第四話 揺れの中で
太陽が東から昇り出した頃。
翌日に黒の軍の討伐を控えた帝都の北門、そこでは普段ならばあるはずのない喧騒が渦巻いていた。
多種多様な種族が入り雑じるその群衆の前で、拡声魔道具を手に声を張り上げる女性が一際存在感を際立てている。
「すっご……」
「こりゃ煩い訳だな」
「アンナ、エリスさんってこの中にいるのか?」
「居るんじゃない?」
「お前はまだ言ってんのかよ…、三年前だぞ」
ジャスミンが目を見開き驚嘆したような声を発したのは、目の前の光景に原因があった。
ズラっと並ぶ膨大な台数の馬車。馬の嘶きが波状で響き壮観の一言である。
そしてそれに負けず劣らず、静謐な朝の冷たさを一蹴するのが、馬車の乗り待ちをしている防衛軍に参加する者達の喧騒だった。
拡声魔道具を使ってるにも関わらず叫ばなければならない女性に同情せざるを得ないほど、人間の声の鯨派が凄まじい。
どれだけの人数が帰らぬ人となったか、それを知るために参加人数を把握するため一団体ごと数えてから馬車に誘導するという重労働が彼女に課せられていた故にこの状況が出来上がっていた。
「苦労掛けるわね…」
「あー、あいつエレンか」
アンナが申し訳なさそうな顔をするのは、ただただ有能な彼女に対する感謝のためである。
エレン・コーク。
アンナの兄である皇帝ユーリ・ハリス直属、つまり私兵ギルド《カイズ》は少数精鋭で構成され、その副団長を彼女は勤めている。団長は人気取りに忙しく、実情仕事をこなしているのは大体エレンとなっていた。
無茶な要求をされたり酷務を強いられたりと一番の苦労を、というか、帝都で一番『大変』で『多忙』で『有能』といえばエレン・コークと言っても過言ではない程なのだ。
そして、目下彼女の神経に攻撃を与えているのは皇帝の指示だろう。
「後でお菓子でも持っていこうかしら…」
「陛下に渡してください、とか言われそうだがな…」
エレン・コーク。
二つ名を『テミス』。
有能な彼女に与えられたのは法と掟を司る神の名だ。
その名に違わず、目に見えて順番待ちが減って来ていた。
カイトが口を開く。
「そろそろ乗れそうかな」
「やっぱ有能よねー、お兄ちゃんには勿体ないくらい」
「アンナの兄ちゃんってどんな人なんだ?」
「そうねぇ、保護者?」
「何だよそれ」
意味不明な返答にアディンが呆れを表す。
「いや、どこにいても駆けつけてくれるし、何回も私を含めて色んな人を助けてるわ」
「超人なの?」
「神様みたいな人よ」
アンナの話すその人物像はいくら何でもおかしいとジャスミンは首を傾げながら問うが、予想よりも位の高いものだった。
「ユーリか、最初から印象が良いやつだったな。アンナとかのことになると豹変してたが」
「あれは私が小さい頃に暴漢に襲われたからよ。可愛いってのも罪よねぇ~」
いきなりの暴露に古い知り合いであるはずのレオでさえ目を剥いて馬車に向けていた視線をアンナに合わせた。
その中でもカイトは比較的冷静で。
「暴漢て、大丈夫だったんだ?」
「ええ、お兄ちゃんが来てくれて、瞬殺。流石に怖かったわ」
「何歳の話?」
「私が五歳でお兄ちゃんが七歳のときかしら」
暴漢、つまりは大の男。そんな存在をたった七歳の子どもが瞬殺というだけで、彼の化物具合が解るだろう。因みに文字通りの瞬殺である。
「俺達の番だって、乗ろうか」
二度の衝撃から立ち直るのが早かったアディンがそう提案し、一同は有能秘書に促されるまま馬車の中に入るのだった。
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《蒼の双星》一同が馬車に乗って一時間、それぞれが武器の手入れや窓の外を眺める中、思い出したようにレオが口を開いた。
「あーそうだ、昨日アンナと話してたんだがな、『黒』についてお前らに話しておこうって」
「戦ったことない人間は色々とキツいことがあるのよ」
「『黒』について?」
「そうだ」、と肯定してからレオは真剣な面持ちで話を始めた。
「まず、『黒の軍』には人間とモンスターがいる」
「人間もいるの?」
「ああ、『邪剣王』を崇拝する『邪剣教』の奴らとか、『黒』に魅入られた奴とかだな」
この世で最も悪辣な存在は何かと聞けば、世界共通で『邪剣王』と答えられる。そんな存在を崇め奉ると言えば『邪剣教』の異常さが分かるだろう。
魅入られる、というのは確かな表現ではなく、どこからか仕入れた方法で『黒』の力を見に宿す、現れた『黒』の存在を受け入れるなどをして自力で『黒』を手に入れた者のことを表す。
「普通のモンスターでもないわ」
その最たる例がリザードマンやワーウルフ。
現代にも存在するモンスターだが、これは元々人型ではなかった。
人間と動物、いやモンスターとの融合実験が行われ、その結果産まれた存在なのだ。意志疎通は不可、友好の兆し皆無、相互認証は敵、そんな怪人はモンスターと断定するほかなかった。
これから分かることとして、モンスターを融合させることが簡単にできるということだ。
狼には触手が生え、鳥には腕が生え、犬は足が八本もあり、魑魅魍魎を率いるのが『黒の軍』だった。
「酷い話ね…」
「今更言っても仕方ないがな、それに、まだ話は終わってないぞ」
「『黒』の力について、か」
「そうよ。……あんまりこういうことは言いたくないけど、『黒』は万能よ。回復以外のことなら何でもできるわ。炎、水、氷、風、土、光、雷、闇、どんな属性でも黒くなって使ってくる。しかも普通の属性魔法より威力が強い。殺傷に優れた属性というわけよ」
ジャスミンとカイトが二人の話に暗い表情で耳を傾けていた。
「で、一般的に『黒』を使う奴のことを『黒魔導師』って言うんだけど、こいつらの中に『邪剣』を持ってる奴がいるかもしれないわ」
「『邪剣』?」
反応したのはアディンである。
『邪剣』。
『邪剣王』や『邪剣教』などに使われている単語。そして、忌々しい武器だ。
殺した命の数だけ『邪剣』はその力を強くする性質を持ち、奪った命が人間のものであれば強化度合は増幅する。
さらに『邪剣』はどれも能力が悪辣で最悪なものが多く、『邪剣』持ちの『黒魔導師』が居れば複数人で対処しなければならないというほどのものである。
「そいつがいたらすぐに逃げなさい。これは命令よ、死ぬことは許さないっていう掟、忘れてないでしょうね?」
「でも、周りに誰もいなくて逃げられない状況ならどうするんだ?」
「仕方ないわ。全力で殺しなさい。無力化なんて甘いこと言ってられる相手じゃないの」
慈悲など不要。
『邪剣』を持っているということは、多くの命を喰らって生きている存在ということ。そんな邪悪に優しさを持つこと自体が世界への反逆であると。
「『黒』のモンスターを相手にするときは慎重にしなさい、どんな攻撃を出してくるかわかったもんじゃないわ」
「見かけに騙されるなよ、触手から光線だって放ってくるからな」
何を融合させたモンスターなのか見た目では判断できず、身体的特徴に表れていないもの由来の能力だってあるのだから、と。
「知らないモンスターが見えたらまずは距離をとって防御態勢を取ること、そのまま遠距離で反応を見て、それに順次対応。これしかないのよ、定型の『黒』のモンスターなんていないんだから」
「絶対複数人で固まっとけよ、自分には対応できない奴がでてくる可能性が高いからな」
慣れた冒険者なら実行できることだろう。
アディン達も例に洩れず多くのモンスターと戦ってきた、定石は頭に入っている。しかし勝手が違う今回の『黒の軍』討伐では、それ以上の対応が求められている。そう三人は理解した。
「そろそろ着くな、『黒』についてはもう終わりだ。知識を入れても何ら変わらねぇのが『黒』に関して触れたがらない現状だ。自分の肌で感じてやっと『黒』と戦える。最初は慣れてそうな奴の近くにいろ」
「私達は個別に動かされるから、貴方達は自分の判断で動くのよ」
「「「わかった」」」
遠く向こうに見える町を尻目に、《蒼の双星》は討伐に向けて決意を新たに固めるのだった。




