第56話 警備隊長の登場
坂の上から下ってきたのは、T型フォードに似た車が3台、4頭立て馬車で幌がついたものが3台。
舗装されていない道をガタガタと揺れながら、どの車も面倒くさそうに下りてくる。
クラウスは車の数を数えながら、メビウスに声をかける。
「来ましたね」
「ああ、来よったな」
「ざっと40人といったところでしょう」
「ああ、そんなもんだ」
「バレましたね」
「たぶんな」
「どうします?」
「どうもこうもない。この騒ぎじゃ、宮廷の千里眼が水晶玉で一部始終を見ておろう」
「正直に言いますか」
「仕方あるまい」
「でも、あれはかなりの人数ですよ。そんな大人数の前で言うのも」
「それもそうか。……なあ、トール、シャルロッテ」
メビウスに呼ばれた二人は「はい」と返事をする。
「あそこに逃げた馬車がおるから、捕まえてくれ」
彼は、馬車を引いて遠くに逃げ、のんびり草を食べている馬達を指さす。
「「はい」」
トールとシャルロッテは、小走りに馬車へと向かった。
黒猫マックスも彼らに従った。
メビウス達がため息をつく頃、彼らから20メートルほど離れた位置で車列の行進は停止する。
そして、車からぞろぞろと人が降りてきた。
確かに40名近くいる。
3分の2は、魔物討伐隊の年少者の戦闘服を着た少年少女だ。
残りは、背格好から大人の兵士らしい。女性も混じっている。
先頭に立っている中年の兵士は口髭が立派な紳士で、黒い軍帽をかぶり、黒い軍服にサーベルを下げ、金ボタンを光らせている。
彼を引率者にして他の面々は団体の観光客、という体でクラウス達に近寄ってきた。
先頭の兵士が口髭と唇を同時につり上げて、にやけ顔を見せた。
「おやおや、誰かと思えばメビウスさん」
「これはこれは、フリッツ警備隊長。ご機嫌麗しゅう」
兵士は穴の縁まで歩み寄り、腰をかがめて穴の中を覗き、首を左右に振る。
そして、腰を伸ばしてメビウスの方へ振り返った。
「ここで何をしていらっしゃる?」
「見ての通り、魔物退治ですぞ」
「これは派手にやりましたなぁ。この三つ首は、奴の使い魔ですな? 一目でわかる。こいつにうちの若いのがかなり食われましたからな」
「左様。ジクムントの使い魔です。こやつの獲物を仕留める早さといったら、カメレオンの舌の早さですからな。精鋭の部下の方でも逃れるのは無理でしょう」
「それがなぜここに?」
「それより、フリッツ殿がなぜ子供達を連れてここへ?」
「ははーん。グリューネヴァルトのエルフどもに狙われましたな? それにしても、こやつをここで放つとは、あやつも相当切羽詰まっていたという訳ですな?」
「まあ、それはどうでもよろしい。子供達は訓練ですかな?」
「処理班ですよ。この先のヘレンドルフ村で魔物が出て、退治した後始末にこれから向かうところです。魔法使い達が相打ちで全員死んだとのことで、もう魔物は残っていないと思いますが、念のため我々も一緒というわけです。ま、彼らも一応は戦えますが、危なければ逃げますよ」
「戦えると言うことは、全員15歳ですな? 14歳までは戦えないから」
「そうです。処理班の作業中に襲われる訓練にもなります。でも、そうは言うものの、怪我をさせるわけにはいきませんからなあ。で、大人がぞろぞろとくっついているわけです」
「ほほう。……それで、あの銀髪で髪が長く背の高い女の子は? ずいぶん、彼らの中で抜きん出て見えるが?」
「ああ、彼女ですか? アーデルハイト・ゲルンシュタインですよ。経験値は高いですね」
「ほう。やり手か」
「それよりメビウスさん」
「何かね?」
「さっきから話をそらそうとしていますが、そろそろ本題に入りますよ。誰ですか、地面にこんな無駄にでかい穴を開けたのは?」
「……」
「ここにいる大人が、とっさに三つ首のために落とし穴を掘ったとか? それはないですよね? 魔力でもこんな穴が開くはずがない」
「ううむ、仕方あるまい。あまり騒ぎ立ててほしくないのだが、開けたのはあの子だ」
「今あっちに走っている男の子?」
「左様」
「嘘でしょう!? ご冗談を。お戯れもほどほどに」
「じゃ、わしらが穴を掘ったと報告してよろしいが」
「あの子が? どうやって? 魔法のシャベルで?」
「拳一発で、じゃよ。こうやって」
「ぷっ、……ふわっはっはっは! そうやって地面をガツンと!?」
「左様。ガツンと」
「で、ボコッと?」
「左様。ボコッと」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 世の中が進歩すると、飛び抜けた力の新人類も現れるのですか! 恐ろしいですなぁ! それとも、あの子は神ですかな!?」
「いや、『神に遣われし子供』の伝説通りの少年よ」
「なるほど。今宮廷内で噂されている、あれですな。その力の証拠が目の前の大穴ですか。覚えておきましょう」
「騒ぎ立てぬように願う」
「ご心配なく。我々はヘレンドルフ村へ向かいますから、ここの後始末は別の処理班で行わせます。それでは、くれぐれも敵討ちに遭わないようにお気をつけて。やつらはしつこいですぞ」
「わかっておる」
兵士と処理班の一行は車に戻って、ゆっくりと去って行った。
一人、幌馬車に乗り込むアーデルハイト・ゲルンシュタインだけは、少年の後ろ姿を見つめていた。
メビウスは目的地に向かう一行を見送ると、クラウスの肩に手をやった。
「わしらはメーヴェンブルクへ行こうか。そして、子供達の引取先を決めないとな」
「ええ。それで、皇帝陛下には? お耳に入れるのですか?」
「仕方あるまい。こうも騒いでしまって、警備隊長にまで見つかっては、隠し立ては無意味じゃ」
「わかりました」
二人は、トールとシャルロットが馬車の馬のそばにいて、どうしてよいかわからず困っている様子を見やりながら、会話を終えた。
一方、トール達は、馬の扱いに苦労していた。
「ねえ、シャル。どうすればいいの?」
「私に聞かれてもわからないわよ!」
「オイ、オマエラ。ナニヲ シャベッテイル?」
「あら、子猫しゃーん。このお兄しゃん、馬の扱いがわからないんでしゅってー。顔をひっかいていいでしゅよー」
「オイ、コゾウ! コイツ ナンダッテ?」
「ははは。ワタシニ トビツイテ イイワヨ ダッテ」
「ホントカ!? ソレハ ステキダ!」
「きゃっ! 何すんのよ! この変態猫! ウソヨ! カレニ トビツイテ!」
「オイオイ ドッチダヨ!?」
その後、ヒルデガルトによって怪我が回復した御者達は、逃げた馬車を取り戻した。
時折鳴り響いていた雷鳴は、やがて雨を呼んだ。
全員が馬車に急ぎ、猛烈な雨の中を出発する。
車軸をがたつかせながら馬車は坂道を上り、メーヴェンブルクの町へと向かった。
メーヴェンブルクには、メビウスが所長を務めるローテンシュタイン帝国魔法科学研究所がある。
そこには簡素だが、宿泊施設もあって、トール達の一時的な滞在場所となるはずである。
こうして、異世界から転生した少年少女と黒猫は、二つの勢力から狙われるも、なんとか撃退することができた。
でも、トールは一人納得がいかなかった。
初めて本格的に魔法を使った彼は、自分の思い通りにならないことを痛感する。
恐怖心が先に立つ。
それに打ち勝っても、攻撃がちぐはぐ。
最後は、べらぼうな力でなんとか勝利するが、勝ち方がすっきりしない。
それは、見ている方も同じだ。
トールは、自己流ではなく、正しい魔法の使い方を習って、自分の力をコントロールできるようになろうと固く決意した。
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