第五話 二人の魔導師
仮想空間。
その中へと入り込んだ二人。
彼女達は広大な空間で対峙していた。
互いに得物は持たず、風もない非現実で戦意を高め合う。
焦げ茶色のローブを纏う魔導師の髪は橙色で、つばの広い帽子から覗く瞳は紅蓮。衣装は赤で統一されていて、焔の印象が強い。
対して藍色の戦闘衣を纏う魔導師が背中に流すのは青。麗悧な相貌には双眸が冷たい光を放ち、ドレスから伸びるスラリとした四肢は瑞々しい。
赤と青。
《蒼の双星》の副団長と団長を思わせる色が今、対峙している。
「【『マグナハム』】」
「【『聖厄』】」
同時。
両者の手の中現れたのは美杖。
立ち上った炎が散れば猛々しい一振りの杖が。
染み出した水が固まれば神々しい一振りの杖が。
霊器と神器。
宿す存在は精霊『サラマンダー』と神『アクアス』。
炎と水。
対極に位置する二者は互い杖を構え、宣言した。
「「『戦闘開始』」」
喧しい笛の音が、開戦を告げた。
「「【魔球】」」
まずは小手調べ。
同時に放たれた魔弾はすれ違い相手の元へと到達する。
着弾。
爆ぜる炎と弾ける水。
もろに魔法を浴びる二人だったが、そこには完全に無傷の両魔導師。
【魔力障壁】__所謂バリアを展開していたため、威力を完全に殺し切ったのだ。
因みに、魔法使いか魔導師かは、この障壁を使い自分の身を守ることができるかで判断される。
「【炎槍雨】」
「【水槍雨】」
浮かぶ無数の炎と水の槍。
全てが射出されれば、丁度中間で蒸気の華を咲かせる。
撃ち漏らしなく届く槍はない。
完全な同数。
互角の魔力なのか、それとも後出しのアンナが合わせたのか。定かではないにしても目を見開くのは当然だ。
「【地炎面】」
「【地水面】」
自分に有利な状況を作り出そうとするのも同じで、発生したのはさらなる蒸気だった。
仮想空間であるが故に三つの視点があり、戦闘を繰り広げる両者のものと、第三視点の天井のもの、そして後者では魔法的影響を排除し鮮明な戦場を映しだしている。
そのため、外から眺めていた一同はミシディアが何をしたのか、一部始終を見ることができていた。
蒸気を貫いて放たれる炎の咆哮。
杖を振り上げて水を壁のように展開すれば完全に受け止めることに成功する。しかしその後ろから殆ど時間のズレ無しに牙が現れ、アンナが流石の反応速度で障壁を張る。
次の瞬間、何かによって障壁ごと弾き飛ばされた。
球型で展開していた障壁に幾度も身体を打ち付け、勢いが少なからず弱まったところで解除、地面を削りながら着地を果たす。
立ち上る猛炎。
見上げるアンナ。
彼女の視界に飛び込んで来たのは右脚を振り抜いた形でこちらを見下ろす炎の巨人だった。
アンナの思考が導き出す答えが彼女の胸を酷く打つ。
直線の炎撃。
迫った炎牙。
そして最後の巨人。
発動のタイミングからして同時に放たれたに違いなくそれが意味することはつまり。
「グレード、Ⅲ……」
「先生も成長してるってことですよ、身体はまだですが」
三○を越えてまだ成長していないとはどんな新たな種族だろうか。長命の『長耳族』でさえ『凡人族』と然程変わらない成長過程だというのに。
「まだまだ行きますよ__【大火炎】!」
「___っ、【大津波】!」
互いに特大魔法。
しかし___
「有言実行」
___津波はただの蒸気へと化してしまった。
「【溶岩波】」
召喚された溶岩の塊が破裂しあちこちに溶解が広がる。
「【水流】」
だが、それはアンナにとって簡単に対処できるものだ。
溶岩を水流で包んで共に操作しそれをそのまま用いて唱える。
「【炎龍の咆哮】」
「【光輝水砲】__っ!?」
襲い来る二条の炎が水砲を容易く呑み込む。
放っているのは巨人。
「うそ、でしょっ!」
障壁で受け切ることは不可能、大袈裟に跳躍し躱す。やはり持続時間は長くギリギリで躱していれば後を追われていた。
あれを維持している限り、発動できる魔法が二倍になってしまう。
蹴り飛ばされたことであの炎に物理属性が付与されているとはわかっている、ならば___氷で粉々にする!
「【氷山】!」
巨大な氷の塊を巨人の胸に放ち、後ろに隠すように無詠唱で結晶に爆破を持たせる【破結晶】を追随させる。
何かしらのアクションを起こした時点でさらなる追撃も加えようと杖も向ける、がしかし。
「なんっで耐えきるのよ…!」
攻撃行動、防御行動、回避行動、その全てが無かった。
防御魔法が使われた気配もない。
ただの火力だけで溶かされたのだ。
睥睨する巨人には顔はない、だが嘲笑を幻視するようだ。
天才を自負する者として舐められたままでは終われない。
神才、化物、頂点、皇帝かつ兄であるユーリという最高の師と最高の才能を持って育った魔導師がアンナ。そんな恵まれた人間が例え防御も回復も補助もできない火力にしか取り柄のない炎魔法を発展させた第一人者であっても、負けるわけにはいかない。
自負が、矜持が、諦める心など無くしてくれる。
真髄を見るがいい。
「___【神化】っ!」
神衣を纏い神杖を掲げる。
魔法円を二枚展開。
膨大なマナを装填。
同時詠唱なんて真似は口が二つないとできない、だから構築で発動する。
組み立てる術式は緻密かつ複雑に。
組み上げる術式は迅速かつ極大に。
自分の有する二種の魔力を顕現させ現界する。
炎の魔導師の血相が焦燥へと変わるのが何とも喜ばしいことか。
今更巻き上げる爆炎など水の神を司る自分にとって蝋燭よりも乏しい。
それぞれの魔力を収束させ召喚する二つの巨塊。
水属性極大魔法【水塊】。
氷属性極大魔法【氷塊】。
その二つを操作に重ね合わせ複合魔法として生まれ変わらせる。
ズゥと中心に寄った二つは互いに干渉を始め、氷塊が砕ければ水塊の渦の流れへ、完全に複合すれば巨大な氷塊が中で渦巻く水塊へ。
本来ならここで【空蒼魔塊】として放つのだが、アンナは止まらなかった。
新たに頭上に展開する魔法円。
その色はなんと金。
このときミシディアの相貌には絶望にも等しい複雑な感情が渦巻いて表れていた。
照射される光属性極大魔法【光柱照射】。
降り注いだ光が魔塊に直撃すれば、それは中で煩雑な動きをする氷によって幾多にも屈折し、内に秘めたエネルギーが光によって増幅し始める。
『火精霊』を纏い炎杖に力を収束させるミシディアと対峙するのは宙へ浮かぶ『水神』を宿し右腕を高く伸ばすアンナ。
互いに放つ魔法は神級。
どちらも十八番を強化した奥義。
タイミングは示し合わせることもなく同時。
開放と解放。
喉を震わせる彼女達によってそれらは成された。
「【超神星爆裂】!!」
「【天蒼神壊】!!」
そして、衝突した神の代行は全てを崩壊させた。




