第一話 ダンジョン
黒の軍の襲撃から一年、アンナに連れられた三人の目の前に現れたのはモンスターの巣窟──ダンジョンであった。無理難題を叩きつけるアンナに反発するも彼らは挑戦する。ダンジョン最奥、数多の怪物を越え、彼らが目にするものとは………。
これは、数奇な運命を生きる彼彼女らの物語である。
ダンジョン。
モンスターが尽きることはなく、多くの冒険者が帰らなかった魔窟。
全てがマナによって構成されているものの、人類の手が入る余地は無く人智を超えた組成により成り立っている。
ダンジョンの見た目は特になんてことない洞窟だ。ただし、その初っぱなから度肝を抜かれることは間違いないだろう。人類でたった一人しか到達出来得ていない転移魔法。それがその入口に使われているのだ。
転移魔法の掛けられている入口を潜ると、そこはどこかわからない未知の場所。
中に入った瞬間から何者かの蠢く音が耳朶を擽る。
ダンジョンは生きているという見解を出す者も少なくない。しかしそれは単なる比喩ではない。マナを栄養としてダンジョンは自身の『はたらき』を継続し、封器という武器を餌に挑戦者を誘き寄せ、食らうのだ。
封器というのは特殊な力を所有者に与えるダンジョン由来の武器のこと。
また、ダンジョンの中で使われた魔法は使用後に分解され、ダンジョンに吸収される。加えて、その中で命を失った人間も、その肉体を分解され吸収される。彼らが身につけていた武器や衣服、魔道具でさえもダンジョンの食事なのだ。
そう聞けば化物の体内に入るのと同じように思えるが、それは事実である。但し、ダンジョンは死した命は躊躇い無く食らうが、生けし命はそれが持つマナの極少量のみを奪っている。
また、供給が需要を上回った場合ダンジョンは成長する。階層は増え、新たに追加された階層には強力なモンスターが産み落とされ、最奥に眠る封器の力も増大する。そして、二階層ごとにモンスターは一段階力を昇華させ、封器の力も階層に依存する。
そんなに面倒なのなら、いっそ浅い階層で強力な魔法を放ち全て消してしまえばいい。そう語った者が為し得たことは一度もない。
現実的に不可能なのだ。
ダンジョンの外側からは入口の関係で不可能。ダンジョンの壁、床、天井はどの金属よりも硬く不可能。魔法を当てようものなら即座に分解され吸収される。
地道に階層を攻略し、下を目指すしかないのである。
ダンジョン自体の説明は程々に、それの人類の利用の仕方の説明に移ろう。
まず、大体のダンジョンの周囲には街が形成される。それはダンジョン産の品質が良く、商売の道具としては高位に位置するからである。
死んだモンスターは『黒』のモンスターと同様にマナへと化しその身をダンジョンに吸収されるが、その際吸われずに残るものがある。それがモンスターの肉体から奪った残留物だ。上位のモンスターほどその価値は高く、稀少部位となると更に値段が高騰する。
また、ダンジョンでは一部の組織が壊れることがある。どの金属よりも硬いという話だが、一部だけ人類が採掘できる箇所が生まれる。そこを適切な道具──ではなくてもいいが、削り取ることで得ることができる。マナ結晶や魔宝石、真銀に並ぶ稀少金属がその代表格だ。
それらは外界でも採集できるものの、極端に数が少ない。鉱都近くの炭鉱であれば特殊な地脈によりダンジョン並み、いやそれ以上に金属類は得られるが、他の都を経由しないのであれば重要な資源元なのである。
そういった経緯でダンジョン近くには街が作られる。
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「で、何でここにいるんだ?、俺たちは」
周囲は森に囲まれる昼下がり。
アディン、ジャスミン、カイト、少し高くなっている岩の上で三人の前で仁王立ちをするのは青髪の美女──アンナ・ハリスである。彼らの背後には赤髪の青年──レオと『小人族』のジャックが嘆息を吐き苦笑していた。
「最近の貴方達の現状に見かねたわけ」
「アンナ、それじゃ伝わらないと思うよ」
何を面倒臭がっているのか、言葉足らずにも程がある。顔は真剣、されどわざわざ見下ろす形を取っていることから、そこはかと無くふざけた印象が伝わる。
事実、余り深刻なことを考えているわけではないのだろう。
「この頃成長が見えないのよ、だから此所でみっちりしごかれて来なさいってこと」
「まあつまりだ。お前らには三人だけでダンジョンに潜ってもらう」
「封器の力は伝えない、というか二人とも攻略だけして封器の試練に挑まなかったらしい」
「そういうわけで封器、取ってきなさい」
どういうわけでそうなるのか小一時間程問い詰めたいアディンだったが、このままでは話が進まない。そのため渋々といった様子で口を開いた。
「はっきり言って俺ら三人がダンジョンを攻略できるとは思わない。何か秘策とかでもあるのか?」
ジャスミンとカイト、そして自分を客観的に省みても、話に聞くようなモンスターの巣窟を相手に楽な立ち回りができるとは到底思えない。勿論、苦労をしたくないとは言わないが、負わないでいい危険に晒される必要などないはずだ。
だから聞いたのだ『秘策はあるのか』と。
「そんなの無いわよ、ダンジョンにビビりすぎよ貴方達」
「言っとくがお前ら相当強いぞ、わかってるか?俺らにはまだまだ敵わないがな」
「これはアディンだけを奮起することになるだろうけど、エリス・ブリジットはダンジョンを腕試し感覚の単独で動き回れる。誇れるような人間になりたいんだろう?」
それを言われては折れるしかないアディンである。
対してジャスミンとカイト、彼女の方は特に気負った雰囲気はない。幼いころから危険が多く潜む森で暮らし、挙げ句たった一人で生活していた彼女にとって、死地と確定していない戦場に放り込まれようと生きる自身があるのだろう。
怪訝な表情をするのはカイトだ。
「何か俺達が危なくなったときに駆けつけることがあるからとかなのか?」
「できるわけないじゃない、そんなことお兄ちゃんぐらいよ」
「なら──」
「言い分は聞かないわ、多数決なら既に決まってるわけだし。貴方が行かないならこの二人はどうするわけ?」
詰まるカイト。
彼だって当にわかっている、二人が覚悟を決めたことぐらい。しかしこの三人だけで戦うのはいつもアンナ達が見守る側でだけだった。アディンとジャスミンはそれで反骨精神を抱いていたようだが、カイトは違う。
『死』を知っているからこそ、自分はともかく二人は戦いでの『死』を知らない、そんな二人を危険な迷宮に挑ませるわけにはいかないのだ。
それに、十も違う大人の話を持ち出されても関係の無いこと。はっきり言って、特に知りもしない女のことなどどうてもいい。これを言うとアディンが激昂するだろうが。
「じゃあ、俺達がダンジョンに行かない選択肢は?」
「どこにもないわ」
「一緒にくるのは?」
「意味ないわ」
「何か新しいものは?」
「必要ないわね」
「魔法は?」
「自分で身につけない付け焼き刃が役に立たないことぐらいわかってるでしょ?」
「………じゃあ──」
「問答はもう無しよ。さっさと行きなさい」
有無を言わさないとは、きっとこのことを言うのだろう。渋るカイトを置いてスタスタと二人がダンジョンの入口へと向かっていく。
「これにご飯と魔道具を入れてあるから計画的に使いなさい」
投げ渡されたのは防衛軍に参加したときも身につけていた六次元鞄。大体が以前と同じ組み合わせだろう。
慌ててそれを受け止め、カイトは既に姿が小さくなった二人を追いかけた。
「頑張りなさいよ……」
遠ざかる三人の背中を見送る彼女の呟きが彼らに届くことはなかった。
三章開始です。




