第59話 作られた命と、大地の怒り
――ズガガガガガガッ!!
無機質な金属の通路に、破壊の光が嵐のように吹き荒れていた。
偽りの聖女たちが放つ、冷たく無機質な「奇跡の光」。
かつて人々の傷を癒やすために使われていた神聖な力が、今はただの殺戮兵器として乱れ撃たれている。
『くっ……! 重てぇな!』
トムさんが大盾を構え、光の弾幕を必死に弾き返す。
鋼鉄の盾は高熱を帯びて赤熱し、今にも溶け落ちそうだ。
『リゼル、防壁がもたないわ!』
シルフィが叫びながら、防壁の隙間から矢を放つ。
風を纏った矢が、一体の偽リゼルの肩口に突き刺さった。
ガキンッ!
『え……?』
肉を裂く音ではなく、硬い金属を叩くような音が響いた。
矢が刺さった偽リゼルの傷口から覗いていたのは、血肉ではなく、銀色に輝く金属の骨格と、青白い魔力回路だった。
『……生身じゃねぇ。こいつら、機械仕掛けの人形だ!』
トムさんが驚愕の声を上げる。
偽リゼルは肩に矢が刺さったまま、痛がる素振りも見せずに無表情で光を放ち続けている。
『エラー。損傷率三パーセント。戦闘行動に支障なし』
機械的な音声。
その顔は、紛れもなくリゼルと同じものなのに。
瞳には一切の感情が宿っていない。
『ひどい……』
リゼルは青い光の防壁を展開しながら、唇を強く噛み締めた。
『そんなものまで作って……命を、何だと思っているの!』
『――命とは、エネルギーを変換するための装置に過ぎない』
不意に、通路全体を震わせるような声が響いた。
偽リゼルたちの口が、一斉に同じ動きで開く。
個別の意思ではなく、システムの中枢が彼女たちのスピーカー機能を使って直接話しかけてきているのだ。
『我々は、この星の資源を効率よく回収するために「人類」という種を管理してきた。聖女とは、その回収効率を最大化するための特化型インターフェースだ』
無表情のまま語る偽リゼルたち。
『お前は第七十四期聖女。……ここにいるのは、お前と同じ遺伝子情報から出力された「予備パーツ」であり、起動テストで基準値を満たさなかった「失敗作」たちだ』
『失敗作……!』
『魂などという非効率なノイズは搭載していない。ゆえに、痛みも恐怖もない。完璧な歯車だ。……さあ、オリジナルよ。無駄な抵抗をやめ、システムに還れ』
一斉に、偽リゼルたちの出力が跳ね上がった。
数十人分の「奇跡」が融合し、極太の破壊光線となってリゼルたちの防壁に襲いかかる。
メリメリメリッ……!
リゼルの展開していた青い光の壁に、無数のヒビが入る。
『リゼル! このままじゃ押し潰されるぞ!』
トムさんが大盾で壁を支えようとするが、足元の金属床がひしゃげ、後ずさってしまう。
『……私は』
リゼルは、俯いたまま静かに呟いた。
『私は、第七十四期聖女なんかじゃない。インターフェースでもない』
脳裏に浮かぶのは、フェルナ村での日々。
泥だらけになって畑を耕したこと。
子供たちと一緒に、黒板の前で笑い合ったこと。
トムさんの淹れてくれた、少し苦いお茶の味。
シルフィと一緒に見た、果てしなく広い空。
『私は……フェルナ村の学校の先生、リゼル・アルティナよ!!』
リゼルが顔を上げた瞬間。
胸元の青いペンダントが、かつてないほどの爆発的な輝きを放った。
ドクンッ!!
大地の鼓動が、冷たい金属の通路を揺らす。
それは、システムという偽りの神に対する、星そのものの怒りだった。
『こんな人形を作って、命を馬鹿にしないで! 命は……歯車なんかじゃないわ!!』
リゼルは防壁を解き、両手を前へ突き出した。
防御ではない。
星の怒りと、彼女自身の悲しみを込めた、全力の反撃。
『トムさん、シルフィちゃん! 伏せて!』
『おおおッ!』
二人が床に伏せた瞬間、リゼルの両手から、津波のような大地の光が奔流となって押し寄せた。
『――【母なる大地の還葬】!!』
青く、温かく、そして圧倒的な質感を伴った光の波。
それは偽リゼルたちの放つ無機質な光線を真っ向から呑み込み、彼女たちの群れへと直撃した。
『警告。規定値を超える未確認エネルギーを検知。防御不能――』
機械的な音声が、ノイズ混じりに途切れる。
リゼルの光は、彼女たちを「破壊」したのではない。
無理やり形作られていた偽りの魔力回路を溶かし、大地の力で「土に還した」のだ。
パァァァァァァ……ッ。
光に包まれた偽リゼルたちの体が、金属の骨組みごと光の粒子へと分解されていく。
その顔から、虚ろな無表情が消える。
分解される直前、彼女たちの顔が、微かに安らかに微笑んだように見えたのは、リゼルの錯覚だったろうか。
『……ごめんね。もう、休んで』
リゼルは祈るように手を組んだ。
数十体いた偽リゼルたちは、一人残らず光の粒子となって消え去り、あとには静寂だけが残った。
『……すげぇ』
トムさんがゆっくりと立ち上がり、信じられないという顔で光の残滓を見つめる。
『あんな数、一瞬で……。船長、お前本当にバケモノだな』
『ふふ、褒め言葉として受け取っておきます』
リゼルは少し肩で息をしながら、苦笑した。
『すごい光だった。風が、優しくなったみたい』
シルフィも立ち上がり、リゼルの背中をポンと叩いた。
『これなら、あのムカつくシステムの親玉も一発で吹き飛ばせるんじゃない?』
『そうね。……出し惜しみはしないわ』
リゼルは前を向いた。
偽リゼルたちが守っていた通路の最奥。
そこには、これまでとは比較にならないほど巨大で、重厚な扉がそびえ立っていた。
扉の表面には、赤黒い瘴気が血管のように脈打っている。
『いよいよだな』
トムさんが斧を肩に担ぎ直す。
『ああ。この奥に、この世界の元凶がいる。……行くぞ、リゼル、シルフィ』
『はい!』
『ええ!』
三人は顔を見合わせ、力強く頷いた。
リゼルが扉に手を触れると、大地の光に反応して、重苦しい音を立てて扉が左右に開いていく。
――ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
開かれた扉の向こうに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
巨大なドーム状の空間。
その中央に、世界樹と呼ばれる機械の「心臓」が浮遊していた。
星の命を吸い上げる、巨大なエネルギーの渦。
そして、その中心で彼らを待ち受けていたものとは――。
(第59話・終)




