第六話 カノプスの森
『カノプスの森』。
木々が鬱蒼と生い茂る深い森。
生息するのは全てモンスターであり、殆どの人間が立ち寄らない怪物の巣窟。
武者修行と称してこの森に挑む者はいるが、決して帰ってこれないことはない。
モンスターが多いだけのただの森だからだ。
木の背は高く気温は低いが、凍えるほどではない。
陽の光は届かないが、見えないわけではない。
大して凶悪でないのがこの森の特徴だ。
勿論、無防備に飛び込めば、体術の心得の無い者にとっては地獄へと変貌するほどの危険は潜んでいる。
だが、現在この森を進行する一団にとってはただの道と変わらないものだった。
「カイトー」
「俺は雑用じゃないぞ……」
ヒュン、ヒュン、と飛び回る銀色。
それは剣だ。
木々の合間を縫って宙を進み、こちらを見つけて襲い掛かろうとしたモンスターの首を撥ね飛ばす。
時には心臓を一突き。
時には胴体を両断。
今、カイトが操る剣はモンスター達にとって死神の鎌に等しかった。
彼らにとってはただの通常攻撃だが。
「リンカ、貴女の能力をお復習しときたいわ」
「確かに、いざという時に把握していないと背中を任せたり連携が取れなくなったりしてしまうからね」
「カイトには私が後で伝えておくわ。────カイトー!そのまま続けておいてー!」
返事はすぐに返って来て、悪態とセットだった。
「まずは色、魔力、グレードをお願いするわ」
「色は天翼族特有の白、魔力は〔白光〕──白の光を操る力で、グレードは Ⅱ 」
「次はアビリティを頼む」
「〈剣士〉G〈弓士〉G〈盾士〉G〈回復〉D〈魔導〉D〈魔力治癒〉F〈飛翔〉Dだよ」
「それじゃスキルをお願いしようかな」
「[集陽天撃]が時間経過の威力上昇で、[加護]が状態異常無効とグレード Ⅰ 上昇──これがグレードが Ⅱ の理由だよ」
「『器』とかはあるのか?」
「うん、『光撃玉』っていう封器で、剣、弓、盾、魔法円になるの。解放すればステイタス上昇と玉が三つになるっていう効果があるよ」
「なるほどなぁ」
「じゃあ、蓄積中に行動で解除とか制限はあるのか?」
「あ、カイト掃除終わったのか」
「ああ、押し付けられてな………そんなことより、どうなんだ?」
「えーと、特に動いても問題はない?、かな」
「疑問はやめてくれ」
「んー、多分、チャージしてるところで攻撃したらダメだと思う。魔法なら問題はないと思うよ」
「ならいいな」
「これで大体確認は終わりかしらね。じゃあ次は私達の力の詳細を教えるわ」
「うん!、頑張って覚えるよ!」
互いの力の擦り合わせを終えた《蒼の双星》は、数時間後にその歩みを唐突に止めた。
それを引き起こしたのはアディンだ。
「探知の中に入った───気持ち悪い感覚だ。多分ここで間違いないはずだ」
「わかったわ、これからはアディンを先頭に行くわよ」
『了解』
精緻な魔力探知を持つアディンによって連れられたのは、ある洞窟だった。
「暗いわね……」
「あ、私光だから……」
「リンカお願い」
「うん──【光源】」
魔法の発動。
リンカの手のひらに出現したのは小さな火の玉と呼ぶべき光だった。
「それ、前に飛ばせるかしら?」
「できるよー」
フヨヨと漂う火の玉はゆっくりと前に進み始めた。
「よし、行くわよ」
アンナは手の中に神器を具現させて、一歩踏み出した。
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「暗いわねぇ」
「魔法産の光でこんだけ見えねぇっことは、確実になんかあるな」
「ああ、濃い妨害の魔力がこの洞窟を満たしてるぞ。恐らくこれは──」
「───ええ、限られた者しかあの入り口を見つけられないし、仮にここに入れても前も後ろも行けないようになるわ」
「てことは……」
「罠だな」
「それでも行くぞ」
「わかってるわよ、貴女の姉が待ってるもの」
アンナのその言葉に全員の相貌が固く引き締まった。
それから数十分後、口を閉ざしていたアディンが声を洞窟に響かせた。
「探知はさっき言った奴に乱されてるが、通用しないほどじゃない。そろそろ着くぞ」
彼の言葉通りに、一同が歩みを止めたのは数分後だった。
「これは……」
言葉を失う 《蒼の双星》一同。
それもそのはず。
彼らの目の前に広がっていた光景が余りにも現実離れしていて、禍々しかったためだ。
空間が歪んだ悪魔の口を思わせる漆黒の渦。
嫌悪感を抱くほどの『黒』の気配。
アディンがわざわざ告げなくとも、これを目にした者達は鳥肌を立て相貌を憎悪に歪めていた。
「ここに、入るしかない」
「嫌よ!こんな気持ち悪いのっ…」
「まあ、確かにこれに飛び込めと言われてすぐに身を投げ出すことは難しいね」
「最初が肝心だろ、アディンが行けよ」
「俺が先に行って閉じたらどうするんだ?」
「そうね、アディンを誘き出すことが目的なら、アディン独りが入ったのに、むざむざ私達を招く必要がないわ」
「じゃあどうすんだってんだよ、ここでごちゃごちゃ言い合ってるのも無駄だろうが」
お前がいけ、自分はいけない、最後の方がいい、そういった押し付け合いが発生しようとしていたその時だった。
「私、行くよ」
「リンカ……」
「白の魔力の私なら万が一でも大丈夫だし。…それに、落ちるのは慣れてる、から…」
万が一とは、黒に呑まれ敵側に回ることである。
「はぁ……俺がいく、こんなかで一番身体が頑丈だからな」
そう言ったレオの視線が射抜いたのはリンカの手。
必死に隠しているのかもしれないが、小刻みに振動している。
少女にそんな想いをさせるわけにはいかない、と考えたのだ。
アディンもリンカの震えに気づいていた様だったが、自身は最後である必要があるため申し出ることができなかった。
「じゃあ行くぞ──」
そして、いざレオが飛び込む。
「みんな飛び込むわよ!」
『了解!』
とその瞬間に、六人全員が跳躍した。
「──え?」
突然の出来事に呆けていたレオは身動きを取ることができず、為す術無しに浮遊感を味わう。
そして、彼にのし掛かったのは六人分の体重だった。
「───ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ─────」
洞窟から七人の姿が消えたとき、渦は既に口を閉じているのだった。
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「────ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああア゛ッ!?」
ドサドサドサドサドサドサドサ、と七つの大きな荷物が空から放り棄てられた。
一番下の荷物は地面に墜落したとき、最後の荷物が落ちたとき、その両方で「グエッ」と潰れた蛙のような声を漏らしていた。
「ど、どけぇぇぇぇ」
悲痛な叫びに、六人は一番上───アディンから順に人山から降りていく。
「ったく、ふざけんのはいい加減にしろや…………あぁ?」
悪態を吐くレオ。
だがそんな彼を無視して六人は前方を向いて目を見開いていた。
その様子に焦りを覚えたレオは直ぐ様回れ右、そして目に入った光景に絶句した。
彼らの前に在ったもの。
それは────
「何、あのおっきなお城……」
────禍々しい造型の巨城だった。




