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黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第十一章 蝕む邪悪
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第二十二話 粘体


 天より墜ちた『黒』。

 夜を錯覚したのは、その巨大さに起因していた。

 避けろ、という声が聞こえなかった理由も、一人の相貌に動揺をもたらしていた。

 自分の身は守れたレオ。

 ドサリと地面に膝をついたジャスミン。

 何が起こったのか未だに認められていないスモモ。

 カランと杖を離すローゼ。

 危機を前にして諦めたかのように瞑目するグラジオス。

 そしてギリギリで盾を構え『黒』を止めたリア、それを無数の障壁で支えるグローブ。

 

「[予知]が、ないっ……」

「儂の耳もだ」

「___っ………」

 

 『ユグドの血族』である三人の力が失われた。

 『神樹』が負けたことは明らかだった。

 だが、それよりも深刻な問題がある。

 

「破邪が……使えません」

 

 頼みの綱でもあった巫女の排黒。

 分体との戦いで大いに役立った力。

 立ち位置的に攻撃に晒されるリアにとって、前提と言っていいほどのものだった。彼女自身も『白』を宿すことが出来るとはいえ、それにも限度がある。『侵蝕』という悪辣な『黒』から身を護るには全く足りない。

 選択肢はない。

 道はたった一つ。

 量と質の両方を技によって全て捌くこと。

 勿論、『黒』を超える圧倒的な『力』があれば、『侵蝕』のトリガーである接触以前に打ち払うことができるかもしれない。だが、そんな力を有する存在はここにはグローブだけであり、そしてその力も長時間の使用は男の身を滅ぼす。

 

「スモモ、今すぐ刀を取ってこい。ジャスミン頼むぞ」

 

 リアが拳から衝撃波を放ち巨黒柱を弾こうとするも、そもそもの質量の差から逆に彼女の方が反作用を食らう。

 これ以上耐えられないことは明らかだった。

 いつ針が突き出されるやも分からない。

 

「お前ら、早くしろ!!」

 

 怒声。

 久方振りに出した声色に、まだ幼い少女達はようやく金縛りから開放され、言葉に従い地を蹴った。

 絶望に苛まれているのを咎めるつもりはない。物理的にも精神的にも『神樹』は支柱だった。それを失ったことは『長耳族(エルフ)』にとって大きな損失だろう。

 『凡人族(ヒューマン)』の自分には知る由もない。

 だが、胸に穴が空く想いは憎らしいほどに理解できている。

 だからこそ___

 

「俺みたいにならせるかよ」

 

 ___炎を猛らせる。

 上段へと構え即座に振り下ろせば、斬撃と化した炎波が頭上の『黒』を両断した。延焼するかと思われたものの、火が到達する前に切り離される。

 どうせなら棘だらけにすればよかったろうに………まだ、完全に取り込み切ってないのか?『神樹』との繫がりが切れたってのは、維持ができなくなっただけの可能性もある。

 まだ相性はいい方だ。

 『黒』の矛先をアイツらに向けないためにも、こっちで気を逸らさねぇと。

 

「分かってるな?」

 

 顔を逸らさずに言葉だけで問えば、三人の肯定が。

 

「あの二人が走ってんだ、しっかりしろ」

 

 あとはもう各人次第。炎を剣身に纏い直し、再度落ちてくる黒触手に対峙する。数が多くなったとはいえ何度やっても同じことだ。

 直近のものを斬り払った後に、地を蹴り突貫。

 軌道上にある邪魔を斬り除け彼我の間合いを埋め尽くせば、慌てたように足元から無数の棘根。軽い跳躍と宙返りの体勢に入り、三回転で捌き切る。

 その慣性を利用し踏み込みを加速に変えた。

 バラ撒かれる砲弾。色の違うものを積極的に斬りながら躱せば、背後で分裂の気配。

 

「任せろ!」

 

 二人の魔法が跡形もなく消し飛ばす。

 

「援護!」

 

 いよいよ彼我の間合いが詰められ、こちらに向けられる弾幕が過密に。

 形も軌道も異なる無数の魔弾や分体を捌くのは流石に骨が折れる。だから、目の前を塞ぐ邪魔だけに集中し地を駆けた。

 側面からの攻撃は後ろの二人がガードする。

 

「【神聖(セイント)】」

 

 リアから白を付与されたことを確認すると同時に、付与(エンチャント)を再発動した。

 

「来た」

 

 弾幕連射じゃ埒が明かないと見たのか、大技で仕留めに。

 

「っ、極大か……」

 

 それを見て魔力障壁(バリア)を発動しようとしたグラジオスを、リアは手で制した。

 

「【喰らえ、爆ぜろ、反魔の波動】」

 

 発動条件の困難さからほとんど使えないスキルだった。

 だが、それは敵の『黒』を大幅に削ぐことに成功する。

 

『___な、んっ……!?』

 

 発動前の魔法円に対してのみ効果を発揮するという条件を満たし、相手の魔力、その魔法に装填されたマナ、発動寸前を最大として内側から暴発させ、対象の魔法を不発動にするもの。

 大きな隙が生まれた。

 この好機を逃さない。

 

「【炎斂(ムスプル)】」

 

 纏う炎、吹き出す炎、そのどちらもを大剣に収斂。

 発想は、『長耳族(エルフ)』の少女から貰った。

 

「使え!」

 

 『光』を混ぜて可視化させた『風』の足場が浮く。

 翼のない人間が空中の足場を使うなら、それを狙うのが当然。

 

「【砲割(ディブラグ)】」

 

 だが、そんな安直な妨害は対処する側にも筒抜けだ。グラジオスが放った援護射撃が三枚踏んだ俺を無傷で届ける。

 無防備かつ真正面。

 後は振り下ろすのみだった。

 しかし、布石は砕かれる。

 

「触手がっ……!」

 

 ローゼの悲痛な声。

 懐へ潜り込むために最小限を払ったのが仇となった。自身を直接狙うものであれば身を捩って避けられたかもしれない。

 だが、奴が展開したのは俺の目の前。

 形容するならば煩雑なあやとり。身を通す穴はなく、翼のない者にとって斬断以外に手はなかった。

 故に、カードを切らされる。


「【焔転】」

 

 マナが最大値の一割までごっそりと減少する。

 その引き換えに得るのは、全てを置き去りにする疾さ。

 

 触手の囲いの中からレオの姿が消える。

 

 遅れて音が届く頃には、縦横無尽に宙を駆け回った男が懐へと肉薄した後だった。

 間髪入れずに振り抜かれた大剣。込められたエネルギーは斬撃と共に解き放たれ、単純な爆発とは言い難い結果を刻んだ。

 

 底上げ、増幅、全てを無に帰す力が宿る。

 

 今や彼の一挙手一投足には途方もない暴力が伴い、すり抜けに撫でただけで『黒』が弾けた。攻撃に当たりを付けた反撃を行うも、既に男の体はない。

 捉えられず、防ぎようもなく、疾さと力、その両方による蹂躙が瞬く間に『黒』の体積を減らしていく。姿を追いきれず、まるで轢いているかの様。削り続けられる『黒』に一同は喜色を浮かべ、しかしそこで気づく。

 減少が留まらない。

 明らかな縮小。

 一見自身の首を絞める行い。

 前提が覆る。

 故に、爆風を伴いながら眼前に青年が降り立った。

 グラジオスが衝撃波を往なし、唱える。

 

「【晶展護壁(ガウロヴール)】」

 

 無数の結晶層を生成したのはレオとの間。

 彼を信頼してるからこその障壁。

 滞空する黒球が縮小を止めた刹那、砲撃と大剣が衝突する。

 

「これが『獄剣』、ですか」

 

 一瞬でも動きを止めれば呑み込まれる触手の束を、直撃までに斬るという強引な方法で防いでいた。力任せだが、刃で結界を作るというのは唯一無機物に対して効果のない『侵蝕』にとって、これ以上ない有効な手だった。

 『妖精の森』にまで轟く『獄剣』の名。

 炎の色も然ることながら、煉獄のように相手を逃さない剣技。

 全ての斬撃が繋がっていなければ、防ぎ切ることなど到底不可能だ。

  

「次は我らか」

 

 触手砲撃の密度が下がり、『神樹』の名残であろう巨葉が射出される。

 数えきれないほどのソレに対処するのにグローブ、余波を防ぐのにグラジオス、突発的な事態を収めるためにリア、そして守られているだけのローゼ。

 回復や援護が主な役割であり、花の魔力は攻撃に向かない。そして、最もローゼを確立させていた力___『ユグドラシル』の聖なる力のアンプとなるスキル___が今はもうない。

 どこまでも、巫女でしかなかった。

 

「……っ」

 

 戦場の真ん中で同族達を守った。

 助けられなかった者だって何人もいた。

 癒しと破邪、人の身には余る『神樹』の力を最大限引き出し、皆に分配した。

 しかし、個人としてのローゼには……

 

「ヘっ」

 

 嘲笑のような、歓喜のような口角の上がり。

 唯一残った支えの杖を落としそうになったとき、男の声を除く全ての音が止まった。

 首が訴える空気の震え。この場にいる全ての者が明らかな異常を感じ取った。

 次の瞬間、赤の大剣が砕け散る。

 壊れることのないはずの『封器』。

 その現象を知るリアは、脳裏に過る光景に息を呑んだ。

 己の持つ『神器』___『アイギス』を継承したときと同じ。だが、今回は継承じゃない。

 

 スッ、と上げられた右手の中に一振りの刀が忽ちに現れた。

 

 浮いて出たかのようなソレは速すぎるが故の錯覚であり、急迫した方向は南。妹達が駆けていった方角だ。即ち、淡い緑光を放つその刀は、スモモの言っていた先祖代々受け継ぐ宝刀だということ。

 仰々しく謳われるにしては、その刀身はくすんでいるように見えるが……

 

「………え?」

 

 背後からの困惑。

 それは伝播し、グラジオスに続いて自分も。

 

「断片でも変わらねぇ、確かに居るぜ」

 

 意識した途端、力が湧き上がり始めた。

 

「『破邪』、展開します!」

 

 握る拳を眼前に、その存在をはっきりと噛みしめる。

 神格を有する『ユグドラシル』にとって、巨樹など器でしかなかったのだ。認識せず繋がりを断ったのは自分達の方だった。

 木刀を形成する『神樹』の枝は僅かではあるものの、一度繋がりを確立してしまえば後は増幅させるのみ。何とも現金な話だが、予知の不便さに対する嘆きはもう無かった。

 僅か数秒の先を視ることしか叶わない。だが、よく考えてみれば当然のこと。

 先を知れる、つまり確定した出来事を垣間見ているに違いないのだから。

 グラジオスへ振り返る。

 

「ジャスミンを守れ!」

 

 指した方向に寸分違わず射出される岩石。

 木々の間から彼女が飛び出す。

 剣に風を纏わせ別角度から仕掛けるものの、背後のスモモが狙われ止む無く反転、危なげなく空中へ彼女を逃がす。だが、少女を守らんと抱えた瞬間に差し込まれ、全方位三段の針群が包囲した。

 スモモの相貌に絶望が降りるも、ジャスミンの表情はピクリとも動かない。

 間髪入れず岩石が眼前を通り過ぎ、退路を生み出す。

 生まれた穴から身を逃し、腕を引っ張りながら宙を二度蹴った。

 

「これ、持っていきなさい」

 

 着地と同時に腰に下げたホルスターから極彩色の玉を取り出し、少女の手に握らせる。

 

「投げればアンタ以外を吹き飛ばすわ。人いるとこで使うんじゃないわよ」

 

 それはカイトが開発した魔導具であり、身を守るための威力は十分。非力な少女に持たせるにはこの上ない代物だ。

 彼女が走り出すのを背中で感じ取りつつ、二射目を風圧のみで粉砕。

 

「馬鹿ね」

 

 右手の刃には既に風を蓄積している。同じ馬鹿の一つ覚えでも、こっちは一人じゃない。

 レオが斬撃で衝撃波。

 ジジイが溶岩砲。

 おっさんが複属性の竜巻。

 そして本命、巫女の断罪。

 たとえ魔法が妨害されたとしても、『白』による破邪だけは防ぎようがない。

 逃げ場はない。

 これは檻だ。

 攻撃のためではなく、巫女の【断罪】を確実に当てるための。

 どんな相手であれ『黒』ならば大きな隙となる『白』の魔法。直撃でなくとも、掠るだけでもダメージは大きく、その一瞬を見逃さんと待ち構える中、しかし彼女らは甘かった。

 

 ___リアの脳裏に予知が過る___

 

 全方向、スモモを含めた全員に向けて射出される黒い塊。それは一つ一つに『侵蝕』が込められ、完全な回避を要せられるもの。

 妹と巫女。

 彼女にとって選択肢にもなり得ない。当然のように『神器』の権能を行使しようとしたとき、その思考に迷いが生じた。

 自分がここから動かなければ、スモモを守ろうとするジャスミンはまたも腕を切り落とす。しかし、自分がここから動けば、【断罪】を行使した直後のローゼは『黒』に蝕まれる。その状況は酷似していた。大切な仲間の、大切な家族が失われた瞬間と。

 前者は『白』での抵抗、後者は『侵蝕』部位の犠牲、どちらも致命とはならない。

 けれど、今ここで二人が動きを阻害されるのは戦力の大幅な低下を招く。それだけじゃない。どう足掻いても、まともな精神状態でいられるのはレオだけだろう。

 

 ならば、どちらも助ける。

 

 『神器』の権能を盾のみに発動させ、ジャスミンと粘体の間へ。

 これで、失敗しても自分だけの犠牲で済む。犠牲とは言っても、『アイギス』の力で少なからず抵抗できるはずだ。『侵蝕』が一瞬で拡がらなければ、そこを巫女がどうにかしてくれる。

 憂いを絶ち、魔法の行使へ移る。

 

「……っ___【神鎧核(コア・イージス)】」

 

 既に発動している【全身叡装(ウェア・アイギス)】に併せて使うことで、本来自動で反射するところを、反射と蓄積が任意で行えるようになる。これまでは『神器』の補助によってノーリスクで放てていたが、別に『器』が手元に無くても行使はできるのだ。多大なマナとマインドを要するだけで。

 

 ごっそりと減少する力に膝を屈しそうになるものの、口元に笑みを。

 

 成功だ。

 現に存在する魔法や衝撃波など全てを誘引、蓄積。

 核の位置は特定できない。だからこその任意反射。

 対象___『蝕の魔人』。

 

 (ちょっとでも掠りさえすれば、巫女の『白』で一気に削り落とせる)

 

 ある程度の方向さえ分かれば、その後の核の特定だっていくらか簡単になるだろう。

 

「目逸らすなよ___【誘導照準(インダクタム)】!」

 

 胸元の核より、アディンの魔法から着想を得た破壊の光線が放たれる。

 起死回生。

 回避を許さない砲撃の如き光が『蝕』の元へ迸る___かに思われた。

 

「は?」

 

 誰の戸惑いかなど意味はない。

 奴にとって致命となり得るはずの一撃は、明後日方へ消えていった。

 そして何よりも一同を困惑させたのは、目の前にあった『粘体』が綺麗サッパリ消えていたことだ。

 攻撃は外れた。外れたように見えたがどこかしらに掠り、含まれていた『白』が増幅され浄化に至ったと考えるしかない。

 

「[予知]の面目躍如じゃない!」

 

 降り立つジャスミンと近寄るグローブに肩を叩かれながら、ブーメランのように戻ってきた盾を回収する。

 グラジオスとローゼは互いの杖を交差している。

 気色一面といった様子で喜びを分かち合う仲間に対し、それを為した本人であるリアは未だモヤモヤがつっかえていた。

 そして、それはリアだけではなかった。

 ただ一人、武装を解かない男が正面に。

 

「来る」

「___っ」

 

 底冷えするほど平坦な声音で宣言するのと同時、遅れてジャスミンが勘付いた瞬間、何かが上空から急落した。

 盛大な土煙により視界が遮られる中、浮かれていた者達を含めて全員の時が止まる。

 

『いった』

 

 響くのは少年の声。

 土の幕が薄れていくにつれ露わになるシルエットは、その存在が『小人族(ピクシー)』であることを示している。

 完全に晴れたことで輪郭がはっきりとすれば、逸れた一撃は敵をちゃんと狙っていたのだと分かった。子どものような体躯の左半身がゴッソリと消失していたのだ。

 

「何よあの見た目」

 

 尻もちをついた状態からゆっくりと起き上がる奴の半身は、削れたところからウネウネと粘体が漏れ出していた。

 

「時間切れだ」

 

 この状況で一体何のことかと眉をひそめそうになったものの、すぐに状況の厳しさを悟る。

 スキルの効果が終わったということを。

 次いで、全員が魔法を放つ。

 何かをさせる前にケリを付けようとした。けれど、案の定無傷の姿が現れる。

 

『分かってるだろ?そんなんじゃ屁にもならないって』

 

 魔力障壁のように展開される粘体。

 鈍重な『スライム』とは明らかに異なる行使。

 

「ちっ」

 

 妹の舌打ちも当然。『蝕』は粘体の装甲を纏い、双剣をその手に生み出す。

 

『景気よくいこう』

 

 交差される腕。

 ピクリと粘体が震えたと認識した頃にはもう遅い。

 拡張と分割。

 六人が曝されたのは、細断の未来を齎す破鋏だった。

 予知の不発に蒼白となるリア。

 反応すらも困難な巫女を守らんと動き出す三人。

 遅れて『白』の加護を行使しようとした次の瞬間、ドチャリと耳を背けたくなる肉の音が響いた。

 

『は?』

 

 それは誰の困惑だったか。

 

「___これで死なねぇか」

 

 そこには、いつの間にかダランと腕を下ろしているレオの姿が。

 見れば、『蝕』の腕が無い。

 驚愕を示すその直前、今度は腕を振り下ろすのを視認できたと認識次の瞬間には、『蝕』の肉体が真っ二つに引き裂かれていたのだった。

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