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黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第十一章 蝕む邪悪
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第二十一話 天落


 本体と勘違いするほどの気配を持った分体を消滅させたジャスミン達。

 途中で別れたグローブとグラジオスを回収しようと集落へ戻ったのだが、彼女達を待っていたのは悲惨な光景だった。

 啜り泣く女。

 縋り付く男。

 頭部を失った幼い体。

 乱雑に食い千切られた顔。

 黒い人型の口元から溢れる筋。

 染まっていても部位を識別できることが、何よりも痛々しい。

 何が起こったかは明確だった。

 

「クズがッ!」

 

 レオの怒声。

 彼の拳が叩きつけられた幹は既に焼けていて、乾いた音ともに砕け散った。

 自分達と戦いながらも、手先を仕向けるほど余裕だったのか?

 いいや違う。

 集落の外れ、そこには小さな兎の死体がある。黒く染まった死体だ。

 そして、人以外の『黒』はそれだけ。

 奴は残していたのだ。

 私の腕が集落を襲ったとき、その混乱に乗じて兎を潜めさせ、主戦力が離れたところを狙った。

 遅すぎる帰還を察知した長老がこっちに来て、言った。

 

「襲撃を聞き駆けつけたが………一足遅かった。無念だ」

 

 グローブが言う。

 

「我らが到着した頃には既に半数がやられていた」

 

 一人、二人、四人とネズミ算で増えていったんだろう。

 嘆き、陳謝、そんなものを求めてるんじゃない。

 二人の言葉を聞いて沸々と掻き立てられた感情。

 

「許さない」

 

 そう、怒り。

 

「居場所は割れてる、『神樹』だ。あのクソ姑息野郎が」

 

 こうしちゃいられない。

 

「すぐ行くわよ」

「で、ですが、怪我をした者達はどうするのですか!?」

 

 怪我、か。

 みんな口を噤んだ。

 

「………………そう、でした」

 

 怪我、つまり『黒』から傷を受けたということ。意味するのは『侵蝕』だ。

 巫女が不在だったから、侵されるのを止められる人間はこの場にいなかった。

 けど、誰も責めさせたりなんかしない。

 例えそれが、巫女自身だったとしても。

 

「ローゼ、力を貸して。私達にはアンタが必要よ」

「………」

 

 どんな攻撃でも防げるお兄でも『侵蝕』だけはどうにもならない。盾で受ければいいと言っても、既に【神鎧核(コア・イージス)】を切っているお兄には限度がある。

 

 (部外者の私が言ってもダメね)

 

 自分が居たら誰か助けられたのではないか。

 罪悪感に苛まれる彼女に、私の言葉は届いていない。

 だからここは、仲間の出番だ。

 

「巫女様、お願いします………息子の仇をっ!」

 

 そう懇願する母親の腕には、息子は抱かれていない。

 悪辣、ただその一言に尽きる。我が子に触れることさえ叶わせないなんて、どうしてこんな酷いことが出来るのか。

 そして彼女を皮切りに、これまで巫女が培ってきた、築いてきた人柄を頼りに人々が詰め寄る。

 リーダーであるグローブでも、長老であるグラジオスでもない。

 彼らが縋ったのは、他の誰でもない巫女だった。

 

 (ローゼは強い)

 

 優しい性格の女性だ。

 荒事に関わって来たわけじゃないだろう。

 そんな彼女は、己ではなく他人のためを想って恐怖した。

 危険を冒してまで『邪眷属』と戦う私達についてきた。

 

「申し訳ございません」

 

 義憤に駆られて、とかそんな陳腐な言葉じゃ足りない。

 

「微力ながら力添えさせていただきます。こんなことは、繰り返されてはなりません」

 

 もう、その瞳に迷いはなかった。

 

「グローブ、グラジオス、ローゼ、行くのはお前らだけか?」

「我々のみだ。他の者には集落を守らせる」

「じゃあすぐに向かうぞ、今頃分体やら奴隷やら全部集めてるとこだろうからな」

「ええ、さっさと行「あの!」………何よアンタ」

 

 確かこの子は___

 

「スモモ、どうかしたか?」

 

 ___そう、あのとき助けた少女だ。

 

「私も連れてってください!」

「足手まといよ、下がって」

「こらジャスミン、そこまで言ったら可愛そうだぞ。お嬢ちゃん、何が出来るんだ?」

 

 明らかに弱いじゃない。お兄はなんで構うのよ。

 

「私の家系が代々守るもの、それが『神樹』様の先にあるんです!」

「取りに行くってことかい?」

「守りにいくんですよ!」

 

 守る……アレから?、この子が?冗談よね?

 取って逃げるならまだしも、守るなんて不可能よ。

 

「なあ」

 

 レオが口を開いた。成り行きに任せるといった風に目を閉じていた男が。

 そして、その瞳は真っ直ぐに少女へ向けられている。

 いきなりの強い眼差しに身をすくめるスモモ。やめさせるのか、脅すのか、どちらにせよ肯定的な言葉は出ないかと思われた。

 

「それって刀か?」

「へ?」

 

 固く結んでいた口が緩み、少女は気の抜けた声を晒す。

 

「刀か?」

 

 再度の問い。

 不可解に困惑しながらも、少女はゆっくりと頷いた。

 

「なんで、分かったの?」

「何となくな」

 

 見たことも聞いたこともないものを、何となくで分かるはずがない。目を細めるジャスミンの脳裏に、『魔王』との戦いが思い起こされた。

 アディンが召喚した刀を握り、強固な門を一太刀で斬り裂いたレオ。大剣でも同じことができるだろう。でも、あの一撃は溜めなんてものはなかった。

 当時は気にしてなかったけど………ううん、今はそんなことどうでもいい。強くなるのに超したことなんか無いから。

 

「よし、ならついてこい。で、俺んとこまで取ってこい」

「いやっあれは先祖代々伝わる御刀で、選ばれた『長耳族(エルフ)』しか___」

「いいから、持って来い」

 

 スモモが振るえない理由を説こうとしたけれど、気圧されて口を閉じてしまう。

 どんなスキルだとしても、種族の制限がある武器を使えるとは思えない。もし可能なら、それはスキルに収まらないスキルだ。例えば器由来のものとか。

 でも、レオの持つ『ヘリオス』にそんな力は無いはず。

 

「リアはこいつだけを守れ。前は俺とグローブで進む。長老と巫女の後ろはジャスミンだ。行けるか?」

 

 言葉はない。

 全員を一瞥しその頷きを確認したレオは、すぐに前へ向き直った。

 そして、大きく目を見開く。

 視線の先にあるのは、『神樹』を多い隠さんとするほどの巨大な影だった。

 次の瞬間、ジャスミンとリア、そして長老に焼け付くような痛みが襲う。

 

「ぐぅぁぅぅぅぅぅッ!?」

「……ッ! ?」

「______」

 

 二人の苦悶。肌のいたる所に『黒』が蠢いている。

 顔を振り上げ、目を細めた。

 

「『神樹』、様が………」

 

 視界に入ったのは、粘着く巨大な触手をどうにか障壁で耐えている『神樹』の姿だ。

 ドロドロが蠢き、『神樹』の展開する障壁を『黒』の波状が着実に削っている。リアと長老はまだしも、その波が襲う度にジャスミンの様態はどんどん悪化していた。

 繋がりが二人より強いのか。

 

「ジャスミン、動けるか?」

「ぅぅぅぅぅ…………いけ、るわっ……!」

 

 口ではそう言うものの立つこともままならない。ようやっと膝立ちまでこぎつけたが、さっきまで換装していた『霊装』も解けている。『霊器』さえ消えた。

 『邪眷属』を『神樹』から引き剥がさない限り、ジャスミンは事実上の戦闘不能として扱うしかないか。

 

「リア、担げるか?」

「ハァ__ハァ__任せ、ろっ」

「位置を変える。グローブと長老で四人を全力で守れ。俺の掩護は要らねぇ」

「いや、だが………今は『神樹』様と戦っているのではないのか?」

「うむ、お前は『邪眷属』本体と戦ったことはなかったのぉ」

 

 疑問を呈したグローブにグラジオスは顎で前方を示す。

 次の瞬間、『黒』の奔流が押し寄せて来た。

 

「っ!」

 

 刹那の踏み込み。

 振り下ろされた大剣が『黒』を割り、レオを境にVの字が広がった。

 

「走れ!」

 

 間髪入れずに叫んだ。

 分かたれた『黒』は既に形状が変化し、蝿の大群と棘を持つ百足に。

 それを目の当たりにしたグローブ、グラジオス、ローゼの三人はほぼ同時に障壁を展開、強度を上げるためにレオ以外の六人がその中へ。

 

「___【神聖(セイント)】」

 

 そして、リアにより全員に『白』が付与された。

 

「ローゼは直前まで取っておれ」

「はいっ…」

 

 戦いに向かない巫女やスモモにとって、他の進行についていくだけでも必死だ。身を護るための障壁ぐらいは張れても、それ以上は詠唱の余裕がなかった。

 

「追加は___無しか」

 

 そう言い、レオが宙を返る。

 六人の背後でタンと着地すると、彼は唱えた。

 

「【炎斬(イグニスブレイド)】」

 

 大剣が翻り、炎によって拡張された斬撃が後ろから迫る『黒』を焼き払う。

 大型はその体積をごっそりと失い、群れは過半数を焼滅させた。

 だが、それだけで分体は止まらない。すぐに形を縫直し接近してくる。

 まだ本体との戦闘が残り全力を出せず、魔法を本火力にできるほどの魔力もない。このまま煩っている時間もない。

 どこまで力を出すか。

 

「ま、どうにかなるか」

 

 こっちも向こうも消耗をできる限り減らす必要があり、精々追加は一回。先行させた六人が襲われる心配はない。

 

「【付与(エンチャント)】」

 

 ダラリと下ろした右手に握る大剣、その剣身に炎が宿る。

 付与したのは自身の魔力ではなく『封器』由来の〔獄炎〕、狙いは百足。

 デカいのは正面から迫り、蝿は側方へ回り込む。

 横、縦、上、どうやって斬るか。右脚を後ろに引き、身体を斜めにして上段に構える。

 そして衝突の瞬間___

 

「よっ、と」

 

 ___構えを解いて仲間の方へ地を蹴った。

 完全な空振り。

 意思があるのかないのか、ごちゃつく『分体』どもは慌てた様子でこちらを追う。

 

「なんてな」

 

 そこで急制動。

 間合いの圏内、巻き込める位置。

 大剣を振り抜き、炎までもを置き去りに闇色の軌跡を描く。

 付与(エンチャント)によって拡張された斬撃に為すすべもなく炎に呑み込まれ、蝿は完全に焼滅。百足は半々になったものの、纏わりつく火を払わんと表面を破裂させた。

 しかし、両方から弾けた火の粉が付着した瞬間、再度燃え上がる。

 これこそが普段レオが使わない訳だった。燃やし尽くすまで纏わり続ける『封器』の炎、人に使えばただの火傷では済まされない。

 裏返って火を内側にし、包み込んだそのままを吐き出すことで鎮火に成功するが、付与(エンチャント)故に何度でも付着させることができる。大して時間も掛からず『黒』は焼滅した。

 

「ぁあ?」

 

 だが、違和感があった。近くに敵はおらず、仕留め損ねたわけでもない。

 けれどすぐに分かった。ずっと聞こえていた声が消えていたのだ。

 振り返れば、足を止めている。

 痛苦の叫び声も、青褪めた顔も、溢れ伝う汗もない。

 そこにあるのは困惑と絶望。

 

 暗くなる空。

 

 途方も無い衝撃が天から落ち、一帯の地面に盛大な亀裂が走った。

 咄嗟に大剣を振り抜いたことで、その正体を知る。

 炎から垣間見る断面は『黒』。

 悟っていた。

 体感していた。

 頭ではなく純粋な怖れが肉体に降り注いでいた。

 全員が瞬時に理解する。

 

 

 

 『神樹』が___堕ちたということを。

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