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6.ドン・ロドリゲス(4)

「会いたかったですよ、保安官(シェリフ)

「生きていたのか。てっきり処分されたものと思ってたぜ」

「ええ、”荒くれ牛”オックスは処刑されました。今のワタシはかつての自分を超えた、ニュー・オックスなのです!」


 牛の頭蓋骨の帽子は鉄製になっていた。そして、一度見たら忘れられないインパクトの腹部はもっと大きな変化があった。

 刀剣、槍、釘、鋏、鋸……ありとあらゆる刃物が腹を突き破り、内から外へ飛び出していた。無論、人間がそんな真似をして無事でいられるわけがない。


「イモタル、か」

 オックスの両目は血走ったように赤かった。


「これは素晴らしい。こんなことをしても死なないのですから。まあ、ちくっと痛むんですけどね。でも死なないとわかっているから、この程度の痛みなど心地よいだけ。わかりますか、この極上の気分が。人間などちっぽけなものだということが死ぬほどよくわかります」

 饒舌に、上機嫌に語るオックスは心から楽しげだった。


「元々人間離れしていた体だったが、名実ともに化け物になったってわけか」

「イモタルと呼びなさい。誇り高き我らは、ドン・ロドリゲスを筆頭に不死の帝国を築き上げる。そうなれば、下等な人間どもは全て支配下に置かれることになる。ドンの知り合いと言えどもあなたとて例外じゃありませんよ、保安官」

「あいつが俺を生かして帰すとは思えないがな」

「それはそうだ! あなたがたはここでワタクシに殺される運命ですからね」

「やっぱりあたしも消すつもりだったかい。でもね、あんた如きにやられるタマじゃないよ」

「ではお手並み拝見といきましょうか、ユリ・ムラサキ!」


 オックスが合図を出すと、控えていた男たちが前に出る。数十もの彼らはどれもこれもが物騒な得物を携え、標的を血祭りに上げようと今か今かと待ちかまえている。中にはイモタルと化し目を赤く染め、理性を失った声で唸る者もいる。


「殺せ」

 号令が発せられると、雪崩のように男たちが押し寄せてきた。


「耳を塞いでな」

 そう言うとユリは、アーバンの前に立って飛び交う銃弾をその身に受ける。服が破れ、肉が弾けて骨が穿たれようとも、彼女に死は訪れない。


「お前たちの心臓は、止まる」

 肉体が再生したユリは、喧噪の中でも通る凛とした声で言うと、扇子を集団に向けた。


 その途端、パン、という乾いた破裂音が轟いた。耳を塞ぐアーバンも目を閉じるほどの音圧で、空間が爆発したような錯覚を覚える。


「グアアアアアア!!!!」「ガアアアアアアア!!」「ギイイイイイイ!?」


 男たちが次々に倒れていく。目を剥き嗚咽を漏らし、胸を押さえて人垣が崩れていった。イモタルも例外ではなく、不死身であるはずの彼らでさえも苦しみもだえていた。


「アーバン、あんたは鉄砲を使わないガンマンなんだろう。実はね、あたしもなのさ」


 ユリは扇子を持つ手とは逆の手に、紙を三角形に折ったものを掴んでいた。


 紙鉄砲。


 振るうことで発砲音のような大きな音を出す紙工作。誰でも作れる、何の変哲もない玩具。それをユリが使うことで恐るべき武器となる。

 扇子を銃口に見立て突き出し、イメージを植え付け、本物と誤認させる。紙鉄砲の音を本当の発砲音だと思わせ、撃たれたと錯覚した脳はまやかしの痛みを訴える。肉体の損傷はなくても、致命傷を負ったと誤った頭が心臓を止めたのだった。


 人の心理を読み、惑わす様こそ彼女の真骨頂。”幻惑孔雀”ユリ・ムラサキ!


「鉄砲は鉄砲でも、紙鉄砲……ってわけさ」


 耳を塞ぎ続けていたアーバンには彼女が何を言っているのかわからなかった。


「さすが”幻惑孔雀”ですね。イモタルでさえも相手になりませんか」

 苦々しく吐き捨てるオックス。彼の耳は鉄帽子に隠れていたので、紙鉄砲の音が十全に届いていなかった。


「死なないのなら動きを止めてしまえばいい。心臓の動きを止めてやればいいのさ。襲ってこないイモタルなんて置物と一緒。オックス、それからロドリゲスも、あんたたちは勘違いをしている。イモタルだからって万能になったわけじゃないんだ。神になったわけじゃないんだよ。必ずどこかに穴があり、つけいる隙がある。イモタルが人間を支配するなんて不可能なんだよ」

「そんなはずはない。イモタルは素晴らしい! 見ていなさい、たかが銃弾一発で死ぬ人間の無様さを! 無力なる哀れさを!」

 オックスはマグナム銃をアーバンに差し向け……引き金を引いた。


「ちいっ!」

 撃つ気配を読みとったユリは、反射的に身を投げ出した。両手を広げ、盾になる。

 胸を穿たれた。


 にやり、とオックスは笑った。


「こ、これは……」

 弾痕から吹き出るのは鮮血ではなく……灰のような白い粉だった。穴が広がっていき灰へと化していく。

「ユリ!」

 膝から崩れ落ちるユリの体を抱き止める。手で押さえつけようとも傷の広がりは止まらず、どんどん体が灰となる。


 彼女は口から血の代わりに白い灰を吐き、自嘲気味に笑った。

「ああ、やっちまったね。もうおしまいかい」

「何故、心を読めるお前がかばったりしたんだ! 奴が何かを仕掛けてくることはわかったんじゃないのか!」

「わかってはいたが……こうするしかないじゃないか。だって、そうしなきゃ、あんたが死んでいた」


 一言ごとに弱々しくなる。アーバンの心は締め付けられ焦燥感に駆られる。頭の中が真っ白で、どうすればいいのかわからない。


「どうしようもないさ。どうせ、イモタルになった時点で……人としてのあたしは死んでいた。ようやく、正しく死ねるだけさね」

「ユリ……」


 激しい感情の波に飲まれる。それは、シルバが殺された時の慟哭とは違う。心に灯った暖かな光が喪われていく、寒々しいまでの痛哭だった。


 ユリが伸ばす。


「アヤメを……どうか」

 その言葉を最後に、ユリは灰になった。


 その願いを託し、ユリは”幻惑孔雀”の名に負う華々しさで散った。


 衣服や扇子、紙鉄砲はそのままそこにあるのに、持ち主はこの世から消滅した。


「銀の弾丸。シルバーマウンテンは銀の産地ですからねぇ。地産地消、さぞかし鮮度のいい弾だったでしょう。ドンの命令で一発だけ銀弾を入れた銃を用意していたのです」


 ユリとはわずかな間行動を共にしただけだった。それなのに、アーバンの心は喪失感で満ちていた。


 傷を癒してくれた。

 愛で包みこんでくれた。

 凶弾からかばってくれた。

 いくつものものをもらった。返しきれない恩になった。


 ああ、俺はユリを好きになってたんだな。

 今更ながら、そう気づいた。


「……オックス。俺は猛烈に怒っている。だが、だからこそ、敢えて今はお前を目には入れない。ユリの願いを優先させる。……一度だけ言うぞ。そこをどけ。俺は先に進む」

「不敬な……。ただの人間が、このワタシに……オレに命令するだと!? 不敬甚だしい!」

「邪魔をするなら、押し通すだけだ」

「不可能! ニュー・オックスとなったこのオレの技は華麗に進化した!」

 オックスはぐぐっと身を屈め、力を溜め込む。


「食らえ、肉散弾砲・(ジャストミート・)炸裂(バースト)!!!」


 溜めた力が弾性となり……突き出た刃物が一斉射出!


 縦横無尽、安全地帯などなくなったこのホール、無数の刀剣類が必殺の勢いを持って襲いかかる。

 一度破った技だが、数も凶悪さも桁違い。たとえ跳ね返そうとも、オックスに届く前に別の凶刃に阻害され防がれてしまう。全ての凶器をたたき落とすには、アーバンの腕があと二本は必要だった。


 この窮地に彼は、


「うおおおお、反射(リフレクト・)(エルボー)!!!」


 最も大きな大剣を跳ね返すことを選んだ。


 過去の勝利にあやかった? いや違う。

 跳ね返した大剣は、上に飛んでいく。勢いよく回転して飛ぶ剣は、天井から垂れるシャンデリアを繋ぐ鎖を切断した。


「モ、モー!!?」


 アーバンは飛び上がり、重厚なシャンデリアに肘を放った。


「うおおお、機関銃肘(ガトリング・エルボー)!!!」


「モー!!」


 一発一発は軽くても、数を重ねれば強力なパワーとなる。

 連打、連打、連打! 

 ひじ打ちによって落下の方向が変わり、オックスを巻き込みながら壁に激突した。さしものオックスといえど、重いシャンデリアの直撃を受けては逃げ出すことも叶わず磔にされる。


「ユリの言った通りだ。イモタルだろうと、動けなくなればどうどいうことはない」

「き、キサマ! あの刃の雨あられをどうくぐり抜けた! 避けようもないはず!」

「避ける必要なんてなかったのさ」


 アーバンの背に刀が、足に鋏が、腕に鎌が、全身に無数の刃物が刺さり、おびただしい血を流している。


「俺の師匠はな……もっと過酷な苦しみを抱えたまま五年もの時を過ごした人間だ。俺はあの人の強さを受け継ぐ! この程度の痛みで音を上げるわけにはいかないんだよおおおおおお!!!!」


 血が滴る銀の肘が、動けないオックスの脳天を穿つ。

 断末魔を上げる間もなく、頭から灰と化していき、巨体が崩れていく。


「こんなところで止まっていられないんだよ」

 最期を見届ける時間すら惜しみ、歩き出す。


 いつの間にか保安官のバッジは失せていた。ここから先は保安官としての正義ではなく、アヤメを助けたい一心での行動。己の正義に従う。


 通路の先にはアヤメがいる。

 足を引きずり、心臓の止まった屍の山を越えて前に進んでいく。


「…………」


 ふと、扇子が閉じる音が聞こえた気がした。

 実際にはただの気のせいだったのだが、アーバンは感じた通りに思うことにした。


 幻惑は終わらないと。

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