6.ドン・ロドリゲス(3)
「ロディ……」
忘れようもない、間違えようもない。顔を見た瞬間につかみかかろうとしたが、それはできなかった。
「ちょっとロドリゲス! あたしの妹に何をしたのさ!」
ロディの後ろに男が控え、アヤメが側で俯いている。下を向いたまま、アーバンたちの方を見ようとしない。
「何も。少し話をしただけさ。ちょっとばかり難しい話だったから考え込んでいるだけだろう」
それよりも、と続ける。
「オックスからメッセージを受け取った時は、まさかと思ったが、こうして直に会っちまえば認めざるを得ないな。お前は確かにアーバン・クロサイトだ。生きてるってことはドクターから聞いていたが、保安官になったとは思わななんだ。似合ってるぜ、そのバッジ」
くくく、と心底おかしそうに笑う。
「お前の方こそ、お山の大将が様になってるじゃないか。ここに戻ってきたのは故郷だからか?」
「ドクターが話したか。別に、こんな、町に思い入れはないさ。ただ誘われただけだ」
「誘われた?」
「後ろのこいつさ。”発砲巳人”ハイデヒース」
ロディが親指で指すと、男は一礼した。
「……幹部が一人、ハイデヒースでございます。どうぞ、お見知り置きを」
ハイデヒースは蛇のような目でアーバンをねめつけ、長い舌をちろちろと動かした。
「ドン・ロドリゲスにはカリスマがあります。いかな外道も頭を垂れ、従える強さ。ワタクシはこれを見抜き、スカウトしたに過ぎません。このお方こそ世界の頂点に立つにふさわしい。そう信じております」
「世界だと? そんなくだらないことに無銃流の力を使うのか」
「オレはもう無銃流は使わねえよ。今は……こいつだ」
おもむろに拳銃を取り出す。華麗な装飾が施されたリボルバー。それをハイデヒースの頭に押しつけ、発射した。
薄暗い牢に一瞬だけ目映く光るマズルフラッシュ。浮かぶシルエットに血飛沫が広がる。発砲音が反響し遠くまで響いていった。
どさり、とハイデヒースの体が崩れ落ちた。頭が吹き飛び、血と脳髄が混じり合った赤黒い液体が撒かれた。
「……な、何を……!」
言葉を失っていると、頭を失った体がむくりと起きあがる。首のあたりからぐにょぐにょと肉が伸び、骨が形成され瞬く間に元通りの頭部ができあがった。その顔がにやりと口角を上げる。
「この通り、ただの鉛玉じゃあびくともしない。イモタル。不死。この力があれば、オレは世界をとれるんだよ」
「そんなこと……聖教会が黙ってないさね」
「だから、こんな寂れた片田舎が必要だったのさ。気づかれないうちに戦力を整え、来るべき時に世界にケンカを売る。心が躍るじゃあねえか!」
そんなバカなことを、と否定しつつも不可能ではないのではと思ってしまう。揺るぎのない、絶対の自信。現に町一つを掌握した手腕、さらに拡大していけば大陸中の人間を相手取ることもあり得なくはないのではないか。
「そのためにも、アーバン。オレに力を貸せ」
「……なんだと」
「オレとお前が組めば、夢が現実になるってもんだ。オレたちで世界をとろうぜ」
「本気で言ってるのか?」
「もちろん」
五年前、絶対的に決別しておいて何を言うか。怒鳴り返したかったが、ロディは冗談や思いつきで言っているのではない、本音を感じる。だからこそ、始末に負えない。
本当に手を組みたいと思っている。
「……」
復讐のために心を砕いた。でも、それが無意味なものだったと知った。アーバンの根本を覆された。今、ロディの提案を退けるだけの理由が思いつかない。
修業時代、何度も衝突したが、決して悪いものばかりではなかった。そこには確かに絆があったはずだった。
二度と叶わぬ遠い夢。和解できる機会があるとすれば、まさにこの選択ではないか。
パチン、と。
心が揺れたアーバンの意識を引き戻したのは、ユリが扇子を閉じた音だった。
「夢物語はその辺にしておきな。妄想妄言甚だしい。世界をとる? 無理に決まっているだろう」
強い口調で否定するユリに、アーバンはハっとした。心が飲まれていた。飲み込まれ、懐柔されそうになっていた。
「くくく。”発砲巳人”ほどうまくはいかねえな。人の心は難しい」
「ホホホ、ワタクシの話術など、すぐに習得できますよ。あなたなら」
悪びれることなく、落胆することもなく言うロディ。アーバンが味方になろうがなるまいが、どっちでもよかったと言いたげな態度だった。
「まあ、いいさ。優秀な人材はもう手に入った。これ以上欲張ることはねえな」
「……どういう意味だ?」
「お前にはもう用はないってことだ。さあ、行こうか。新しい家族、アヤメ・ムラサキよ」
「……ええ、ドン・ロドリゲス」
ロディが去ろうとすると、それに続いてアヤメも歩き出す。
「待て! どういうことだ、アヤメ!」
「何考えてるのさ!? そんな奴に従うんじゃないよ!」
二人の呼びかけに、アヤメは足を止めずに言った。
「アーバン、ここまで来て何だけど、協力関係はもうおしまい。私はイモタルになる。あなたとは……敵同士だね」
「バカな! 何故お前がイモタルになる? 何を考えているんだ!」
「お姉ちゃん、待っててね」
それだけ言うと、アヤメは去っていった。
牢屋を飛び出そうとするのを、ハイデヒースが抑えた。鞭のようにしなる腕が、アーバンの体をがっちりと捕らえた。
「これからあのお二人は儀式を執り行います。その後、晴れてアヤメ様は我らがファミリーの一員となるのです」
「何が儀式だ! あいつはただ姉を捜しにきただけだ! マフィアなんかに関わる必要はないはずだ!」
極まった関節を力ずくで動かしていく。少しずつハイデヒースの拘束が解けていく。
「なんてバカ力……。さすがは銀肘といったところですね。どれ、ワタクシも儀式に同席したいので、この場は退場しましょうか。後のことは彼に任せましょう」
口早に言うと、ハイデヒースは岩の隙間に体をねじ込み、するすると潜り込んでいった。とても人間業とは思えない動き、イモタルの多様性か。
「ちっ。ユリ、あいつらがどこへ行ったかわかるか?」
「儀式っていうのは、シルバーマウンテンの内部で行われる。屋敷の通路から、直接繋がってるはずだよ」
地下牢をかけ上がり地上へ出ると、広いホールに出た。
絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリア。ダンスホールのようなフロアだった。
「向こうの通路から行けるはずだよ」
示す通路を目指す。
すると、ドアというドア、扉という扉が全て一斉に開かれ、数十人の男が飛び出してきた。
「ただでは通してくれないようだな。ならば……押し通す!」
踏み込むアーバン。その眼前に、巨大な岩が転がり込んできた。行く手をふさぐ岩は、言葉を発する。
「また会いましたね、保安官」
「その声は……」
岩は……いや、違う。人だった。巨大な体の男。アーバンに敗れたファミリーの一員、元幹部。”保安官殺し”として名を轟かせたファミリーの一員、”荒くれ牛”オックスだった。




