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黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第三章 エメラルドラビリンス
37/195

幕間 妖精少女の涙

始めに言っておきます。ちょっとやり過ぎました。キモいと思われなければいいのですが……。


「バカっ!!」

「──がっ─は……」

 

 カイトの胸に突っ込み拳でポコポコと叩くというそのジャスミンの行為は可愛らしいものだった。

 その込められた力がただの少女であれば。

 警戒もしていなかった彼は力加減を謝った少女の一撃を余すこと無く受け入れ、沈んだ。

 

「カイトーー!?」

 

 ジャスミン自身がわかってないのが質が悪い。

 地面に倒れるカイトはその元気そうな姿を認めて微笑む。

 この通り、アディン達三人の姿は迷宮の外にあった。

 傍らにはアンナ達もいる。

 カイトが撃沈することになった経緯を説明するには遡るしかない

 

 二十分前のことだ。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

「アディン!、ジャスミン!」

 

 レオとジャックの二人と話していたアンナが唐突にダンジョンの入り口へ顔を向けた。

 残りの二人も気配を察知したらしい、特に驚くこともなく同様にする。

 

「みんなっ!」

 

 ジャスミンを背におぶって三人の元へ走るアディンは歓喜に相貌を染めた。

 対してジャスミンの反応がないことに些かの不安を覚えたレオがすぐに駆け寄る。

 

「アンナ!──負傷が酷い、治療しろ!」

「なんですって?…見せなさいっ!」

 

 一気に慌ただしくなる五人。

 レオが血相を変えるほどジャスミンの容態は酷いものなのかとアンナとジャックも少女を寝かせる三人の元へ駆け寄った。

 そしてアンナは膝をついてジャスミンの胸元をはだけさせ、地肌に手の平を乗せた。

 

「………………酷いわ、回復薬(ポーション)で強引に治したことで皮下に傷が残ってる。腹部の臓腑の損傷も激しい……何より大腿骨の骨折を曲がりにも治療されたことで歪んでくっついてるわ。万能薬(エリクサー)を持たせれば良かったわ…」

「じゃあアンナ…」

「心配しないでもこれくらいなら私の魔法で治せるわ。お兄ちゃんなら頭と心臓さえ残ってれば全快させちゃうだろうけど」

「え……」

 

 茶目けたっぷりの笑顔でそう宣う彼女にアディンはひきつった頬を見せる。

 

「じゃあ始めるわよ、避けられても効率が悪いから押さえといて」

「おうよ」

「了解したよ」

「わ、わかった…」

 

 

「────【愛する我が輩へこの祝詞を捧げる】」

 

 玲瓏な調べがアンナの口から紡がれる。

 

「【明日の明星を貴方に、苦しみを癒し痛みを彼方に怒りを安らげ悲しみを分かち合おう。祝福をここに、神よ応え給え、この祈りよ届け】─────【福和の悲祷インボウクミィティゲイト】」

 

 詠唱が完成され、アンナの足下にジャスミンの身体を完全に内包するほどの魔法円が展開する。

 そして上方へ魔力光が立ち上ぼり、衣服や髪が浮き上がった。

 キラキラと燐光が舞いシャンシャンと鈴の音が二人を包み込む。

 如何程か経ち光が集束、地面に展開していた魔法円も徐々に掠れていった。

 

「──う……んん……」

「これでもう大丈夫よ、あとはマナの枯渇さえ何とかすれば全快に近くなるわ」

 

 珍しく母性の後光が差すアンナに、覚醒したジャスミンはゴロンと転がりその太腿に顔を(うず)めた。

 

「あら…」

「ありがと…」

 

 十一も歳が離れていれば姉よりも母に近いのだろう。その姿は親子に見えもする。

 

「それで、カイトはどうしたんだい?」

 

 そして、ジャックがそう問いかけるのと同時にジャスミンは跳ね起き、悲痛な表情で訴えた。

 

「お願い!カイトを助けて──独りでまだダンジョンに居るの!!」

「無理よ」

「え──」

「ダンジョンはそういう造りになってない、入口は一定時間を越えれば誰も入れないぞ。だからカイトが出てくるまであそこはあいつだけの場所だ」

「そんな……」

「あー、ジャスミンは何か心配してるみたいだが、大丈夫だぞ。目を見たからな」

「なるほど、なら安心だね。五人で待っていようじゃないか」

「そうだな、盛大に迎えてやろうぜ」

「あ、アディンも膝枕して欲しいかしら?」

「要らねぇよ!」

 

 口々に和気あいあいとし出す五人。

 そんな光景を見てジャスミンは眉を寄せた。

 アディンがまた煩くなるとげんなりとしそうになった瞬間、レオが強い語気で彼女に問い掛けた。

 

「信じられないのか?」

「──え?」

 

 そして五分後、悔しさと申し訳なさに号泣するジャスミンの姿があった。

 

「泣かせた」

「酷いね」

「女の子を強引に……」

「お前らなぁっ!」

 

 アディン、ジャック、アンナが口々にレオを非難する。

 懇切丁寧な説教によりうちひしがれたジャスミンは崩れ落ち、大粒の涙を地面にポタポタと落としている。それをからかい混じりに和ませているつもりなのだろう。

 

「───ひっぐ……えぐ───ぐすん」

 

 ようやく泣き止んだ、と四人が安堵しようとした。

 だが、次なる存在がそれを許すことはなかった。

 

「────い」

 

 微かに聞こえた声。

 まさかのタイミングの悪さに目を腫らすジャスミン以外はバッとその方向に顔を向けた。

 そこには、手を大振りするカイトの姿がある。

 不味いっ、そう思った束の間──

 

 ────タンッ────

 

 軽い地を蹴る音。

 それは誰の知覚にも引っ掛からず、単独で躍り出た。

 カイトも突然のことに一切の反応を許されず、甘んじて受け入れる他なかった。

 

「バカっ!!」

 

 ジャスミンの拳が、カイトを撃沈させたのであった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

「で、聞きたいんだけど封器はどうしたのかしら?」

「───ギク…」

「ジャスミン……口に出てるのわざとでしょ……?」

「な、なんのことかわからないわ……」

 

 分かりやすく肩を跳ねさせるジャスミン。

 それを見たアンナは苦笑を禁じ得ず、組んでいた腕を解いて腰に手を当てた。

 挙動不審になる彼女の様子に他の四人も失笑せざるを得ない。

 

「こっち見て言いなさい…。……じゃあ二人に聞くわ」

 

 目を合わせない少女に尋ねていても埒が明かないとアンナはアディンとカイトに顔を向けた。

 そしてジャスミンとは違って、当事者でないことも起因しているのだろうが淡々と語り始めた。

 

「聞いてたのとは大分違ったな」

「変な音はするしモンスターも異常に多いし」

「ダンジョンが生きてるってのは散々思い知らされたが、流石にあの量はビビった。何で浅い階層のくせにあんなに出てきたんだ?」

「実は四階層で明確な殺意を感じたんだ、ダンジョンは生きているだけじゃなく意思を持っている、て思った」

「でだ、一番下まで行ったのは良かったんだが、例の通りジャスミンが独りで挑んだ」

「そうね、試練は複数人では通れないし門も開かないもの」

「残った俺とアディンでそこのモンスターを殲滅、追いかけてきたモンスターも殲滅、そのあと休憩しているところにジャスミンが帰って来たんだ」

「咄嗟に俺達は構えたがすぐにジャスミンだってわかってな、それで怪我してるこいつを介抱してから気づいたんだ」

「封器が無い、ってな」

「おかしいわ、挑戦者が出て来られるのは迷宮主を倒したとかと負けて死んだときだけよ。死んだらダンジョンに吸収されるから出てもすぐに消えちゃうけど…」

「ところがジャスミンは出てきた、話によると謎の風と剣で倒したらしい」

「謎の風と剣……」

「声も聞こえたらしいな」

「声………ですって……?」

「おい、アンナ」

「ええ」

「ああ、それなら僕も経験があるかな」

「ジャック?」

「ここでジャスミンの不思議体験をわかってやれるのはジャックしかいないな。後で話してやれ」

「わかったよ、じゃあそろそろ帰ろうか。ずっとここに居ても仕方ないからね」

「そうね、ほらジャスミン、立ちなさい。行くわよ」

「おんぶ……」

「こいつ、幼児退行してやがる……」

「アディン、その顔は結構酷いぞ」

「いや、アディンのそれはしゃあないぞカイト。ジャスミンの歳でそれは流石にねぇわ」

「ほらみんな、そんなこと言ったら可哀想じゃないか。レオ、おぶってやったらどうだい?」

「しゃあねぇな…」

「レオ……」

「何でこんなに子供みたいになってるんだ?」

「多分カイトを置き去りにしたことがまだ響いてるんだろうな」

「いや、俺はあのとき一番いい選択だと思ったて提案したんだが……」

「そんなことより帰りましょう。早くお風呂にも入りたいし、ご飯も食べたいんだから」

「同感」

「そうだな」

「ほらジャスミン乗れよ」

「僕も少し臭くなるころかなとは思っていたところだ」

 

 最後のジャックの一言に「えっ?」とジャスミン以外が目を丸くした。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

 帝都に帰還、食事と入浴を終えた 《蒼の双星》の面々はそれぞれの自室へ戻り、好きなように夜の時間を過ごした。

 そしてある場所に月明かりに照らされ影が生まれていた。

 そこはギルド 《蒼の双星》のギルドハウスの屋上、夜空を展望できるバルコニー。

 真ん中の少女──ジャスミンの瞳からホロリと一筋の涙が伝った。

 

「怖かった、な……」

 

 思い起こすだけでも胸が締め付けられる、アディンにおぶられカイトを置き去りする光景。

 遠ざかる少年の背中。

 響き渡る自分の慟哭。

 動けない身体が恨めしく、戦えない自分が悔しかった。

 もっと自分が強ければ。

 もっと自分が高ければ。

 後を立たない自己嫌悪。

 知れず、白くなるまでに拳は握られている。

 

「もう失くしたく……ない………」

「ジャスミン……」

「────っ!?、………アディン…」

 

 聞こえただろうか。

 聞こえてしまっただろうか。

 自分の弱音を。

 自分の涙声を。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫、じゃない…」

 

 本当に大丈夫じゃない。

 今も泣きたい。

 でもカイトも帰って来た、私もアディンも傷は残ってない。

 全て元通り。

 だから、私が泣くなんてことはできない。

 

「すまんな、辛かっただろうに…」

 

 何に対しての謝罪だろうか。

 何を思っての謝罪だろうか。

 私の心が分かるわけないのに。

 何も分かってくれることなんてなかったのに。

 何をわかったように謝るの。

 どうしてそんなに軽々しく口にできるの。

 でも、そんなことは口にできない。

 軽々しく、言えない。

 

「なあジャスミン、どうしたんだ?」

「…………何でもないわ」

 

 何も無くはないだろ、そうアディンは言った。

 言いたくない。

 それを何故わかってくれないのだろうか。

 何でズケズケと踏み込んでくるのだろうか。

 そっとしておいて欲しいのに。

 一人にしておいて欲しいのに。

 わざわざ夜まで我慢したのに。

 人目につかないところまで逃げてきたのに。

 何でアンタは来るのよ。

 何でここに来るのよ。

 普段は私のことなんて気遣わないくせに。

 いつも私を怒らせるくせに。

 嫌いだ。

 こんな男嫌いだ。

 私の気持ちも知らないで心配そうな顔をすること男が。

 

「話してくれよ…」

 

 誰が話すもんか。

 誰が話してやるもんか。

 私に会いに来る奴になんて。

 タイミングよく来る奴になんて。

 側にいて欲しいときに来る奴に何てっ。

 何で今なのよ。

 何であのとき来てくれなかったのよ。

 何で私が独りになったときに来てくれないのよ。

 何で───

 

「ジャスミン」

 

 名前を呼ばれた。

 振り向くつもりはなかった。

 自分が酷い顔をしていることがわかっていたから。

 そんな顔を見られたくなかったから。

 そのとき、自分が何をしたのかわからなかった。

 気づけば、彼の胸に顔を(うず)めていた。

 

「じゃ、ジャスミン……?」

 

 戸惑っている。

 良い気味だ。

 抱き締めていいものか迷っている。

 してみるがいい。

 離した方がいいか考えている。

 そんなことさせるものか。

 今だけでいい。

 今だけでいいの。

 

「お願い…」

 

 くぐもった声になった。

 でも彼には伝わっているはずだ。

 顔も見られていない。

 恥ずかしいけれど、トクトクと聞こえる心の音が今は心地良い。

 ふわりと、優しい手が私の肩を包んだ。

 暖かい。

 このとき、顔と身体と心が一気に熱くなった。

 心臓がドクンと大きく脈打った。

 今まで意識したことはなかった。

 考えたこともなかった。

 だから戸惑う。

 でもわかった。

 自分が何を感じたのかを。

 私はソレを知らなかった。

 お父さんは『愛』を与えてくれた。

 お母さんは『優しさ』を教えてくれた。

 お兄ちゃんは『楽しさ』を一緒に感じさせてくれた。

 もういない、大切な私の家族。

 でも、誰も、『ソレ』だけは教えてくれなかった。

 教えてくれるはずもなかった。

 だって『ソレ』は自分で知るものだから。

 だって『ソレ』は自分で得るものだから。

 まだ幼い私にはちゃんとわかっていないのかもしれないけれど。

 それでも、私は想った。

 彼に包まれて。

 心の中で叫んで。

 

 

 

 ───ああ、私はアディンに『恋』をしたんだ───

 

 

 

 ───と。

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