幕間 一会に舞う
また幕間が長くなりました。
豪華絢爛。
一言で表すのならこれが正しいだろう。
『黒の軍』討伐防衛軍が『黒』を殲滅し大成功におさめた翌日。
彼らは帝都に帰ってきていた。
そして宣言された通りに舞踏会に招待された。
皇帝ユーリ・ハリスの気紛れに『慌ただしいったらありゃしない』と誰もが口を揃えた。
終了で夕方、帰還に夜、朝から準備がされ、招待客に指定されたのは夕方であった。
無謀な指示、それでもやり遂げるのが『テミス』という女である。
そして彼女はまだ働く。
エレン・コークはいいとして、問題なのがユーリである。
既に姿を消していた。
これにはエレンが副団長を務める《カイズ》の団長は憤慨し、次会った時にはぶちのめしてやるっ!、と叶わない雄叫びを上げていたという。彼は地味にエレンを心配していたのだ。
それはさておき、冒頭の言葉に戻ろうと思う。
遥か高い天井に吊り下げられた巨大なシャンデリラからはキラキラと光が溢れ、全ての装飾が一流の細工師に手掛けられたのだと判るほどの逸品で、用意されていた──というより要望に合わせて作られた衣装はどれも煌びやかで男はその凛々しさを際立て、女はその美しさを底上げするかのようである。
そして、目の前の存在が今も鼓動を高鳴らせていた。
「えっと……、似合う、かな……?」
ジャスミンはこんなにも可愛かっただろうか。
確かに、整った顔立ちだとは思っていた。
しかし薄い化粧と、冒険者装束がお嬢様の衣装に変わるだけで見惚れてしまうようになってしまうとは、到底想像がつかなかった。
細身な身体を包むドレスの露出は激しくないものの、引き締まった身体に張り付きそのラインを際立たせている。
白に包まれる褐色の肌はそのアンバランスさでより一層映える。
余り長くない深緑の髪から覗くうなじからは艶かしさしか感じられない。
目のやり場に困るとはこのことだ。
「────────」
そして、それよりも、圧倒的存在がいる。
それが───
「ふふっ、私の美貌に固まっているわね。あっはっはっー!」
─────そう、アンナである。
声高に叫ぶ下品さなどソレの前には塵芥だ。
会場の男という男が身を、思考を停止させた。
普段は直毛の長髪には少しのうねりが掛かり、一部が後頭部の上部で結い上げられている。
瞳と同色のドレスは胸元と背中が大きく開き、左脚の腰から切れ目がある。
色白の瑞々しい四肢は長く、手は腰に当てられ少し臀部を突き出す形でこちらを覗いているその格好は少しの前屈みと同じで、視界に飛び込む暴力に男三人は狼狽えた。
「に、似合ってるんじゃないか?、二人とも……」
「そうだな、ああ、そうだと思うぞ」
「あー、あー、まあ、良いんじゃね……?」
「どうしたのかしら?」
「さぁ?」
この場の全ての男が一体となったであろう。
───あぁ眼福、と。
■■■■■
「始まったわね」
様々な楽器が一度に奏でられ、豪奢な曲調の輪舞曲が流れ出す。食事が運ばれてきたときには前奏曲だったが、恐らく舞踏会らしく躍りの段階 に入ったのだろう。
因みにこれは全てジャック知識である。
「私も踊ろうかしら、そうね………カイト、貴方でいいわ」
「──えっ?」
流れるように手を引かれて俺たちの輪から二人が離れていった。
何が何だかわからないままに踊らされる彼はあたふたと振り回されている。
「どこで躍りを覚えたんだい?」
「兄貴だな、どこからか覚えてきて俺達に教えるってのが日常だった」
兄貴──つまりはアンナの兄、皇帝のことだろう。
昨日の様子だけでかなりの変人度合いが伝わってきたところから、常々二人は振り回されていたのだろう。今日の主催のはずが来てやしないわけだし。
というかその反動がアレと言われれば納得せざるを得ない。
「とりま、ジャスミン、踊ろうか」
「え、え?、えー………うん…」
「ほら、手を出せ」
「はいぃ……」
突然誘われたジャスミンは頬に朱を落とし、先程のアンナの強引さとはうって変わって壊れ物を扱うかのように連れていかれた。
「レオは慣れてるみたいだ。………余ってしまったようだね……?」
あははとジャックが苦笑する。
これは別に嫉妬しているわけではない。
アンナと俺じゃ背は合わない。
教養のない俺じゃジャスミンの相手もできない。
ああ仕方ないさ。
仕方ないとも。
女は顔が良けりゃなんでもいいのか?
「悪い顔してるよ、アディン……」
「なんでもねぇ…」
「それはそうと、アディンも気になるお方がいるみたいだけど、一緒に挨拶しにいくかい?」
「俺が気になる奴?」
パッと思い当たる人物はいない。
今一番気になっていは四人は除いて、交流があるのは極々限られた者だけだ。
よくいく武器屋の店主は勿論八百屋もこの防衛軍に参加していない。除外だ。
ならば迷子というと子ども臭いがカイト達と離れ離れになる前に一緒に行動していたあの三人だろうか。いや、彼らのことをジャックは知らないはずだ。除外。
となると、残る人物は零だ。もういない。
疑問に思考を支配されながら、ジャックの指が向く方へ顔を向けた。
「──────」
頭が真っ白になった。
美しく煌びやかで清純なその蒼天の長髪。
華奢で白く長く細い手足と同じく細い腰。
伏せがちの長い睫毛の奥に灯る黄金の瞳。
表情に乏しい精緻な作りの相貌はまるで人形のよう。
長年望んでいた。
ずっと会いたかった。
「エリスさんっ!!」
喉が張り裂けるほどの叫ぶ。
会場のほとんどの者が大声を発した俺に視線を向ける。
彼女はこちらを見ると怪訝だと言わんばかりに首を傾げ、何事かを隣の紫髪の女性──今回の防衛軍隊長を努めたミリア・リードに伝えた。
すると、ゆっくりとこちらに歩みを進めてくる。
慌ててしまった俺は背後のジャックの手を強く引き寄せ、躓きかける彼を無視して強引に隣に並ばせる。
一人で対話できる自身がなかった。
「久しぶり、アディン、だよね?」
「─────っっ」
「放してくれ………。──ご機嫌よう、エリス・ブリジット。今宵も美しい限りで。僕の目は喜んでいます」
そんな気障ったらしい台詞を吐く隣の小人に驚愕の眼差しを向けながら、しどろもどろ口を開いた。
「えっと……あの……、お久し振りです……。討伐、お疲れ様でした。怪我とか、ない……ですか?」
何て失礼なことを言ったのだろうか、と後々思うことになる。
「大丈夫、君こそ怪我は?」
「はいっ!、この通りピンピンしてます!」
「元気そうだね」
「はい!、元気です!」
周りから変な奴だと思われているだろう。
どうでもいい。
今自分はまともな思考ができてないのだから。
いつの間にか小人はいなくなっていたが、そんなことを気にしている暇は俺にない。
「私を呼んだ、何かな?」
「えっと、あの、お話、したいなって……」
十三の男が言う言葉ではないことを俺はまだ気づかない。
「いいよ?」
「えっと、じゃあ……好きな物は?」
「剣」
「あー、じゃあ嫌いなものとかは!?」
「弱い自分」
「んー、あのー、そうですね………」
「………、エリスと話すならあっちで踊ってこい。身体を動かせば次いで言葉もでるだろう」
エリスさんの背後からミリア・リードが現れ、そう進言してくれた。
「────どうか私と踊ってくださりませんか?、淑女?」
緊張で上手く歩けない俺の隣にやってきてその一幕を繰り広げた男女。
何と『テミス』とジャックであった。
どちらも心得があるのか、優雅に離れていく。
「……………、俺と、一緒に踊ってくれませんか?、エリスさん」
「──ん…、いいよ」
ジャックがやっていたように膝をついて恭しく右手を差し出す。すると、彼女はこの手を取ってくれた。
見様見真似、周りの男女が繰り広げる舞踏に合わせて脚を踏む。
視線のやり取りを交わし次の行き先を互いに把握し合う。
身体に感じる柔らかい肌の感触に陶酔しそうになる。倒れるわけにはいかないため次の足を踏み出すが。
鼻先にある美しい相貌に当てられ、俺の今の顔はどれほど酷いものだろうか。
茹で蛸のように真っ赤になっているのは確実で、自分では引き締めていると思っているこの表情も端から見れば変顔に見えるかもしれない。
どうしようもない考えに苛まされながら、一曲を踊り終える。
心も踊る一時だった。
この時間が終わってしまうことにモヤモヤとした気持ちが胸を蝕む。
「もう一回、踊ろ?」
「──っ、はい!」
このときズキリと胸が傷んだ。
顔に出ていたらしい。
気を使われたのだ。
でも、それでもまた彼女と触れあえる喜びに比べれば大したことではなく、愉しげな曲調に変わった音楽に歩調を弾ませるのであった。
■■■■■
「おーい、おーい、オラ返事しろ馬鹿」
「───ふぇ……?」
「くそ、腑抜けてやがる……。カイト、引き摺ってこい」
「何で俺が…」
『黒の軍』討伐の祝勝会として開かれた舞踏会に参加した《蒼の双星》一同は宵闇の中ギルドへと帰路を歩いていた。
酒を飲みべろべろに酔って、加えて憧れの女性と触れあえた幸福に脳を溶かしたアディンがカイトに引き摺られていく。
ジャスミンは何人もの男性に誘われて沸騰したのか、紺の髪の少年を引き摺るカイトに苦笑するアンナの袖を小さくなって摘まんでいた。
「後で解毒掛けるわ、流石にそのままじゃお風呂にも入れないでしょ」
「確かに、俺は世話までしたくないぞ」
カイトは雑用係ではないと抗議する。
「さっさと行くぞー」
後頭部に両手を組むレオが、間延びした声で先頭を進んでいくのであった。
■■■■■
「───っ、……あぁ、ありがとう、アンナ」
精神的に崩れていたアディンがアンナの解毒魔法で意識を取り戻した。
ギルドに帰った《蒼の双星》は嫌なことは一日で済ませよう、と『黒の軍』について、戦いの成果、そしてジャックの扱いについて話し合っていた。
その話し合いがある程度纏まったかころ、思い出したかのようにアディンが口を開いた。
「あっ!、ちょっと話そうと思ってたことがあるんだった」
「何よ…?」
やっと寝ようとしていたところに水を差されたのだ、アンナの機嫌が悪くなるのは仕方のないことだ。
「クロ、来てくれ」
アディンが呼び掛けると、ぴょんぴょんと擬音が聞こえるかのような足取りで彼の膝の上に乗った。
「紹介する、俺の家族のクロだ!」
「いや、そんなことは前にきい───」
「───やっとニャ。ニャハハ、ミャーはクロニャ。ずっと黙ってたけど喋れるのニャー!」
前足で頭を掻く猫が、喋り出す。
その夜、《蒼の双星》では近所のギルドが心配になって訪ねてくるほどの、絶叫が響き渡るのであった。
最後の猫についてはおまけというか後々のためです。




