第12話 強引に転生させられた
女との距離が5メートルほどになると、顔の子細が見えてきた。
面長で、金髪を夜会巻きの髪型にまとめている。
細い目の隙間からのぞいている水色の瞳。
広い額の下に細い眉。低い鼻。
白い肌は絹のよう。頬にちょっとチークを入れているみたい。
赤い口紅が塗られた唇が艶めかしい。
口元がほころんでいるが、悪意はなさそうだ。
ぱっと見の印象では、年齢は20代前半。
ピンク色のロングドレスは上品なお嬢様を強調している。
ん? 西洋人!?
乙姫様みたいな天女を連想していたのだが。
ここは、冥土への道の途中だよね?
なぜ、西洋風の人物がいるのだろう?
洋風化の波は、ついに三途の川方面にも押し寄せているのだろうか?
もしや、女神!?
まあ、女神でも何でもいいけれど、一体全体、この女はここで何をしているのだろう。
女は、僕が近づくと、首をちょっと傾けて優しく声をかけてきた。
「いらっしゃい。一乗ハヤテさん。そしてニャン太郎さん」
いきなり僕と黒猫の名前を言い当てたのには、心底驚いた。
「なぜわかったのですか?」
この僕の問いには、女は無言を貫き通す。
さらに、いつまでも名乗らないので、逆に聞いてみた。
「失礼ですが、あなたのお名前は?」
女は笑顔を崩さず、眉を八の字にする。
「ごめんなさい。名前はないの」
それは困ったものですね、名無しのお嬢様。
「ここで何をしているのですか?」
僕のありきたりの質問に、女はすんなりと自分の正体を明かした。
「私は、皆さんが『死後の世界』と呼んでいるこの世界で、天国へ行くか、地獄へ行くか、転生するか、生き返るかを四択を決めているのです」
生き返る!?
それができるなら、願ったり叶ったり!
僕は反射的に叫んだ。
「じゃあ、全員生き返ることを希望します!」
すると、女から笑顔が一瞬のうちに消え、真顔に早変わりした。
優しそうで慈悲深さまで感じさせる細い目が、これ以上広げられないくらいに大きく見開かれると、水色の瞳がくっきりと現れる。
水色は霊水をたたえるかのように神秘的な色だ。
それに見とれていると、黒い瞳孔から、まるでこちらに向かって鋭い錐で刺すかのような視線を投げかけてくる。
背筋にビリビリと電気が走り、思わず身震いした。
僕は、何か、NGワードでも発してしまったのだろうか?
怒りのツボでも突いたのだろうか?
それにしても、女の真顔がこんなに怖いとは思ってもみなかった。
僕が女の顔に釘付けになっていると、女から厳しい現実を突きつけられた。
「皆さん、誰一人として戻る肉体がありませんから、無理です!」
すかさず、黒猫が会話に割り込んできて彼の案を唱えた。
「じゃあ、俺らは天国行きを所望する」
今度は彼女の視線が僕の右肩へ移動した。
それはニャン太郎にグサリと刺さり、奴も身震いしているはずだ。
「残り三つから決めるのは、私の役目です」
ニャン太郎は、女の視線に物怖じしないのか、強く反駁する。
「お前は地獄で行き先を仕分けする女閻魔様か。表現の自由があるくらいだから、死後の世界の選択だって自由があるはず。どこに行くかの自由くらい俺達に許可しろ。さもないと――」
ニャン太郎の言い分は、理屈と言うより、明らかにごねている。
彼女は黒猫の言葉を遮り、聞き分けのない子供にでも諭すように語った。
いや、決定を下してしまったのだ。
「あなた達は、転生して新たな人生をやり直してください」
そして、両手を顔の前で合わせてから瞳を閉じ、何かを詠唱し始めた。
と突然、ニャン太郎が僕の右肩の上で暴れ出し、爪でがっちり右肩をつかんできた。
「うわわわわっ! 問答無用って奴か! ……っ! どこかへ飛ばされそうだ!!」
僕は宙に向かって浮き上がったニャン太郎を両手で捕まえたが、今度は自分が上に向かって飛ばされそうになった。
いや、この感じは、上から掃除機で吸い込まれるかのようだ。
ああっ、駄目だ……!
上へ上へと体が浮いていく……!
やばい。かなりやばい……。
……。
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