第57話 遅れてやってきた幼馴染み
満天の星が金銀の芥子粒のごとく散らばり、生気を得ているかのように瞬く。
一方、足下は雲の上なのか、白くて濃密でとろけそうなスモークが無数の起伏を見せ、陰影を揺らめかせている。
そう、ここは、あの一乗ハヤテ達が立っていた「死後の世界」。
そこに、金髪を夜会巻きにセットした女が、ピンクのドレス姿で後光を背負いながら、スモークを蹴りつつ、ゆっくり右に左に歩いている。
「もう店じまいかしら? 今日は地獄行きばっかでつまらないわ」
退屈そうな女は立ち止まり、大きなあくびをして背伸びをする。
とその時、遠くから少女の声がした。
「あのー!」
女は、声のする方を見た。
白装束で腰まで伸びた黒髪の少女が走り寄ってくる。
面長な顔。ぱっちりした目。少し濃い眉。高い鼻。
スレンダーで、可愛いというより少々大人びた雰囲気がある。
声だけは、幼さを残しているが。
「走ってくるなんて、めったにいないわ。何があったのかしら? どれどれ……。……ふーん、なるほどね」
女は、少女の過去の所業を素早く把握する。
「あのお……」
女に数メールまで近づいた少女は、息が切れてうつむいてしまい、両膝に手を当てて上体を支えた。
女は首をかしげて声をかける。
「何そんなに慌てているの? 五條アリスさん」
息を整えたアリスは、まだ苦しそうな表情を女に向ける。
「え? 私の名前をわかるんですか?」
「もちろんよ。ここは、あなた達が言う『死後の世界』で、私はここに来る人のことを何でも知っているの」
「ということは、私、死んじゃったってこと? それは困るわ! 生き返らないと! 待っている人がいるの!」
「駄目よ。もうあなたは、肉体がないの。あなた達の世界でいう『火葬』が行われたわよ」
「えっ!? もう戻れないの!? 一乗ハヤテに会えないの!?」
アリスは絶句し、絶望的な表情で歪んだ顔を覆う。
「ハヤテは生きているんです! 病院で私、まだ意識があって、耳元でお母さんが『ハヤテちゃんは生きているから頑張れ』って言われて……その後、意識がなくなって。私が死んだら、駄目じゃない……、なによ、それ……、ひどすぎる……、うう……」
彼女は激しく嗚咽した。
「一乗ハヤテ? もしかして少年?」
「そうです! 一緒にバスで事故に遭って! 彼は生きているんです!」
アリスは、クシャクシャの泣き顔を女に向けた。
「その少年、死んだわよ」
「えっ……」
「前にここに来たわよ」
「……うそ、……嘘でしょう!」
「あなたくらいの年齢の少年でしょう?」
「そうです! 本当にここに来たのですか!? ハヤテは死んじゃったのですか!?」
「一度死んで、転生したわ。転生ってわかる? 生まれ変わりのこと」
「えっ!? じゃあ、今生きているの!?」
「ええ、そうよ」
「会わせてください! 私も彼の生まれたところに転生させてください!」
「あのねぇ、天国、地獄、転生のどれかは、私が決めること。誰も、自分の思い通りにならないわ。みんな平等にね」
「お願いします! お願いします……。どうか、どうか……、私を助けてください……」
アリスは、女の手を両手でギュッと握って、泣きじゃくりながら嘆願する。
女は彼女の所業を調べていたので、こうも強く願う理由を理解できた。
アリスは、ハヤテの幼馴染みで、ずっと彼にべったりだった。
べったりだった幼馴染みは、もう一人いる。
そこに幼馴染みでツンデレの二城カリンが割り込んで、ハヤテの気持ちを徐々にアリス達から引き剥がしていった。
アリスはどうしても諦めきれない。
「頼まれたから決める訳じゃないけど、転生させていいわよ。あなた達、仲がいいのね」
「はい! ……小さいとき、結婚の約束をしていて。彼からプロポーズされて。私……今でも信じています!」
アリスは、泣きじゃくりながら答えた。
「約束したからといって、まあ、一途な男もいるけど、結構、キレイな女の子が現れると男って気が変わるわよ。見上げてご覧なさい? この星の数だけ男がいるのよ。視野を狭くしないの。いいこと?」
アリスは、女の人生相談に聞く耳を持たない。
「とにかく、会わせてください!!」
女は、うなずいて詠唱を始めた。
すると、アリスは宙に浮き、悲鳴を残してフッと消えた。
「さあって、いつもの馬小屋に」
女はそうつぶやくと、右手を高く掲げて、指をパチンと鳴らした。
数分後、遠くから、また少女らしい白装束の人物が辺りを見渡しながら、女の方へ歩いて来た。
「あらあら、また女の子? さっきの子とはぐれたのかしら? どれどれ……。……ふーん、ふふふ、これは面白いわね。噂をすればなんとやらってやつね」
女は、少女の過去の所業を把握すると、さも愉快だという表情を見せた。
少女は目が悪いのか、近くに来てようやく女を見つけ、ゆっくり歩み寄ってきた。
「す、すみません。こ、ここって、どこですか?」
顎が張っていて四角い顔。糸のように細い目。書いたような細い眉。丸い鼻。ピンク色の髪で、ショートボブ。
背が低くぽっちゃりした体型で、声は低いアルトである。
「いらっしゃい、禄畳ミチルさん」
「こ、こんにちは。ど、どうも」
「最初に言っておきますけど、あなたは死んだのですよ。戻る肉体もありません」
「そ、そうですか。や、やっぱり、ここは三途の川ですか?」
「さて、あなたはどこへ行きましょうかねぇ」
「そ、その前に、一乗ハヤテって、あたしみたいに死んでいます?」
「ええ」
「そ、そうですか。ざまあみろ!」
「ああ、今は転生していますよ。転生って、生まれ変わるってことですから、もう死んではいませんが」
「うっそ! い、生きているんですか? あ、あの女たらしが!」
「あら、ずいぶんな言い方ね」
「だ、だって、それまであたしにべったりだったのに、このあたしをだんだん避けるようになったんですよ。幼稚園からの長い付き合いで、親同士もすっごく仲良しなのに」
「避けられても、あなたがまた振り向かせるよう頑張れば良かったじゃない」
「こ、このあたしがモテないのは、どう考えてもあいつが悪いんです!」
「まあまあ、それは違うと思うけど。二城カリンさんと五條アリスさんとの競争に負けたのがそんなに悔しいのですね?」
「く、悔しいなんてもんじゃないです! あたしを見ないなんて、死ね、です!」
「嫌いなら、なんで同じバスに乗ったの?」
「あ、あいつを振り向かせる最後のチャンスだと思って……」
「未練があったのね。……まあ、理由はなんであれ、あなたのような人の行き場所は、残念だけど、あそこがふさわしいわね」
「へ? ど、どこ?」
女は素早く詠唱を始めた。
すると、ミチルも宙に浮き、長い悲鳴を残してフッと消えた。
女はさらに右手を高く掲げて、指をパチンと鳴らした。
「さあ、そろそろ終わりにしましょうか」
「おいおい。さっきの子、その前の子と同じ所へ転生させたけど、いいのかい?」
突然、彼女の後ろの方から、深いため息混じりの少年の声が、反響しながら聞こえてきた。
彼の姿は、もちろん見えない。
「何言ってんの。地獄に送ったわよ」
「えー、馬鹿言っちゃいけないよ。よーく見てたけど、最初から最後まで同じ動作だったよ。つまり、二回同じことをしたってこと。自分のやったこと、思い出してごらんよ」
「あーーーーー!!!」
「つい、勢い余って同じことしたよね?」
「うわあ、やっちゃったあ!」
「しーらない!」
「ま、これで、数的にはバランス良いから、お後がよろしいようで」
「結構、適当なんだね、君の振り分けは」
こうして、ハヤテと同じバスに乗って事故に遭い、遅れて他界した二人の幼馴染みは、ハヤテ達と同じ異世界へ転生した。
しかも、また女の勘違いで、ハヤテ達と同じ12歳からスタートするのであった。
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