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黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第五章 魔王の城
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第五話 白髪の少女 Ⅲ


 夜。

 月明かりが照らす夜。

 既に多くの者が寝静まる夜。

 今夜は例外的に町が騒いだが、本来なら静寂が満ちている時間帯。

 そんな頃に私───リンカ・ヴァルトはまたもやアディン・ネルヴァの就寝する部屋の前に訪れていた。

 夜這い、ではない。

 事の顛末を語ろうと思ったのだ。

 別に『黒魔導師』に追われる身でもない、故に彼らに迷惑を掛けるのは私の世話代だけ。ならば終始さえ話せば籠絡できる可能性が高い。

 そう考えた私の行動がこれだった。

 付いていけなかったとしても、モンスターが襲撃したときに指示を出していたのはアンナさんとアディンだったことはわかった。余り差はないように思えたが、彼はあの六人の中でも発言力がある方なのだろう。

 そう仮定すれば、彼を説得した後に二人で後の五人を納得させる。

 一番成功しやすいのを考えた。

 

 さっきは気づいてくれたが、流石に今は寝ているだろう。

 起こすのも悪いと思ったが、私にはこれしかできないため扉をコンコンと軽く握った手の甲で小突く。

 もし駄目なら身体でも使えばなんとかなるだろうし。

 

 

「……………リンカか、まただが………どうした?」

 

 

 今度は彼自ら扉を開けてくれた。

 

「話が、したくって……」

 

 先の襲撃で軽く互いの領域には踏み込めているはず。

 ここは気さくな口調の方が好印象のはずだ。

 元々彼は私を萎縮させないよう優しく接してくれたが。

 

「…………そうか、まあ入れよ。夜は冷えるだろうからお茶でも用意する」

「うん……」

 

 やっぱりまだ上手く声が出ない。

 促されたところに腰を下ろし、彼が備え付けられた簡易炊事場から戻ってくるのを待った。

 それから数分後、アディンがカップを二つ持って帰って来た。

 出されたお茶の温度は丁度よく、熱すぎず冷たすぎない夜喉を通すのにぴったりのものだった。

 

「料理はできないがな、せめて何か出来ないかとジャックに教えて貰ったんだ」

「うん、美味しいよ。温度も今の時間帯に合ってるし」

 

 私がそう言うと、アディンはジッとこちらを見つめてきた。

 え、アクション無しでいきなりその話題に行っちゃうんですか?

 

「話したい、って言ってたよな?」

 

 あ、そっちか。

 呆気に取られながらも首を縦に振って肯定を示す。

 

「なら先にそっちを済ませるか、世間話は後でもできる。いや、もし言い辛いことで心を落ち着かせてるなら待つが……」

 

 私が何の話をしに来たのか、恐らく検討がついているのだろう。

 わざわざ夜に、しかもたった一人で。

 内密にしたいか逢瀬かしかない。

 

「ううん、話すよ。ちゃんと、聞いて欲しいの…」

 

 こちらが真剣味を帯びた表情をすれば、彼の相貌もクッと引き締まる。

 そして私は、一度息を吐いてからそれを皮切りに全てを打ち明けた。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

「クソがっ!」

 

 ダン、と机を打ち付ける前に寸止めされる拳。

 物に当たっても意味がないことと、まだ残っているカップを懸念して思い止まったのだろう。

 けれども、今のアディンの言葉には今まで我慢していた激情が内包されているかに思えた。

 

「リンカ、俺達がお前を助ける。俺が助ける。お前を一人になんかしない!」

 

 元々ここは団体で借りるような宿ではない。

 多少の大声を出しても隣や外には響かない。

 だが、これは私の思い描いていた展開よりも一段都合のいいものだった。

 

「アディン……?」

「俺と一緒に来い、もう、独りになるあんな想いは、させない」

 

 強い語気。

 ここで断ったとしても遠慮したと見られて強引に連れていかれるだろう。

 断らないが。

 

「うん、行くよ。一緒に行く。行きたい──一緒に行きたい!」

 

 生きたい。

 逝きたい。

 二つの感情。

 肉体による生への渇望に引っ張られた生きたいという感情と、家族、故郷、全てを失った絶望に逝きたいという感情。

 その二つが私の中では渦巻いていた。

 でも、今このとき、その天秤は確かに傾いた。

 重石が乗せられたのは────生だ。

 見知らぬ人間と接して、彼らの優しさに触れて、私の心の蝋燭にはいつの間にか火が灯っていた。

 現金なものだ。

 死にたいなどとほざいていた人間が、今となっては人の優しさに漬け込んで生きようとしているのだから。

 

「リンカ、明日の朝みんなに言うぞ。俺は今でもわがままを通しているが頼めば快諾してくれるはずだ」

「私も戦えたらいいんだけど……」

「気にするな、封印されてんだろ?帝都に帰ったら解いてやる」

 

 ──────え?

 

「ああ、俺達の出身は帝都だ。天翼族(ヴァルキリー)が下の世界のことを知ってるかは知らないがな」

 

 え、待って……

 

「まあ、皇帝辺りがすぐに出来そうだけどな」

「待ってっ!」

「おお、どうした?」

「気づいてた、の?」

「そりゃあな、俺の魔力は魔力探知の効果があるし、リンカの異常なんてすぐにわかった。魔力が内に引っ込んでる、見たいな?」

 

 どうやら、私が出会った人達は桁外れな力を持っていた。

 わかっていたはずなのに、やはり後から分かると余計打ちのめされてしまう。

 

「そう……うん、明日の朝、みんなの時間取っちゃうかもだけど全部話したい。お願いできる?」

「ああ、勿論だ」

「ありがと…」

「んじゃ寝るか、リンカも部屋に戻れ」

「え───あ、うん。お休み」

「お休み」

 

 就寝の挨拶を告げ、自分の部屋へと戻る。

 扉を開け、寝台に寝そべって最初に感じたのは、自戒だった。

 隠していたことを知られていて、打算していたことを上回れて、欲を掻いていたのを受け入れられた。

 そして、一番羞恥に苛まれたのが色仕掛けで籠絡しようとしていたことだ。

 夜中に薄着で一人部屋に訪れ、無防備な姿を晒す。そんな私に対して彼はどこまでも紳士で、どこまでも真摯だった。きっと、私が路地裏に全裸で放置されていても彼は優しく保護し、手は出さないだろう。女に興味がないわけではないのに、私に少なからず好意を抱いていたというのに。

 ちゃんと、明日謝ろう。

 自己満足でもいい。

 全てを打ち明け、私という汚れた人間を知ってもらおう。

 また、私自身に落胆するのは、それでもアディンが私を見放さないと思っていることだ。

 何て卑しい。

 何て厚かましい。

 それを自覚しながら、優しい彼から離れられないという矛盾。

 これに気づいたとき『ああ、好きなんだ』と自分の胸の内の想いを理解した。

 もし一時のときめきだったとしても、私は大事にしていこう。

 願わくば、ときめきから愛に変わらんことを。

 

 

 …………もう寝よう。

 

 夢の中なら、明るい私になれるかな。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

「お願いします!」

「頼む!」

 

 翌朝、ギルドのみんなを集めたアディンとリンカがしたのは、全力の嘆願だった。

 呆気に取られる者数名。

 そしてたった一人、コツコツと靴音を鳴らしてリンカに近づく者がいた。

 

「顔上げなさい」

 

 アンナだ。

 

「頼む!」

「お願いします」

 

 一瞬上げかけたものの地面に額を付ける勢いで再度頭を振り下げる二人。

 しかし───

 

「上げなさいと言ってるでしょう」

 

 ───アンナはただそれだけを求めた。

 余りの語気の強さにたじろぎながらおずおずと顔を上げる二人。

 二対の瞳が映したのは無表情の美女だった。

 

「ついてくるって意味、二人共解ってるのかしら?」

「ああ!」

「うん!」

「アディンは、私達が今からすることについて話したのね?」

 

 ここで黙ってしまったアディン。

 それを認めた瞬間、アンナの眼差しは氷点下に。

 アディンは慌てて訂正した。

 

「ち、違うんだ!───リンカにはここで待って貰って、帰ってきたら一緒に行こうと──」

「───甘いわ」

「───っ」

「リンカ、よく聞きなさい。私達が今から行く場所は『カノプスの森』、旅でもない、冒険でもない、人───いいえ、悪魔を殺しに行くのよ」

「あく、ま……?」

「そう、アディンの姉を捕らえている邪眷属を、ね」

 

 『邪眷属』の単語を耳にした途端、リンカの様子が豹変する。

 頬は小刻みに震え、拳は爪を食い込ませ、歯軋りまで聞こえてくる。

 そして、最も変化が著しかったのが、瞳だ。

 明らかな憎悪に濡れていた。

 

「その顔ができるなら、ついてきてもいいわ」

 

 笑みはない。

 ただ自身と同類だという一点のみで同行を許可した。

 反応の遅れは一瞬。

 何を理由に許したのかわからなかった二人はすぐに喜色に相貌を染め、互いに顔を見合わせた。

 

「貴女も戦いたいかしら?」

「はいっ!だから───」

「封印なら、私が解いてあげられるわ」

「──え…?」

「マジで…?」

 

 二人の表情は驚きに溢れる。

 リンカはあり得ないほど優秀な人材が揃っていることに。

 アディンは何でも出来すぎて逆に怖いということに。

 

「ええ、だからリンカはついてきなさい、ここで服を脱がせるわけにはいかないでしょ?」

「は、はい!──お願いします!」

 

 格好良過ぎる、その美女の背中を憧れたように見つめるリンカはすぐに後を追った。

 残されたアディンは気まずそうに後頭部へ手をやり──

 

「───あー、すまん」

 

 怪訝、懐疑、好奇、三対の瞳からそれぞれの視線が刺さる。

 

「お前がいいならとは思ったが………足で纏いにならないのか?」

「アディン、あの娘のことどう思ってるわけ?」

「で、アディンは彼女のどこに惹かれたんだい?」

 

 三者三様、しかし全ての問い答えずアディンは叫んだ。

 

「そんなんじゃねぇよ!?」

 

 まあ、ジャックの言葉に関しては全力で否定したかったのだろう。

 そんな風に、二人が帰ってくるまで訳もなくはしゃいでいたのだった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

 暗く狭い部屋に鎖に繋がれた女と長く黒いローブを身につけた男がいる。

 

「そろそろあいつはここに来ると思うよ」

「──何が、だ?」

「あいつを捕まえたら邪剣王様から褒美が貰える」

「何の話をしている」

「残念だよ、僕にはこうして君に触れることしかできない」

 

 男は女の肌をその手でまさぐっている。

 頬から首筋へ。

 首筋から胸元へ。

 胸元から乳房へ。

 乳房から腹部へ。

 腹部から腰へ。

 腰から脚へ。

 脚から足へ。

 

「……っ」

 

 おぞましい肌の感触と触れられているという羞恥に女は下唇を噛む。

 

「君は美しいね。この部屋では時間が止まっていて、ご飯も要らないから君は18歳のままで綺麗なまま。こんな綺麗な娘と一緒にいられるなんて幸せものだよ」

 

 相変わらず男は女の身体を触っている。

 

「君は何も悪くないんだよ。君と関わったあいつが悪いんだ。裏切り者のアディンが。君もあいつに騙された口だろう?」

「───アディンは、私の弟だ……」

「君も頑固だね。それは何回も聞いたよ。ルシフェルに伝えといてもらったからそろそろ来ると思うよ。感動の再会だね。絶望に落ちた顔を見るのが楽しみだよ。僕が開けておいた穴に気づくかな?」

 鎖に繋がれ拘束された女のその黒の瞳には、諦めの色はなかった。

初めて連続タイトルですが、楽ですね。考えなくていい。リンカ回はこれにて終了、次からこの町から離れます。

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