第六話 風の剣士
「いやっ、離して、離してくださいっ!!」
適当にぶらついていた私の耳にその声が届くのと、私が走り出すのはほぼ同時だった。
善からぬことが起きているのだと瞬時に理解し、剣を抜きながら風を纏って声がした方へ急ぐ。
屋根伝いに探すと、それはすぐに見つけることができた。
男四人、エルフの女性一人。彼女が抵抗時にあげるのと先ほどの声が一致したのを認めた瞬間、私は舞い降り剣を三閃、三つの呻き声が上がる。
殺さないように注意したが、やりすぎてないといいかな。
続いて、私は残った男の四肢を斬り飛ばすことで、地に伏せてこちらを仰ぐ三人に警告する。
「あ、あの……──っ!?」
呼ばれたため振り向くと何故か驚かれた。
血は浴びてないはずだけど…。
「何か?」
「……えっと、あっちに男の子が追いかけられて行ったんだけど……」
「──っ!、わかりました。気をつけてくださいね」
ざっと見て怪我がないことを確認し、飛び上がり教えてもらった方へ向かうと、すぐに二人の姿を見つけた。
状況から判断するに交戦直前なのだろう。
慣れてないのか男の子の方はなっちゃいな──っ!?、嫌な気配!
男の子が何事かを呟いた途端、彼からそれが膨れ上がった。
楽観視はできない。
そう感じた私はすぐさま彼の前に飛び降りた。
因みに、彼女が男達にした仕打ちは勿論やりすぎである。
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女性を襲っていた男達の一人に追いかけられ、逃げた先で袋小路に追い込まれた僕は、決死の覚悟で身の丈に合わない刀を抜き対峙した。
そのとき、一人の女性が僕の前に降り立ち、こちらを振り向いて言った。
「もう、大丈夫」
それを聞いたとき、綺麗な声だと場違いな思考を巡らせた。
髪は空色で長く、瞳は美しい金色だった。
目を奪われた僕に彼女は再度振り向くことはなく、目の前の男へ声を掛けた。
「状況を見た、今からあなたを斬ります」
「な──」
何か言おうとしたのだろうか。
既に斬り伏せられて血を流す男の口は何も紡ぐことはなかった。
「よおよお、やってんなぁ?」
そこに、倒れている男を越えた向こうから、一人の男が新たに姿を現した。
「制裁しただけ、文句はないはず」
「文句ならある、俺の子分がやられてんだ、こっちがはいそうですかって引き下がれるわけがないだろ?」
さっき女性を襲っていた中にはなかった顔だが、何を言うかと思えば女の人への報復であった。
知れず、下げていた右腕に力が入る。
何をふざけたことを言ってるのだろうか。
女の人を襲ってたあいつらが悪い。
俺を追いかけてきたそいつが悪い。
それを何で俺と女の人のせいにできるんだ。
「───斬る」
暗い思考に陥っていた僕を引き戻したのは、女の人が地を蹴るタンッという軽い靴音だった。
「【付与】」
一瞬で間合いを詰めた女性に対して、ふざけた男は昨日二人が使っていた強くなる魔法を使って剣を交える。
絵面を見れば平均的に少し小柄な女性と大男の図。しかし、剣戟はふざけた男が圧される展開から始まった。
秒間に何度も放たれる斬閃は容易く男の身体を切り裂く。
「【食め、暗闇】!」
方がつくかと思われた一方的な戦いは、男の魔法によって継続された。
剣から吹き出した闇を寸でのところで女の人が避けたためだ。
「へぇ、これを避けるか」
「とろい。でも、危険」
「そりゃぁ、肉を食らうための魔法だからな」
肉を食らう。
それを聞いて思い出すのは先程無意識に口から出た詠唱だ。
【我が身を喰らえ】、刀を抜いた途端に頭に浮かんだもの。嫌な意識が俺を──俺?
おかしい。
僕は自分のことを僕と言っていた筈だ。
それなのに……何故?
俺は僕で。
僕は俺で。
僕が僕で。
俺が俺で。
俺が──
「【付与】!」
また、彼女の声が助けてくれた。
嫌な思考に陥っていたいたことを自覚する。
僕は刀を鞘に戻し、目の前で戦う彼女を意識した。
改めて見ると、彼女の風のように舞う姿は美しく、頬を撫でる風は心地よかった。
心得など全くない僕から見ても繰り出される剣は洗練されていて、無駄のない体捌きは土煙をほとんど起こしていない。
「かはっ……」
剣を跳ね上げられ空いた胴に強烈な水平蹴りが炸裂した。
女性とは思えない膂力で放たれた一撃は凄まじい威力で、男が叩きつけられた壁には幾つもの亀裂が走っていた。
「何故?」
「………、あぁん?」
「それほどの腕なら、他にも道はあったはず」
裂傷によって全身から血を流す男は、壁にめり込みながらその問いに答えた。
「人間ってのはなぁ、大真面目に仕事仕事仕事ってのが出来ねぇ奴が山ほどいやがる。だからそんな奴らの拠り所を作ってやってんのさ。嬢ちゃんに心配されんのは心外だぜ?」
不敵な笑みを浮かべ僕と女性を一瞥すると、男は立ち上がった。
「自分と違うからって価値観押し付けんじゃねぇ、虫酸が走りやがる」
「そう、なら遠慮なく斬らせてもらう」
「はっ!、やってみやがれ。【闇よ、根源たる我が命ずる、彼の者を討つ力を与え給へ】──【強化付与】。準備はできた、さあ、泣き喚けよ?」
男の魔法行使を女性が待っていたのは慈悲なのだろうか。
「すみません、無駄です……【強化付与】【二重付与】【ブースト】」
「糞がっ、オラァァ!!」
煽る目的があるようには見えなかったため、事実を述べたのだろう。でも、男の方は激昂して彼女に襲いかかった。
そこから僕に出来たのは、男が腕を振り上げたと認識することだけだった。
瞬く間にその決着はついた。
「が……は……」
剣は折れ、頭からドクドクと血を流す男は言葉を発せず、完全に沈んだ。
「君はもう行っていいよ、私が見ておく」
一瞬の出来事に放心していた僕は、その言葉に顔を振り上げた。
聞いてない。
まだ何も知らない。
彼女が何者なのか。
どうやって大の男を圧倒できる力を手に入れたのか。
その強さはギルドの人が言っていたものに直結する。
やっと見つけた居場所なんだ、もう、手放したくはない。
引き留める方法をあれこれと考えて込んで、僕は焦りから咄嗟に声を出した。
「──名前を、名前を教えてください!」
もっと聞くことはあっただろうに、口から出たのはそんなありふれた問いだった。
一瞬瞠目したかのように見えた彼女は、しかし薄く笑って言った。
「エリス」
「エリス……さん」
「もう行った方がいい、迎えも来たみたいだし…」
「アディン!」
「──っ!、レオ!」
現れたのはレオだった。
身体を回され服を捲られる。
傷でも確かめたのだろう。
「──ったく、心配掛けさせやがって…」
「私が守った、怪我はない」
「ああ、そうみたいだな。エリス、ありがとな。ほら行くぞ。みんな待ってる」
「──えっ、でもっ」
「でももへったくれもねぇ!」
「あっ、ちょ、───ありがとうございました!、エリスさん!」
腕を強引に引っ張られる僕は顔だけ彼女の方へ向け、そして礼を言った。
そして、帰ってきたのは見惚れるような微笑みだった。
彼女の姿が見えなくなって、アンナ達に合流しても、僕の思考は彼女に支配されていた。
何も聞けていない、彼女のことを何も知らない。
でも、僕は──俺は、強くなる。
彼女みたいに誰かを守れる強さを手に入れるんだ。
守られるのではなく、背に誰かを庇い、勝ってその人を安心させられるような。
そんな強さを手に入れるんだ。
あの綺麗な人のように。
「あ?、エリスは別のギルドだからそんな気安く会えねぇぞ?」
エリスさんと会いたいという僕の夢は、レオの言葉に一瞬で砕け散るのであった。