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7.対決(1)

 アヤメ・ムラサキは苦悩した。


 幼い頃より姉を慕い、姉の後を追い、姉と共にありたいと思い続けてきた。


 お姉ちゃんと一緒にいるのが好きだった。

 お姉ちゃんの話が好きだった。

 お姉ちゃんとの旅は楽しかった。


 行方が知れなくなった時、一も二もなく見知らぬ土地へ飛び渡り、恐ろしいマフィアへ飛び込み、情報を求めた。


 再会できた時は嬉しかった。何度もぞっとするような想像に押しつぶされそうになり、根拠のない自信だけを心の拠り所として決して諦めなかった。その思いが報われた。


 はずだった。


(銀の、十字架)

 首から下げた、銀製の十字架。ユリからのプレゼントで、不安な時に握りしめると心が安らぐ。


 ユリはもう、それに触れることができない。

 ユリはもう、人間じゃなくなっていた。


(ドン・ロドリゲスの言うことが本当なら、私は……)


 彼は取引を持ちかけてきた。

「お前の姉、ユリはイモタルになった。人ではなくなったが、これから先、死とは無縁となった。お前もその隣に居続けたいと思わないか? 何、簡単なことだ。ちょいと人間を辞めて、オレの下につけばいい。それだけで不死の体となり、ユリと永遠に寄り添えるんだ。安いものだろう。敵対していたことは水に流してやるから、よく考えてみるといい」


 お姉ちゃんといられるなら是非もない。心では即断した。


 だが、脳裏に浮かぶのは銀色の肘を持つ保安官の姿。悪を断じる正義の心が、アヤメの決断を鈍らせていた。


 石牢までの移動中、自問と自答を繰り返していた。

 人か化け物か。選びとれる未来は一つ。

 再びユリの顔を見た瞬間、心は決まった。




「さあ、着いたぜ」

「……」


 屋敷から通じる通路を歩いていくと、山を掘り進んだトンネルに出た。いつの間にか合流していたハイデヒースが持つランタンのか細い灯りだけを頼りに、迷路のような横道を進んでいくと、やがて大きな空間が現れた。

 壁一面が白い光沢で覆われていた。床は平らに均された岩盤だったが、壁も、天井も、美しく気品さがある色で染めあげられていた。


 魔を退ける聖なる金属、銀色に。


「美しいだろう。ここで採れた銀を箔に加工し、全面に張り付けた。こうでもしなきゃ、あれは抑えられないんでね」

 ロディのサングラスが銀の反射で照り返る。


 空間の中央は窪んでいて、そこに手のひらに収まるサイズの石が鎮座していた。黒く、角のない球形で、表面は白い波紋が波打つ。全ての角度から銀の光を浴びるそれは、この空間の主のようにも見える。まるで、その石のためにこの場が作られたかのようだった。


「あれは……?」

「昔話をしよう。開拓者がこの地へやってきた頃、この山からはほとんど得るものがなかった。ある時隕石が落下し、以来多くの銀が採れるようになった」

「隕石……」

「気づいたか? あの石こそ、例の隕石だ」

「……!」


 まさか現物がこんなところに安置されていようとは。しかし、驚きこそすれども、何故彼はこんなところに連れてきたのか、その真意が掴めない。


「ドクターと話したなら、十年前に起こったことを知っているな」

「ええ、突然作業員が発狂した……イモタルになったって」

「銀の採掘をしていた作業員はあの日、ここまでたどり着いた。そして、あの隕石に触れた」

「隕石に? それがいったい何だって言うの?」

「隕石には目には見えない、ごく小さいウィルスが付着していたことがわかった。それに取り憑かれると、血液を欲して頭が狂うようになる。その代わり、体中の細胞が作り替えられて、肉体が破損してもすぐに再生する驚異的な生命力を得る」

「それって……」


 それはまさに、神の祝福を受けなかった生命。『人ならざりし者』イモタルそのもの。


「研究には骨を折った。石に触れるだけでイモタルになる、そんなことがわかるまでに何人もの手下が発狂し、灰になった。ドクターの協力があればもっと犠牲者は少なかっただろうが、こんな面白いものは独り占めしておきたかったんでね」


 人としての良心をこの男に期待するのは間違っているが、それでも我欲のためだけに人間を使い捨てにするその神経は、吐き気を覚える醜悪さだった。


「さあ、あれに触れろ。そうすればお前もユリと同じイモタルになれる。永遠を歩むことができるのだ」

「……一つ確認しておくわ。私がイモタルになって発狂したらどうするのかしら? あなたたちの師匠、シルバさんは並々ならない精神力で耐えきったそうだけど、私にはそんなことできっこない。衝動を押さえ込める自信なんてない」

「心配はいらない。ハイデヒースが血を手配している。すぐにそれを飲めば、正気を保てる。ユリのようにな」

「そう……」


 いよいよ覚悟を決める時だ。後悔も未練もない。そのはずだ。


「どこの誰とも知れぬ血よりも、あいつの血の方がいいか?」

「え?」


 振り向く。


 アーバンがいた。

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