第23話 憎まれっ子世にはばかる
スィリリヤはまだ諦めないようだ。
ネゴティムを睨みつけている。
「なんでですか! さっき獣化固定薬は保管庫にありましたよね? 保管簿にもなくなったと書いてなかったですよね?」
「廃棄用の瓶の中に入っているはずのものがなかったではないですか。ようするに、一本分、紛失しているわけですな————さて、ここで家令に確認したい。あなたが新たに入荷した獣化固定薬を執務室に持ってきた。ということであってますかな?」
呼ばれた家令が前に出た。
領主の執務を全然わからなかったわたしといっしょにがんばってくれた、老齢の家令。
真っ白なオコジョ耳がかわいそうなくらい震えている。
ただ、それと同時に覚悟を決めたという顔もしていた。
「は、はい。前回の分も薬師が持ってきたものを、わたくしが執務室にお持ちしました」
「それを領主が保管庫に移したのだろうか」
「……いえ……。前回は……領主様は触っておりません。奥様が……」
「え、なぜ領主夫人がそこに出てくるの?」
リステアードが首をかしげると、兄が困った顔をした。
「リステアード様。恥ずかしながら……その頃からいやもっと前から、父は領主の仕事をしていなかったのです」
まだこの部屋で拘束されていた父へと視線が流れた。
父はライノアに口も塞がれたままだが、まるで反省はしてないようでスィリリヤと同じように周りを睨め付けていた。
「こんな領主じゃ夫人も大変だっただろうね」
「奥様はがんばっておられました」
「——でも、伯母様が獣化固定薬を失くしたんでしょ? それをお兄様は知らずに飲んでしまったのよね? それで伯母様は自分の罪に耐えかねて心を壊してしまったのよ」
獣化固定薬を紛失したのは間違いない。ただ母が失くしたというのは違うのではないかと思う。
兄とわたしは知っている。
薬を使ったのはスィリリヤだ。
盗んだのではって思うところだ。
でも、他の人たちは本当のところはどうなのか、知らない。
彼女の言葉が潜り込む余地がある。
「……奥様はたしかにアレクサンテリ様がいなくなってから、様子がおかしくなりました……時々、空に向かって謝るような言葉をおっしゃっていたり、大声で叫んだり……」
「そうでしょう? 伯母様に『無くなった薬、アレクお兄様が飲んでしまったのでは?』って聞いてみたら、取り乱していたもの」
スィリリヤは悲しそうな顔をして見せた。
その場にいた全員が恐ろしいものを見たという顔をした。
本当に恐ろしい。
兄がいなくなった後、心を壊した母は階段から落ちて亡くなった。これもスィリリヤの手によるものだった。ということである。
そしてとうとうスィリリヤは決定的な自白をした。
ネゴティムが眉尻を下げた。
「……さきほど保管庫を開けるまで、獣化固定薬が無くなっていることはアレクサンテリ様以外知らなかったはずなのですがなぁ。それどころかアレクサンテリ様が獣化していたことを知ったもの、さきほどですわ。もしそのことを知っていて夫人に言った者がいるのなら、それはその薬を使った者だけでしょうな」
カルッパ侯爵家三人を害そうとした女は、表情をなくした。
嘘とごまかしを重ねた結果がこれだ。
自分がやっていないように見せかけるために、他の人が知らないことを言ってしまった。
「スィリリヤ、さっき保管庫に薬のビンがひとつしかなかったんだけど、盗んだのは獣化固定薬だけじゃないよね?」
兄の言葉にスィリリヤは笑った。
「そうよ、人化固定薬も盗んで捨ててやったわ。お酒飲んで寝た伯父様から鍵を奪うなんて簡単な仕事だったわ。人化薬も買えるだけ買って捨ててやったのに、まさかお兄様が生きててカプリコルン公爵から薬を恵んでもらうなんてね。でもルミアーナは戻ってきたところで薬はもうないし、だいたい、生きているわけない……」
「シャ————————ッッッッ‼︎‼︎」
やはり、スィリリヤが地下の人化薬を買い占めていたのだ。
生かす気などなかった。
薬を盛られて捨てられても、従妹だし本気ではなかったんじゃないかって、どこか甘く見ていた。
いっしょに何年も暮らした相手が、気に入らないから邪魔だからって本当に消そうとする若い女子がいるなんてどこか信じていなかったのだ。
でも、違う。違った。
彼女は本気で、いらないわたしを消そうと思ったのだ。
——ああ、恥ずかしい。わたしは捨てられるまで全然疑っていなかったよ。
こんなに冷酷で計算高い相手だったなんて。
悔しいし腹立たしいけれど、わたしの腹を焼いたのは、甘い自分への恥ずかしさだった。
それを焼き捨てたくて衝動で襲いかかったわたしに、スィリリヤは目を剥いた。
「ルミアーナ⁉︎⁉︎」
「キュ————ッ‼︎」
魔力を足元に向かって弾いた。
赤い光が瞬き、風を切る——が、ここは地下世界じゃない。魔力が弱い地上だ。スィリリヤを圧倒するほどの魔力がない。
それでも放たれた魔力はライオン獣人の護衛の脇を横切った。
そこにスィリリヤの姿はなかった。
あったのはほんのり薄紅色をまとったオコジョの姿。
「チッ」
嘲笑うようにひと鳴きしたオコジョはそのまま足元を縫って逃走した。
「スィリリヤっ‼︎ 待て‼︎」
「すまない! 獣化に備えてなかった! 追え! 最悪潰してもいい‼︎ 人化すればたいした怪我にはならん‼︎」
「オコジョちゃん! 追っちゃだめだ! 間違えて潰される!」
潰されるなんて下手しないよ!
魔力が少ないっていっても、ちゃんと防御用の魔力はまとっている。
スィリリヤなんて普段何もしていないオコジョである。
素早さならわたしの方が上だ。
ただのご令嬢やってたオコジョになど負けない。
しっかり取り調べをしてもらって、罪を暴くよ。
右往左往する使用人たちの足元を抜けていくスィリリヤ。それを追う。
こういう時に限って、タイミング悪く玄関扉は開いているのだ。
外に飛び出し、しっぽを振りながら逃げる薄紅色のオコジョ。
けれども徐々に差は縮まっていく。
もうちょっとで捕まえられる————!
わたしが飛びかかった時。
スィリリヤも跳んだ。
そして、その先にあった川に飛び込んだ。
わたしは直前に踏みとどまった。
城の周りを巡る川は、流れは早くないけれども大きく深いのだ。
その姿が流されていくのをただ見送った。
それしかできなかった。
後から追ってきた兄たちは、わたしの姿を見て悟ったらしい。
何も言わず、わたしたちはしばらく川を眺めていたのだった。
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