個人的な印象では冒険者というより詐欺師っぽいけど。
そして、姉の4つ目のクラス。
これについては、姉は私に対してさえも頑なに秘密にしている。
長年、私も姉の意思を尊重して4つ目のクラスについての質問は控えていたが、つい数年前、自分の高レベルメイジとしての能力を活用すれば姉の4つ目のクラスを姉に気づかれない内に鑑定出来る事を確信出来た為、つい姉の秘密を突き止めてしまった。
結果、姉が秘密にしておきたい理由がようやく分かった。
『経験』を喰うだけでまるで役に立たない死にクラスだったからだ。
少なくとも、現代の西方地域では完全に役に立たないクラスだ。
今では伝説と化している、数百年前のこの国の建国前後の時代なら英雄にもなれたかもしれないが、私達が今生活しているこの時代では無用のクラスだ。
でも、何故姉がそんなクラスを取ったのか、妹の私には何となく分かる。
姉にとって、とっても格好良いクラスに見えたからだろう。
15歳の誕生日の夜明け時に4つのクラスを得た直後に、
「あたしってば最強じゃん?」
とドヤ顔でイキっている姉の顔が、容易に想像出来る。
想像出来るが、共感は出来ない。
我が姉ながら、とってもアホだと思う。
でもまあ、そんな姉のアホっぷりも可愛く見えてしまう私も大概だけど。
姉の秘密を知った私は、すぐに何も知らなかった事にしようと決意した。
そもそも、姉が珍しく頑なに守ろうとした秘密を探ろうとしたのは、余りに頑なにだったので逆に好奇心が刺激された部分も確かにあるが、危なっかしい部分のある姉を、せっかく副ギルド長という地位を得たのだから適切にサポートしたいという気持ちの方が強かった。
結果的には、4つ目のクラスについては私のサポートではどうしようもないモノだったのだけど。
実は私の姉に対する思い入れの強さには、単にシスコンというだけではなく、彼女に対して負い目を感じているからでもある。
無計画にクラスを4つも取った姉の判断は確かに愚かではあったが、冒険者の仕事に対しては姉はかなり真面目に取り組んでいた。
クラスどうこう以前に、姉の性格や気性が冒険者に合っていたのは確かだ。
伸び伸びと自分のペースで冒険者を続けていれば、あの件は無かったかもしれない。
でも病弱な私を養う為、姉はしばしば無茶をした。
そして、相変わらず1年の半分をベッドで過ごしていた私は、その事を知らなかった。
そしてある日、姉は冒険中に右腕切断の大怪我を負う。
負傷した場所が、ダンジョンの『アビス』の上層部だったのは不幸中の幸いだった。
『アビス』の入口は冒険者ギルドによって完全に管理されており、入口の建物にはキルドに雇われた治療役の中レベルクレリックが常駐しているし、また多くの魔物や罠が存在するものの、狭い空間である『アビス』では移動距離が短くて済む。特に上層部ではそうだ。
これが、ヘスラ火山やザレー大森林だったら、撤退途中で失血死していた可能性も高い。
それでも、右腕を失った代償は大きかった。
失った四肢を再生する魔法は存在するが、これは死者の蘇生の次に高度な治癒魔法で、最高レベルのクレリックかメイジでなければまず使えず、西方地域全体でも使用出来る者は数人しかいないだろう。
そういた人が、面識も無い駆け出しの冒険者の為に動く事はまず考えられないし、仮に面識を得たとしても、実際に魔法をかけてもらうには膨大な費用がかかるので、この時点ではまず不可能だった。
となると選択肢は少ない。
片腕の冒険者もいない訳ではないが、その多くはメイジなどの呪文の専門家だ。姉の様に前線でも戦い、罠の解除も行う万能タイプでは片腕で冒険者を続けるのは難しい。
そこで姉は冒険者を続ける為に『魔法義肢』の購入を決意した。
文字通り着用者の魔力をエネルギー源に稼働する義肢で、決して安くはないが技術はそこそこ広まっており再生魔法をかけてもらうよりは現実的な選択だった。
魔法義肢には様々なタイプがあり、本人の髪の毛や爪からアルケミストが培養し作成する義肢はパッと見は本物と区別がつかない程の性能だが、かなり高価で義肢の培養にも年単位の時間がかかる。
姉の選択したのは金属製の義肢で、外見的にはほとんど金属鎧だ。ゴツい外見に目を瞑れば、パワーも強度も生身の肉体以上で冒険者向きと言えなくはないが、定期的に分解してのメンテナンスは必要だし、器用に動かすにはかなりの慣れが必要だ。
元々左利きだった事もあって姉は、失った右腕の代わりの義肢の不器用さには目を瞑ったようだ。それに、金属製の義肢なら作ってくれる当てもあった。
私達一家の近所に住んでいたドワーフの女鍛冶師のダリルだ。
彼女は姉の憧れの女性でもあり、姉が煙管を吸うようになったのは完全に彼女の影響だし、ファッションなんかにも彼女の影響が感じられる。
そのダリルが、利息無し、期限無しの分割払いという破格の好条件で魔法義肢製作を受け入れてくれた。
正確な所は分からないが、ダリルは私達の両親に恩があったらしいし、私達の両親が亡くなった後は異人街の顔役を継いだ位、豪毅な性格もしている。
姉の事も、子供の頃から可愛がっていたらしい。
姉の方もダリルの事を慕っていたが、この感情は少し違っていて、ハッキリ言えばダリルは姉の初恋の相手だ。
姉が、自分はレズビアンであると自覚するキッカケを与えた人物でもある。
もっともダリルの方は完全にノンケで、未だに姉の過去の想いに気付いている様子は無いのだが。
もう1人、姉の魔法義肢製作に関わったのが、魔法アイテム製作の専門家クラスであるエンチャッターのエドガーだ。
ダリルの作った金属製義肢に魔力を付与し、動くように仕上げたのがエドガーだ。
余談だが、姉の魔法義肢製作の共同作業がキッカケで、2人は結婚した。
自分が2人を結びつける原因になった事について、姉がどう思っているのか興味が無い訳では無いが、流石に直接尋ねるのは憚られている。
姉は未だに義肢のメンテナンスの為に夫婦の元を定期的に訪れているが、その時にカカア天下ながらも仲睦まじい夫婦に向ける妙に引きつった愛想笑いを見てしまうと、ヤッパリ訊けないなぁ、と思ってしまう。
結果的にエドガーがダリルと結婚した事で、彼に対する報酬もダリルに対するのと同様に、金利無し、期限無しの分割払いという好条件になったのは駆け出しだった姉には大分助かった面もあっただろうけど。
金銭的な問題はクリアしたが、この魔法義肢は姉の冒険者としてのレベルアップの速度を更に低下させる事になる。
いくらか制限はあるものの自在に動かせる魔法義肢だが、これを動かす為に必要なエネルギー源である魔力を恒常的に着用者から吸収する仕組みは、習得する『経験』の減少という形で現れる。
つまり、魔法義肢1つにつきクラスをもう1つ獲得したかのように『経験』が分割されてしまうのだ。
既にクラスを4つ得ている姉は、魔法義肢の着用によってクラスを5つ得ているのと同様になり、更にレベルアップの速度が低下してしまった。
恐らくこの時、まだ駆け出しだった姉はこの状況のもたらす深刻さに気付いていなかったのだろう。
『経験』の分割が4つから5つになったとしても大差無いと考えたのかもしれない。
それにハーフエルフは、エルフ程ではないが長命な種族で、ドワーフと同程度、ヒューマンの4倍は長生きする。
いくらレベルアップが遅くとも、寿命の長さを活かせばそれを補えると考えたのかもしれない。
しかしレベルが上昇するにつれて、レベルアップに必要な『経験』は加速度的に増えていく、という無慈悲な事実はあらゆる冒険者が直面する問題で、冒険者が引退する最大の要因だと私は思っている。
低レベルの間は身の丈に合った冒険をしているだけで順当にレベルが上がるのだが、多くの冒険者は中レベル帯半ばから後半にかけて、レベルに合った脅威の冒険では『経験』が不足し、レベルアップのスピードがそれまでより極端に低下する『成長の壁』にぶつかる。
この『壁』を乗り越えられず引退を決意する冒険者は実に多い。
それまでと同様に冒険をこなしているのに、全くレベルが上がらない状況に飽いて冒険者に見切りをつけたり、焦って身の丈以上の脅威に挑戦して身の破滅を招く者もいる。
私の様な単一クラスのヒューマンは、この『壁』の影響は全く無いか、あっても微々たるモノだ。寿命の短いヒューマンに高レベルの冒険者が多いのもその為だ。
だが姉の場合は全くその逆で、私が冒険者デビューする頃には既に『成長の壁』にぶち当たっていた。レベル帯で言えば、低レベル帯から中レベル帯に変わる辺りだ。
それ以前にも、姉は成長の遅さが原因で多くのパーティをクビになってきたが、その頃にはパーティに正式加入すらしようとせず、完全なソロか、サポートメンバーとして一時的にパーティに加入する位だった。
ソロ中心の活動では、更に冒険の脅威度を下げざるを得ず、姉のレベルアップスピードは更に落ちた。
姉は今現在、冒険者としてのキャリアは20年程になるが相変わらず中レベル帯の入口付近で停滞している。
それでも変わらず現役を続けている姉の事を、一部の連中はみっともなくしがみついていると見なしているようだ。
私が冒険者として順当にレベルを上げ、紆余曲折の末に副ギルド長になった事も、姉の評判にはマイナスになっている感もある。
『出世した妹に寄生する出来損ないの姉』と陰口を叩く連中も少なくない。
実際には、姉は寂しい位に私を頼ってくれないのだが。
それは別に姉が私を嫌っているとかではなく、理由の1つは姉が自主独立を理想化している典型的なハーケンブルク人気質であるという事だ。
もう1つの理由としては、やはりそれなりの地位を得てしまった私に対し、自分の悪評が影響を与えるのを懸念してしまっているのだろう。
悪評の原因の1つは確実に、姉がレズビアンであるという事だ。
別に姉は、自分がレズビアンであるという事を吹聴して回っている訳では無いが、特に隠している訳でもないので、自然にその噂は広まってしまった。
これはかなり極端な例であるが、アストラー王国でも特に保守的な地域では同性同士で関係を持った者は発覚すれば男女どちらも火炙りで処刑されるらしい。
その点、ハーケンブルクでは同性愛者だからという理由だけで公的に処分される事は一切無いし、 そもそも生粋のハーケンブルク人は他人のプライベートに立ち入る事を良しとしない。
一方で、ハーケンブルク人というものは極端なまでに実力至上主義だったりする。
何かを成し遂げた成功者であれば、他者と違う振る舞いであっても時に無条件で美徳扱いされたりする。
でもそれは、逆に言えば人より劣っていると見做されればどんな些細な点でも大袈裟に欠点とされてしまう事とセットだったりする。
そして成功者か落伍者か、その判断基準は皆が思うよりはずっといい加減なものだ。
姉は美人で華があり、スレンダーな肢体には不釣り合いなゴツい金属製の義肢に、神秘的なオッドアイと、ただでさえ本人が自覚している以上に目立つ存在だ。
おまけに冒険者としてはかなりの古株のくせにこれといった成果は挙げておらず、その妹はハーケンブルクの歴史でも最も成果を挙げた冒険者パーティの一員から冒険者ギルドの副ギルド長に異例の出世を遂げた。
美人なのに親しみ易い性格であるのに、レズビアンで男性を恋愛対象とは見れない。
こういった様々な要因から、姉の噂は知っているがその人柄をよくは知らない連中は特に、いつしか姉を先入観だけで見下すようになった。
彼らは姉に勝手にこんな二つ名を付けた。
『器用貧乏のゾラ』。
失礼ではあるが、現在の姉の本質を言い当ててもいるこの二つ名は、あっという間に冒険者ギルド内に広まり、定着してしまった。
そんな失礼な二つ名を付けられて随分経つが、姉は苦笑しつつもそれを受け流し、自分の出来る事を淡々とこなしている。
早すぎる『成長の壁』の到来で、もう3年もレベルアップしていないというのに、姉は冒険者としての自分を諦めている様子もない。
姉は、私が考えていたよりずっと図太く強かったように思える。
そんな姉のマイペースぶりを焦れったく感じる時もあるが、でも時々、つい私は妄想してしまう。
遠からぬ未来に姉は『器用貧乏のゾラ』では無く『万能のゾラ』と呼ばれるのでは、と。
確かに姉は、子供っぽい考えに熱中して後先考えないアホな決断をするし、綺麗な女性にすぐ惚れてはしばしば騙されるし、ちょっと運も悪いし、ヘタレな所もあるし、それに加えてここ数年は結構スレてきた。
でも一方で、姉は情に厚く、約束は守るし、頑固なまでに誠実な所もあり、悪評にもかかわらず意外と人望もあるし、何より土壇場で発揮する底力には侮れないものがある。
だから私の妄想は、実現する可能性は限りなく低いが、全くゼロという訳では無い。
シスコン気味の妹の贔屓目であるのを承知で言うと、『器用貧乏のゾラ』はそんな期待を抱かせるだけの何かを持っている存在なのだ。
読んで下さりありがとうございます。
前回、改訂版プロローグは前後編になると書いていましたが、書いている間に分量が増えてしまったので、前中後編の3エピソードに分ける事にしました。
改訂版プロローグについては見切り発車してしまった部分が大きく、その結果やる事がコロコロと変わってしまい、本当に申し訳なく思っております。
これにより、以降の投稿予定は4月上旬が『改訂版プロローグ 中編』、5月上旬が『同 後編』、6月上旬から『第5章』の投稿を始めたいと思っております。
それとは別に、既に投稿されている部分に改訂版プロローグと矛盾した箇所が発見された場合、チマチマと加筆修正を加える事もあるかと思いますが、どうかご容赦下さい。
以上、長々と失礼しました。




