第10話 異世界への誘い
遠くの方、そうだなぁ、だいたい15、6メートルくらい先に、ピンクのドレス姿で後光が差している女の人が手招きをしているのが見えた。
先ほどまであの位置には人がいなかったはずなのに不思議である。
どうやら、声の主はあの女の人のようだ。他に人影らしいものは見えないので。
表情はあまりよく判別できないが、細い目と白い歯らしいものが見えるから、微笑んでいるのだろう。
でも、あの後光、霊妙不可思議な感じがまるでしない。
低予算で制作されたバラエティ番組の安物の舞台装置みたいだ。仕舞いには、歓楽街のネオンみたいに点滅し始めたぞ。
僕は彼女らに意見を求める。
「どうしようか?」
皆の一致した答えは、『怪しいから近づかない』だった。
代表で僕が答えることになったので、手を口の周りでメガホンのように形作り、女に向かって叫んだ。
「すみませーん! 先生から『怪しい人には近寄らないこと』ときつく言われているので!」
そんな言葉を残して、僕達は女の人に背を向け、スタスタと歩き始める。
でも、彼女の反応が知りたいという気持ちが耳をそばだたせ、進行方向とは反対側から飛んで来るはずの声を、些細なものでも聞き逃すまいと、耳に全神経を注いでいた。
案の定、女はこちらの気を引こうとして大声を上げる。
「皆さーん! 待ってくださーい!!」
待てと言われても、待つ理由などない。
無視無視。
「そっちは地獄ですよー!!」
おいおい、嘘だろ。
地獄は地の底のはずだ。
こんな雲の上みたいなところにあろうはずがない。
でも、僕の前を歩いていた彼女達は、女の目論見にまんまと嵌まって動揺し、歩みを止めた。
そして、集団行動のパフォーマーよろしく、一斉に声のする方へ振り返る。
結果的に僕の方を向いた形になったので、僕は眉をしかめて「嘘嘘」と言いながら首を横に振った。
「お兄さーん!」
矢継ぎ早に、女は僕の気を引こうとしてきた。
ふん、聞いてやるもんか。
「お兄さんは、転生して最強の勇者になりたくありませんかー!?」
転生?
最強の勇者?
あの俺TUEEEEってやつ??
う、……嘘。ま、マジで!?
今度は僕が、テンポが遅れた集団行動のパフォーマーのごとく振り返り、先に振り向いていた彼女達と視線の先を合流させる。
最強の勇者へ転生とは、素敵ではないか!!
もしかしてだけど、今異世界に転生して、人生を華麗にやり直せるみたいだ!!
願ってもない夢のようなチャンスが、絶賛、今、目の前にある!!!
……いやいやいや、ちょっと待て、ちょっと待て、お兄さん。
大嘘かもしれないぞ。
でも、……でも、……でも、その魅力には打ち勝てないっ!!
女はさらに僕達を魅了する。
「お嬢さん達も一緒に、転生して可愛い魔法使いとかどうですかー!?」
可愛い魔法使い!?
なってなって!! 是非なって!!
なってちょおおおおだい!!!
「そこの黒猫さーん! お魚食べ放題ですよー!」
へ???
とその時、僕の腰と背中を一気に駆け上がってくる何かがいた。
「うわわわわわぁ!! 何! 何!」
そいつは僕の右肩にスタッと乗っかって、獣臭い息を吐きながら、右頬に毛の感触がするものを押しつけてきた。
女が『黒猫さん』と呼んだから、タイミング的にこいつは黒猫なのだろうが、近すぎて顔が見えない。
額の右辺りにチクチク刺さるのは、奴の長い髭か?
僕は奴の正体を探るべく右側を向いたが、ちょっとバランスを崩して体が左へ傾いた。
「おいこらっ! 小僧! 動くと落ちる!」
なにーーーー! 猫がしゃべった!!
しかも、おっさんみたいなしゃべり方で低い声。
僕は恐る恐る声を絞り出した。
「だ、誰?」
「俺かぁ? ニャン太郎」
「ここにいるということは、もしかして死んだとか?」
「ああ。飼い主は助かったみたいだがな。周りにいないし」
「ってことは、あのバスの事故に遭った?」
「そう。大当たり。キャリーバックごとペシャンコにな」
「それはお気の毒に」
「おい。同情するなら、金はくれなくていいから、仲間に入れろ」
「な、仲間に?」
「そうさ」
「僕の一存じゃあ……」
「お前、ケツの穴小さいな」
「そういうことは、あっちに聞いてみないと」
「何!? あいつら、まさかお前のそれを知っているとか?」
「見せてません! そうじゃなくって……。あっちの彼女達にお伺い立てないと」
「カノジョだと!? あいつらと三股か? 顔に似合わず、やるな。俺にも紹介しろ」
「あのねぇ……」
それから僕と彼女達とで頭を付き合わせ、女の真意を推察し対処する&この黒猫を仲間にするか否かの会議を始めた。
さあ、どうする!?




